君に会いたい
どうしてマネージャーが呼ばれたのかはわからない。だが、そのせいで大切な話が消えて無くなってしまった。レヴィアの積年の想いの告白。出来ることなら成就させてあげたかったが、本人があそこまでヘタレだとどうしようもない。レヴィアはプライドの高い女性みたいだし、長い間主従の関係にあった者に想いを伝えるのはやりにくいのだろう。
「で、何の話してたんだっけか?」
「仲直りの話やろ。もう、そんなんやったら一生仲直り出来んよ?」
「ふん、だ。ずっと孤独に生きれば良いのよ」
レヴィアは見事に荒れていた。ひたすら菓子を貪り食う。彼女の膝には、お菓子のカスがポロポロと溢れて、まるで小さな子供みたいだ。彼女的には、あと一歩のところで邪魔が入った認識なのだろう。オレとアヤさんからしてみれば、その一歩は何万歩分の距離があるのだが。
「プレゼントかぁ……」
酒の入ったジョッキを見つめる。炭酸水の泡を見つめていても、良い考えは思い浮かばない。酒がアドバイスしてくれることもない。
以前リュカはハーピー達から婚約祝いのプレゼントをもらっていた。その時の全ては調味料だったわけだが、とても喜んでいた。リュカには、あまり豪勢だったり高価だったりするものを贈っても喜んでくれない気がする。なんか素朴な、日常に寄り添うようなプレゼントが良いだろう。
対して、牧村は簡単に想像出来る。ゲームや漫画、フィギュアとか、要はオタクが好きそうな物を贈れば喜ぶだろう。だが、オレにはそれらを入手する手段がない。今から自作の漫画を描いても仕方ないしな。
「アヤさん」
「ん?」
「リュカのこと、知ってる範囲で良いんです。色々聞かせてくれませんか?」
今のオレに思いつくのはこれくらいだ。リュカの昔の話を聞けば、何かヒントがあるかと思ったのだ。
「昔なぁ……。性格は、あんま変わってないよ。あのまんま。気立てが良くて優しくて、でもちょっと面倒くさい。やから、特別これって言うエピソードはないなぁ」
そうなのか。リュカは昔からあんな性格なのか。少し大人びた子供だったんだな。今でも時折オレなんかよりずっと歳上のような空気を醸し出したりすることがある。
アヤさんが羽を組んでうんうん唸っていると、それにレヴィアが反応した。
「ほら、あんた。あれがあるじゃない」
「え?」
「アスモディアラとフワモコが大喧嘩したやつ。確かあの時も私のとこり泣きついてきたのよね」
「ああ! そやったね!」
それは、オレには思いもよらない話をだった。
「リュカと魔王が?」
「そ。魔王の領地で、下克上企ててた村があったのよ。結構派手な、内乱みたいになってね。一月くらい戦って、結局魔王が勝ったんだけど、その村の処分をどうするかで揉めたのよ」
レヴィア曰く、その時の魔王は精神が不安定で、地獄の灼熱の如く怒り狂い、村の者を女子供含めて皆殺しにしようとしたらしい。今の穏健な魔王からは想像も出来ない話だが、それは実際にあったそうだ。
「レベッカちゃんが亡くなってすぐやったからなぁ。心がやつれとったんやろ」
「レベッカってのは?」
「魔王の嫁でフワモコの母親よ。身体の弱い魔族だったから、早くに亡くなったの」
そうだろうなとは、薄々思っていた。あの屋敷にリュカの母親がいないのは、別居しているとか離婚しているとかではなく、亡くなっているのだと考えていた。そうでなければ、リュカが幼い頃から料理を担当したり、あんな風に物分かりの良い娘にはならないだろう。唯一疑問なのは、屋敷に母親が住んでいた痕跡がないことだ。部屋や道具、形見など、思い出の品を見たことがない。
「やから、魔王ちゃんが自分の手で制裁を加えに行こうとしたところを、リュカちゃんが止めたんよ」
「当時の雷神卿に物申せるのなんて、魔界広しと言えど、フワモコとアヤ、サタニキアくらいだったからね」
「あのさぁ。アヤさんはどういう立場なんだよ」
魔王と飲み仲間だったり、確固たる地位を築いていたり、ただの美人お姉さんとは思えない。
「あんたねぇ。知らずに一緒にいたの? ハーピー族のアヤ・ブランシャ・ハーピーって言えば、雷神卿アスモディアラと並ぶ風神卿として、魔界を暴れ回ったその魔族じゃないの」
「……マジ?」
「嫌やわぁ。ま、若気の至りってやつやね」
「若気の至りで五十以上の村を焼け野原にしたの? ベルゼヴィードが風神卿の再来って言われてるのも納得ね」
なんか気持ち悪くなってきた。凄い人だとは思っていたが、まさかそこまでとんでもない過去を持っているとまでは考えていなかった。これなら、周りの魔族が妙にアヤさんにへこへこしていたり、一目置いていたりするのもわかる。ていうか、普通に怖がられてるだけじゃねぇか。今も上機嫌でお酒を飲む彼女が、今までのイメージとは異なる存在に見えてきた。
「うちのことは良えんよ。で、若かった魔王ちゃんは激怒。村民皆殺し。それにリュカちゃんが大反対した」
「で、どうなったんですか?」
「三日三晩怒鳴りあって、最終的に魔王ちゃんが折れた。確か、村民全員魔王ちゃんの領地で一番痩せた土地に移住させたんやったかな」
「凄かったわよ。アヤ一人じゃ収集がつかないから私も駆り出されて、何とか話し合いの形に持ち込んだの。あの数日で屋敷のほとんどの物がぶっ壊れたわね」
それは話し合いではないのでは。確実にお互い手を出している。しかし、リュカは基本的には大人しいし、魔王のことも尊敬している。とても仲の良い親子だ。その二人がそんな規模の大喧嘩をするものなのか。
「魔王の主張はわかりますよ。けど、リュカは何て言ってたんですか?」
「何やったかな……。確か、反乱を起こされたのは魔王ちゃんにも責任がある。それを全部押し付けて、あまつさえ命で支払わせようとするなんてムシが良すぎる、だったかな」
「へえ」
なんて清廉な意見なのだろう。まだ幼い子供の、それも魔族の娘から出てきた言葉とは思えない。海の底に眠る真珠よりも、まだ美しい。だが、当時のリュカの主張を教えてもらって、思い至ったことがあった。
「なら、今もリュカはそういう気持ちなのかな……」
責任を誰かになすりつけることを、絶対に良しとしない娘だ。リュカを悲しませたのはオレだが、彼女はそうは思っていない。きっと、今も自分を責めて苦しんでいる。あの華奢な身体に押し込められた健気な心は、どれだけの痛みに苛まれているのだろう。アヤさんは、リュカと牧村が号泣していると言った。オレは、ただオレが怒鳴りつけた言葉に傷ついて涙しているものと思っていた。だが、そうではないのかもしれない。あの優しい娘は、自分の行いを後悔して泣いていたのかもしれない。
そしてそれは、リュカが、オレを強く想ってくれているからこそ流れる涙だ。
「飲んでる場合じゃなかった」
「ん?」
許してもらえるかどうかとか、プレゼンがどうかとか。そんな下らないことに時間を割いているわけにはいかなかった。もっと、早く気付くべきだった。だって、オレはあの娘の優しさを知っていたのだから。
「アヤさん。もう夜も深いですけど、オレを屋敷まで運んでくれませんか?」
「どしたん? そんな急に」
「リュカは、多分まだ泣いています。その悲しみを癒してあげられるのは、原因のオレしかいないんです」
オレが苦しめた。オレが泣かせた。その責任を取るとか、そんなつもりはない。ただ、春の花のように笑うリュカに、いつもの明るい彼女に、戻って欲しいだけだった。それが出来るのは、オレしかいない。
「んん……。うちらハーピーは、夜は飛ばんのよ。危ないし、子作りで忙しいし」
そんな理由なら聞きたくなかった。
「ここから屋敷までやとかなり時間かかるしな。やから……」
にやにやしながら、アヤさんが隣のレヴィアに目を向けた。その視線に、レヴィアは不快そうに片眉を上げる。
「何よ」
「いやな。リューシちゃんが今すぐ帰りたいんやって。やからさ、転移魔法で運んでやってや?」
「皆まで言わないでよ」
レヴィアも転移魔法が使えるのか。一刻も早く屋敷に帰りたいオレは、頼むしかない。がん、とテーブルに額と両手を叩きつけて、大声でお願いする。
「頼む!」
「嫌よ。私に何のメリットもないじゃない。飲み会は楽しいからやっただけで、別にあんたを応援してのことじゃないし」
まあそう来るだろう。レヴィアの性格はだいたいわかってきた。普通に頼んで快諾してくれるなどほぼあり得ない。だが、オレだって、この世界にやって来て、色んな状況で色んな人に会ってきた。そこで培った経験がある。のんべんだらりと過ごしてきたわけじゃない。
「協力してくれたら、あんたの恋の手助けをしてやる」
「っ!?」
オレは恋愛なんてしてこなかった。いいとこ綺麗な女優さんに憧れる程度だ。どこまで手助けが出来るかなんてわからないが、この奥手お局魔王になら指摘箇所も多い。そこをただ教えてやれば良いだけだ。だが、きっとそれだけでも進展は見える。
「ふ、ふん! 誰があんたなんかの助けを借りるもんですか! 私は一人で大丈夫なのよ」
「本当にそうか? なら、オレがこれからマネージャーにあんたの気持ちを教えてきても良いか?」
「そっ、それは! そんなの脅迫じゃない!?」
そうだ。オレは、魔王を脅迫してでも成し遂げたいことがあるのだ。動揺するレヴィアを畳み掛ける。こいつは、そこまでメンタルは強くない。
「二人きりで話せないなら、間に入ってやることも出来る。男同士だから、あんたの知らないような情報を得ることだってあるだろう」
「で、でもそれは、あんたがあいつと仲良くなること前提よ。私が言うのもなんだけど、あいつに友達付き合いなんて出来ないわ!」
「友達にはなれなくても、自然に話を振れば良いだけだ。『好きな女の子のタイプは?』 その質問の答えだけでも価値があるとは思わないか?」
そんなこととっくの昔に知っているのが当然だが、オレには確信があった。こいつらは、そんな会話が出来る間柄ですらない。ジョッキに酒を注ぎ、レヴィアの前に置く。
「さあ。どうする?」
魔王としてのプライドと、女の子としての想いが壮絶にせめぎ合う姿がうかがえる表情のレヴィアは、やがて黙りこんだ。少し顎を引くと、眉根に彫刻刀で刻んだかのような深いシワを作ってそして、酒の入ってジョッキを乱暴にあおった。
「……負けたわ」
一気飲みしたレヴィアは、悔しげに呟いた。
「お見事」
アヤさんが嬉しそうに笑って、羽根をはらはら落としながら羽を叩いた。白い羽の落ちる様は、やはり美しかった。だが、見惚れている暇はない。一刻も早く、リュカに会いたかった。




