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雪崩れ込む


「全く。空気が読めてないのらどちらでござるか?」


「はぁ?」


 コミックをパタリと閉じた牧村が、ため息混じりに苦言を呈してきた。その目には呆れ成分が多分に含まれていて、オレとしては声を詰まらせてしまう。


「ヒロインが泣けば即マジメルート突入と言うのは昨今のアニメ、ラノベにおける悪習でござるよ。そんな物を目の前で見せられるこっちの身にもなるでござる」


「あ、ああ。確かにな……」


 なんかいきなり変な空気になってしまった。まだちょっと瞳を赤くしてグスグスしているリュカは分かっていないようだが、これは人前でするような事ではない。何か心が大分参ってしまっていたせいで、色々たがが緩んでいたことを自覚する。何と無くリュカの身体を恥ずかしさから押し返してしまう。いや、本当に視線が痛い。早いところ脱出したい。そんな事を思っていたら、都合よく扉のノックが鳴って一人の騎士が入室してくれる。


「あ、やっぱり団長ここにいた。もう、息するみたいに仕事サボるのやめてよ」


「なんだアーノン。言われていた仕事は半分くらい終わらせたぞ」


「胸張ってる理由が謎」


 やっぱりこの団長ダメだ。おそらくだが、民衆はこの人の本性を一切知らない。だからあんなに熱烈なのだ。そんな事より、アーノンナイスだ。おかげで嫌な空気が霧散してくれた。


「あ、エドガー君目が覚めたんだね。良かった。あの香本当に危ないんだよ。正直九死に一生だよ」


「マジで」


 そんな大事だったのかよ。


「あと、国王様が謝罪をかねてみんなと夕食会をしたいってさ。嫌だろうけど来てね」


「もうさ、謝罪とかいいからさっさと魔界に帰して欲しいんだけど」


「そう言わないでよ。それに、リュカさんに大切な話があるんだって」


 オレから離れてベッドから立ち上がったリュカが、こくりと首をかしげる。


わたくしですか?」


「うん。だからお願いね。勇者様と二人は着替えてもらうから、メイドについて行って。あと団長は仕事しろ」


 リュカと牧村は優しくエスコートしていたが、団長にだけはドスのきいた声で厳命してアーノンは帰って行った。


「はあ。奴もだんだん口うるさくなってきたな。困ったものだ」


「困ったものなのはあんただ」


 団長は仏頂面で嘆息すると、かったるそうな雰囲気を隠すことなく扉の方へ歩いていく。そしてドアノブに手をかけて、止まった。


「ダーリン、覚悟しておくことだ」


「え、何が?」


 団長は振り返らない。オレの問いに答えることなく、静かに退室して行った。覚悟って何だ? そう言えば、あの紅い目の王女も同じことを言っていた。そりゃ、オレの甘さはいい加減思い知ったが、一体何を覚悟すれば良いのだろう。


「ま、決まってるか」


 リュカに心配をかけないこと。負けないこと。そして、オレに出来ることをすること。改めて、決意する。両の頬を叩いた。










「此度は大変すまなかった。エドガー殿には、城に来てもらう度に迷惑をかけてしまっているな」


「いや、良いんですけど……とは言えなくなってきてます」


 食堂のテーブルには豪華絢爛な料理が所狭しと並んでいて、どれから手をつけたものかと目移りしてしまう。だが、国王はナイフとフォークを持たないし、何よりまだリュカと牧村も到着していない。

 現在、国王の背後には左右に二人のメイドと、クロード、ハウルが侍っている。そしてオレの後方には団長とアーノン、クルトと、騎士連中が勢ぞろいしていた。このレギオンと言う王国における最高戦力に近いメンツがこの場に集結している。何故そこまで厳重な警戒態勢なのかは分からないが、これがリュカへの大事な話とやらに繋がってくることは予想出来た。


「お待たせしました。お二人のお召替え、終了しました」


 その時、オレから見た右手の扉が開かれた。眼鏡をかけた、他のメイドとは違う制服を着ている背の高い女性が入ってくる。それに続いてくるのは、


「う、お……」


 思わず声が漏れてしまった。自分の体温が上がり、その熱が顔に集中するのが分かる。


「あ、あの、どうかな……?」


 先に姿を見せたのは牧村だった。目を、奪われてしまった。彼女は漆黒色のドレスを身に纏っていたのだ。肩を出したワンピース型のそれで、肘まである長い同色の手袋をつけている。ドレスの裾部分だけを彩る白は、彼女の肌の白さと調和し更により際立たせており、眩しさすら感じる。少しだけ化粧もしているようで、桜色の唇は瑞々しく、目元も涼やかだ。髪も整えてもらっていて、リュカにもらった髪飾りの位置が変わっていた。

 普通の日本人だった牧村は、当然こんな綺麗なドレスを着たことなど初めてのはずだ。恥ずかしそうに口元を隠しながら伏し目がちにオレをちらちらと見てくる。


「大丈夫です。とっても良くお似合いですよ」


 すると、牧村の背中を押すようにリュカが現れた。彼女は、朱と蒼のドレス姿だった。螺旋を巻くような仕立てのそれは、細い腰や身体のラインを強調していて、大人っぽい色気がある。これまで、リュカを可愛いと思ったことは何度もあるが、大人っぽいなどとは初めて感じたことだった。唯一長袖のドレスの袖が少し長いようで、手の甲まで隠れてしまっているが、それが逆に可愛らしい。真っ白なモコモコとした髪が赤いリボンで結われていて、良いアクセントになっている。リュカもオレの視線に気づくと、頬を染めて目をそらした。


「これは素晴らしい。お二人ともお美しいとは思っていたが、まさかこれほどとは」


 あのクロードでさえ驚いているようで、眼鏡を押し上げている。オレも釘付けになった目が動かない。だらしなく口をポカンと開けていた。


「ではお二人とも、席に座られよ」


「は、はい」


「失礼します」


 リュカと牧村が、オレを挟んで左右に座る。不慣れな牧村は、着席するだけだと言うのにメイドの介添えを必要とした。


「あ、あの、エドガーさま」


「え、あ、あ、うん。どうした」


「その」


 リュカはもじもじと組んだ両手の指を動かす。


「そんなに見つめられると、その、困ってしまいます……」


「あ、ご、ごめん」


 慌てて顔を反対方向へ向けると、少し眉根を寄せた牧村と目が合った。


「な、何だよ。似合ってないって言いたの?」


「バカ、すげぇ似合ってるよ」


「え、そ、そうかな」


 正直に言うと、牧村は照れた風に笑った。


「さて、まずは料理を楽しんでもらいたい。今宵は高名なコックを招び、格別のものを用意させた。きっと満足してくれると思っている」


 オレ達を待っていた国王が、赤い液体の入ったグラスを掲げた。リュカは自然に、オレと牧村はおかっなびっくり杯を手にする。


「こ、これ、本当に食べて良いでござるか?」


 牧村は眼前の美しい料理の数々に震えを起こしている。ナイフとフォークを握ったは良いものの、もはや別世界の状況に動き出せないでいた。


「もちろん。遠慮せず食べて欲しい」


 そんな牧村に、国王が笑顔で声をかける。それを聞いたか聞かずか、ゴクリと喉を鳴らした牧村が、スープを一口すくった。


「う、わ……。マジかこれ……生きてて良かった」


「そこまでか。分からんこともないが」


 次から次へとスプーンを動かす牧村を、穏やかな気持ちで笑って見る。ただ、オレも自分の食事に移りたいので、早々に注意を外してスプーンを手に取った。


「うわ、マジかこれ。死なないで良かった……」


 ベルゼヴィードと闘って生還した自分に盛大な拍手を送りたい。


「とっても美味しいです。これは、何か特別な香辛料の味付けが……」


 隣のリュカは、何やらブツブツと独り言を零しながらスープを楽しんでいる。きっと今回の夕食を自身の料理に反映させるつもりだ。これでまたリュカの料理が一段階ステップアップするだろう。


「喜んでくれたようで何よりだ」


 国王も嬉しそうに笑った。見る見るうちに空になっていくスープの皿を見て、次の料理を給仕に申付ける。おそらく、この世界の料理における集大成を、その後もオレ達三人は会話をすることも忘れて堪能した。こんな美味そうな料理を目の前にして、直立不動でただ突っ立っているだけの騎士の皆様は、どんな気持ちなのだろうか。憐れむでも悦に浸るでもなく、彼らとこの幸福を共有出来ないことがもどかしかった。

 それから一通り料理は食べ尽くした。その全てが絶品と形容すれば安いくらいの極上のものだった。オレも牧村も途中からマナーはど頭の隅に放り捨ててひたすら貪り食らうことだけに集中した。本来なら見逃せないような醜態だったろうが、国王も控える騎士達も何も言うことはなかった。


「さて、食事も充分楽しんで、腹も膨れた頃合いだ。そろそろ余の話をさせてもらおうか」


 国王が食後のコーヒーを飲みながら、静かに語り出す。唐突に雰囲気が変わった。お気楽ムードから一転、食堂に冷たい空気が張り巡らされていく。


「単刀直入に申す。二ヶ月後、我らレギオンは総力を挙げて、魔界への反抗の大遠征を敢行する」



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