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この過酷溢れる世界


 牧村の言葉に、一瞬闘いの最中であることを忘れた。


「え?」


「江戸川殿も薄々気づいていたのではないか? そのスーツに刀という武器、どちらもこの世界の物ではないでござる。少なくとも我が輩は一度だってこれらを見たことがない」


「いや、でも、そんな……」


「何より、ベルゼヴィードの放つ歪な力。江戸川殿と同じでござる。だからこそ気づけた。それはおそらく、江戸川殿で言えば龍王の右腕(ドラゴン・アーム)、つまりこ奴の異能力でござる」


 牧村の話を心の端で納得しつつも、受け入れられなかった。そんな、まさか、ベルゼヴィードが、この世界の住人じゃない? じゃあ、こいつが今までしてきたことは、


「フフフ、ハハハ! これは素晴らしい! 目が良いどころではないな! 正しくそうだよ! 私、剣鬼ベルゼヴィードは、約四十年前にこの地に降り立ったアメリカ人さ!」


「マ、ジかよ……」


 オレ達の世界からやってきた元人間が、魔王になっている? それも、虐殺を繰り返す天災として。魔界も人間界も震え上がらせる存在になっているとこいつは言うのか?


「ある日、私は交通事故で死んでしまってね。気がつくとこの世界にいた。いやぁ、不思議なことはあるものだ」


「ま、待てよ!」


 こいつが元人間で、アメリカ人だって言うのなら……


「何でお前、人間を喰ってるんだよ!」


 怖くは、気持ち悪くはないのか。違和感や疑問はないのか。倫理は、常識は、良心は、どこに行ってしまっているのだ。


「それはもちろん、私が魔族だからだよ。そして、他生物からしか栄養を摂取出来ない低級魔族であるからだ」


「なっ!?」


 低級、魔族だと? ここまで圧倒的な強さを持っているこいつが? 低級ってのは知能が低くて凶暴で、それでも、人間から駆逐されるだけの者であるはずだ。


「ふむ。低級魔族でその再生力。お主、もしやスライムか?」


 顎に手を当てた牧村が、戸惑うように呟く。ベルゼヴィードは嬉しそうに指を鳴らした。


「本当に君は優秀だ! いかにも、私はスライム族最後の生き残りだ。同族は皆私が喰らいつくしたからね。私は最弱と言われるスライム族だったが、アメリカ時代から持っていた刃物を生成出来る能力と、人並みの頭脳を使ってここまで成り上がってきた。ハハ! 私の半生は一冊の小説になるのではないかね?」


 確かにこいつの言う通りだ。それこそラノベのテンプレ以外の何物でもない。だが、こいつは明らかに道を踏み外している。元人間が、人間も魔族も区別すらなく殺して喰らう化け物に成り下がっている。成り上がり? そんな夢のある話ではない。これは、この世界が生み出した奇跡の悪夢だ。


「む、私の思い出話はどうやらここまでのようだ。騎士達が集まりだした。ではでは、私はこれにて。二人とも、肉の手入れは怠らないように」


 最後、ベルゼヴィードは美しい所作で一礼すると、王城を取り囲む外壁へと飛び移った。


「何があった!?」


「ベルゼヴィードだと!?」


「直ちに追跡せよ! 絶対に逃すな!」


 騎士達が手に武器を持ってベルゼヴィードを追いかけていくが、もうそこに血肉を貪るダークスーツの姿はなく、夜風が未だに空中に躍る瓦礫や砂埃を巻き上げているだけだ。


「うそ、だろ……」


 オレは、地面に膝をついた態勢のまま、しばらく動くことが出来なかった。オレと牧村は、この世界のためにやってきたし、今だってそのつもりで動いている。じゃあ、ベルゼヴィードは何なんだ? どうして、あいつは人や魔族を殺しているんだ? どうして……何で……


「……殿! 江戸川殿!」


「うあ! な、何だよ」


「あれは、魔王。それ以上でもそれ以下でもないでござるよ」


「そう、だよな」


 そう、それだけだ。それだけのはずなのに、胸が掻き毟られたように痛くなって目を閉じた。泡食って駆けつけてきた騎士達に事情を説明して、オレ達は王室付きの医師に身体を診てもらうことになった。

 結局その夜、ベルゼヴィードは追跡した三十九名の騎士と、十五名の一般人を惨殺して闇に消えて行った。










「ダーリン、勇者殿、本当によくやってくれた。あのまま我々がベルゼヴィードの侵入に気づいていなければ、最悪の事態も考えられたぞ」


「ああ、もう分かったから」


 ベルゼヴィードは、その料理の腕を買われて、昨日から王室の料理人として雇われていたそうだ。確かに、あいつは牛骨さえ被っていなければただの一般人に見えなくもない。


「城の警備とか、危機管理とかはどうなってんだよ」


「それを言われると返す言葉もはいな」


 団長は今猛烈な執務に追われていた。昨夜ベルゼヴィードに殺された騎士の中には、団長の直属の部下も複数人含まれていたらしい。その者達の家族への補填や、葬儀の手配。また、城の警備態勢の強化や騎士団編成の見直しまで取り行っている。


「なんか、しんどいな」


 彼女は、自分の部下が亡くなったという次の日に、事務的な仕事に従事していた。


「慣れている。慣れるべきではないとも分かっているが、私も人間だ」


 団長は書類から目を上げない。カリカリと言う羽ペンの小さな音が執務室を支配する。何を言っていいのか分からないし、おそらく何も言うべきではないのだろう。陽光が団長の背中を焼くように窓ガラスから侵入してくることで、彼女の表情ははっきりと見えない。


「さて、私は良い。勇者殿を見舞ってやることだ。闘いなど知らぬ少女にはキツすぎる光景を目にしてしまっている」


「ああ、分かった」


 あれだけ派手に闘った牧村だが、それから直ぐに吐き気と頭痛を訴えて医務室に運び込まれた。貴族達の死に様がどうしても頭から離れないらしく、睡眠薬を使ってなんとか眠らせた。


「リュカ、入るぞ」


 王宮にいくつか点在する医務室の中で、牧村は一番良い部屋をあてがわれていた。働きからすれば当然の対応だが、どうやら一部の貴族や騎士達からは、オレ達がベルゼヴィードを手引きしたのでないかと勘ぐる声が上がっているようだ。はっきり言って無視出来ない問題だ。例えそんな事実はなくとも、そう思われてしまうことはある。それは今後のオレ達の安全と直結する。


「はい、どうぞ」


 頭が痛い。あれやこれやと起こり過ぎだ。このノックをしてリュカに応えてもらう数瞬の合間にも、面倒事が脳内を埋め尽くしては消えるを繰り返す。医務室には、眠っている牧村と、姿勢を正して椅子に座るリュカしかいなかった。


「今は大分落ち着いてきています。もうしばらくすれば目も覚めるそうですよ」


 天蓋付きの豪勢なダブルベットで牧村は眠っていた。しかし、彼女はその広いベッドの中央ではなく、随分隅っこで丸くなっている。よく見ると、


「ああ、これですか? 手を繋いでいると安心するみたいで」


 ベッドの側に腰掛けるリュカの手を、牧村は握っていた。寝息も穏やかで、寝顔もすっきりしている。心から安心していることがよく分かった。


「なんか悪いな。ちゃんと睡眠とってるか?」


「はい、大丈夫です。あ、でも、今日は少し寝不足なので、あんまり見ないで下さいね……」


「え、どうして?」


 リュカはオレから目を背け、華奢な背中を見せてくる。少し髪が伸びているようで、白いうなじが白い髪で隠れ始めていた。


「その、お肌が、カサついていて……顔も洗ってませんし……」


「なんだそんなことか。大丈夫。変なところなんか無いって」


「そ、そうですか?」


 とは言え、本人が見て欲しくないと言っているのにムリに覗き込むようなことをするのは失礼だ。リュカから牧村に目線を移す。すると、牧村が苦しげに眉根を寄せた。吐く息も荒くなって、その手を強く握る。リュカも手に手を重ねた。


「時折、こうしてうなされるのです」


「そうか……」


 牧村の前髪をすくって、頭を撫でた。


「ごめんな」


 無理やり連れ出した挙句、とんでもなく辛い目に遭わせてしまった。今では、こいつにしたことが本当に正しかったのか自信がない。オレがこの少女に与えたのは、自由などではなく、ただ強烈な過酷だけだった。リュカと二人で黙って牧村の寝顔を見つめる。すると、リュカがとすん、とオレの身体に肩を預けてきた。


「きっと大丈夫ですよ。マキムラさんなら、大丈夫です」


「そうだと、良いな」


 オレはこの過酷溢れる世界と牧村を引き遭わせた原因だ。彼女のこれからが少しでも幸福なものであることを願い、助けていきたいと強く思った。白い部屋に白いベッド。白いシーツに、白髪のリュカ。優しい白さのこの空間での眠りが、牧村にとって穏やかなものであって欲しい。




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