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壱週間で出来ることなんて勇者にもない。

作者: 暴走ソーヤ

昔から、ゲームは好きだった。

ただ、俺のプレイした多くのRPGが、なぜかラスボスの前でセーブしてそのまま放置している。「勧善懲悪」の魔王を倒して姫様を助けて、ハッピーエンド。まさにありきたりなストーリー。

 ある程度、大人になったからわかる気がする。魔王を倒したところで、何が変わるのだろうか。人間の暮らしは、ほとんど変わらない。姫様という一人の女の子を助けて、何人の人間が、本当に救われるのだろう。新しい魔王が生まれるだけの話なのではないか。本当に、姫様は勇者と結婚したいのだろうか。

 ・・・・・・・強大な力を持った勇者は、崇拝されるだろう。しかし、それとおなじくらい、恐ろしい存在なのではないか。

・・・・・強大な力を手に入れた勇者が、姫様と結婚してしまったら、その独裁は揺るがないものになるだろう。その欲望に、勇者は勝てるのだろうか。




勇者は本当に、世界を裏切らないのだろうか。





ガタンガタンガタンゴトンガタンガタンガタンゴトン

「ワンワンワンワンワンワン!」

どうしようもない時間に起きてしまった。おそらく、始発なので、5時過ぎ、といったところか。まったく、沿線に住むと窓を開けて寝られないな・・・。ま、ここに住むのを決めたのは俺なんだけどな。

寝ぼけ眼でベランダに出る。いつもの日課だ。

「うぃー・・」

「わふー」

「なんで、お前はいつも始発に向かって叫ぶんだ?なんで、始発だけに吼えるんだ。」

「わふふー」

冬は鶏より早いんじゃないか?

まったく・・・。犬の散歩をするからといって家賃を下げてもらったものの、こいつの始発だけに吼える癖だけは、なんとかならないものか・・・。

「二度寝したら、寝坊しそうだしな。よし、ちょっと早いけど散歩行くか。」

「わん。」

この町は、でかい駅こそあるものの、自転車で20分も走れば、結構な田舎だ。河川敷をてん君と走る。てん君は、シベリアンハスキーのため、異様に走るのが早い。しかし、優しい性格なのか、いつも俺に歩調を合わせてくれる。

「ふはははははははははははははは」

「はっはっはっはっはっはっは」

早朝からテンションの高い莫迦一人と一匹である。

「今日も元気だねぇ」

「わん!」

「うぃっす」

畑作業をしていた、いつも会うけど名前の知らないおじいさんと会う。いつものことなので、このテンションにもついてこれるのだろう。

「ほれ、やる」

「どうも。」

プチトマトをもらう。本当はトマトは嫌いなのだが、いつもくれるので、いつも断れずに持って帰ってしまう。まぁ、パスタを作るときに使うのだが・・・。

その後、三十分強ほど散歩をしたのち帰宅した。


「さて、今日も今日とてバイトに行きますかねぇ」

誰に憂いわけでもないのだがつぶやく。一人暮らしをした人間なら、なんとなくわかってくれるだろう・・・。わかってくれるよね!?

「んじゃ、いってきまーす」

勢いよくドアを開ける。今日もいい日の始まりだ!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ドアを開けた時と同じ勢いでドアを閉める。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

なんか、よくわからないものが見えた。風景は変わらない。変わらないのに、何か余計な物体が見える。というか、刺さっている。子供の頃に夢みたような刀?というか剣。なんで、刀が俺の家の前に刺さっているんだ?まさに「伝説の剣ですよ?」と言わんばかりに刺さっている。そしてなぜが後光が差している。

なんでだ?一度、ドアの覗き穴から覗いてみる。普段通りだ。問題なし。きっとあれだ。朝の散歩でテンションを上げすぎたんだ。そう思い、もう一度ドアを開けてみる。・・・閉めてみる。

靴をとり、ベランダから外に出る。てん君は散歩疲れなのか横になって休んでいる。もしだれかがここを通ったなら、てん君がなにかしらのリアクションをとるはずだ。ということは、だれも、この近くには来ていないハズ・・・。

考えてもわかんなくなってきたので、とりあえず、俺の部屋のドア付近を観察してみる。うん、今日もよく刺さってますなぁ。と少し現実逃避をしてみるものの、だれも現れないし、何も起こらない。

「・・・・・よし」

もうすこし近づいてみてみることにした。なるほど、コンクリートに綺麗に刺さっている。長さは、一メートルちょいってかんじか。あの高さじゃ、覗き穴から見えないのは当たり前の話だ。

もう少し近づいてみる。・・・・かっこいい。じゃなくて!やっぱり、西洋風の剣だ。いわゆるバスタードソード。

どうしよう・・・・。いろいろ考えてみたものの、俺は刀なんか扱ったことはないし、帯刀の権利も持っていない。剣道部に学生時代を費やしたわけでもない。というかむしろ、剣道などしたこともない。刃物なんて包丁ぐらいしか持ったことしかない。

「ほっとこ。バイト行かないと・・・」

現実に逃避することにし、バイト先に向かった。もちろん、バイト先で誰にこの話を話すわけでもなく。


「やっぱり、DQだよなぁ」

「いやいやFFでしょ?」

そんな会話を聞こえてくるけど、こっちはレジ打ち中だ。

 レジ打ちが終わった瞬間に問いかけられた。

「んで、お前はどうなのよ?」

「なにがだよ、エジソン」

ちなみに、こいつの名前はエージである。苗字は村田。なので、エジ村ということである。いわゆる、ロンゲのチャラ男。

「だーかーらー、RPGっていったらって話だよ」

「好きなのありすぎて特定できねぇよ」

「それじゃぁ、FFとDQだとどっちがすき?」

もう一人のバイト仲間である相田修一が聞いてきた。

「どっちもあんまり好きじゃないよ、アインシュタイン」

いつも写真を撮るときに舌を出しているのが由来である。こいつは、見た目はまじめに見えるが、その実、ただの容量がいいめんどくさがりであり。ちなみに、この二人はあだ名とは裏腹に、とんでもない莫迦である。

「それじゃぁ、話にならねぇだろ?これだからレトロゲーマーはだめだな。なぁアイン」

「まぁ、しょうがないんじゃないかな?この人は天邪鬼だし」

「天邪鬼っていうな。好きすぎてわかんなくなってるんだよ」

社員「おい、三馬鹿。しゃべるのはいいけど仕事しろよ」

「「「はーい」」」

基本、このバイト先はこんな感じである。

いつも通りにバイトを終わらせて、帰宅する。


帰宅途中に思い出してしまった

(そういえば、あの剣どうなってんのかなぁ・・・)

ちょっとビビりながら家に帰ると、あの剣はなくなっていた。

(よかったー、変な事件に巻き込まれなくて済んだな・・・)

鍵を開けて中に入り、窓のかぎを閉める。カフェオレをのんでゆっくりしていると・・

ぴんぽーん

(ん?だれだ?)

「はい」

「大家の大家ですけど?」

ああ、おおやのおおかさんだ。どこにでもいるような、若干天然パーマのおばさんである。どうしたのだろう?てん君にプチトマトを食べさせていたことがばれたのだろうか。とりあえず、ドアを開ける。

「なんですか?」

「いやー、いつもてんの世話をしてくれてありがとうねー。これ、うちの畑で採れた野菜。どうぞ」

「いやー、いつもありがとうございます、助かります」

「それじゃ、これからも、てんの世話とかよろしくねー」

「はーい。」

ドアを閉めようとした瞬間

「あ、そういえば」

「なんですか?」

「今日の朝にあなたの部屋の前にへんな・・」

「知りません」

触らぬ剣にたたりなし、だ。

「でも、あなた宛てって書いてあったわよ?」

「へ?」

「ちょっとまってうちで預かっているから」

大家さんちで刃物預かってるんかい!と突っ込みを入れたいけれど、入れたら入れたで逃げ場がなくなると思ったので、やめておいた。

二分後に大家さんが再び訪れた。

「はい。これ」

そういって手渡されたのは、やっぱりというか、今朝見た剣だった。

「ほら、ここ。ここにあなた宛てって書いてあるでしょう?」

たしかに、佐○急便の伝票がついている。なんで、送り主かいてないんだよ!なんで、ドライバーは配送してくれたんだよ!他の荷物傷付けちゃうだろうが!せめて、もっとしっかり包装してくれ!プチプチでくるむとかいろいろあるだろうが!

「ああ・・・・はい・・・・」

「じゃ、たしかに渡したからね!」

「・・・・どうも」

受け取ってしまった。まぁ、俺あてに届いているならしょうがない。持ってみると、剣はずっしりと重く、漫画のように振り回せるようなものではないのだなと感じた。

ピンポーン

「んだよ、大家さん、まだ用事あんのか?」

小さい声で文句を言いながらドアに向かう。

「今度はなんです・・・・・かあ!?」

ドアを開けたら目の前にいたのは



というか、あったのは、剣だった。

「意味が分からん」

あまりの意味の分からなさっぷりに、言葉に出してしまった。しかも、今度は○マト運送で送られてきている。速達らしい。しかし、梱包はされていない。

1本も2本も同じか・・・と思い、手に取る。先ほどより少し短い太めの剣である。もう、意味が分からない。


試しに、野菜を切ってみることにした。切れ味を試せば、危険度もわかるであろうという安直な考え。すこし、申し訳ない感じもしたが、自分にできる使用法と言えば、これしかないので、あしからず。ちょうど大家さんに野菜をもらったことだし。

「では、この大根をば・・・」

「・・・ろー、・・めろー・・・」

ん?なんか聞こえる・・・けど、あんだ?まぁ、いいか

「やめなさいっての!」

「へぶぇ!」

いきなり後頭部を殴られた。と思った瞬間に俺は気絶していた。気を失う前に目に入ったものはとても可愛く小さいなにかだった・・。


目が覚めると、俺はだだっ広い野原に寝っころがっていた。目の前には、ただただ地平線が広がっていた。俺はその風景に、ちょっとだけ見入ってしまっていた・・・。

見入ってしまったから気づいてしまった。俺から700メートルくらい離れた場所に、見たことのない何かがいる・・・。こっちを見ている気がする・・・。・・・こっちに向かってきている!?少なくとも、友好的な感じには見えないし・・・。

じり・・・・・じり・・・・じり・・・・。

(あ、そうだ!剣、剣は!?)

周りを見渡したが、周りにはただ野原があるだけ。剣などどこにも、何一つない。それはそうだ。ここは俺の家じゃないし、ここはどこだかよくわかんないし、あああぁ、どうする?どうする?どうする~~~~~!?!?!!?!?!?!?

は!?そうだ、獣には、火だ!確かポケットに・・・・あった!ポケットに入っていたライターで近くに落ちていた枯れ木に火をつける。つかない。

あぁぁぁ!湿ってるのか?どうする?新聞紙・・・あるわけねぇ!タバコ!?いや、タバコの煙で近づいてこなくなるのは蛇だけだ。いや、煙関係ねぇし!あぁぁ!どうする!?

しかし、うろたえている俺が奇妙なのか、獣はこれ以上近づいてこない。しかし、おびえている様子もない。もしかして、こちらに気が向いていない?いや、見られている気はするんだけど・・・。距離が半分くらいになったところで気が付いた。あれは獣じゃない・・・。トカゲ男・・・リザードマン!?でも・・・なんか怪我してるのか?歩みが遅い・・・。リザードマンがこちらの存在をはっきり認識したようだ。

「に、にんげんだと!?」

異様におびえているように見える。

「お前たちが一体何の用だ!?ここに何の用事で来た!?ここにはもう何もない!お前たちが全部奪ったんだろうが!」

「ちょ、ちょっとまってくれ!俺にも何が何だかぜんぜんわからな・・」

「!?・・・おまえ、魔族の言葉が分かるのか?」

リザードマンは驚きを隠さずにそう言った。

「・・・よく分からないが、俺には普通に聞こえるぞ。」

「貴様、何者だ?見たところ、魔力も特別な力も感じないが・・・どういうことだ?」

「俺が知りたいよ・・・なんでこんな知らない場所でしらない幻獣と会話できるのか・・・」

いろいろ考えると無口になるのは悪い癖なのだが、この場合、無口にならざるを得られなかった。二分くらい二人(一人と一匹?)で距離感が分からず黙っていると・・・

「いたーーーーーーーーーー!はーーーっけーーーーーん!」

「な、なんだぁ?」

リザードマンがうろたえている。実際、このひと結構几帳面なのではないか。しかし、うろたえたのもつかの間、右手に盾、左手に剣を構え、臨戦態勢に入っている。

しかし、現れたのは、ちいさな妖精だった。草でできた服を着て、身長20センチほどのみどりの髪をしたかわいらしい妖精さんである。

(あれ?気を失う前にみた・・・)

「あーーもぅ、あんたねぇ!勝手にこんなところに移動してるんじゃないわよ!馬鹿なの?阿呆なの?一回死んでみる!?」

かわいくない。

キンキンうるさく妖精は叫ぶ。それをみたリザードマンは(こいつらにかかわっていたらめんどくさいことになりそうだ)という顔をして足早に逃げて行った。

「なんでリザードマンと仲良く話なんかして!・・・・あれ?いない?・・・まぁいいわ、とりあえず、こっちに来なさい!」

わけのわからないまま俺は妖精の魔法?でふわふわと浮かび、自分の意志ではどうしようもない状況に陥った。

「な、なんだこれ?」

「いいから黙ってて!」

有無も言えない状況らしい。

土地勘がまったくないので、どっちに進んでいるのか全くわからなかったが、そんなに長い時間移動してるわけでもないのに、大きな街についた。

(さっきは、街なんてまったく見えなかったんだがなぁ)

妖精は俺の心を読んだかのように語りだした。

「街にはね、敵に見つからないように結界が張られているのよ!すごいでしょ?すごいわよね?すごいっていいなさい!」

「すごいすごい」

こいつのおかげで疑問は消えたが、凄みは全くなくなった。

「さて、ここよ!ここが、鉄壁の城、へパクリフ城よ!」

「城?」

現代に住む俺が考えるようなお城ではなかった。日本風の城でもなく、西洋風の城でもない。一番近い表現は、鉄でできた要塞、砦といったほうがしっくりくる。

街並みを見渡すと露店などは出ているのだが、いまいち活気がない。いろいろな人種?っぽい人たちがいるのだが、いちいち顔を覗き込むわけにもいかないしな。

「じゃぁ、まずは、国王様に会ってもらうわね?ついてきなさい!さぁ、早く!はりー!」

「この状態でどうしろっていうんだよ!」

俺はまだ空中にふわふわ浮いていた。

「あ、そうね、今おろすわ」

案の定乱暴におろされた。


国王の間の前につくと、警備の人に怪しまれるような視線を送られたが、妖精は気にせず中に入った。

「国王様、つれてまいりました」

「おぉ、ベル。つれてきてくれたか」

国王と呼ばれた男は身長が2m近くあるが、やせ形で、一見優男にみえるが、近くで見ると凍りつくような空気を感じる、底が見えないような人だった。

「「勇者を!」」

・・・・・・・はい?

いきなり出てきた素っ頓狂なセリフのせいで一気にイメージが崩れそうになったが、それでも国王の眼光の鋭さはかわらなかった。

しかし、このありきたりな展開、俺達のようなゲーマーなら、喜んで受け入れるところだが、それよりも今は、早く安全なところに帰りたいという本能が働いた。どうすれば切り抜けられるだろうか。とりあえず、いろいろ否定してみることにした。

「ちょっとまて!俺は何の話も知らない!勇者をやるつもりもないし、この世界にとどまる気なんかさらさらない!」

「知っているよ」

「はい?」

その言葉で、一気に俺は、この世界にひきずりこまれた。本能よりも、ほかの何かが優先された。

「君の考えなど、知っているよ。別に世界を救ってほしいなどと言うつもりはない。私がしてほしいことは、2つ。私を殺して、この国を統治してほしいだけだ。」


「・・・・・・・はい?」

「ここに来る途中で見ただろう。我が国は人間たちとの戦争により衰退している。それこそ、どのようにすればいいのかわからないぐらいにな。そこで、私が思いついた方法は、ただ一つ。もはや、魔族の負けは決定したようなもの。であれば、魔族のことを憎んでいない人間に統治してもらうほかない。とな」

国王は綺麗な顔に不釣り合いなほどの真面目な顔をして、尖った耳をさらにとがらせて語りだした。

「しかし、ただ王権を譲ったのでは筋が通らない。クーデター・・・といっては聞こえが悪いが、それほどの大きなことをしなくては、示しがつかない。」

「・・・・・・・・・」

「別に政治をしろとはいわん。政にはサポートをつける。お前はただ、いいか悪いかだけを言えばいい。気分次第でな。暮らしていくには十分すぎるほどの資金もある。嫌になったのなら、ほかの人間を見つけ出し、国王にしてもいい。ほかにしてほしいことがあるのならば、私にできる範囲で何でもする。・・・どうだ。引き受けてはくれないか?」

「あんたは・・・・・にげるのか?」

「ああ、そうだ。もう私の頭ではどうすることもできん。逃げるのだ。国民のことを想いながら、自分では何もできず、他人にすべてを押し付けて、な」

国王は、あきらめにも似た、いや、あきらめからくる自信をもって胸を張って語った。

「・・・・なんとも言えない。すこし、考えさせてくれ。」

「あんた!国王様がここまで言っているのに!」

「いいんだ。ベル。部屋を用意してやってくれ。」

「・・・・・わかりました。ちょっと待っていろ、勇者。」

そういって妖精は一時席を外した。

「勇者よ、2つきいてもいいか。」

「・・・どうぞ」

「なぜ、私の問いを迷ってくれたのだ」

「わからない。・・・だから時間がほしいんだ」

「ふむ。ではもうひとつ。なぜしっかりと話を聞いてくれた。魔族の私の話を」

「・・・・きっと、まだこれが現実なのか夢なのかわかってないからだ。きっと」

「・・・・そうか・・・」

勢いよくドアが開いた。

「部屋が用意できたよ!ほら早くきな!」

そういわれて、俺は国王の間を出た。国王の顔を見ずに、足早に。


用意してもらった部屋についた。部屋は・・・・きれいだが、やっぱり、現在の俺の部屋と比べると原始的だ。まぁ、必要なものはそろっているのだが。

「なぁ、聞いてもいいか?」

俺は妖精・・・ベルに向かって問いかける。

「いや」

「おい」

「・・・・・なによ」

「ちょっと、この世界の事情とか教えてほしいんだが・・・・」

「めんどくさい」

「・・・・これやるから教えてくれ」

そういって、俺は百円玉をさしだした。

「えへへ~わかってるじゃない?」

なるほど、日本の通貨の価値は、理解できていないらしい。

「まず、私が、あなたの家に送った宝剣を媒介にしてこの世界に召還した、そこはいいわね?」

「腑に落ちないけど、まぁ」

「あの宝剣は二つで一つ。まったく別の形状をしているけど・・・って、まぁ、あの剣の話はまたあとでいいわね?」

「ああ、気になったら聞くよ」

「なんであんたを召還したかっていうと、あんたは、魔族に関して嫌悪を抱いていなかった。それどころか好意に似た好奇心を持っていた。だから、呼んだ。ここはOK?」

「おう」

「呼んだ理由は、さっき国王様が言ったとおりね。そして、この世界の情勢だけど、まず、この世界は四つに区切られている。はっきりとした境界線はないけどね。東が人間の治めるイリアス大陸。北がエルフ族なんかの妖精が治めるフェア大陸。南がドワーフなんかの無法地帯である、ノー大陸。そして、西が魔族が治める土地、プレシア大陸。そして、ここが、さっきお会いした絶壁王が治めるバストレル王国」

「ぜっぺき、おう?」

「そう。今まで一度も防衛戦では負けたことがないから絶壁王。本当の名前は、教えちゃいけないんだって、弱点がばれちゃうから」

「なるほど」

もしかしたら、ファンタジー好きなら知っているような高名な魔族なのかもしれないと俺は思った。

「・・・・そして、現在は人間と魔族が戦争中。戦況は・・・・いわなくてもなんとなくわかるでしょ?」

「まぁ・・・な」

「今年に入って、魔族の四強、まぁ四天王なんてよばれていたけど、絶壁王、不死王、歪風王、征天王のうち、征天王と歪風王が人間によって殺されてしまった。のこっている魔族の支配者級は、魔王様と、不死王、そして我が絶壁王だけというわけ。そして、このバストレル王国が、魔王城への最後の砦なの。」

「不死王とやらは、健在なのか?」

「なんとか、ね。いまは魔王城にいるらしいけど、くわしいことは何もわからない。」

「・・・・。」

「もう、つかれたからこの辺でいいわね、あとは気が向いたら話してあげるわ、じゃねー」

風のようにベルは消えた。

(まぁ、これ以上解説されても、頭が追い付かないしな。とりあえず、今日は休むか)

回らない頭は放っておいて、とりあえず眠ることにした。


朝を迎えた。俺の希望通りに元の世界へ戻っている・・・ということもは、なかった。この、きれいだけど古ぼけた部屋で一晩をぐっすりと過ごせたのは、やはり気疲れしていたのだろう。

「勇者様、起きられましたか?」

聞いたことのない声。優しそうな女性の声だ。

「ああ、起きていますよ」

「失礼します」

そういって部屋に入ってきたのは、クマ(?)のメイドさんだった。まるでテディベアのように愛らしい。

「朝食の準備ができました。このお部屋でお召し上がりになりますか?」

「あ・・・・いただきます。・・・・・・失礼ですけど、人間が食べても大丈夫な奴ですよね?」

「フフ・・・。もちろんでございます。勇者様」

クマのメイドさんは愛らしく微笑みながら答えてくれた。

朝食は、いわゆる黒パンとオニオンスープっぽいもの。コーヒーを出してくれた。ふつうにうまかった。

朝食を終えて自室でゆっくりとしているとベルがきた。

「おい、勇者。結論はでたか?」

「でねぇよ」

「早く出しなさいよ!この屑」

「うるさいチビスケ」

「なにおー!」

なんだかんだ言い争いを続けているとベルが

「なにもすることないんだったら、散歩でもしてきたら?」

といった。

「案内してくれるのか?」

「イ・ヤ・❤」

ちくしょう、かわいいじゃねぇか。性格は悪いけど、愛嬌は一級品だ。

「じゃぁ、迷ったら助けてくれよな」

「迷っているあなたを見つけられるようなほど、あなたに興味はないわ。・・・・・あ」

「?・・・案内してくれるのか?」

「いや、その格好でいくの?」

「ダメなのか?」

俺がこの世界に来た時の格好だ。

Tシャツとパーカーにジーパン。スニーカー。なにかいけないのだろうか。

「・・・・ああもう、めんどくさいなぁ!いいからこれに着替えて!」

そういって手渡されたのは


怪獣パジャマ(のようなもの)だった



「なにこれ?」

「あんた、人間なんだから、この魔族の町を歩くのに普通に歩いてたんじゃリンチされるわよ?」

「これ着てたら大丈夫なのか?」

「まぁ、人間型の魔族もいるし、大丈夫なんじゃない?」

「なるほど・・・ありがとな」

「お礼はいいからぁ・・・・・」

黙って俺は五〇円玉を差し出した。

「わーーーー。あながあいてる!すごーーーーい」

馬鹿は放っておいて、怪獣パジャマに着替えて街に繰り出した。


やっぱり、市場はにぎわってるなぁ。たしかに、獣人とか耳がとんがってる人ばっかりだけど、こう見ると、普通の市場となんらかわらないなぁ。

そんなことを思っていると、露店を開いている人にいきなり声をかけられた。

「どうだい?にいちゃん。うちの酒はうまいぞ?・・・・っておまえ昨日の!」

話しかけてきたのは昨日のリザードマンだった。リザードマンは怒気を孕んだ目でにらみつけてくる。

「お前、なんでこんなところにいんだよ。ことと次第によっちゃただじゃ・・・」

「・・・・・説明すると長くなるんだけど・・・っていうか、説明していいのかどうかも分からないんだけど・・・」

「・・・・なんか事情があるみたいだな・・。ん!・・・・・・・・その服を着てるってことは、少なくとも敵対意識はないってことだな。まぁいい。」

「あー、俺も説明したいところなんだけど、説明できる話でもないし、当事者以外に話していいかわからないんだ。申し訳ない」

「かまわねぇよ。」

「ありがとう。・・・えっと・・」

店の看板を見ると、ザード2世のロマンティックでクリティカルでブリリアントな店と書いてある。どんなセンスだ。

「ああ。しかしあれだ。お前、人間なのに俺達を恐れるわけでもなく、迫害するわけでもないんだな」

「まぁ・・・まだよく分かってないんだよ」

「どういうことだ・・・・・って、話せないっていってたな。ちっ、めんどくせぇな。」

「・・・」

「ん?なんだ?」

「いや・・・・詳しくは話せないんだけど、いろいろ話を聞きたいと思って」

「商品も買わないでか?」

「・・・わるい。今は金を持ってないんだ・・・」

「しけてやがる」

そういってザード2世は葉巻に火をつけ、商品と思われる『リザードマンの涙』という酒らしきものを飲んだ。こっちの世界におけるスピリッツのようなにおいがした。

「この葉巻に火がついている時間だけ話をしてやる・・・」

1時間くらい話を聞けるんじゃないか?と思ったが、リザードマンにとって葉巻は短時間で吸うものなのか、ものすごい勢いで灰が増えていく。まぁ、1時間も酔っ払いの話を聞きたくないのでちょうどよかった。

「ありがとう。いろいろ聞かせてくれ」

「まず、お前らにとって耳の痛い話でもするか。ケケ、この話を聞き終わった時のお前の顔が楽しみだ。・・・・俺の故郷はな、お前らに滅ぼされたんだ。いい街だった。酒はうまい、自然が多く、飯もうまかった。それを、お前たちは俺達が違う種族だからという理由だけで攻めてきやがった。まぁ、単に領土がほしかっただけなのかもしれないがな。野を焼き、家を焼き、俺達の死骸の上に自分たちの家を建てやがった。そこで、今も楽しそうに暮らしているだろうよ。のうのうとな」

「・・・」

「街が攻め込まれた後は、俺達は逃げることもできなかった。いや、逃げている奴らもいたが、人間たちが楽しそうに殺していたよ。無抵抗な奴らを殺すのが、一番の楽しみですって顔をしてな。逃げることもできなかった俺達は、俺達の場所をあいつらの場所に作り替える労働力になった。もう、俺達に田舎ってもんはないんだって感じた。そのあと、お前たちは、俺達魔族を奴隷のように・・・いや、奴隷として扱った。働くだけ働かされ、給料なんかもちろん出るわけがない。飯と言って出されるのは豚の餌みてぇな味がした。・・・・人型の魔族は、成金の豚野郎どもにいいように扱われていたさ。犯されるだけ犯されて、満足したらすぐにポイだ。もちろん、そんな環境でまともに生きていけるわけがない。気が狂って人間たちに殺されるか。馬車馬のように働かされるか。人間たちのおもちゃになるか。俺達に選択肢なんてありゃしねえ。スラム街に逃げ込んでも、若者たちが正義面で遊びのように俺達を殺す。あいつらにとって、ゲームみたいなもんだったんだろう。思い出しても反吐しかでねぇ。」

「・・・・」

話をだけを聞くと、人間という存在が最低に思えてくる。いや、きっと一部の人間は本当に最低なのだろう。『リザードマンの涙』を一気にあおり、遠い目をして煙を出しながらザード2世は続けて語った。

「まぁ、中にはいいやつもいたがな。でも、それでも人間さ。周りの人間と同じ動き、考え方でなければすぐに、俺達のような扱いを受けちまう。最初は話しかけてくれても、最後は俺達に石を投げるんだ。この人外鬼畜どもめが!ってな。どっちが鬼畜だよ・・・・馬鹿野郎・・・。」

ザードは二本目の葉巻に火をつけ、俺をにらみつけて、悲しそうに微笑んだ。

「俺達は、きっとそんなに違わない。個人の違いに比べれば、種族の違いなんて無いにも等しい。俺達も、きっと心のそこではわかっているんだ。人間はそんなに悪いやつばっかりではない。悪いやつが目立っているだけなんだ、ってな。だが、人間は同じ思考のやつらしか仲間じゃないと思う傾向がある。今の人間のトップが魔族は悪いやつらだっていったら、あいつらの中では俺達は悪者になっちまうんだ。俺達のことを知ろうともしてないくせしてよ・・・」

「・・・・・・わるい。何も言えない」

「・・・お前は、少なくとも悪いやつではないようだな。・・・もう少しだけ詳しく説明してやるよ。その、人間の中の目立って悪いやつっていうのがよ、いま、先頭に立って魔族を滅ぼそうとしてんだよ。権力と金を振りかざし、人間なりの正義ってやつを持ってな。そして、今や俺達の領土の約半分を制圧した。その約半分の魔族たちは人間どもを恨んでいるんだろうよ。でもよぉ、人間たちの不思議な力にゃ歯がたたねぇ。そりゃ、酒でも飲んで気を紛らわすしかねぇってことだよ・・・。」

ザード2世は、グラスに手をかけ、新たに酒を注いだ。

「飲め」

「いや、でも金もってないし」

「いいから、飲め」

「あ、ああ・・・」

『リザードマンの涙』は、度数が高く、普段ならおっさんっぽく「あ~~」という言葉が出るような酒であったが、今はただ、食道が熱くなるのを感じるだけだった。この酒は、枯れた森のような味がしたように思えた。

「その酒を造っていたやつも殺されちまった。いいやつばっかり早死にしやがる・・・。」

「なぁ、なんで俺にそんな話をしてくれるんだ?」

「あぁ?酒が回っただけだ。もう話はない。行け。」

「あ、あぁ・・・」

これ以上聞いていたら、俺は人間を嫌いになっていたかもしれない。いや、人間を嫌いな人間なんていないのかもしれない。ほかの視点から人間を見るなんてこと、したことがなかったからなのか、この世界に来て、魔族から見た人間はなんなのか、余計にわからなくなった。一歩間違えれば、自分もそちら側に立っていたのかと思うと吐き気がとまらない。人間たちに怒りを感じながら、俺は帰路についた。

「皮肉なもんだ。人間に殺された俺の息子に似ている人間がいるなんてよ・・・。しかし、あいつ、絶壁王の刻印が押された服をきてるとは、いったいなにものなんだ・・・。まぁ、しったことじゃねぇか」

ぷはーと煙を吐いたリザードマンは、何事もなかったかのように商売を再開した。


俺は、へパクリフ城について早々、絶壁王に話を聞きに行った。

「おや、どうしたんだい?勇者殿」

「魔族の人間に対しての考えを聞きたい」

「・・・・それはむずかしいな。私も辺境の地で生まれ、人間と話したのは昨日が初めてだ。」

「・・・・人間について詳しい魔族っていうのはいないのか」

「そうだね・・・基本的にそういった魔族は今は人間に幽閉されているよ。おそらく、親人間の魔族の存在を知られたくないんだろうね。今会うことができて、人間に詳しい方と言えば・・・魔王様と、不死王の側近のペレルライダーくらいじゃないかな・・・」

「ペレルライダー?死神のことか?」

「博識だね」

「そのペレルライダーに会うことはできないのか?」

「無理だろうね。彼に会うということは、死ぬということだ。彼の姿を見たことのある人間など誰一人としていないんだ。死ぬことのない、不死王以外はね。」

若干違和感を感じたが、とりあえず、気になっていることを解決することを最優先した。

「死ぬことがないのに、魔王じゃないのか?」

「彼は何事にも興味を持てないらしくてね。唯一、気に入っていることが、力のある存在の近くにいて、物事の流れを見ることらしい」

「・・・物好きなのか?」

「彼はそんな言葉で表せる存在ではないよ。奇人変人の域を超えている」

ペレルライダーも不死王も一度会ってみたい存在だが、どちらにあっても、俺は不幸な目にあうだろう。

「・・・・一応聞いてみるが、魔王に会うことはできるのか?」

「不可能ではないよ」

「え?」

驚いた。魔王というくらいだから、忙しいという言葉では表せないほどだろうし、会うにはそれなりのものが必要だと思ったのだが。

「魔王様に会う条件は一つだけ。魔王様に何かを与えることだ。魔王様に感情を与えることができる何かを」

「感情?」

「魔王という存在はね、代々受け継がれていくんだ。血筋ではなく、記憶、能力、思考・・・すべてを受け継いでいく。魔王に個としての意識はない。魔王というのは、名前なんだよ。代々受け継がれていく、ね」

「・・・・恐ろしい話だ」

「そうでもないよ。今の魔王様は、時折個としての感情が出る。それだけでもすごいんだ、歴代の魔王を屈服しているってことだからね。その個としての感情を出すことができれば、会話くらいはできると思うよ。失敗したところで、虫ケラを見るような目でみられるだけだろうし」

「・・・・・」

今の話を聞いて、血の気が引いた。そんな存在と会おうと考えた自分の浅はかな考えをぶち壊してやりたいぐらいに。

「・・・・会ってみたい?どうしたい?ゆ・う・しゃ・ど・の」

器を試されている感じがした。

「・・・・」

迷っていると、絶壁王の後ろから声が聞こえた。

「お父様、脅しすぎです。それでは、せっかく魔王様に勇者さまを紹介できるチャンスを見逃すことになるでしょ?」

王座の後ろから現れたのは、ミルク色のドレスを身にまとう、背は低いが、どことなく高貴な雰囲気をだす女性だった。おとなしそうな服装とは裏腹に、明るい表情で、髪型はポニーテール、活発な印象を受ける。優しい声がこれ以上なく似合っている。いろいろな要素が混ざり合い、そのアンバランスさがとんでもない魅力を吐き出していた。

「はじめまして、勇者様。私は、絶壁王の娘、いわば絶壁娘です。」

この娘もどこかおかしい。すげぇかわいいけど、すげぇおかしい。・・・絶壁娘と言われて、胸を見て納得してしまったことは、おそらく墓まで持っていかなければいけないものの一つになるであろう。

「勇者様?」

「あ、ああ。よろしく。・・・・・なんて呼べばいいんだ?」

「お好きなように」

「そう、言われてもな・・・・」

「では、『俺の嫁!』と高らかに」

「俺の嫁!」

つい、なんとなく、意味もなく、叫んでしまった。この世界に、少し慣れ始めて、調子に乗ってしまったのだろうか。思えば、この世界に来てから、初めて同世代の人と会って話をした。きっとそれで、ふざけたくなってしまったのだろう。それとも、素敵な女性を目の前にして、テンションが上がってしまったのだろうか。・・・・ちょっとまて・・・よくよく考えれば、魔界の実力者の前でその娘に何を言っているんだ俺は!!!殺されても文句は言えないぞ!

「ゆ、ゆうしゃさま・・・・・」

絶壁娘は自分で話を振ったくせに、照れている。うつむきながら、頬を赤く染めてこちらを見ている。・・・女性の上目使いは、反則だ。こんな女性に、何と声をかけるのが正解なのだろうか・・・。迷っていると、その空気を読んだのか、助け船を出してくれたのが彼女のお父さまであった。

「勇者殿、娘をからかいたいのであれば、部屋でやってくれるかな?」

絶壁王は、楽しそうにカラカラ笑う。よかった。殺されないで済みそうだ。・・・だいじょうぶだよね?楽しそうに笑いながら剣を手に取ったりしないよね。

「それはそうと、お父様、勇者様が魔王様に会いに行くというのであれば、私もご一緒したいのですが。魔王様には最近お会いしてないですし」

「ああ、それならばちょうどいい、2人で伺ってこい。」

「はい、行ってまいりますわ。お父様」

「気を付けるんだぞ」

無邪気な絶壁娘は俺の手を取り、ズンズンと足を進めていく。どうやら、俺に選択権はないようだ。その様子を絶壁王は優しそうな目で見ていた。しかし、その目からは、「節度というものが、わかるよな。勇者殿・・・」という感情がひしひしと感じられた。絶壁娘は、その様子には全く気付いていなかったが・・・。


「勇者様?どうしたのですか?お元気がないようですが」

「酔ったのかもしれない」

バストレル王国から、絶壁娘のツテで馬車(といっても、馬ではなく馬っぽい何に引いてもらっているのだが)をはしらせて2時間。ずっと馬車に乗りっぱなしである。そろそろ、腰も痛くなってきてしまった。それにしても、この馬のような何かは頭がいい。行きたい場所を伝えるだけで、天候、現在の状況を考えて最短のルートを走ってくれるなど、とても便利だ。あとで人参をプレゼントしてやろう。あればだけど。

「それに・・・今から魔王に会いに行くって言うのに、呑気に構えてられません」

「それもそうですが、魔王様は優しいお方ですよ」

「そうなのか?さっきの話だと、自我があまりないように感じられたが・・・」

「自我がないというか、感情が高ぶらないとまともな会話ができないだけですよ。歴代の魔王の力を抑制するためにはものすごい精神力が必要で、余計なことはできるだけしたくないらしいので」

「なるほどな・・・」

無言のままで魔王城へ向かって馬車を走らせる。魔王城への道のりはしっかり整備されているが、結界があるせいなのか、どの方向へ向かえば魔王城へ着くのかわからない。どの方向へ行けば街にもどれるのかもわからないほどである。森の中をあるいているわけでもないのに、おかしな感覚である。

馬車が止まったので、チラッと横を見てみると、街道に沿って露店商がいくつか並んでいる場所についた。町の市場よりは活気がないが、いわゆるお祭りに行く途中みたいな感じで楽しげな雰囲気だ。

「魔王城まではまだ少し歩かなければいけないので、ここで少し休んでいきましょうか」

「あと少しってどれくらいなんですか?」

「そうですね、一時間半、といったところでしょうか」

馬車のスピードが速すぎてどれくらいの距離があるのかはわからないが、休憩するにはちょうどいい具合だろう。

「じゃぁ、休んでいきますか」

「では、露店商に頼んで飲み物をもらいましょう。・・・・ところで、なぜさっきから敬語で話されるのです?もっと仲良くお話ししましょう?」

久しぶりに女性らしい女性と会話したためだろうか、それとも絶壁娘が魅力的過ぎて緊張してしまったのだろうか、無意識に敬語になっていたらしい。

「あ、ああわかった。でも、それなら、そっちも敬語は使わないでくれ」

「ふふ・・・わかりました。それから、そっちなんかじゃなくて、名前で呼んでほしいな」

「名前教えてもらってねぇよ」

「あれ?・・・・ああそっか。絶壁娘っていったんだっけ?まさかそれが本名だと思ってないよね?」

「・・ない・・よ」

「ふふふ・・・私の名前はセルシア。改めてよろしくね、勇者様」

「ああ、よろしく、セルシアさん」

「さん付けじゃなくていいよ?年齢の概念なんてあなたたちと違うんだから、気にしたら始まらないでしょ?」

「わかった。」

そこで、露店の喫茶店で少し休んでからまた馬車に乗り魔王城を目指す。・・・途中の露店で飲んだ飲み物は緑色したへんな飲み物だった。この世界に来てから初めてまずいと思った食べ物だった・・・。


「つきましたよ、勇者様」

「・・・・んあ?」

どうやら眠っていたようだ。起きると、想像にある蝙蝠がたくさん飛んでいるような禍々しいお城ではなく、普通のお城だった。馬車から降りて、魔王城を見上げる。とても大きい城なんだが・・・生き物の気配があまりない。

門番なんかは特におらず、そのまま門をくぐるとものすごく広い中庭があった。その中庭には、見知らぬ人影があった。

「誰だ。断りもせずにこの場所にやってきたのは・・・。魔族と人間?めずらしい組み合わせだな」

漆黒の仮面をつけた男はこちらを見向きもせずに問いかけてきた。漆黒のマントに漆黒の鎧、全身が闇で包まれたその姿は、まるでこの世の影をすべて集めたような存在だった。

「不死王様、お久しぶりです。絶壁王の娘のセルシアです」

「・・・・・横にいるのは・・・」

「父が召還した人間です。これ以上は話せませんが」

「・・・・・・・・」

「行きましょう。勇者様」

そういってセルシアは歩を進める。不死王の横を通り過ぎようとすると

「・・・・ちょっと待て・・・・」

と不死王が俺達を止めた。

「なんでしょうか、不死王様」

「・・・・人間よ、お前が死ぬのは勝手だが、我の同族を巻き添えにはするなよ」

「・・どういうことだ?」

「それは、お前が考えろ・・・・・」

そういって不死王は中庭から風のように消えた。

「・・・・あまり気にしないで、勇者様。不死王様の言葉は時を超越しているのです。私達に理解できるものではありません。・・・あ、けなしているわけではないんですよ?」

「あ、ああ・・・・・」

理解ができなかったので、その時が来ればわかるだろうと思い、今は忘れることにした。


中庭から城の中に入りずっとまっすぐ行ったところに魔王の間があった。その扉から漏れる瘴気は、純粋なものであった。すべてにおいて純粋な空気が、この場所にはあふれていた。

「失礼いたします」

そういってセルシアは大きく、重く、本能的に避けたくなるような扉を開けた。

「魔王様、お話を伺いたく思い、急ではございますが謁見したく参りました」

セルシアが俺を小突く。

「魔王、様、お話を聞かせていただけませんか?人間についての、話を」

魔王は、顔はこっちを向いているものの、精気が感じられない。まるで虚空を見つめているが如く俺達を見ている。

「ごめん」

セルシアは小さな声で一言謝ってから大きな声で魔王に伝えた。

「魔王様、私の隣にいるお方が、絶壁王を殺すために召還された人間です」

空気が変わった。まだ、魔王の顔に精気はないが、目に光がともったような気がした。

「俺はまだ、絶壁王を殺すかどうか迷っている。そのための判断材料として人間についての話を聞かせてほしい。頼む」


しばしの無言の空気の後、魔王が語り始めた。

「・・・・・・・・・・・自分で考え、行動しろ。お前のために。お前にわしが答えることはただ一つ。・・・・・・・・・これは、現実なのだ・・・・・」

魔王は言葉少なに、言葉を出すのも苦しそうに語る。

「絶壁王の娘よ・・・・絶壁王に伝えろ。お前が・・・・・次の魔王だ・・・・と」



そういって、魔王は息絶えた。

驚く暇もなく、また、現実味もない、あっけない幕切れであった。

「ちょっと待て・・・・・いったいどういうことなんだよ・・・」

俺はやっと理解できたらしい、この世界に召還されたのも、殺してほしいと頼まれたのも、すべてが現実なのだと。いいことなのか、悪いことなのか。やっと、机上の空論から現実の世界に来ることができたのだ。しかし、その問題を解くための道筋をひも解いてくれる存在は目の前で死んだ。あっけなく。

「魔王様・・・いや、前魔王様はね、人間との戦争の際に、幾度となく最前線で闘った。数えきれないほどの傷を負った。戦場では、歪風王も、征天王も、前魔王様にみとられて亡くなった。風のうわさでは聞いていたの・・・ここにいる魔王様はあとすこしの命なんだって。もうすこし、長生きしてくれると思っていたんだけど、こんなに早く・・・」

静寂が静寂を包み込むように、魔王の体は消え、俺達が来た方向へと飛んで行った。

「行きましょう・・・お父様にこのことを伝えなくては」

呆然としていて、俺は何も言えなかった。問いに対する答えがないことへの文句も、目の前で亡くなった人に対する言葉も、父が魔王になることに対してのやりきれない感情を持つセルシアに対しても・・・。


魔王城に来るまでにかかった時間の約半分でへパクリフ城へ戻ってきた。俺とセルシアは別れ、俺は自分の部屋へと、セルシアは絶壁王に事の次第を伝えに行った。

(現実・・・これが・・・現実・・・)

魔王の言葉が重くのしかかってくる。これは現実なのだ。本当かどうかを定めるすべなんてないんだが、これは、現実なのだ。魔王がそう言った時点で、そうなってしまったのだ。

(俺は、魔族を・・・・人を殺さなければいけないのか?望まれているとはいえ、人を殺さなければいけないのか・・・・)

「もどってきたなら、挨拶くらいしなさいよ!」

ベルが来たようだ。こいつは今の事態を理解できているのだろうか。

「おい・・・・お前は今の現状を知っているのか?」

「知ってるわよ、新しい魔王の誕生でしょ?まぁ、だからどうなるかなんて考え付かないけど」

そうか。逆に、絶壁王が魔王になったということは、俺が絶壁王を殺すという選択は消えたのかもしれない。そんな希望的観測を見出した俺は、すぐに絶壁王のところに向かった。


「・・・・・・・れが・・・・んのだ・・・・」

「・・・どう・・・・・です・・・・・・・ぜ、いまの・・・・」

国王の間から話し声が聞こえるが、それを気にせず俺は扉を開けた。

「話し中すまない、聞きたいことがあってきた」

絶壁王とセリシアは驚いた顔でこちらを振り返った。いや、驚いた顔というより、怯えた顔をしている。

「な、なんだ?勇者殿、ききたいこととは?」

取り繕ったように絶壁王が語る。まるで何かを隠すように。それよりも、いまは目の前にいる魔王がどう考えているかを知りたかった。

「絶壁王。お前が魔王になった今、俺はお前を殺すという話はどうなるんだ」

「あ、ああ。その話か・・・・すまない。私にも時間をくれないか・・・」

「・・・・わかった」

要件がなくなったので、帰ろうとすると

「この際、勇者様にも協力してもらうというのはどうでしょう・・・。もちろん、勇者様が協力してもいいと言えばのお話ですが・・・・」

とセルシアが言い出した。

「うむ・・・・・」

絶壁王、いや、魔王は悩みだした。しかし、ものの十秒で即決した。

「勇者殿、話を聞いてもらえるか?」

「とりあえず、聞くだけであれば・・・」

「ありがとうございます。父に代わって、感謝を」

「話を聞いた後で、協力するかどうかを判断してもいいんだろう?」

俺は2人に問いかけると、セリシアはうなずき、魔王は静かに語りだした。

「私は、人間に和平を申し込もうと考えている。」

セリシアは驚いている。先ほど話していたのはこの話じゃないのか?と思ったが、とりあえずは、魔王の話を聞いてからだ。

「もともと、私は戦争反対派だった。しかし、防衛戦はしなくてはならない。人間に征服された町の末路を知っていたからだ。しかし、歪風王が亡くなり魔族の結束力が弱まり、征天王が亡くなり魔族の戦争力が衰え、先代が亡くなり魔族の掟が崩壊した。不死王とは先ほど連絡を取ってみたが、闘争があるときのみ呼べとしか言わない。であれば、現状で魔族の未来を決められるのは、私だけ、ということだ。すごいプレッシャーだよ・・・」

魔王は自分の手を見つめている。震えが止まらなくなった手を握り自分を奮い立たせて立ち上がった。

「どう考えても、魔族の負けは決まりだ。であれば、できるだけ犠牲を少なくするようにするのが重畳。人間に和平を申し込む。なに、だれにも文句は言わせないよ。私は魔王なのだから。問題は、人間が敗戦国の我らにどのような条件を求めるか、だ。」

セルシアは絶望にも似た表情をした。最悪に近い想像をしたのだろう。

「お父様、それは・・・」

「なにごとも、やってみなければわからないだろう?」

「そうかもしれませんが・・・でも!」

「悪いセルシア、とりあえず、魔王の話を聞かせてくれ」

「あ・・・ごめんなさい」

「・・・・話をつづけるぞ。勇者殿、そこであなたには和平の場にいてもらいたい。といっても、その状況に辿りつくことができれば、の話だけど」

「俺に何を望んでいるんだ?」

「別に交渉力とかそんなものは望んじゃいない。勇者殿の視点で物事を語ってほしいんだ。まぁ、できれば魔族を良い風に語ってほしいが」

力なく魔王は微笑む。

「・・・・・・わかりました。それくらいであれば協力します」

セルシアは微笑み、魔王は安心したような表情になった。

「よかったよ。まずは、その和平の交渉の場を設ける努力をしてみよう。勇者殿には逐一状況を伝える。ありがとう、よろしく頼む」

魔王は深々と頭を下げ俺に感謝の言葉を述べた。

「では、今日のところはゆっくり休んでくれ。昨日からいろいろあって疲れただろう。精神的にも肉体的にも」

「勇者様、おやすみなさい」

「ああ、2人とも、おやすみ」

俺は部屋に戻った。とりあえずの心配がなくなり、あとは天に運を任すだけになった。とりあえず今日は・・・いや、今日もつかれた。当面の問題は対峙してから考えよう。そう思って自分の部屋に戻った。


それから二日間、俺は厳重すぎるというほどの警備をつけられて過ごした。クマのメイドさんと警備の人としか会うことができず、二日間を過ごした。


この世界に来てから五日目の夕方、セルシアが俺の部屋を訪ねてきた。

「おはようございます。勇者様。お元気ですか?」

「おはよう。セルシア。元気は元気だけど、やることがないよ。書物を読むくらいしかやることがない。でも、気になることは調べ終わったし、今は暇で暇でしょうがない。」

「では、私が話し相手になってあげる?」

「頼むよ」

「ふふふ」

「なんだよ」

「やっと年相応な勇者様がみれたなーって」

「そう・・・か?」

「そうだよ。いまさらになってそんな表情をみせてくれるなんて。まったく、暇すぎてやっと私の大切さに気が付いたの?」

「まだ知り合ってから一週間もたってないだろ」

「あら?愛は時間を超越しますのよ?」

小悪魔のような微笑みで俺をからかう。・・・魔族だから小悪魔っていうのはあながち間違いじゃないけど。

「何か飲まれます?私、これでも紅茶を入れるのはうまいんですよ?」

「そうなのか?じゃぁコーヒーを」

「もぅ!紅茶っていってるでしょ?」

「冗談だよ。んじゃ、お願いしていい?」

「頼まれました。ちょっと待っててくださいね」

そういってセルシアは紅茶を淹れる準備を始めた。

「なんか本格的だね。」

俺はセルシアがポットをお湯で温めている姿を見て言った。

「勇者様をもてなすのに、中途半端にはできないでしょ?」

そういってセルシアは高級そうな茶葉をとり、独り言を言いながら紅茶を淹れ始めた。

「今日の湿度を考えると、お湯の温度はこれくらい・・・この茶葉だと蒸らしは・・・・」

本当に紅茶を淹れるのは上手なようだ。俺は楽しみにセルシアが紅茶を淹れるのを待っていると

「・・・勇者様、そんなに見られると恥ずかしいです。緊張して紅茶を淹れるのを失敗してしまいそうです・・・」

「あ、ご、ごめん」

自分でも気づかないうちにセルシアに見入っていたようだ。ちょっと名残惜しいがセルシアから目をはなし、窓から風景を見ることにした。

「それにしてもさ、ここっていい場所だよな」

「どこがですか?」

セルシアは首をかしげながら紅茶を淹れている。

「いや、俺の育ったところではさ、人が多くて自分のうちの隣にだれが住んでいるのかとかよくわかっていないんだ。だけど、この町はそんなことはなくて、みんながみんな仲良く暮らしている。それってすごいことだとおもうんだよね」

「魔族というのは、とても個性を大事にします。だからこそ、隣人を愛して、敬う。ちょっとヘンなところがあっても、それを大事にすることを子供の頃に教えられるんです。ほら、魔族っていう一括りだといろんな姿の人がいるでしょ?だからそんな考えが生まれたんだと思うんだけど・・・・はい。できましたよ」

セルシアは紅茶を俺の前においてくれた。落ち着く香りのする琥珀色の紅茶だ。紅茶のことはよく分からないけど、これはとても好きな香りだ。

「どうぞ、召し上がれ」

「いただきます」

一口飲んでみると、優しさが口に広がるような、そんな味がした。

「おいしい」

「ふふ、ありがと」

そういってセルシアも自分の分の紅茶に口をつける。

「よかった。うまくできた」

「なんだ?自信なかったの?」

「だって、自分のいれた紅茶を人に飲ませるのなんて初めてなんだもん」

「そうなのか?」

「いつもはふーさん。あ、クマのメイドさんね。あの人が紅茶を淹れてくれるし、自分でやろうとするといつも、「私がやります!」っていって淹れさせてくれないんだもん」

「ははは」

そんな雑談をしていると、俺の部屋の前にいた警備の人が部屋の外から声をかけてきた。

「勇者様!魔王様がお呼びです。国王の間までお願いします。」

「わかりました」

そういって俺は紅茶を一気に飲み干し、立ち上がった。

「あっちぃ・・・」

「ふふふ、いってらっしゃい」

「いってくる、紅茶、うまかった。ごちそうさま」

そういって俺は国王の間まで向かった。


「失礼します」

扉を開けた先には魔王が今までないような厳しい顔つきで玉座に座っていた。

「ああ、来てくれたか。・・・早速だが、和平の交渉について、時間をとってもらえることになった。急な話だが、明日、国境で人間たちの国王と私達で会議を行う。」

「いきなり・・・ですね」

「あっちはできるだけ早くケリをつけたいのだろう・・・。いろいろ準備があるので私は先に行っているが、勇者殿は明朝、セルシアと向かってきてくれ。」

「わかった」

「それでは、また明日」

そういって魔王はマントを翻し、国王の間から去って行った。

自分の部屋に戻ると、まだセルシアが後片付けをしていた。

「あれ?早かったじゃない」

「ああ。明日、人間たちと会議を開くことになったらしい。」

「・・・・え?明日!?」

「それで、明朝、セルシアと一緒に向かってくれって。魔王は先にいってると」

「・・・わかりました」

それから、晩御飯を食べ、早めに休むことにした。明日はどうなるのは、予想もできないが、とりあえず、体だけは休めておかないと。夕方に飲んだ紅茶のおかげだろうか。不安なはずなのにゆっくりと眠ることができた。


明朝、まだ日が昇っていない時間から、移動を始めた。前回、魔王城に行くのにのっていたような馬車ではなく、空を飛ぶ鯨のようなものに乗って会談の場所まで向かう。所要時間は二時間ほどらしい。

「勇者様、上空は寒いので、これを」

といってクマのメイドさんに渡されたのは、ものすごく大きいコートであった。・・・これ、オーガとかサイクロプスとかが着るようなサイズじゃないのか?

「すいません。大きいものしかなくて、それしか用意できませんでした。」

「いえ、大きいならそれで充分です。」

俺はさっそくそのコートを羽織り、鯨に乗り込んだ。

セリシアもクマのメイドさんからコートを受け取って羽織り、俺の後ろに乗り込んだ。

「「いってきます」」

俺達がクマのメイドさんにそう告げると、鯨は空を泳ぎ出し、あっという間に上空に辿りついた。

「すっげぇ・・・」

ちょうど日が昇る時間帯だったので、空飛ぶ鯨に乗り、空から朝日を覗くことができた。とてもきれいだ・・・。

「綺麗ね・・・」

(お前のほうが綺麗だよ・・・って!何を言おうとしているんだ俺は!)

「・・・・あ、ああ・・・・・」

どうにも俺の気の迷いで変な間が開いてしまったようだ。ちょっと気まずい。

「・・・・・・・ねぇ、勇者様・・・・」

「・・・・どした」

後ろからコートを引っ張られる感触があった。

「どうしたん・・!・・・」

セルシアが俺のコートの中に入ってきて二人羽織みたいになった!

「だ、って・・・・な・・な・・・・なん・・・・」

「ごめん。ちょっとだけ、ちょっとだけ・・・・・」

セルシアが寄り添ってくる。寄り添ってきたことでわかったのが、セリシアは震えていた。きっとそれは、寒さのせいではないのだろう・・・・。

「・・・・あ~、そういえばさ、この鯨、結構な速度が出るよな。しっかりつかまってないと危ないんじゃないか?」

「・・・・え?・・・・」

「・・・あぁ、もぅ!しっかりつかまってろって言ってんだよ!」

そういって俺はセルシアの腕をつかみ、俺の胸のあたりまでもってきた。・・・・つまり、セルシアが後ろから俺を抱きしめているような格好にした。

「え?あ、ちょ・・・えと・・・・」

戸惑っているようだが嫌がっている感じはない。よかった。ちょっと心配だったんだが。

「・・・えっと、あれだ。上空の寒さはすごいな。震えちまうよ。こいつの速度もすごいな。風が目に入って泣いちまいそうだし、つかまってないとふり払われるな」

「・・・うん。しっかりつかまってる」

そういってセルシアは俺をぎゅっと抱きしめる。自分の震えを止めるように。

「・・・・ありがと」

その言葉が聞こえないふりをして、赤くなった顔を見られないようにして俺は進行方向をしっかりとみた。


「ありがとな、くじらくん」

そういって空飛ぶ鯨から降りる。会議の場所となるのは、人間の治める大陸と魔族が治める大陸のちょうど間にある関所の街イヴロックだ。人間との戦争の名残なのか、ところどころ家が焼け落ちていて、壁には銃弾の跡・・・見たくもないが、崩れ落ちた家の床には赤黒い液体が乾いてこびりついている。

「・・・・・行こう」

セルシアは足早に関所に向かった。俺もそれについて行き関所に向かった。

関所の前では警備の人たち、人間と魔族がそれぞれ冷戦状態だった。まぁ、それもそうだろうな。人間側の警備の人が俺を不審そうな目で見ている。まぁ、それも納得できる。だが、あの魔族側の警備の人はなんなんだ。蒼白い馬を連れた騎士なのだが、まったく生気がない。いままでこの世界でいろんな人に会ってきたけど、この人は違う。生きていないけど、死んでもいない。いうなれば、死の瞬間そのもののような存在だ・・・。

「早く行け」

その騎士は、低くこもった声でそう言った。人間側の警備の人たちの目もあったので、足早に関所に入る。すると、すでに魔王と不死王、人間側の国王らしき人が四人席についていた。先ほどの警備から見られた以上の不審な目を国王たちから向けられているのを感じた。

「ああ、来たか。魔族の会議出席者はこれで全員そろった。そちらは?」

「フン。すでにそろっておるわ。そっちから和平を申し込んできたのに、わしらより遅く来るなど、礼儀がなってないんじゃないか?」

「申し訳ございません」

セルシアは深々と頭を下げた。

「まぁ、いいじゃないですか。さっそく会議を始めましょう。おっと、その前に自己紹介を、一番左から順に、ラヒトー国王、リンター国王、クラテス国王、そして私がエル・リストと申します。以後、お見知りおきを」

「こちらも自己紹介しなくてはな。私が魔王だ。そして、不死王、私の娘のセルシア。そして、我が国の勇者殿だ」

「ふん。勇者とは勝手な。勇者と言えば、人間に味方するに決まっている。人間こそが正義なのだからな」

リンター国王は眉間にしわを寄せてそう言い放った。

「自己紹介も終わったことだし、和平についての話を始めさせてもらう。まず、そちら側の要望を聞きたい。わが軍が劣勢なのは日の目を見るより明らかだ。できることはさせてもらう」

クラテス国王とエル・リスト国王は「ほぅ」と感嘆の声を上げたが、ほかの二人は薄気味悪い笑みを浮かべた。エル・リスト国王は、先陣を切って話し始めた。

「私とクラテス卿は多くのことは望みません。魔族は私たちの国に攻めてくることはなかった。しかし、一部の魔族はこちらの大陸で暴動を何回か起こしている。その魔族たちをこちらの法律で裁けるようにすること。そして、そちらの技術の提供。魔法の人間のための活用。一部の領土をいただくこと。それくらいでしょうか」

聖人のような国王だ。最後の要求以外はいわゆる和平の協定にありがちなものだ。最後の要求に関しては・・・・まぁ、こちらが敗戦国と考えるとしょうがないことなのだろう。そうでないと・・・。

「示しがつかん!!!」

ラヒトー国王が憤怒の雄たけびを上げた。

「こいつらは魔族なのだぞ!まぁ、魔族に味方する人間失格、いや、家畜同然の輩もいるがな。」

ラヒトー国王は俺を見下しながら語り続ける。

「ふん、魔族など法を罰した時点、いや、存在自体が悪なのだ。人間とかかわらなければいいものの、無駄に関わってくる。人間様に関わった時点で殺してしまえばいいのだ。魔族の技術など取るに足らん。魔法などという野蛮なものはすべて排除してしまえばいい。領土の件については、一番西の死の大地に魔族を追いやり、ほかは全部いただいてしまえばよいのだ!」

リンター国王もそれに続けて語りだす。

「もちろん、別にすべての魔族を死の大地に追いやる、というわけではない。こちらは、そちらに労働力を提供していただきたい。人間のための、ね」

ちっ、腹の立つ笑顔で語りやがる。その労働力とやらも、どんな内容なんだか知れたこっちゃない。

「それは・・・難しい。いくら戦争で魔族の総人口が減ったからと言って、死の大地で暮らせるほどまでには減っていないし、死の大地はそもそも暮らせるような場所ではない。」

魔王がここまで感情を出して話しているのは初めて見た。魔族のために必死で交渉しようとしているのだろう。

「我々が和平の交渉として望むことは3つ。魔族の人権の尊重、領土をせめてバストレル王国から魔王城までは魔族のものとしていただくこと、そして、貿易の強化。こちらの大陸で採れた作物などをそちらの大陸に輸出したい。逆もまた然りで、そちらからの輸入も・・・」

「なんたる傲慢!」

ラヒトー国王は机を叩き、いきり立って叫び始めた。

「貿易の強化など、するわけがなかろう!なぜそちらの作物なんぞを輸入せねばならんのだ!そのようなもの、豚の餌にしかならんわ!それに、魔族の人権だと!笑わせるな、畜生が!魔族など、人間にとって奴隷、奴隷にもならない魔族など、生きてる価値などないわ!」

傲慢なのはどっちだ。俺も何かを発言したいが、火に油を注ぐだけなのだろう。歯がゆい。どうにかしたい状況なのに、なにもできないなんて・・・・。同じような顔をセルシアもしている。きっと、俺に似たような気持ちなんだろう。

「フ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

驚いた。今まで何も話さなかったあの、不死王がいきなり笑い出したのだ。人間の王四人も驚いているが、一番驚いているのは魔王のようだ。

「な、何がおかしいのだ!」

ラヒトー国王は若干うろたえながら叫ぶ。

「いやいや、笑わざるを得ないだろう。人間というのはここまで堕落したのか。いやはや、我が師に顔向けもできん。もはや救いようもない。信者であろうと関係ない。なんであろうと、今一度シュメルの大洪水をおこしでもしない限り、どうしようもないだろう。フハハハハハ」

不死王はやっぱり・・・。

「貴方はなにものなのですか・・・」

リンター国王は完全に怯えながら不死王に問いかけた。

「あ、あなたはいったい何なのですか!?」

「私ももとは人間でね。高名な師に出会い、旅をした。その教えを伝えるために教会なんかも作ったりした。・・・・一番愛された弟子、とは私のことだよ。師の教えを永遠に伝えるために聖杯を飲み、死なないからだとなったが、まったく、人間というものは変わらないな。いや、悪いほうにしか変わらないのだな。私が主の代わりに、聖人の代わりに裁きを与える。私に残された力は少ないが、それでも、三分の一の人間を殺すことはできる。六番目のラッパは、今!鳴らされる!」

エス・リスト国王の怯えの表情が、絶望の表情にかわった。

瞬間、トランペットの音が聞こえた。そして、不死王とペレルライダーは自らの死と引き換えに、野獣を解き放ち、疫病をもたらした。瞬く間、生きている人間の三分の一は、音も立てずに亡くなったという。この場にいた、クラテス国王は獣に喰われ、リンター国王は一瞬にして体中の血液を失い、骸と化した。

「な、何なんだこれは!」

俺とセルシア、ラヒトー国王は、まったく物事を理解できていないが、魔王とエス・リスト国王だけが、物事の終末を理解していた。

ラヒトー国王がいろいろな感情を孕んだ声で叫ぶ。

「け、決裂だ!人間をこんなにも殺しておいて、和平も何もあったものか!戦争だ!全面戦争だ!」

そう叫び、生き残った護衛と馬車を走らせ、自国に急いで帰って行った。

「どうしようもないな・・・・この状況では」

そういって、絶望の顔をしたもう一人の国王は語る。

「まさか、使徒様がそちらにいたとは。それでも、魔族が人間の三分の一を殺したとあっては、国論は決まったようなもの。こちらからも、戦争を仕掛けなければいけない状況です。これはもはや、止められないものなのです。・・・・・明日、戦場でお会いしましょう。」

残された魔王、セルシア、俺の三人は呆然と立ち尽くすしかなかった・・・・。


そのあと、無気力なままヘパクリフ城にもどり、眠れない夜が訪れた。

俺とセルシアは、なぜかずっと俺の部屋で二人でぼーっとしていた。俺が1人きりになりたくなかったのか、セルシアが不安に押しつぶされそうだったのか。それはわからない。むしろ、もっといろんな要因があってこの状況になっているのだろう。

「ごめんなさい」

何の前触れもなく、セルシアが謝った。

「俺も、何にもできなくて・・・・・ごめん」

「なにが正しかったんだろう・・・・」

「わからない」

「これから、どうすればいいんだろう・・・」

「わからない」

「・・・・・・・あーもぅ!」

セルシアは、目の前にあった酒を一気に飲み干す。

「うへぇ・・・・おいしくない・・・」

「おいしくないなら、飲むなよ・・・」

「・・・・・・いまから、酔わなきゃ言えないようなこと言うからね」

「・・・・なんだ?」

「わたし、勇者様ってもっと簡単に世界を救ってくれる人だと思ってた。それが、お父様に俺を殺せ~とか言われてうろたえてるし、魔王様、あ、先代のね。に会おうって話になったときにも怯えてるし、なんか普通の人なんだなーって」

「そらそうだよ。俺は普通の人間だ」

「だけどね、勇者様は常に優しさがあった。だから・・・・。私が鯨の上で怯えていたときに優しくされたときは、本当にうれしかった」

「もし、俺が下心満載でも?」

「私がうれしかったから、別に下心があってもいいよ・・・・だから」

「・・・だから?」

「もし、戦争になって、この国が勝利して、お父様を死なせずに済んだら・・・・・私を・・・」

俺はセルシアの言葉をさえぎった。

「なぁ」

「・・・なに?」

「勇者って呼ばれてるやつが、そんな理由で頑張ってもいいか?」

「・・・・あなたは、最初からかっこいいよ」

セルシアはこれ以上ない微笑みを見せてくれた。


翌日、軍議が始まった。といっても、ろくに戦術なんかもわからない俺じゃ、なんの役にも立たない。人間の数が減ったことから、当面、人間軍は攻めてこないだろうという仮定を立てた。そこから議論が進まない。あーすればいいこーすればいい。どれも一長一短で何を選択していいのかもわからない。そんな状況である。そんな何も進まない軍議が四時間ほど経ったのち、事態は急変した。

「人間軍が攻めてまいりました!」

伝令が叫ぶ、警報が鳴り響き、悲鳴があちこちから聞こえる。

「とりあえず、出るぞ!」

魔王軍は戦闘の準備を大急ぎで始める。そんな中、俺は魔王に声をかけられた。

「勇者殿、これを」

そういって渡されたのは今になっては懐かしい俺が召還された媒体。宝剣であった。

「戦いが始まれば、勇者殿を守っている余裕などない。戦争に出てくれ、戦ってくれなどとは言わない。自分の身は自分で守ってくれ。」

「・・・・はい」

もしかしたら、魔王と会うのはこれが最後なのかもしれない。そう思うと涙が出そうになる。別に長い間一緒にいたわけじゃないが、俺にとっては、大きい存在になっていたらしい。

「あと、セルシアを頼む」

「・・・・はい」

そういって、魔王は戦場に赴いた。それを俺は、魔王の背中を見えなくなるまで見続けることしかできなかった・・・。

俺は、自陣で待機することとなった。闘うことに関しては何もできないものの、俺の知識が何かに活かせるかもしれない。そう考えて、本陣にとどまることにした。昨日見た国王の護衛の装備からして、その特質を考えて弱点を各隊長に教えていると、遠くから銅鑼の音と雄たけびが聞こえた。

「来たか・・・・・魚鱗の陣をしけ!自分たちから攻めることはしなくていい!前衛は反撃することだけを考えろ!後衛はいつでも魔術砲を発射できるように準備しておけ!人間たちは士気が下がっている!恐れることはない!」

「「はい!!!」」

魔王の指示で兵士がてきぱきと動きはじめる。

目の前で殺し合いが始まる。見たくはないが、目はそらせない。それがここにいる理由だから。この世界を救うことのできなかった俺のせめてものケジメとして。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」「お、お母さ、ああああああああ!」「死ね!死ねぇ!!!」「死にたくない、死ぬたく・・・・・・・」

いろんな声が聞こえる、そのどれもが自分たちは間違ってないと叫ぶ、正義の声なのか。こんなものが正義なのか・・・・。

どれほどの時間がたったのだろう。戦場には死体が群がり、それでも殺し合いをやめない、自分が正しいと信じて、自分が間違ってないことを証明するために、殺し続けている。耐えられなかった。何もできない自分が耐えられなかった。

「あああああああああああああああああああああああああああああ!」

叫びをあげながら俺は戦場に走る。なにができるかできないかなんて知らない。なにもできないで自体が変わって、大切なものを失うより、できないことをして死んだほうがまだましだ!

戦場につくと、いつか会ったリザードマンがいた。壁にもたれかかって、だれがどう見ても瀕死の状態だった・・・。

「お?勇者じゃねーか」

「ザード2世か!?」

「よぉ、元気そうで何よりだ」

「貴方も、戦争に参加していたんですね」

「ああ、俺は人間に恨みを持っている。だから闘う。」

立ち上がろうとするが、ザード2世は血だらけだ。前に会ったときにも傷を負っていたのに、その状態で闘いに出れば、こうなることはわかっていただろうに。

「男にはなぁ・・・できなくても、やらなきゃいけないことがあるんだよ・・・・・・・・・・・おい、勇者。俺にかまっている暇があるなら、行け。走れ。それができなきゃ戦場になんて来るんじゃねぇ・・・・・・戦争っていうのはよ誰かが死んで・・・・誰かを殺した奴が英雄になる・・・・ただそれだけのもんなんだよ・・・・。今回は、俺が死ぬ番だった。」

「待て!まだ助かるだろ!手を貸せ!俺が今すぐ城に・・」

「うるせぇ!・・・・・・勇者・・・・・大切なものを守るために・・・・・・行け・・・・。あの世で会うことができたら、もう一度、息子と3人で飲もうぜ・・・・・」

そういってザード2世は息絶えた。

「っ・・・・・ちくしょうがぁぁぁぁ!」

俺は叫びながら走った。この感情が何かはわからない。ただ、走らずにはいられなかった・・・。途中に屍になっている人間をいくつも見た。その中に友人に似ている人もみつけた。頭を振りながらあれは友人じゃないと自分に言い聞かせた。

無我夢中で走り続け、傷を負い、傷を負わせ、それでもまだ歩みを止めることはできなかった。戦いを終わらせるために。

しかし、俺が魔王を見つけ出した時には、戦いはすでに終わっていた。いや、また新たに始まろうとしているところだった。


「きゃはは、ひさしぶりー。げんきしてたぁ?」

その声は、俺がこの世界に呼ばれたときに聞いた、あの声だった。

ベルは人間ほどの大きさになっており、右手に魔王、左手にラヒトー国王を、2人の大男を持ち上げていた。その足元にはエス・リスト国王の亡骸があった。

「・・・ベ・・・ル・・・・なぜ・・・・・」

「なぜぇ?理由は、あなたが一番よぉ~くわかってるんじゃない?ぜっぺきおう?」

「貴様、魔族の分際で・・・・」

「うるさいなぁ、えい」

「ぁ・・・・・・・」

ベルは何の躊躇もなく、ラヒトー国王の首を折った。

「もう、こんなに血―いっぱいだしちゃって、きちゃないなー」

そういって、肉塊を投げ捨てる。

「魔王に逆らうと、こうなるんだよ。わかった?って、もう死んじゃってるかぁ」

「魔王・・・・だと?」

「あれぇ?気づかなかったぁ?先代が死んだときに、大きな魔力が私に流れてきたことを。まぁ、普通の人間じゃわからないか。ってか、先代が死んだのに、歴代魔王の力と記憶が受け継がれるって知ってるでしょ?なんでこいつがそうなってないか、少し考えればわかるでしょぉ?」

そういって、絶壁王の首を捻りあげる。

「かはっ・・・う・・・ぐぅ・・・」

「やめろ!」

「ふふふ・・・・わたしもぉ、まおーのきおくをうけついじゃったからぁ・・・・モゥ、ジブンガセイギョデキナインダヨネェ。」

「勇者様、ご無事で・・・え?お父様!」

タイミングの悪いときにセルシアが来てしまった。

「お父様!!!!」

「くるな!」

嫌な音がした。乾いた音が。

「貴様ぁ!よくもお父様を!!」

「フフフ、憎シミハ美シイ」

「きゃぁぁ!」

まるで虫を振り払うかのような動作でセルシアを吹き飛ばす。その動作だけでセルシアは死に体だ。

「俺は・・・・俺はぁぁぁ!」

一心不乱にベルに突っ込む。しかし、ベルは俺を見向きもせずに魔法を放った。

「っち・・・・・く・・・」

「フフフフフフフフ・・・ふぅ・・・・感情が高ぶるとコントロールが効かないねぇ。前の魔王は逆だったんでしょ?」

ベルは一時自我を取り戻したようだが、それでも、今の俺達に勝てるすべはない。瀕死の俺達に、ベルが話しかけてきた。

「最後に、なにか聞きたいことはある?二つだけ、教えてあげる。私ってば優しい~。二つも教えてあげるなんて~」

とりあえず、時間を稼いで考えるしかない。そう思った俺は、問いが長引きそうなひつもんを考えた。

「・・・・・・どうでもいいことだけどよ、気になってたんだよ・・・。不死王が最も愛された使徒だっていうのはわかった。では、絶壁王や歪風王、征天王は誰だったんだ?」

「そんなことが知りたいの?まぁ、教えてあげるって言ったのは私だしね。いいわ。教えてあげる。征天王が龍よ。九頭竜って聞いたことがあるでしょ?あの八岐大蛇よりも上の九個の首を持つ龍の王様。いまだに、なんで征天王が人間に殺されたのかは不思議ね~。んで、歪風王っていうのが、そのまま。付喪神の集合体だったのよ。いろんなものがついていたから、自我なんて無くて、人間に攻められてピンチに陥ったらすぐに自爆してたわよ。そして、絶壁王の正体は・・・・なんていったけなー。フルカネルリだっけ?錬金術でなんだかんだやる人、それが絶壁王の正体だったのよ。・・・もうひとつは?」

後ろでセルシアが俺にアイコンタクトを送っている。これが、最後のチャンスだ、と。

「お前の正体はなんだ?」

「ベル・リアル。べリアルって言えば、聞いたことあるんじゃない?」

「・・・なるほどな・・・」

俺は勢いよく立ち上がってベル・リアルに向かった。

「おっらぁ!」「いぃぃやぁ!」

「無駄だよぉ、勇者様?・・・・後ろからセルシア様が来るのもバレバレ」

ベル・リアルは首を傾げるだけで俺達の剣戟を交わした。金属と金属がぶつかり合う音。その音の後に、俺達は巨大な光に包まれた。

「な・・・んで・・・・」

「なんでもくそもあるか。お前が宝剣について教えてくれなかったから、自分で調べたんだろうが。」

「え?・・・・あ・・・・」

やっとベル・リアルはセルシアが持っているのが、もう一つの宝剣であることに気が付いたようだ。

「あはは・・・・完璧に私の失念だぁ・・・」

「「行け、虚空の彼方へ」」

「ばいばい・・・・ゆうしゃ・・・・」

そういって魔王は消えた。先代が消えた時と同じように、跡形もなく。


魔王を倒した瞬間、俺の体が光り始めた。召還の術者がいなくなったためだろうか。

「え?・・・え!?」

セルシアは事の次第に頭が追い付かないらしい。まぁ、いろんなことがあったからな。

「セルシア・・・俺は勇者なんかじゃないよ。何も救えなかった。何もできなかった。」

「そんなことない!勇者様は私を守ってくれた!この国もこれから守ってくれる!そうなんでしょ?」

「・・・どうやら、無理みたいなんだ。ごめん。勇者がいると、新しい戦いが起こる。平和になった世界に、勇者はいらないんだ。わかるだろ?」

「わからない!ぜんぜんわからないよ!」

「ごめん。そろそろ時間みたいだ。」

「ちょっと待って!ゆうしゃ」

「俺は勇者じゃないよ。俺の名前は・・・・・・・・」





本当に貴方は勇者なんかじゃなかったね。だって、私をこんなに悲しませるんだもの。






気づくと、俺は自分の部屋にいた。あの世界での出来事はなんだったのだろうか。夢なのかもしれない。俺が消えた時から時間は10時間後の5時過ぎ。夢だったのか、と思って立ち上がろうとすると、体のあちこちに痛みが走り、立ち上がることができなかった。

「・・・・現実だったのかな・・・・」

そんな独り言をつぶやき、ゆっくりゆっくり立ち上がる。立ち上がるとほぼ同時に

ガタンガタンガタンゴトンガタンガタンガタンゴトン

「ワンワンワンワンワンワン!」

2つの音が同時に聞こえてくる。体が痛くても、いつもの日課だと思うと体が勝手に動いてしまう。

ベランダを開け、てん君に挨拶をし、散歩に行く。いつもの朝、いつもの風景に、いつもとはちょっと違う俺が歩き始める。

俺が違うってことは、俺から見える世界全てがちがうってことみたいだ。以前までは気にしなかったことが目に入る。看板、動物、植物、いろんなものが。

その中で、今俺の目に一番に入り込んできたのは、空高くある雲だった。なぜか、あの雲が、夢の中に出てきた女の子に見えて、俺はその雲に向かって、これ以上ないほどの笑顔を見せた。

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