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パトリシア(新ヒロイン?)


「うぉおお。あったまるわー」


 湯船に肩まで浸かると、全身の凝り固まった筋肉がじわじわとほぐれていく感覚に襲われる。程よい温度のお湯は、オレを身体の芯から温めてくれた。


「くそ。リーリめ。本当に腹の立つ野郎だ」


 今日は、午後からリーリの時間が空いたので、彼女の鍛錬に付き合わされた。中庭で体力トレーニングや槍の振り下ろしをしている彼女を、最初は本を読みながら横目に見ていただけだったのだが、途中から練習相手にさせられてしまった。

 オレもこの屋敷に帰ってきてからまた古武術の稽古は再開していたから、鍛錬をするのは別に良い。だが、それにも限度と言うものがある。ひたすら三時間、彼女と組手をさせられた。本来、組手と言うのは実践を模したものなので、多大な集中力を使う。なのでそれほど長くは出来ないものなのだ。しかし、リーリはその集中力がずば抜けているらしく、延々と組手を行えた。それも彼女の努力の賜物だが、オレはそんな事出来ないので、途中からは一方的にボコボコにされた。ズルイよあんなの。

 と言うわけで、今日のオレはいつになく疲れていた。だからこそ風呂は格別に気持ち良い。この温泉の大浴場のようなデカい風呂を独り占めできるのも愉快だ。

 ここで軽く説明しよう。魔王の屋敷の風呂には、いくつかの明確なルールがある。まず、一番風呂は魔王が入る。これはまあ当然だ。ここの家主だし、魔王だし。彼は決まって夕方頃に入るため、その時間にはすでに湯が沸いている。次は夕食の後リュカが入る。これも当然だ。魔王の娘である彼女は、いわば王女様だ。彼女専用の浴室があっても良いくらいだ。そして、その次がオレとなる。まあ、婚約者候補という名目と、食客のような立場だからだ。

 しかし、リュカが入りオレが湯に浸かるまでに、不必要な一手間が加えられることになっていた。湯船を全て抜いて張り替えるのだ。これはリーリが提案して一人で実行しているものだった。このことについて一度彼女に文句と言うか、意見を出したことがあるのだが、


「おいリーリ。何でオレが入る前に一回お湯抜くんだよ。不経済だろ」


「バカを言うな。リュカが入った後の湯に貴様を浸からせるなど鳥肌が立つ。中で何をしでかすか分かったものじゃないからな」


「人をとんでもな変態みたいに扱うな」


「私とパトリシアは貴様の残り湯で我慢しているのだ。本来なら嫌で嫌でたまらないところを、リュカと私を天秤にかけた上での苦肉の策だ。パトリシアには悪いがな」


 とまあ、こんなことをこんな感じで言われてしまった。リーリがオレをどんな目で見ているのかがよく分かるエピソードだ。別に変なことなんかしないっての。だっていくらリュカが浸かったお湯とは言え、その前に魔王も浸かってるんだぞ。そんなもので何をしようと言うのだ。それこそ手に負えない変態だ。

 だが、考えてみれば実質一番風呂なわけなので、オレとしても強く反発することなく今に至る。

 この屋敷の風呂は総檜で、サウナもあると言う豪華なものだ。ただ、もし一つだけ注文をつけるとしたら水風呂がないことか。今度魔王に上申してみようかな。

 その時、ガラガラと風呂の扉が開いた音がした。


「え?」


 そこには、白いタオルを巻きつけ、恥ずかしそうに胸元を抑えるパトリシアが立っていた。


「え? え?」


 頭の整理が追いつかない。ただ、目だけは彼女の鎖骨や太もも、首筋に向かう。


「エドガー様。お背中流させていただきに参りました」


「ちょぉっと待てぇぇ!!」


 何してんのこの娘!? 分かるんだけど分からん! 金髪は邪魔にならないように頭の後ろで結わえられていて、顔は恥ずかしげに赤く染まっている。白いタオルが肌に張り付いていて妙に生々しいし色気があった。

 肩まで浸かっていた湯船に、口元まで沈みこむ。大して入っていないのに、今すぐにでものぼせそうだ。


「こちらへどうぞ……」


 パトリシアが洗い場に腰を落として手で示す。


「いやいやいや! 何やってんの!?」


「なにって……。エドガー様のお背中を……」


「それは聞いたけど! 何でそれをしようと思ったの!?」


 いかん。これ以上パトリシアの方を向いているとおかしくなりそうなので、ばしゃりと水飛沫を上げて後ろを向く。パトリシアの押し殺した声が浴室に反響する。


「エドガー様は、私にとって大切な主人様です。身の回りの全てのお世話をしたいと思ったのです」


「魔王やリュカにもしたのか!?」


「いいえ。エドガー様だけです。貴方様は私を自然な女の子として扱ってくださった初めてのお方。是非お背中流させて下さいませ」


 そばまで歩いてきたパトリシアの声が耳元で響いた。その吐息が耳をくすぐる。彼女も緊張しているのか、オレの首に回される手は冷たいままだ。

 悟る。これは断り切れない。もし出来たとしても、パトリシアを深く傷つけてしまうだろう。ならば彼女が満足の行くようにさせてあげるのが一番良い。


「分かった。ただしオレは目を瞑ってるから」


「はい」


 洗い場の檜の椅子に座る。目の前にある鏡は見ない。


「それでは、まず御髪を洗わせていただきます」


 パトリシアが黒魔女マミンの石鹸を泡立てる。この大ヒット商品は泡立ちまで完璧だ。すぐに綿あめのようなふわふわになる。

 

「かゆいところはごさいませんか?」


 細くて柔らかい指が、オレの頭皮を優しくマッサージする。的確にツボをついてくるようで、果てしなく気持ち良い。髪の先まで丁寧に洗われて、髪にも神経が通っている気がしてくる。オレの毛量はそこまで多くない。頭はすぐに洗い終わった。


「では、流させていただきます。お次はお身体を」


 頭の頂点からゆっくりとお湯をかけられ、泡がおちていく。顔にかからないように手でひさしを作ってくれていたので不快感もゼロだ。ただただ快感だけに溺れそうになる。


「うわ……。お背中大きいですね。筋肉も逞しくて、憧れてしまいます」


「ま、まあ鍛えてるから」


 オレの腹筋は六つに割れている。客観的に見ても良い身体つきだと思う。団長にもそう言われた。いや、てか何であの人がオレの身体つきを知ってんだよ。怖いのでこれ以上は考えないようにする。

 パトリシアの手とタオルが、オレの背中を撫でるように洗う。その優しい手つきは、壊れ物を扱っているようだ。その時、


「あっ……」


 はらりと、何かが落ちた。分かる。これはきっとタオルだ。しかし、オレの身体を洗うタオルは落ちてなどいない。となると、落ちたタオルは一つだけで。


「す、すみません。私のタオルが……」


 そうだよねぇ。そうなっちゃうよねぇ。つまりパトリシアは今完全に全裸。完全に全裸って日本がおかしいとかもうどうでも良い。ひたすら爆音を鳴らし続ける心臓と、頭に昇ってくる血液を感じていた。


「それでは、エドガー様、前も……」


「え、いや! 前は!」


 背中、手を洗い終わったパトリシアは、オレの胸を洗おうとする。その体勢が背後からなので、必然的に彼女の細い身体が背中に押し付けられる。火照った体温と、何か硬い物を尻の辺りで感じた。心臓爆発まであと一秒。しかし、


「ん?」


 ある感覚に疑問を覚える。硬い、物? 女の子に硬い物? 鍛えてるリーリだって身体はやはり柔らかい。女の子に硬い物なんて備わってないはずだ。しかし、尻にあたるこの感覚は、どこか覚えがあり、彼女の体勢とオレの体勢。二人の位置関係から推測できるこの部位のポジションは……。

 行き着いた内容に、全身の血が冷たくなっていくのが分かった。ガチガチと歯が鳴り、手が震える。風呂場という温かい空間にいると言うのに、冷えた汗が頬を伝う。


「そ、んな……バカな。バカな!」


「ん? エドガー様、どうされました?」


 もう、確かめずにはいられなかった。


「きゃっ!!」


 立ち上がりながら振り返り、パトリシアの肩を掴んで押し倒した。頭や腰を打たないように両手で支える。


「え、エドガー、様? わ、私まだ心の準備が……」


 片手で抱き締めるように胸を隠し、もう一方の手でくねらせた脚の付け根の中間点を抑える。そこに見えた物は……


「パトリシア」


「は、はい……。どうか、優しく……」


「おまえ、ナニついてるぞ」


 あるはずのないものが、ついていた。男の子を強烈に主張するある種の象徴的部位が、彼女、いや、この子の股には存在した。


「はい……。私、医学的には男の子ですから……きゃっ」


 ぽっ、と灯りを灯すように頬を染めながら、両手で顔を隠したパトリシア。

 オレは、何も言わずにふらりと立ち上がった。脚は絡まる。身体はよろける。頭はどこまでも混濁していた。そして、



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 全力疾走で風呂から飛び出し、屋敷の廊下を駆け抜け、中庭に踊り出ていた。


「マジかぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 赤と青の月に向かって吠えていた。その絶叫は月にぶち当たって反射し、魔界全土に降り注ぐ。


「な、なんだ敵襲かっ!?」


「ど、どうしたんですか!?」


 リーリとリュカが部屋から飛び出してきた。うろえるその目は、すぐにオレを捉えた。


「き、貴様! なんて格好してるんだ! 変態が!」


「え、エドガーさま!! も、もうもうもう!!」


 二人が目をそらしながら叫ぶが、今はそんな事どうだって良い。オレの頭と心が理解した現実は、この程度の咆哮では消費することが出来ない。身体の奥底からいつまでもどこまでも湧き出してくる気持ちに、一体どう整理をつければ良いのか。


「あ、エドガー様。こんなところにいらっしゃいましたか。さあ、私心が決まりました。すぐに再開いたしましょう」


「ぱ、パティちゃん! あなたも何て格好、を……」


「え……?」


 産まれたままの姿で、パトリシアがオレを追いかけてきたようだ。それに目を向けるリュカとリーリが、その場に立ち竦んだ。リュカなどは、そのあとすぐにぺたりと尻餅をついてしまった。


「ぱ、パトリシア……。君は、もしや……」


 リーリが震えながら、自分の目を信じられないと言うように言葉を放つ。彼女は自分の言葉ですら上手くコントロール出来ていないようだ。


「男、なのか……?」


「はい。リゲル・パトリシア・オーガ。百四十才。男の子です」


 手に持っていたタオルを身体に巻きつけながら、パトリシアは笑顔で頷いた。

 今夜も、月が、綺麗だ。

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