表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あめのおんがく  作者: 水上 小夜花
3/4

3.晴れ

「空が青い」


 ふいに、先生が言った。


「空はこんなにも青かったんだね」


 そう言われて外を見ると、確かに、空はとても青かった。


 ついさっきまで厚い雲に隠れていたけれど、その上の世界には、こんなに鮮やかで明るい光が広がっていたのか。


 所々浮かぶ白い綿雲が、より青さを引き立てている。


「僕は最近、音楽を楽しめなくなっているんだ。……というより、今まで音楽だと思ってきたいろいろな音を、音楽だと思えなくなってしまったんだよ」


 なるほど、それで最近先生は、ピアノを弾いてくれなくなったのか。


「音を聞くことは、とってもわくわくすることだったよ。音は、みんな、僕の友達だった。でも、今は……」


 先生のピアノは、一粒一粒の音をとっても大切にしていて、それが美しかったんだ。


 きっとそれは、先生がほんとうに、全ての音が愛おしくてたまらなかったからなのだろうな、と、ぼくは思う。


 先生のピアノが聴けないのは残念だけど、でも、でも。


 先生ならまたきっと、音が大好きになれる気がするから。


「先生、ゆっくり、休んでいいんだよ」


 そんな気持ちを込めて、ぼくは先生に頭を擦り付けた。


 先生に伝わったかはわからない。


 けれど、ほんの小さな声で、先生が、ありがとう、と、つぶやいた気がした。






 僕は一度音楽と距離を置くことにした。


 今日は、彼を連れて森へ来てみたのだ。どこまでも続く、木、木、木。


「森の緑は、こんなに鮮やかだったんだね」


 と、僕は言った。


 最近気がついたことが、たくさんある。


 僕は今まで、目が見えなかったわけではないけれど、世界で、音しか聞いていなかったのではないだろうかと思われる。


 そのくらい、音に執着しなくなった今、目に見える発見がたくさんあるんだ。


 湖のほとりまでやって来た。


 水面が眩しいほどに煌めき揺れて、美しい。


 抱いている彼の方を見てみると、湖の光が反射して、瞳がキラキラと輝いている。


 空や森の鮮やかさも、湖の煌めきも、僕は知らなかった。


 ああ、世界は、明るいんだ。






 家に帰ると、先生は夕飯の支度を始めた。


 今までは野菜1つ切るにしても、トントントン、というリズムを刻んで、先生は楽しんでいるようだった。


 でも、今日は、違う。


 先生はトマトを半分に切ろうと包丁を入れ、音をほとんど鳴らさずにゆっくり切った後、ぼくに断面を見せて、


「ほら、トマトは、中までこんなに赤かったんだね! お日様をたっぷり浴びたんだろうか、とても美味しそうだ」


 と言った。


 ぼくはトマトを食べたことがないから、赤いと美味しいのかは知らないけれど、でも、なんとなく、美味しそうだと笑顔で喜んでいる先生を見ていると、きっと美味しいんだろうな、と思えてくるんだ。


 いつか、食べてみたいなあ。


 食事を摂りおえると(ぼくは結局トマトは食べず、いつものエサを食べた)、先生はお風呂に入った。


 今日は森に散歩に行ったから、ぼくもお風呂に入れられた。


 ぼくはシャワーは不得意だけど、湯船に浸かるのは嫌じゃない。


 今までだったら、ぼくが湯船にいる間、先生は指だけ浴槽に入れて、バシャバシャとリズムをとって遊んでいるのだけど、今日はただじっと、ぼくを見ていて、「気持ちいいかい?」なんて聞いてきた。


 なんだか少しだけ、寂しいような気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ