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綺麗な羽と小さな身体


 オレがどちらにつくか。魔族側か、人間側か。自惚れを省いて言わせてもらうが、オレがついた方が勝つ。パワーバランス的にも、オレ個人の戦力としても、それはわかりきったことだ。

 すでに団長はアヤさんに、魔王は牧村に照準を合わせている。彼らの態勢こそゆるりとした状態だが、戦闘の達人であるならば、一拍を置くことなく攻撃に踏み切れるだろう。また、一度戦いが始まってしまえば、どちらかが死ぬまで勝負は終わらない。これは魔族と人間の戦いだからだ。

 客間の空気が戦いの色へと染め上げられていく。練りに練られた闘気は、目に見えなくとも絶対的な圧力となってオレ達の肌を撫で上げる。


「オレは……」


 アヤさんが体重を落とした。次の瞬間、


「やめて下さい!」


 悲鳴に似た少女の声が、客間に響き渡った。誰も声の方向に目をやることはなかったが、その声の主が誰であるかはわかっていた。唯一戦闘態勢の外にいるオレが扉の方に目を向ける。そこには、片手でマスクを顎までずり下げ、赤い頬をさらしているリュカが、パトリシアに肩を支えられながら何とか立っていた。朝食の時より体調が悪くなっているようだ。肩で息をしている彼女は、厳しい目で戦士たちを見つめる。


「マキムラさんは、わたくしの大切な、お友達です。全員、今すぐ、戦意を、消して下さい」


 短い単語を、苦しげに何度も何度も区切って、ようやく確かな言葉にした。そんなリュカを見て、リーリもパトリシアと二人がかりでリュカの身体を支えにいく。しかしまだ、


「そう言うことやから団長ちゃん。その剣納めてや?」


「出来ないな。それならまず先にそちらの魔力を解除してもらおう」


 団長もアヤさんも、お互いを牽制しあうだけで、一向に武装解除を行おうとしない。むしろ、静かな目と目の戦闘は、よりエスカレートしていっているように思われた。

 この場において、戦闘の導火線となっているのはアヤさんだ。いつも冷静沈着で、ひょうひょうとした態度の彼女が、誰よりも熱くなっている。普段は見せないそんな姿に触発されて、ジリジリと導火線は短くなっていくようだ。


「アヤさん」


「なに?」


 今ここで止めるべきは、彼女だ。


「オレは、どちらにもつかない。闘わない。だから、アヤさんも一旦落ち着いて下さい」


「うちは落ち着いとるよ」


「そうは見えません。それに……」


 オレにはどうしても、見たくない未来があった。


「アヤさんのその綺麗な白い羽が血で赤く染まるのは、嫌だ。美しい物は、美しくあるべきだ。だから、引いて下さい」


「っ!」


 オレのこの言葉に、アヤさんは一瞬戸惑ったような表情をして、それから牧村をひと睨みすると、しぶしぶ魔力を弱めていった。それを皮切りに、団長は長剣を納め、魔王も魔力を鎮める。場の緊張がほぐれたことで、パトリシアがぱたんと床に尻餅をついた。目に涙をためた彼女は、リュカの手を握って震えている。


「マキムラさんとは私がお話します。皆さんは待っていて下さい」


 リュカはそう宣言すると、咳を二回する前にマスクをつけ直した。リーリに肩を借りながら、牧村のところまで歩いていき、手を取って立ち上がらせた。そして、おそらくは彼女の部屋に牧村を連れて行った。扉が閉められた音で、やっと危機的状況を回避出来たことを感じられた。


「ふぅ。パティちゃん」


「は、はい!」


 アヤさんは一度大きく深呼吸して、オレの隣、つい先程まで牧村が座っていたソファにばふ、と腰を沈めた。


「なんか飲み物、持ってきてくれん?」


 その横顔は、酷く憔悴しているようだった。そんなアヤさんの肩を、背後から団長が優しく揉む。


「随分とアヤさんらしくなかったな。ピリピリし過ぎだ」


「あ、団長ちゃんもちょっと下。あ、そこそこ」


「仲良いなおい」


 数秒前まで殺し合い直前だった関係とは思えない。団長はアヤさんの肩を肘でぐりぐりとマッサージしている。アヤさんも気持ち良さそうに目をつむって息をふはぁと吐いていた。


「ダーリンには理解出来ないかもしれないが、我々騎士にとっては戦争はビジネスだ。オンオフの切り替えというものがある」


「さっぱりしてんな。感覚が麻痺してきてるって気づいてるか?」


 朝起きて、バイトや仕事に行く感覚で戦争に参加すると言うのは、平和な日本で生まれ育ったオレなどには到底理解出来ない神経だった。殺し殺される現実と生活している。オレならすぐに気がおかしくなりそうだ。


「アヤよ」


 するとここで、途中からただ沈黙を守っていた魔王が口を開いた。


「あの勇者は、かつての勇者ではないぞ。重ね合わせるな」


「なんやお説教? 嫌やわぁ。そんなんやないよ?」


「どうだかな」


 今日までアヤさんは、喜怒哀楽の喜楽しかオレに見せてくれていなかった。だが、先程オレが見たのは、鋭く研磨された怒りと敵意だった。魔王の言からある程度想像は出来るので、あえて掘り下げようとは思わないが、牧村やリュカに関わる問題なのは間違いない。


「三百年前。うちらハーピーの集落は、勇者一行を名乗る連中に攻め込まれた。まあ、四分の三くらいは殺されたな。魔王ちゃんとルシアルちゃんが駆けつけてくれんかったら、多分皆殺しやったよ」


「……」


 唐突に語られた昔話をオレも団長も黙って聞いていたが、二人の考えていることは違っただろう。オレは何と返せば良いか窮していただけだ。団長は、アヤさんの肩を揉みながら目を伏せている。


「やからうちは、勇者が嫌い。あの娘が別人なんはわかるけど、嫌いなもんは嫌い」


「そう、ですか」


 魔族だからとか、人間だからとか言う理屈ではなかった。もう、同じ生命体として生理的にダメなのだろう。オレがベルゼヴィードに抱いている気持ちと似ている。だが、オレは実はかなりわがままなので、こう思ってしまう。


「なら、克服しましょう。牧村は、ニートだし引きこもりだしオタクだけど、優しい娘です。懐の深いアヤさんならきっと好きになれますよ」


 自分では絶対に出来ないことを、他人には押し付けるという絵に描いたような最低行為だった。

 だが、ガキンチョなオレは、この世界にきて初めて手に入れた仲間や友達は、皆仲のいい存在であって欲しかった。そこに種族や年齢、性別、恨み辛みや過去も、関係ない。だから、オレは、いつも余裕たっぷりな綺麗なお姉さんには、誰に対してもその調子でいて欲しい。


「アヤさんは、皆のお姉さんです。それは、勇者にとっても」


「だ、そうだ」


 団長がアヤさんの肩から手を離し、両の頬を優しくむぎゅと押し上げた。


「えらい自分勝手。リューシちゃん、ズルいよ?」


「ですね」


「だが、それでこそ婿殿だ」


 魔王が笑って立ち上がり、客間から出て行った。もう、この戦場には用はないとばかりに。


「なぁリューシちゃん」


「はい?」


「うちの羽、綺麗?」


「はい。とっても」


 アヤさんは照れくさそうに笑った。


「時間はちょうだいよ」


 大丈夫。このお姉さんなら、きっと大丈夫。自信を持ってそう思えた。空気が緩やかなになった客間に、パトリシアが笑顔で全員分の紅茶を持ってきた。その中には、きちんと牧村の分も含まれていた。













 リュカとマキムラは今どんな調子かと気になって、彼女たちが話をしている部屋に向かおうとしていると、曲がり角でリーリと鉢合わせした。


「おっと、悪い」


「いや、私も。それより、アヤさんの様子はどうだ?」


「もう落ち着いてる。やっぱり流石だよ。牧村とも何とかやってくれそうだ」


 大人の女性は折り合いをつけるのが上手い。それがアヤさんなら尚更のことだ。今は食堂でパトリシアが準備してくれた紅茶を片手に団長と話をしている。


「そうか。いつ戦闘に発展してもおかしくなかったからな。それが無いとわかれば一安心だ」


「ああ。オレはこれから牧村の様子を見に行く。お前は?」


「私はリュカに頼まれて茶菓子を用意しに行くところだ。貴様もいるか?」


「頼む」


 リーリは思ったより冷静だ。昔の彼女なら勇者などと聞けば物も言わずに攻撃に移行しただろうが、近頃は随分丸くなってきた。特に、執事服からメイド服に変わってからというものその傾向著しい。スカートがふわふわしてるから、心もふわふわしてるのかな。


「リュカ? 入って良いか?」


「エドガーさまですか? どうぞ」


 久しぶりにリュカの部屋に入る。リーリの部屋は結構少女趣味でぬいぐるみとか可愛い小物とかが多いのだが、リュカの部屋は意外とモノクロチックだ。黒と白を基調とした雰囲気はどこか大人びている。

 中では、黒木の椅子に座る牧村と、向かい合う形でベッドに腰かけるリュカがいた。彼女たちの間には黒のテーブルがある。


「来やがったなハーレム野郎」


「助けてやった人間に対する言葉がそれか」


「黙るでござる! よりどりみどりのタイプの異なる美女美少女に囲まれて生活しているなど言語道断!  世界中のオタクに今すぐ土下座しろ!」


「何であの状況の直後に通常運転なんだよ。キモ座り過ぎだろ」


 てっきり怯えているかと思っていたのに、ここまで元気いっぱいだと腹が立ってくる。やっぱりこいつは場の空気を全然読めてない。それは社会生活を行う上で大変な欠点だ。


「で、リュカにスマフォ渡したわけだし、もう帰るのか?」


 魔王の屋敷にやって来てる時点で大問題なのだ。長期滞在されるとさらにややこしくなるので、とっとと、いや、出来れば今すぐ帰って欲しい。


「それなんですが……」


 しかし、牧村は先程の元気は何処へやら、しゅんと黙りこくると俯いてしまった。前に座るリュカが言いにくいそうに手を挙げる。


「その、マキムラさん、今お城で生活しているそうなんですが、私達が人間界から帰って以来、どなたとも会話をしていないそうなのです」


「はぁっ!? もう一週間以上経つぞ!? それだけ時間あって誰とも!?」


「う、うん……。なんかお城の人皆嫌な目で見てくるからさ。ご飯だけもらってずっと部屋に一人でいた」


 もどかしい気持ちになって、片手で頭をかきむしった。オレとリュカといた時は元気だったから大丈夫だと思っていたが、どうやらそんなことはなかったようだ。オレの知らない間に、また引きこもりに逆戻りしている。牧村は、しゅんとなった表情のまま必死に喋る。


「だ、だってさ、団長さんもいないし、アーノンさんもいないし。ちゃんとした知り合い一人もいないんだよ。国王様になんか気軽に会えないし、あっても気まずいし、それで……」


「嫌になって引きこもって、それで、オレ達のところに来たのか」


「うん……」


 まあ、当然といえば当然か。こいつはこの世界に来る前から引きこもってる。それが一日二日ちょっと外出したくらいで、きちんと矯正出来るはずもない。リュカと仲良くなれたのだって、隣にオレがいたり、リュカ自身が非常に良い娘で、親切にしてくれたからだ。知らない人の中に放り込まれれば、また貝のように殻に篭ってしまう。


「じゃあ、王城には帰りたくないのか」


「……うん」


 困った。とにかく困った事態だった。魔王の屋敷も王城も、魔界も人間界も、色んなものを巻き込んだ問題が、牧村の引きこもりという事態に引きづられて絡まり合っていた。

 悲しげに下を向く牧村は、妙に小さく見えた。

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