結末
アキニタに教えてもらった薬を何とか調合し終わり、リーリの口元に運ぶ。
「ほら出来たぞ早く飲め!」
「わた……より、リュカ、を……」
「お前が先だ。てか飲んだらすぐ探しに行くから」
セルバスも眠らせているだけだと言っていたし、人質にするつもりだったのなら酷いことはしていないはすだ。それに、リュカは見た目こそフワモコだが中身はしっかりしている。少しくらいなら大丈夫だと思えた。
「私は……いい。リュカを……」
「お前が先だ!!」
オレの怒声に小さく跳ね上がったリーリの肩を抱き寄せ、口を上に向けさせる。そこにコップの中の薬草水をゆっくりと飲ませていく。
「どれくらいが適量かは分からん。とりあえず全部飲め」
一応花五株から抽出した薬草水だった。これで足りないようならまだ余りはある。しかし、すぐに薬草水の効果が現れ出した。燃えるように熱かった抱いているリーリの肩が冷めてきた。顔の火照りや汗も引いてくる。リーリも手を動かせるようになってきて、両手をコップにそえてコクコク飲んでいく。ここまで効果が顕著だとは思わなかった。
「よし。これならもう大丈夫そうだな」
「う……ん……」
長い間毒と闘って疲れているのだろう。薬草水を飲み終えると、リーリはすぐに目を閉じて穏やかに眠り始めた。その頬には涙の跡が残っていたが、綺麗な寝顔だ。
「よく、頑張ったな」
その頭をゆっくりと撫でた。顔にかかる黒髪をすくい、涙の跡を手で拭った。さて、ひと段落ついたしリュカを探しに行かないとな。
立ち上がったが、この広い屋敷の中のどこから探したものか。リュカは小さいし、戸棚とか箱とかどこにでも入る。手足を拘束されていることも十二分に考えられるので、出来るだけ早く助けてあげたい。
「リュカー? リュカー!」
とにかく大声で叫びながら屋敷の中を駆け回る。食堂は探した。キッチンも探した。魔王の部屋も、客間も探した。あと残るのは、
「いた。良かった」
最初からここに来るべきだった。そこは、リュカが眠らされるには最も適した場所、彼女の部屋だ。大きなベッドに仰向けになって眠っている。白と黒のチェックのスカートに、白いシャツ。夢の中でもリーリの身を案じているのか、その寝顔を強張らせ、時折何かを掴むように手先を動かしていた。
「リュカ、リュカ」
動いているし、息もしている。特に外傷もない。本当にただ眠らされているだけのようだ。しかし、
「起きないな……」
身体をゆすっても、声をかけても目を覚ます気配がない。リーリの病気が一山超えたことの安心感から、オレの心も緩んでいたのだろう。変な気持ちになってきた。どうしようか。オレも健康的な一般男性だし、こんな可愛い娘が無防備に眠っていたら、そういう気持ちにもなってしまう訳でありまして……。
「いや待て。いかんいかん」
リュカの顔の隣に左手をついたが、右腕で自分の頭をはたく。これじゃあ犯罪者だ。しかもおそらく条例に引っかかる類のやつだ。頭の中と心にふつふつと湧き上がってくる不純な何かを、理性で押し留める。しかしその時、
「む、う……」
リュカが苦しそうに首を振った。そのせいで彼女の柔らかく留められていた胸元のボタンが一つ外れて、白い鎖骨があらわになった。
「う、おお!?」
なんだこれは。誘っているのか? オレをからかっているのか? いやいや、リュカは決してそんな娘じゃないし、いつだってオレと接する時は少し恥ずかしげで、いやでも据え膳食わぬはって言葉とあるし、何より可愛い過ぎるし、白いモコモコがふわふわしているし、肌は白いし、睫毛は長いし、桜色の唇はめちゃくちゃ柔らかそうだし、オレも男だしだってこんなにも!
「リュカ……リュカ!」
リュカの身体を優しく揺すっている。オレは、本能との闘いに辛くも勝利していた。かなり危なくて、幾度となく血を吐くことになったが、それでも勝利した。眠るリュカの頬をぺちぺち叩く。眠っている姿は本当にお姫様みたいだと思う。
「リュカ、リュカ! 起きてほら!」
すると、
「あ、れ……私……」
やっと目を覚ました。
「良かった。大丈夫か? どこも痛いところとかないか?」
「あ、私……そうだ! リーリ!」
リュカが跳ね起きる。リーリの部屋へと駆け出そうとするのを、オレが両肩を掴んで止めた。
「もう大丈夫だ。今は薬を飲んで寝てるよ」
「ほ、本当、ですか……?」
「本当だ。あいつはもう助かったんだ」
「あ、ああ……」
リュカがベッドに腰をぺたりと落とした。完全に脱力してしまったようで、軽い彼女の体重でもベッドがきしんだ。
「良かった……! 良かった……! ああ、ああエドガーさま!……!」
顔がぐじゃぐじゃになるのを躊躇うことなく、リュカは声を上げて泣き出す。オレにその温かな体を預けてくる。背中を抱き、左手で頭を優しく撫でた。
「ああそうだ。良かった。本当に良かった」
出来るだけ、出来るだけ優しく抱きしめる。リュカの涙は止まることなくオレの肩をしっとりと濡らした。
「よく、頑張ってくれたな」
オレも苦しかった。魔王はまだ苦しんでいる。でも、オレ達三人の中で一番苦しかったのはリュカだ。毒に蝕まれていく親友の姿を間近で見ながら、来るかどうかも分からない薬を待ち続ける。いったい、どれだけの不安と闘っていたのだろう。オレなんかでは計り知れない恐怖を味わっていたはすだ。
「さあ、リーリの所へ戻ろう」
「はい……!」
リュカの手を取って立ち上がらせる。すると、
「えへへ」
リュカがオレの右腕を抱くように組んできた。ぴたりとオレの脇腹にリュカの肩が引っ付く。さっきまで抱き合っていたくせに、何故か恥ずかしくなってしまう。
「ちょっとリュカ」
「あなたさまを信じていて良かった。ですから、少しだけ……」
「そうだな……」
この娘に信じてもらえた。大切な仲間の力に、少しでもなれたこと。どうしようもなくヘタレなオレの、数少ない誇りだ。それでもやっぱり、どうしても恥ずかしくて、左手で口元を覆い隠してしまう。右腕に感じるリュカの体温はやけに心地良く、ふわふわと湧き立つ心を抑え込むように歩いた。リュカも嬉しそうに頬を染めて両手でオレの右腕を抱く。いや、そんな風にされたら胸が手に当たって、当たって……泣きそうになった。
「……エドガーさま、何か失礼なことを考えていますね?」
「まさか。フェルマーの最終定理について考えてただけだ」
リュカが下から睨んできたので全力で誤魔化す。そしたら、この娘は可愛らしくぷくりと頬を膨らませたあと、
「へへ」
笑ってくれた。しかし、その笑顔はいつまでもオレだけのものではあってくれずに、
「あ! リーリ!」
リーリの部屋に到着した途端、リュカは走ってベッドにかじりついた。おでことおでこをくっつけて熱を計り、呼吸を確かめ、脈を取る。
「良かった! 本当に良くなってる!」
「もちろんだ」
安らかな表情で眠るリーリの首に、リュカは全力で抱き着いた。何度も何度も頬擦りを繰り返し、とうとうリーリが目を覚ますまでそれをやめなかった。リュカの涙はリーリの頬を伝って枕へと染み込んでいく。
「ん……リュカ?」
「はい! そうですよ! 分かりますかリーリ!」
「ああ、分かる、分かるよ……!」
リーリもリュカの背中に腕を回し、力を込めて互いを確認しあった。そんな二人を見ているだけで、オレも熱いものが込み上げてくる。こんなにも自分を褒めてあげたくなったのは初めてだ。彼女達のために頑張って本当に良かったと思える。涙を流して喜び合うこの娘達がこんなにも大切で愛おしいだなんて、思いもしなかった。
しかし、そんな感動を邪魔する奴が現れた。
「諦めん……! 諦めんぞ私は……!」
「……しつこい奴だな。嫌われるらしいぞ」
満身創痍のセルバスだ。ため息が漏れる。中庭で気を失っていたはすだが、もう回復したのか。槍に寄りかかるようにして立つその執念だけは見事なものだが、もうこいつをリーリの目に写したくはなかった。
「おおおおおお!!」
セルバスが全身に力を込める。すると細身だったその身体が何倍にも膨れ上がり、執事服を中から破った。二又の尻尾は巨大な鋏へと変貌を遂げていく。その姿は、全身を鋼鉄の甲羅で覆う黒いサソリだった。屋敷の壁を破壊し、リーリの部屋に入ってくる。
「殺す! 殺す! 皆殺しだ!」
鋏がオレに迫り来る。視界を埋め尽くすような黒を、飛び上がってかわした。そのまま鋏の上を駆け抜け、セルバスの頭上に飛ぶ。落下のタイミングに合わせて、
「潰れとけ」
龍王の右腕を甲羅の背中に叩きつけた。轟音を屋敷中に響かせる一撃は、衝撃波でリーリの部屋を破壊し尽くす。セルバスは、オレの宣言通り肉片すら残らない灰燼とした。
「ふう」
クレーターになった地面から龍王の右腕を引き抜いた。パラパラと舞い散る部屋だったものの残骸から目を守りながら、見上げる。クレーターの深さは数メートルくらいあり、登るのが大変そうだった。
だが、これで確信する。今回の事件は、完全に幕を閉じた。リーリを救い、黒幕を倒した。オレにしては、最大級の成果だろう。
もう一度喜び合うリュカとリーリを見たくて、穴から這い上がる。すると、そこには、
「……」
「……」
唖然とした表情で固まる二人が、オレを、いや、部屋だった空間を、見つめていた。




