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飲み会


 風呂から出た後は用意されていた服に着替えて、またマネージャーに連れられてレヴィアの部屋へと戻る。途中すれ違った何人かの魔族は、皆マネージャーに一礼していた。レヴィアに良いようにこき使われているイメージを勝手に持っていたが、実はかなり立場のある魔族なんだな。よく観察してみれば、肩が揺れない軸のしっかりした歩き方をしており、こいつも闘える魔族だとわかった。


「では、私はここで控えておりますので、何かありましたら何なりと」


「あ、ああ。ありがとう」


 レヴィアの部屋の前に到着すると、きっかり九十度のお辞儀をされた。なんかこいつ苦手だ。やってることは礼儀正しいのだが、心が伴っていない気がして腹を割って接することが出来ない。そんな印象を持ってしまったから、早くこいつから離れたくなってしまった。となると、レヴィアと会うしかなくなって、何とも逃げ場がない。また色んな悪口とか言われるんだろうなぁと思いながら、それでもノックをして部屋へと入った。


「遅い。私を待たせるとか何様のつもり?」


 そして、やはり開口一番怒られた。赤いソファに踏ん反り返るレヴィアは、右手に持った扇でぺしぺしと自分のこめかみをこすっていた。明らかにいらついている。魚の尾ひれが、ぱん! と床を叩いた。


「あはは。そんな怒らんでええやーん。ほれほれ、レヴィアちゃんももう一杯!」


「うっさいわよ酔っ払いが! びしょ濡れで私の部屋に入ってきて風呂まで借りて、挙げ句の果ては勝手にボトル開けるとかホント何なの!?」


「えー? そやったっけぇ?」


 ソファの後ろからアヤさんがレヴィアの首に巻きついていた。頬は赤く目はとろんとしていて、完全に酔ってる。なるほど、呼んでもいない客人にここまで好き勝手されたら誰でも怒る。むしろこの程度のイヤミで済むなら安いものだ。


「で、何しに来たのよ。言っとくけど、私次の独唱会の準備で忙しいんだけど?」


「いやなぁ、リューシちゃんが、リュカちゃんと勇者ちゃんを号泣させたんよ」


 絡み付くアヤさんの羽を煩わしそうに解くレヴィア。だが、その羽は蛇のように絡まって全然離れようとしない。しばらくそうして格闘していたが、先にレヴィアが諦めた。酔っ払い強し。


「はぁ? どうしてそれで私のところに来るって話になるのよ? そんなの勝手にやって勝手に解決しなさいよ」


「レヴィアちゃん冷たいやーん」


 迷惑そうなレヴィアだが、腕を組むとオレをきつい視線で見下ろした。汚いものでも見るような目つきだ。


「あんたさ」


「は、はい」


「私は男が上とか女が上とか、そういう見えない力関係はどうでも良いの。そんなの個々人によって変わるから。でもね、一つだけ男女の関係性で気にくわない点があるのよ。何かわかる?」


「い、いや……」


 その剣呑な雰囲気に、全身の血液が冷える。目をそらしたいが、ここでそんなことをすれば殺されるより怖い思いをすることがわかりきっていたから、何とかレヴィアの瞳を見続けていた。

 そんな怯えたオレに、レヴィアは一度鼻を鳴らすと、扇でソファの手すりをしたたかに叩いた。


「男が女を泣かすことよ! そういうのって大抵は男が悪いし、男女の上下関係が勝手に出来上がっちゃってるからとにかく気にくわないの!」


 扇の音とレヴィアの怒声にびくりと反応する。握る手のひらにはじっとりと汗をかいていた。


「前会った時は、少しは、ほんのちょぉっと、小指の先くらいは見込みがある奴だと思ったけど、どうやら私の勘違いだったようね」


 ソファに叩きつけた衝撃で二つに折れた扇を、オレの頭に投げつけてきた。もう避ける気も起こらない。

 レヴィアがオレから視線を外したので、俯いた。しんどい。心と身体が鉛のように重くて、風呂で汗を流してきてすぐのはずなのに、全身が泥に浸かったかのように不快だった。

 怒り心頭のレヴィアを前にして、心がぽっきり折れてしまった。アヤさんは、オレを懲らしめるためにここに連れてきたのだろう。それだけのことをしたという自覚はあったが、だからといってここまで追い詰めなくては良いではないか。ぐずぐずとした思考は後ろ向きへ、心の下へと伸びていく。

 その闇の中で出会ったのは、怯えた表情の牧村と、苦しそうに泣くリュカだった。あんなにもオレを大事に想ってくれる者達を、自分でめちゃくちゃにしてきてしまった。それは、日本にいた頃と何も変わらない。大切なものを守る力も、手に入れる力も持たず、それだと言うのに、何かを破壊するだけの力がオレにはある。そのことがたまらなく悔しかった。そして、


「あ……」


「ふん。だっさ」


 オレは、肩を震わせてぼろぼろ泣いていた。押し寄せてくる後悔や、悲しみ、何より、大切な者たちをあんなにも傷つけてしまったことが辛くて、涙が溢れ落ちていた。雫は溜まることなく頬を伝って、床に水溜りを作る。自分が泣いているのを知覚すると、より辛さが強くなってしまって、また泣く。二十歳になろうかと言う大の男が、声を押し殺して泣き続けた。

 そんなオレを、アヤさんは楽しそうに酒を飲みながら見ている。レヴィアは、眉根にしわを作って、アヤさんから酒のボトルを奪い取ると、半分以上あった中身を一息で飲み干した。


「で、そこの号泣男。これからどうするの?」


「どう……?」


「ずっとそこで泣いてるの? 辛い自分を受け入れて、誰かが許してくれるのを待つの?」


 どう、するのか?


「それとも、そんな自分を乗り越えて、誰かに許しを請いに行くの?」


「リューシちゃんなら、分かるよな?」


 顔を、上げた。涙で視界は霞んで見えたが、オレを見つめる二人が、どんな表情をしているかくらいはわかった。


「チャンスがあるなら、オレは、もう一度……! もう一度、あいつらと暮らしたい……!」


「よっしゃ。それでこそや。さぁて面白なるよ」


「あんたは本当、頭の中それだけね。まあ良いわ。今日一日くらいは付き合ってあげる」


 レヴィアが呆れたようにそう言ったが、口元には笑みがあった。折れた扇の片割れを背後に投げ捨てて、指を軽快に鳴らす。すると、小気味好い音と白い煙とともに、ちゃぶ台くらいの小さな三角テーブルが出現した。その上には、多種多様の酒やお菓子、つまみが用意されている。テーブルの三辺の前には、座りやすそうなクッションもあり、完全にパーティーモードだ。


「ほら、早く座りなさい。今夜は徹夜で飲みまくるわよ」


「やった! あ、このクッキーうちの好きなやつやん!」


 アヤさんとレヴィアは早速席につくと、乾杯もせずに飲み始めた。クッキーのカンカンが豪快に開けられ、匂いの濃い漬物のようなつまみが皿に盛られる。

 オレは年齢的に酒が飲めないとか、飲んでもすごく弱いとか、そんなことを言っている場合ではなかった。飲みたいし、飲まなければいけない。 それに、こんな美人のお姉さん達に囲まれて酒が飲めるなど、男として最大級の幸福だ。これにありつかなくてなんとする。

 潰れかけた心は容易く浮上してくれはしないが、餌には食いついた。後は引き上げるだけだ。そのための全てが、このテーブルの上にある。


「よろしく、お願いします!」


「はーい、いらっしゃい。まずはエールからやね!」


「あんた、早く私に酌しなさい。あ! アヤ、あんたそのクッキー私にも残しときなさいよ!」


 じめじめとした暗い暗い朝が終わり、長い夜が始まる。


















 オレとアヤさんとレヴィアの飲み会は、割と良い雰囲気だった。アヤさんはいつもよりからみ酒を自粛していたし、レヴィアもそれをいなすのが上手い。オレは店員のように二人に酒を注ぎ、つまみの皿を片付け、お菓子の袋を開封していたが、それはそれで楽しかった。そして、皆でしている話はもちろん、今日魔王の屋敷で、オレとリュカと牧村が、一体どんな事をしたのかと言う内容だ。


「なるほどね。それであんたがブチギレたと」


「そう」


「凄かったよ。食堂におったうちらまで聞こえてきたからね。でもリューシちゃんのあんな怒った声とか聞いたことなかったから、誰もリューシちゃんやとは思ってなかったもん」


「女の子泣かせて怒られて逆ギレして家出とか、どんだけガキなのよあんた」


 本当はもっと複雑な感情入り混じる人間模様があったのだが、わかりやすく要約するとその通りだった。小学生にありがちな事件である。その事に恥ずかしくもなるが、そう考えれば問題としてはそこまで大きくはない。リュカや牧村の心の傷は大きくても、きっと埋め合わせしてみせる。


「にしてもタイミングが最悪ね。悪いことがいっぺんに起こってるわ」


「悪いこと?」


 さっきから味付けの干しイカばかりを口にするレヴィア。人魚が海産物食べて良いのか? まあ、隣のアヤさんは鳥の肉食べてるし、深く考えなくて良いのかもしれないが。


「そう。風邪をひいて体調が悪かった、勇者がやって来て皆がピリピリしていた、そしてあんたが勇者と一緒に王都に行くって言った。どれもこれも出来すぎなくらい重なってるわ」


「体調が関係あるのか?」


「大アリよ。体が弱ってる時は総じて心も弱ってるものよ」


「そうか。だからリュカはオレに王都行きを断られて怒ったんだな」


 確かに、身体と心は密接に繋がっている。あの時のリュカの精神状態が不安定だったことは十分に事件の要因に考えられた。しかし、


「はあ? あんた何言ってんの? あのフワモコが怒ったのは、嫉妬したからに決まってるじゃない」


「え?」


「ほらな。こう言うところがダメなんよ。リュカちゃんも苦労するはずやわ」


 レヴィアは呆れながら酒をあおり、アヤさんは苦笑いでクッキーを口に放り込む。二人ともオレを面倒くさいという目で見てくる。


「女の子の可愛い嫉妬くらい受け入れてやりなさいよ。甲斐性ないわね」


「嫉妬……?」


 あの時のリュカは、嫉妬していたのか?


「最近全然リューシちゃんが構ってくれんって悩んどったし、そうでなくても、うちを筆頭に美人揃いやからな。そりゃ不安にもなるわ」


「ま、私がそこに行けば容易くてっぺん取れるけどね」


「ロリババァに出る幕なんかないよ」


「うっさい年齢不詳が。あんた本当いくつなのよ」


 何か女の戦いが始まったが、オレにとってはそれはどうでも良かった。あの時のリュカの言葉を思い出す。確かに、そんなに牧村が大事ならば、と言っていた。そんなつもりは全くなかったが、リュカの気持ちを蔑ろにしてきてしまったのかもしれない。いや、してきた。


「許して、くれるのかな……」


 途端に不安になってくるが、


「そんなのあんた次第よ。今は難しいこと忘れて飲みなさい。ほら、私のジョッキが空になったわよ」


 レヴィアがジョッキを差し出してくるので、そこにエールを注ぐ。しゅわしゅわとした泡がぎりぎり溢れないように杯を満たすのにも慣れてきた。三人の飲み会はまだまだ始まったばかりだ。

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