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新たなる道


 リュカと二人で牧村の寝顔を見ていると、その静かな部屋にノックの音が響いた。


「失礼。勇者殿を見舞いに来た。入って構わぬか」


 扉の外から聞こえてくるのは、国王の声だ。明らかにいつもの覇気がない。


「どうぞ」


 正直なところ、この人に見舞いに来られても、と言う気持ちはあった。だが、決してこの少年王が悪いわけではない。出来ることなら彼を応援したくもある。


「……まだ目を覚まさないのか」


 数人の護衛を伴って入ってきた国王は、すまなそうに目を伏せた。しかし、背後の男達はオレとリュカに絡み付くような視線を向けてくる。いちいち相手にしていられないので、受け流して席から立ち上がる。


「はい。ですがもうしばらくすれば目を覚ますそうです」


 オレに倣ってリュカも立とうとするが、それを国王が手で制した。リュカが牧村の手を握っているのが分かったのだろう。


「今は城も町も大騒ぎだ。それだけのことが起こったのだから当然だがな。この国の中枢である王城深くまで魔王の侵入を許したなど、前代未聞だ」


 その顔には濃い疲労の色が浮かんでいる。よく見れば、頬の肉がごっそり削ぎ落とされていた。たった一晩でこれだけ激変してしまった国王の心情と心労がうかがい知れる。


「エドガー殿も負傷されたそうだな。王国への献身、誠に感謝する」


「別に。生きるために闘っただけです」


 ベルゼヴィードに刺されたオレの左肩は、包帯でグルグル巻きにされていた。もうほとんど痛みは消えていたが、それでもまだ肩が上がらない。昨晩この傷を見たリュカが泣いてしまったことが、痛みよりも辛かった。

 今国王は、あえて上から話をした。オレ達と彼ら人間界にあるはっきりとした線をより明確にした。もう、客人としてオレ達を守り切れないと言うことだ。護衛の目を見れば分かる。魔界側と人間界側の区別をして、早々に退城させるつもりだ。


「そなたには、本当に迷惑ばかりかけているな。この城で良い思い出は無いのではないか?」


「はい。出来るなら早く帰りたいです」


 国王は苦笑いで応じた。


「で、でも、私はアロママッサージ、すごく気持ち良かったですよ!」


 リュカが励ますようなことを言った。今度は少し口元を緩めた国王が、静かにオレに視線を向ける。


「魔界への帰還はいつにするつもりか」


「牧村が起き次第。国王様の魔王アスモディアラへの要請もあります。出来れば転移魔法を使って欲しいです」


「分かった。宮廷魔術士達に手配させる。準備が必要だ。少し待ってもらうことになるぞ」


「構いません」


 それだけを話すと、国王は一度牧村に目をやって、オレ達に背を向けた。そこに、


「あの!」


 言いづらそうに視線を下げながら、リュカが声をかけた。


「私の憶測ですが、魔界は人間界からの侵攻を受けた場合、魔王会議にて迎撃魔王を選出します。ですので……」


「つまり、人間側に与したりすれば、針のむしろになると?」


「……はい」


「それならそれで良い。ならばそう言う段取りで戦うまで」


 断ち切るようにそう言うと、国王は扉の向こうへ帰って行った。やっと面倒が済んだと思った途端、次はまた嫌な面が入れ違いに入ってきた。


「ちっ……」


「歓迎していただけるようで何よりです」


 オレの舌打ちにも、嫌な顔一つしないクロードだった。これから戦争にでも行くのかと思う重装備だ。


「クロード、お前には言いたいこと山ほどあんぞ」


「申し訳ありませんが、私も多忙につきお聞きできません」


 足音を立てずにベッドに近づいてくるクロードに、リュカは怯えていた。出会い頭に命を狙われたのだから当たり前だ。リュカの前に歩み出る。


「で、何の用だよ」


「王女の伝言をお伝えに来ました」


「……」


「良い顔です。下級騎士なら逃げ出してしまうでしょう」


 一体どんな顔をしていたと言うのだろう。どちらにせよリュカに背を向けていて良かった。


「恐ろしい魔王を撃退してくれたことに感謝を。そして、貴方への行いに謝罪を」


「分かった。受け取っておく」


 するとクロードは、珍しく笑顔を崩した。片手を頭にあてて、話しにくそうに口元を動かす。


「王女は、本当に心を傷めております。どうかあまり悪感情を持たないてあげて下さいね」


「……善処する。ちゃんと手綱握ってろよ」


 何とかオレがその言葉を絞り出したのを聞き届けると、クロードはいつもの笑顔に戻って、眼鏡を押し上げた。


「では私はこれで。ああ、そうそう」


 歩き出す直前、振り返った眼鏡の奥の瞳が、オレの背後のリュカを捉えた。


「次は戦場でお会いしましょう」


 その瞬間、クロードの顔に広がったのは歪みのような笑顔。オレまで寒気を覚えるような圧倒的な敵意が、霞のように広がり、そして収束した。奴が静かに閉めた扉の音が何故か耳に反響した。


「……わたくしあの方すごく苦手なのですが」


「大丈夫。オレもだ」


 少し声を上ずらせて言ったリュカに、静かに同意して頷いた。









「う……我が輩は眠っていたでござるか……。さながら封印されし世界の災禍の如く」


「元気そうで何よりだ」


 寝起き一発目の一言がこれなので、こいつのオタク根性はかなり根深いところまで侵食していると思われた。


「気分はどうだ? 何か食べるか?」


「お腹は空いているでござるが、その、食べ物とかはちょっと……」


 そりゃそうか。我ながら気の利かない。


「しかし、良いものでござるな」


「は?」


 鼻息を荒くしてデレデレする牧村は、自身の左手を指し示す。


「目を覚ましたら美少女が手を繋いでくれている。安らかな寝顔と寝息もおまけときた。オタクの夢が叶ったでござるよ」


「あーなるほどね」


 牧村を手を握るリュカは、限界が来てしまったのだろう。ベッドに頬を預けて眠ってしまっていた。一定のリズムを刻む呼吸が空間に優しく溶けていく。そして、眠りに落ちていても牧村の手だけは離さなかった。


「グフフ。たまらん。たまらんでござるよ。ちょっと写真撮って良いすか?」


「カメラなんかねぇよ」


「いや、ここにスマフォがあるでござる。待ち受けにしたい」


 とりあえずヨダレを拭け。でもどうしようか。リュカは嫌なんじゃないかな。だが、この瞬間を形あるものに残したいと言う牧村の気持ちは分かる。何と言ったって可愛いのだ。


「うーん。撮った後でちゃんとリュカに聞くんだぞ?」


「事後承諾か。悪くないでござる。それでは一枚」


 カシャリとスマフォのフラッシュが光る。


「もう一枚。お、このアングルも素晴らしい! 激ヤバでござる。コミケに出せば三百部は軽いでござるよ! しかもなにこの唇! なんでリップも塗ってないのにこんなにぷるぷるなの!? 反則でござる!」


「あんま騒ぐと起きちまうぞ」


「ん……」


 ほら言わんこっちゃない。リュカが蒼い目を擦りながら顔を上げた。


「あ、ごめんなさい私ったら……」


「いや、ありがとう……」


 ぼとぼと垂れる鼻血を抑えながら、牧村はリュカの肩を二回叩いた。当然リュカは何のことだか分かるはずもなく、困った顔で若干引いている。そして素早く写真の交渉に入った牧村を、オレは観察する。一応は元気に見える。空元気かもしれないが、それを出す気力すらない、と言う訳ではなさそうだ。牧村の今の心情は不安で仕方なかったが、これなら話が出来る。しかし、異世界の最新機器に目を白黒させながらも楽しそうにしているリュカ達の話を横から遮るのは可哀想なので、一通り話が終わるのを待つ。


「それで、ここを押して……最後にここをタップする」


「な、なるほど。分かりました!」


 二人の話も大方落ち着いたようなので、牧村に今後のことについて話を聞かせる。


「それでだ。オレとリュカはこれから魔界に帰る。リュカとも相談したんだが、お前さえ良ければ、一緒に行かないか?」


 オレ達が王都からいなくなれば、牧村の知り合いは一気に少なくなる。顔合わせをしただけの団長と、あとは黒猫亭の人間だけだ。国王も含まれはするが、

友達感覚とはいかないだろう。安心して話が出来る人間がいないと言うのは、牧村にとって辛い状況になるはすだ。


「うーむ。遠慮しておくでござる」


「え?」


「それは何故?」


 リュカと二人で声を上げた。二つ返事でついてくると思っていたのに。


「お誘いはありがたいし、心遣いも嬉しい。出来ることなら我が輩もついていきたい」


 そこから見せた牧村の表情は、美しく引き締まった顔だった。


「我が輩は勇者。そう易々と魔界に行くわけにはいかないし、ここで必要としてくれる人もいるでござる。戦争などには興味の欠片もないが、存在だけで誰かの力になれるなら、応えようと思うでござる」


 その言葉に迷いはなく、心からそう思っていることが分かった。


「良いのか? オレ達はいなくなる。もう気軽には会えなくなるぞ」


「大丈夫。同じ陽の下にいればまた会える。それに、二人のおかげで力が湧いてきた。何とか頑張ってみるよ。ありがとね」


 ござる口調を封印した牧村は、少し照れくさそうにそっぽを向いた。照れる牧村に、思わず感想が漏れてしまう。


「……お前、可愛いな」


「っ!?」


「っ!?」


「ちゃんと前を向いてるんだな。それに、しっかり周りのことも考えてる。そう言う奴は尊敬出来るし、好きだ。頑張ってくれよ」


 牧村の頭を撫でる。何故か顔と身体が固まっているように思えたが、今はそれほど気にならない。こいつの黒髪は絹糸のように細く滑らかで、いやらしい意味ではなく気持ち良い。髪の毛の先端を追いかけていると、自然と牧村の頬にたどり着いた。


「ほっぺも柔らかいな。綺麗な肌してんだから、ちゃんとした生活習慣身につけろよ。可愛いんだから勿体無いぞ」


 最後き牧村の顔を覗き込んで、手を離した。すると、


「な、な、な、何だよ! どう言うつもりだよ! い、いきなり……」


「はぁ? 何が?」


 牧村は突然オレが触れた頬に手を当てて叫び出した。何故か目尻に綺麗な雫が光っている。


「か、可愛いとか、綺麗とか平然と言うな!」


「そう思ったんだから仕方ないだろ?」


「いや、あの……バウッ!!」


 何か最後に妙な音で叫んで、牧村

シーツにくるまって顔を隠してしまった。


「おいおい。急にどうしたんだよ」


「うるさいうるさい! 主人公野郎がボクに近づくな!」


「ひでぇな」


 とにかく怒っていることは伝わってきた。しかしオレとリュカは今から魔界に帰るし、お互い話が出来るのはこれが最後になる。こんな妙な雰囲気ではなく、笑顔で別れを言いたい。そう思って牧村のシーツを引っぺがす。


「おいコラ。ちゃんと顔見せろ。次いつ会えるか分かんねぇぞ」


「あ、ちょっと! やめてよ!」


 牧村は抵抗を見せるが、どこか力が弱い。簡単に顔が確認出来た。


「ほら」


「な、何だよ……」


 オレが差し出した左手に、牧村は仏頂面と低い声で応じた。


「握手だよ握手。最後なんだから」


「……本当に? 実はまたえっちなことするつもりなんじゃない?」


「んなつもりねぇよ。あとまたって何だまたって」


 つい苦笑いになってしまったが、それでも左手は引っ込めない。牧村が手を握ってくれるのを辛抱強く待った。そして、


「分かった。またいつか」


「おう。元気でやってくれ」


 恐る恐ると言った感じで、やっとオレと握手してくれた。互いの手のひらの熱を伝えあって、自然と笑みがこぼれた。今の牧村なら、きっと大丈夫。そんな風に思えるほど、こいつは頼り無さを捨て、強い少女へと生まれ変わっていた。


「さて、リュカ。そろそろ行くか」


 そして、何故か先ほどから貝のように黙りこくってしまったリュカのモコモコに視線をやった。しかし、オレの言葉にも何一つとして反応してくれない。不審に思って影になっている顔を覗き込んでみると、その表情はとんでもなく虚ろで、どこを見ているのかも判然としない。


「リュカ……?」


「はっ! す、すみません。エドガーさまは定期的に浮気をしなければ気の済まないお方だと言う現実を知ってうちのめされておりました……」


 二度目の声かけで、やっとこさ意識を取り戻してくれたが、その後突然早口でよく分からないことを言い出した。


「どうした? まだやっぱり疲れてるのか?」


「疲れています。疲れていますとも」


「そうか。じゃあ屋敷に帰ったらゆっくりしないとな」


「死ねば良いのに」


 最後に割り込んできた牧村が、とんでもなく物騒な単語を投下して、室内が焼け野原となった。これから、オレ達は別々の方向に進んで行くことになる。

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