第4話 長岡さん、チートアイテムを貰う。
「神ですか」
「正確には神のようなものだけどね。あまり驚かないな」
「まあ、この状況ですし」
「せやなあ」
神を名乗る少年は、長岡と城嶋のリアクションの薄さに少しばかり拍子抜けしたようだった。
「まあいいか。話を進めよう」
神を名乗る少年は一つ咳払いをした。
「君たちをこの世界に呼んだのは、ぶっちゃけてしまえば座興のようなものだ」
「いきなり酷いことぶちまけよったな」
「まあまあ城嶋さん、続きを聞きましょう」
城嶋は盛大に顔をしかめた。やんわりと宥める長岡も、表情にこそ出さないがいい気分ではない。
「私は神々の間で調停者のようなことをやっていてね。非常に多忙なんだ。私は神々《クソッタレども》ほど全知全能ではないから、できることも限られていてね。ストレスもたまる」
「そのストレスを、我々を使って発散させていると」
「いかにも。君たちのような、少し面白みのある人間をこの世界に集めて、観察するのが私の趣味だ」
ふぅむ、長岡は少々首を傾げた。
「この"世界"? この"星"ではなく?」
「ああ。君たちには理解が及ばないかもしれないが、世界というのは数多あるものだ。君たちの元居た世界を我々は「第35世界」と呼んでいるし、今君たちが存在しているこの世界は「第404世界」と呼んでいる」
「404……NotFoundかいな」
「君たちの世界からは観測できないから、ある意味ではそうだろうね。ここは私が私的に管理している世界だから、人を送り込むくらいは難なくできる」
「第35世界も、あなたが?」
「いいや、あそこは管理者のいない世界だ。神々共有の遊び場だよ。故に、世界を離れた君たちをここに呼び込んだのさ」
「それは、死んだという意味でよろしいですか?」
「ああ。35世界のくびきから離れた君たちを404世界に呼び込んで仮初の肉体を与えた。と、まあそういうことだね……ああ、仮初めといってもちゃんと実体があるから、触った程度ではわからないよ」
仮初め、という単語に反応してペタペタと自分の体をあらためる二人を見て、神はようやく溜飲が下りたように笑った。
「さて、君たちをここに呼んだ理由だけど。もう少し突っ込んだ話をしよう。私は息抜きにこの世界を観測するのが何よりの楽しみなのだけど、ここ最近この世界は停滞していてね。面白みが薄れてきたんだ。そこで、君たちにはこの世界をかき回してほしい」
「かき回す、とは。一介のホームレスには、少し荷が勝ちすぎるようにも思いますが」
「せやな。一介の古物商にも同じくや。目的がアバウトすぎて、何をすればええんかさっぱりわからん」
長岡と城嶋は、そろって神の言葉に難色を示す。彼らの本心を端的に言い表せば、「面倒くさそう」の一言に尽きた。
神としてもこの回答は予想づくだったようで、小さく笑った。
「まあ、しばらくは君たちに焦点を当てて、その冒険を楽しませてもらおうってことさ」
「僕たちはSimみたいなもんってことかいな」
「そうだね。市長になってくれてもかまわないよ? それもそこそこ楽しめそうだ。まあ私としては、魔王退治の旅などやってくれたほうが楽しめるのだがね」
城嶋の有名シミュレーションゲームになぞらえた例えに乗っかる形で神は、「もちろん手助けもしよう」と続けた。
「この「DICE」を君たちに授ける。手を出したまえ」
神の言うままに手を差し出した二人の掌に、赤と青の十面体がそれぞれ手渡される。見た目は、そのまま十面体のサイコロである。刻んである数字は、0~9。ただし触感は木でもなく、プラスチックでもなく、金属でもない。不思議な肌触りと、かすかな温度を感じる。まるで生き物のようだ、と長岡は思った。
「それは「DICE」。二つで一組の、運命改変装置だ」
「ほう、運命」
「改変装置ぃ?」
長岡は感心したように、城嶋は訝しげに。それぞれ神の言葉を反芻しながら、手の中の十面体を突いたり転がしたり、またはしげしげと眺める。やはり、それはそんな仰々しい代物には到底見えなかった。
「長岡。君に渡した赤いほうが、運命初期化子――デステニー・イニシャライザー」
「ほほう、なんともハイカラなお名前で」
「城嶋。君に渡した青いほうが、事象改変機構――C・エンジン」
「いやCってなんやねんCって」
「それに関しては聞いてくれるな。あまり深く知るといろいろと面倒なことになる、とだけは言っておこう」
主に著作権とか。
「二つの装置の頭文字をとって、「DICE」というワケですね」
「安直やなあ」
見た目がまんまサイコロで略称がダイスというのは、作為を感じざるを得ない。
「まあ、お察しの通り略称から逆算して付けた名前だよ。本来の名前は君たち人類には発音できないからね、ちょっとした遊び心と言う奴さ」
神が茶目っ気たっぷりにウインクをした。女性ならばAPPでの対抗ロールが発生して魅了状態になる可能性もあったが、相対するのは野郎二人であるから特に何もなかった。せいぜい白けた空気が漂ったくらいである。
仕切り直しに咳ばらいを一つして、神は話を進めた。
「その装置を使えば、君たちが何か行動を行ったとき、その結果の成否を振りなおすことができる。振り直しに成功すれば、事象は改変されて失敗の結果も成功に変わるんだ」
「なんやそれ、チートやんけ」
城嶋がそれでも胡散臭そうに、じっと手を見た。この掌に収まる十面体に、そんな力があるとは到底思えなかった。
「そうだね。まさしくチートツールだ。観察対象があっさりと死んでしまっては面白くないだろう?」
「まあ、それもそうですね」
一理ある、と長岡。確かに主人公が序盤の雑魚キャラにやられて死んでしまう物語というのは、よほど光るものがないと面白くないだろう。自分がその主人公だというのならばなおさらである。死にざまを面白おかしく演出できる自信はない。
城嶋ならばあるいは、そういうこともできるかもしれないが。顔もいいし。長岡が視線を向けると、城嶋は背中に寒いものが走ったかのようにぞくりと身を震わせた。
「しかし、こういう代物にはえてして何か落とし穴があるものです。そのへんは、どうなのでしょうか」
「ああ、笑うせぇるすまんとかでもよくあるわな。決まって最後はドーン!されるんやこういうの」
長岡の濁った瞳が、サングラスの向こうでギラリと光る。城嶋は名文句とともに長岡に人差し指を向けたが、長岡は世代ではなかったので意味が分からず小首をかしげるだけに終わった。城嶋はジェネレーションギャップを感じて少し悲しんだ。
「むろん、ダイスにも欠点はある」
神はあっさりとそれを認めた。「欠点というよりは、注意点かな」と、続ける。
「まずそのダイスは、二つ一組じゃないと動作しない。そしてそれぞれの装置は君たちの意志に紐づけされている。つまり、君たち二人の合意がないと装置は起動できない」
「なるほど、バロム1やウルトラマンエースみたいな感じですね」
「そっちのがよっぽど古いんやけどなあ……」
「児童誌はよく河原に捨ててあったので」
「説明を続けても?」
「はい」「はい」
二人はお行儀よく返事を返した。
「次に、振り直しができるのは事象が固定してから5分以内だ。5分を超えると事象は完全に固定されて、ダイスでは事象改変ができなくなる」
「スピード勝負ですか」
「事象固定のタイミングを見極めるの、結構大変そうやな」
「そこは慣れるしかなさそうですね」
「そして最後に。これが一番重要な点で、一度改変した事象は再改変ができない。改変の結果、振り直しの結果が成功であれ失敗であれ、その結果を覆すことは不可能だ」
「1回勝負ってワケやな」
「1回か2回かは判断に迷うところですが、使いどころは見極めなければいけませんね。時に神のような方、振り直しに成否があるということは、その基準値があるはずですね?」
「ああ、あるよ。我々はそれをステータスと呼んでいる」
神がぱんぱんと手を叩くと、2人の視界いっぱいに文字と数字の羅列が浮かび上がった。手で払いのけると、現れたり消えたりする。手にふれる感触こそないが、それはスマートフォンなどのスワイプ操作に似ているな、と長岡は思った。城嶋はパニックになってわちゃわちゃしていた。
「スマートフォンの要領ですよ」
「なんで君そんな冷静なんや!? てかホームレスのくせに携帯電話とか持っとるんか」
「まさか。知り合いのものを触らせてもらった程度ですよ。それより、落ち着きましたか」
「あ、ああ。スマンな。てか、いきなりすぎんねん神みたいなやつ! もっと合図はわかりやすくやな」
神はニコッと笑った。
「サプラーイズ」
「そんなサプライズいらんねん! 心臓止まるとこやったわ!」
神はどうやら人が驚くさまを見るのが好きらしい。口に泡を飛ばして噛み付く城嶋と、とても満足そうな笑みを浮かべる神を見比べて長岡はそう分析した。
「さて、そういうワケでだね。君たちの能力、技能などを100を上限に数値化したのがそのステータスだ。ダイスの判定は、赤いほうの出目を十の位、青いほうの出目を一の位とした値が指定ステータスの値以下であれば成功、そうでなければ失敗となる」
「まるでTRPGやな。クリティカルやファンブルも在ったりするんか?」
「もちろんある」
「あるんかい!?」
城嶋の鋭いツッコミが飛ぶ。参考にしたからね、と神。どうやらダイスはこの神のお手製であるらしかった。
「01から05までがクリティカル、絶対成功だ。対象の事象は必ず成功し、また何かしらのボーナスもつく。95から00はファンブル、致命的失敗だ。ステータスの値がいかに高くとも、この範囲に入るとそれは必ず失敗する。しかも何かしらのペナルティが加算される。気をつけたまえ」
「運任せで何をどう気をつけっちゅうんや……」
城嶋が疲れたように零した。
―――
世界から時間が戻った。
神からのレクチャーが一通り終わり、また二人は野に放り出されたのである。
《城嶋さん、聞こえますか……今、あなたの心の中に直接呼びかけています》
「おーおーホンマに聞こえるわ。てかやめーや、なんかこそばゆいねんこれ」
神からはダイスのほかに、2つの能力を授かった。「閲覧」と「念話」である。閲覧はそのままステータスを任意に閲覧できる能力。そして念話は言葉を介さずに思念を交感できる能力だ。会話の内容は神にこそ筒抜けだが、一般人には一切聞き取ることはできない。さらに喉を潰されても脳が生きていれば会話が可能なので、ダイス起動合意の意思表示にはほぼ必須ともいえる能力である。
「しかし、N氏も気前がいい」
「わりとマンチキンの気質あるであいつ。いや、もはやチーターやけども」
N氏とは、先ほどまで話していた神のようなものの名である。去り際に、「私のことは"N"と呼ぶように」と思い出したかのように言い残していったのだ。"N"が何の略称なのかは、長岡は努めて考えないことにした。
「ははは、どうでしょうね。城嶋さんはともかく、私をプレイヤーに選んでいる時点でマンチキンではないのでは?」
「君はまあ、容姿は確かにアレやけど、ほかの能力はそこそこまとまっとるやん。和マンチや和マンチ」
そんなやすやすと使うと荒れるのでは。と長岡は思ったが、まあ城嶋のガス抜きになるならと言うに任せた。ちなみにこの会話もNには丸聞こえだ。何故なら、彼は調停者業務の傍ら二人の冒険をリアルタイムで観測するために、自分の端末(分身のようなもの)を残していったからである。ダイスの判定ステータスの指定や成否判定もNの端末が行うとのことだ。
そしてその"Nの端末"こそが、二人の足元ですやすやと寝息を立てている褐色の美少年である。
先ほどまで見るも無残な屍を晒していた少年は、Nの端末化することを条件に、Nの超常的な能力によって息を吹き返したのだ。N曰く、割と端末にしやすい体してる、とのことである。なんでも褐色の美少年であることが重要なのだとか。彼にもいろいろこだわりがあるのだろう。
《君たち、私の悪口に花を咲かせるのもいいが、そろそろ端末を起こしたまえ。彼がなぜこんなところで死んでいたのか、気にはならないのかい?》
普通にNが念話を飛ばしてきた。お仕事中では、と長岡が返すと、これくらいのリソースを割くくらいは全く持って問題ないとのありがたいお言葉が返ってくる。面倒な旅の道連れが増えた、と城嶋は辟易した。
《N、これもあなたが仕込んだイベントなのでは?》
《いや? あくまで自然発生のイベントだよ》
「ホンマかいな、胡散臭いな……」
城嶋がぼやきながら、寝息を立てる少年の肩をゆすった。周囲に惨状の痕跡(血だまりや飛びちった体液など)はありありと残っているが、少年自体に傷はもうない。長岡が裂いた衣服も元通りになっていた。Nの力にはそら恐ろしさを感じる。
「うぅ……」
少年がうめいた。薄目があく。徐々に視界に彩度が宿って、同時に頭が覚醒してゆく。それに同期して、瞼がゆっくりと持ち上がった。
「う、ここは……」
「気ぃついたか。これ、何本かわかるか」
「3本……あなた、は?」
《流暢な日本語ですね。それに声もN、あなたと同じだ》
《君たちの「母国語」技能をそっくりそのまま「異世界語」に置換したからね。君たちがとんでもないマルチリンガルになっているのさ。声は、そもそも彼のものを借りている。本来の私に声帯は不要だからね》
《なるほど》
城嶋が少年を介抱している横で、長岡はNと念話していた。どうやら、Nの意識は端末になった少年のそれとは独立しているようだ。なるほど。長岡はうなずいた。
「僕は城嶋や。そっちのひょろっとした怪人が長岡。悲しいことにあれでも人間や」
「にん……げん」
少年はいまだ醒めきっていないうつろな瞳で城嶋を見て、長岡を見た。長岡を見て、大きく目を見開いた。目の毒だったろうか、悪い意味で。城嶋は覚醒直後に刺激物を目に入れさせてしまったことを少し後悔した。
少年は一気に覚醒したようだった。ガバリと起き上がり、立ち上ろうとしてくずおれる。それでもはって、長岡の足元に縋りつく。城嶋は呆気に取られて、制止が遅れた。
「お願い、します……!」
生き返ったばかりの少年の声はひどくひび割れていたが、それでも強い意志が籠っていた。
「私に、なにを?」
長岡はひざを折り、少年と目線を合わせる。宝石のような少年の瞳と、どぶ川のような長岡の瞳が、視線が交錯する。
「お願いします、妹を……スィラムを助けてください、御使い様……!!」
御使い様って、私ですかね? と城嶋に視線で問いかけると、知らん、とこれまた視線で返された。
とにかく、厄介ごとであることは間違いがなさそうだ。