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アイドルならば


 つまみや酒が無くなりかけると、すぐにレヴィアが指を鳴らしてまた補充される。それももう五回は繰り返された。アヤさんは弱い酒をちびりちびりと飲むことで酔いが回るのを抑え、レヴィアは元々酒に強いらしく、次から次へと火酒を腹に注ぎ込んいく。オレも何も考えずにガブガブ飲みたかったが、酔潰れることが目的の場ではないので、たまに口を濡らす程度で留めていた。

 そんな飲み会の現在の話題は、どうすればオレがリュカと牧村に許してもらえるか、と言うものなっていた。


「そんなのプレゼントに決まってるじゃない。女なんて適当に物渡しとけば良いのよ」


「そんな乱暴な……」


「でも揺るがん事実やよ。物貰って喜ばん者はおらんやろ?」


「まあそうですけど。なら何が良いですかね」


「そこは自分で考えなさいよ。あ、アヤ。そこのチョコレート取って頂戴」


「ほいな。もうこの際リューシちゃんの子種プレゼントで良えんやない?」


「良いわけねぇだろ!」


 少しの間休憩していたアヤさんは、今は大して酔っていないはずなのにとんでもないことを言い始める。控え気味に飲んでいて良かった。酔ったままの変なテンションでもしオッケーして言質を取られてしまっていれば、どえらいことになっていた。


「でもアリかもよ。フワモコはあんたのことが好きなんでしょ? 結構喜んだりして!」


「勇者ちゃんもおるし、三人で仲良くやな。良かったやん。初めてが三人やかて、男冥利に尽きるやろ?」


「あんたら大分酔ってんなぁ」


 水の入ったコップを二人の前に置く。酔っている自覚はあるらしく、二人とも自然にコップを傾けた。テーブルの周りには、空になった酒瓶や使い捨てられたジョッキ、お菓子やつまみの袋が散らばっていて足の踏み場もない。


「てかさぁ、さっきから気になってたんだけど、どうして魔王の屋敷に勇者がいるのよ? あり得ないでしょ」


「まあつまるところ引きこもりだから知り合いのいる所に逃げてきたんだよ」


「よっわ! それって勇者なの?」


「でも可愛い娘やよ?」


 見た目の美醜は勇者に関係ないだろ。でも勇者が不細工だと格好つかないかもな。そう言う点では牧村を選んだポンコツ女神は良い仕事をしたことになる。本当にその点だけだが。


「あ、そうそう。あんたのサイン、勇者に渡したら泣いて喜んでたぞ」


「当然よ。私を誰だと思ってるのよ。あぁ、でも明日朝イチから歌のレッスンだわ……。憂鬱」


「へぇ、レッスンとかも好きそうなもんだけど」


「嫌いじゃないけど、飲み会明けなのよ。頭に響いて死にそうになるのが分かりきってるわ」


「それでも休みにせん辺りが流石やね」


 アヤさんの言う通りだ。レヴィアのアイドルにかける情熱は凄まじいものがある。そもそも魔界だの人間界だの戦争だのって世界においてアイドルやってるってだけで可笑しな話だ。話の何がどう絡まりあってそう言う結果に結びついたのだろう。


「あ、話ズレてるぞ。プレゼントは贈るとして、何を贈るかって言う……」


「それは子種でしょう」


「子種やな」


「おっさんかよ……」


 飲み会の鉄板ネタである話のズレを軌道修正したと言うのに、こいつらから返ってくるのはそんな返答ばかりだ。頭が痛くなってくる。


「もっとこうあるだろ。綺麗な宝石とか、美味しい料理とか」


「そんなありきたりなもので喜ぶかしらね」


「なら何なら喜ぶんだよ。参考までに聞かせてくれよ」


「うちは面白い話が良え」


「それは知ってる」


 アヤさんには聞いていない。レヴィアはおそらくこの世界で一番名前の知られている存在だ。アイドルという職業柄、色んな贈り物を貰っても来ただろう。そんな彼女がこれまでで一番嬉しかったものとは何なのか。

 ジョッキのエールを豪快に一気飲みしたレヴィアは、口の周りについた白い泡を舐めとりながら、目をつむって考える。


「そうねぇ……」


 結構真剣に考えてくれている。可愛いらしい顔は、何かを思い出すような難しい顔になっているが、それはそれで魅力的だ。ただ可愛いだけではなく、人々を惹きつける力が、この魔族の顔つきや所作、話し方にはある。


「やっぱり、歌、かしらね」


「歌?」


 予想の完全範囲外の答えだった。思わず聞き返してしまう。


「そう。歌。私達人魚族は歌を歌うのが好きなの。一族に伝わる古い歌が、それこそ砂浜の砂ほどあるわ。それを、親兄弟、家族から教えられて育つの」


「人魚が歌う歌につられて人間の船が近づいて行って、そしてそこで待ち構えとったクラーケンの餌になる、とかよくある話やな」


 ローレライ、というやつだろうか。


「じゃあ、人魚は皆歌が上手いのか?」


「まあそうね。人魚の歌には魔力もこもってるから、その気になれば歌だけで他生物を殺せるわ」


「マジかよ」


 人魚ってもっと優しくて大人しいイメージがあったのだが、かなり凶悪なんだな。それこそ何かしらの対策をしていないと勝負にならない。


「私の場合はおばあちゃんに歌を教えてもらったわ。出逢いの歌、言祝ぎの歌、呪いの歌、別れの歌。中でも一番好きだったのが、始まりの歌」


「始まりの、歌?」


 するとレヴィアは、一度流し目でオレをちらと見てから、軽く息を吐き出した。そして、独唱会の元気いっぱいの歌声とは違う、優しく触れるような歌声で、囁くみたいに歌い始めた。



 きっとここから始まるの 楽しいことだけではないけれど 誰かが貴方を待ってるわ



 レヴィアの唇から溢れ出して来るのは、柔らかな旋律を孕んだ空気のような歌声。


 

 貴方はここから始めるの 夢を追いかけるだけでないけれど 明日が貴方を待ってるわ

 終わりは必ず来るでしょう でも忘れないでいて 踏み出した一歩と心躍る景色を 誰かが貴方を待ってるわ


 

 とても前向きな歌だと言うのに、どこか寂しげなメロディをしていた。しかし、不思議とそれがしっくりきていた。始まり、というものは、楽しさや興奮だけではない。不安や心細さ、別れを宿したものだ。

 静かに歌いあげたレヴィアは、テーブルの上のクッキーを空中に放り投げると、落ちてきたそれをぱくりと食べた。


「ま、ざっとこんなとこね。私にとっては、おばあちゃんが教えてくれたこの歌が最高のプレゼント」


「どうしてだ? 綺麗な歌だったけど、良い歌は他にもたくさんあるんだろ?」


 楽しいだけ、嬉しいだけの歌の方が、誰かにとっても幸福のはずだ。


「わかってないわね。何かを始める時ってのは誰だって一瞬躊躇うわ。その時の自分の背中を支えてくれるのがこの歌なのよ。背中を押すんじゃない、支えてくれる。躊躇に負けない心を掴み取るまで、力を貸してくれる。だから大好きなの。私の第一歩は私だけのもの。そう実感させてくれる歌が心にあることは、宝物なのよ」


 レヴィアの言っていることは、オレには難しかったが、なんとなく、心の端に引っかかるようにして残った。


「てことはや。貰ったプレゼントがリュカちゃんと勇者ちゃんの宝物になるような物を選ぶ。それが一番良えんやないかな」


「……難しいな」


 あの娘たちのこれからの人生の支えになってくれるような物を見繕う。何て困難な要求なのだろう。だが、きっとそんな素敵なプレゼントを贈ることが出来たら、また彼女達の心の中に、オレの居場所を作ってくれるだろうか。そうであることを願い、チョコレートを口に含んだ。甘い。でも少しだけ、苦い。それぐらいが、でも丁度良い。


「え、でもそうなってくると本当に子種がベストな気がするわね」


「本当やな。でも案外そんなもんやろ」


「そこから離れろ!」


 どうしてまとまった話をまた混ぜくり返すのだ。


「喜ぶもの、宝物になるもの、人生の支えになるもの、子種以外ないやん!」


「うっわ。気味悪いくらいぴったりね。もうあんたも覚悟決めなさいよ。初めてじゃあるまいし」


「あーレヴィアちゃんあかんよ。リューシちゃん童貞やから、変な期待したら可哀想やわ」


「え、マジ!? こんな歳してんのに!?」


「うっせぇな!」


 二十歳前で童貞なことなんてよくあることだろ。むしろまだ責任が取れないような年齢でことを犯していないのは誠実の表れからだ。そう。オレは誠実だから童貞なのだ。大日本帝国の紳士の名に恥じない人生を送っているだけだ。しかもどうして童貞だからという理由だけで迫害や嘲笑を受けるのだ。金払えば捨てれるもんに価値などない。


「えぇ。なら人魚の運営する花街に招待しようか? あそこ本番はないけど、練習くらいにはなるでしょうし」


「前はサキュバスの歓楽街ってのがあるのを聞いたけど、人魚もあるのか」


 人魚ってもっとこう、清楚で純真なイメージがあったのに。普通にそういう仕事もしてるんだな。オレの細やかなイメージなど、いとも簡単に破壊してくるこいつらが嫌いだ。


「ぶっちゃけ何でもあるよ。男の趣味の数だけある」


「でも人魚は美人揃いよ。サキュバス、人魚、エルフは、魔界三大美女族ね」


「何でハーピー入ってないんやろな」


 なんかいきなり下世話な話になってきた。それこそ酒の席ではよくあることだが、美人のお姉さん二人に囲まれた状況なので色々とヤバい。具体的に言うと立ち上がれないくらいヤバい。


「でも、あのフワモコも処女だろうから初めては大変ね。メイドに筆下ろしさせたら?」


「うちも同じこと考えたんやけど、あそこリーリちゃん含めて皆処女なんよ」


「なにその花畑状態」


「あ、あんたらさぁ!」


 もう我慢の限界だった。


「そうやって処女とか童貞とか上から小馬鹿にしてるけどさぁ、あんたらはどうなんだよ!?」


 アヤさんもレヴィアも、余裕のある態度で先程からやんややんやと話している。だが、その話題が自分に返ってきたらどうなんだ。


「うちはまぁ、昔はやんちゃやったから、人間の男捕まえてきて襲いよったよ?」


 アヤさんは虚空を見上げながらさらっと言う。まあ、この人はそんなことだろうと思っていたが、いざ聞かされると言葉に出来ない気持ちになる。あと、こんな美しい魔族に襲われる人間の男ってどんな気分だっだのだろう。嬉しかったのか悲しかったのか。オレなら多分……この先は考えないことにする。


「でも最近はすっかりご無沙汰やわぁ。あ、なんかむらむらしてきた。リューシちゃん、相手してくれん?」


「う、うわ! やめろ! 胸元を見せつけてくるな!」


 アヤさんが前かがみで這うように迫ってくる。少し緩めの服の首元が下に垂れ下がって、豊満な谷間が露わになる。酒のせいか少し汗をかいていて、その煌めきがめちゃくちゃエロい。ダメだ。振った話題がまずかった。

 アヤさんの羽がオレの肩を押し、仰向けに倒される。腹の上に彼女がまたがる。眺めは最高だが、何故か汗が噴き出す。


「ふふ。そやそや。うちが相手すれば万事解決やん。ほなリューシちゃん、久しぶりやからちょっと荒くたいよ? 堪忍してや」


「うおおおい!? レヴィア! ちょっとレヴィア!? 助けて!」


 アヤさんの舌がオレの鎖骨をなぞる。ぞくりとして背筋が反り返る。しかし、のしかかられているので身体の自由が効かない。


「レヴィア!? おいレヴィア!!」


 何故か一向に助けてくれないレヴィアに救難要請を送り続けるが、何故かピクリとも返答がない。


「レヴィア……?」


 そんな様子に、アヤさんとオレは同時にレヴィアを振り返った。するとそこには、


「う……うう……」


 俯いて涙を流すレヴィアが、テーブルに肘をついて頭を抱えていた。

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