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幕間


 夢を見ていた。酷く苦しく、辛い夢だ。こういう時は決まってオレの過去の出来事なのだが、そうではない。この夢はそうじゃない。

 闇のような世界の中、煌めくのは鋭利な刀身。ダークスーツが揺れる。オレは何かに追われていて、必死で逃げているのだが、どれだけ走ってもそれは追いかけてくる。すると突然目の前が、巨大な口へと変化した。その鋭い牙が噛み付いたのは、オレか。それとも……。


「あ……」


「あら、起きた?」


 何か、嫌な夢を見ていた気がする。しかし、それは透けていくように消えていって、もう思い出せない。ただただ不快な気持ちだけが胸に残る。


「ここは、船の中?」


「そうよ。倒れたあなたにレヴィアが医務室を貸してくれたの」


 椅子に座って本を読む魔女がオレに目を向けた。


「オレはどれくらい眠ってましたか?」


 そんな言い方をすれば、まるでコールドスリープから目覚めた人間みたいだ。


「二日ね。まぁ、かなり強めに治癒魔法かけたから、仕方ないわ。治癒には体力がいるのよ」


 起き上がって包帯の巻かれた左手を閉じたり開いたりして確認する。まだ上手く力が入らない。脇腹には鈍い痛みと違和感が残る。


「レヴィアは、今どこに?」


「聞こえない? 上で葬い独唱会やってるわ。今日の夜には終わるでしょう」


「すげぇ体力……」


 きっとその中にはアスタル達も混ざっているのだろう。それでも、彼らが喜びだけを感じているのではないことくらい分かる。何人ベルゼヴィードに殺された? 四人? いや五人? もっと多かったかもしれない。彼らの死体を思い出して、また胃の中の物がせり上がってくる。


「そうそう、これ。レヴィアからあなたに。贈り物よ」


「え?」


 オレのベッドの上には、一枚の色紙が置かれていた。


「これは、もしかして……」


「もしかしなくてもそうよ。良かったわね。サインゲット出来たじゃない」


 色紙一杯にペンで描かれたそれは、確かにサインだった。オレには読めないが、きっとレヴィアの名前が記されているはずだ。


「う、うそ……」


「だから本物だってば。なに、欲しかったんじゃないの?」


「いや、そりゃ欲しかったですけど……。何で?」


 正直、描いてもらえた理由が分からない。彼女は最後までオレに悪態をついていたし、彼女のファンを守れてもいない。


「解せないって顔ね」


「いや、だって」


 すると魔女は立ち上がって、上からオレの頭を掴んだ。意外と握力がある。その目には何故か怒りの色がある。


「ファンが殺されたのは、自分のせいだって思ってる?」


「う……」


「それはあなた、自意識過剰よ」


 厳しい口調で魔女がオレを見下ろす。


「魔界は弱肉強食の完全実力主義。死ぬも生きるも自己責任よ。死んだ者達もそれを分かってる。彼らの死を勝手に背負いこむのはあなたの自己陶酔」


「で、でも……」


「あなたが前の世界でどれほど強かったかは知らないけど、天狗にならないことね。この世界のこと何も分かってないくせに」


 魔女の言葉はあまりにも鋭くオレの心に突き刺さって、何も言うことが出来ない。その目を見つめ返すことすら苦しい。


「ベルゼヴィードは最恐最悪の魔王よ。あれと闘って生きてるだけでも奇跡なの。お強い異世界の勇者様は、そんな事では満足出来ないかしら?」


「そ、そんなことは……ないです」


「だったら、そのサインを胸張って受け取りなさい。それは、レヴィアがあなたを認めた印でもあるのよ。彼女はね、その身を呈して誰かを護れる者にしか、サインを描かないの。憎まれ口ばっかり叩いているけど、その実彼女が一番甘っちょろいのよ。あなたはあの時、それに見合う働きをした」


「そんな、大それたことは……」


 魔女がオレの頬を引っ叩いた。痺れるような痛みを感じて、目を瞑る。


「出来てないと思うなら、尚更受け取りなさい。そして、その屈辱を毎日思い出して苦しみなさい。それがあなたを強くするわ。そして次こそベルゼヴィードを倒してみせなさい。今のあなたに、うじうじしてる暇があるかしら?」


「その、通りです」


 何から何まで、魔女の言っている事が正しい。その正しさにオレの心の弱さが浮き彫りになる。ベルゼヴィードに恐怖して逃げようとしている気持ちが露見する。だが、オレは奴の狂気を知っている。野放しにしていれば、いつかはその牙はリュカやリーリ達に向けられるだろう。それはダメだ。それだけはダメだ。奴が怖い。でも、だからこそ立ち向かわなければならない。だって、それが出来るのはオレだけなのだから。


「どんなに強くても、負けることはあるわ。あなたはそれを知った。その分だけ強くなったはずよ」


「分かり、ました。このサイン、受け取らせていただきます」


 魔女は笑った。


「良ろしい。これからのあなたに期待しているわ」


 この人は、オレを叱ったのでも、窘めたのでもない。励ましてくれたのだ。頑張れと肩を叩いてくれたのだ。その優しさに感謝して、色紙を胸に抱えた。







「さて、そろそろ研究室に帰ろうかしらね」


「先にレヴィアにお礼を言いたいんですが」


「無理よ。独唱会終わりは一週間くらいぶっ倒れてるわ。次の機会にしなさい」


「そ、そっすか」


 そこまでのことをするレヴィアの、その原動力が理解不能だ。


「あ、そうそう。その怪我のことは、リュカちゃんには隠しときなさいね」


「え?」


「もしバレたら、二度と自由行動させてくれないわよ」


「なるほど」


 リュカの怒った顔がまざまざと思い浮かべられる。いや、それが心配からくるものだという事くらい分かっているのだが、だからこそ知らせるべきではない。


「私はこのまま帰るから、よろしく言っといてね」


「了解しました」


 魔女が二回手を叩くと、腹の底を掻き回されるような不快感を感じて、転移魔法がかけられたことを悟る。慣れたせいか、吐き気こそ前回より小さなものだったが、それでも気分が悪いのは変わらない。そして気づけば、アスモディアラの屋敷の玄関前に立っていた。まだ服には海の香りの残滓があったが、もうここは平原の上だ。


「帰ってきた、って感じがするのは、どうなんだろうな」


 もう、ここがオレにとっての家になってしまっている。だがそれを決して嫌だと感じない。リュカと団長はまた喧嘩しているのだろうか。ただいまを言って扉を開くため、大きな取っ手に手をかけた。すると、


「ん? なんだ?」


 屋敷の中から物音がする。いや、それは当たり前なんだが、どこか雰囲気がおかしい。何やら叫び声のようなものが聞こえてくる。だが、ハーピー達の件もある。どうせオレの思い過ごしだろううと、軽い気持ちで扉を押しひらく。


「え?」


 そこでオレの呼吸が止まった。扉を開けたすぐそこに、アスモディアラが倒れていたのだ。何かに怯えるようにその手が、前に出されて虚空を掴む。


「お、おい! どうしたんだ!? 魔王! おい!」


 慌てて駆け寄る。巨大過ぎて抱え起こすことは出来ないが、それでも顔をこちらに向けさせる。見た所外傷はない。もしや何らかの魔法攻撃か? 戸惑いは消えないが、とにかく声を掛け続ける。


「魔王! おい! 何があったんだ!」


「む、婿、殿……。よく、よく帰ってきてくれた……」


「酷い……! 一体誰がこんなことを……!」


「早く! 早く……! 奴らが……来る……」


 その時、カツンカツンと小さな足音が、廊下の奥から響いてきた。音からして二人、ゆっくりとこちらに近づいてくる。魔王を庇うようにして前に立つ。まさか、本当に他の魔王の襲撃……!?


「どぉして逃げるんですかぁ? お父様ぁ?」


「全くだ。魔王たる者の尊厳はないのか?」


 しかし、それは包丁を握り締めたリュカと、大きなすりこぎを構える団長だった。その雰囲気にいつもの穏やかさはなく、荒々しく闘志を剥き出しにしている。


「お、お前ら!? これはどう言うことだ!」


「う、うわぁ!」


 魔王が悲鳴を上げて震えている。もしかしてこいつら操られて……


「ちゃうよ」


「うおっ!?」


 突然の声に飛び上がると、オレの背後には、腕を組むアヤさんが、笑いを堪えるような表情で立っていた。


「今、リューシちゃんが考えとるような事は一つもないよ。安心しや」


「い、いや、だって、でも……」


 そんな会話をしている間にも、リュカと団長が魔王を取り囲む。


「さぁお父様! お料理はまだまだありますよ! 残さず食べて下さいね?」


「そうだ。腕によりを掛けて作ったのだ。お残しは許さんぞ」


「た、助けてくれ!!」


 魔王が首根っこを掴まれて、二人に引きずられて消えていった。何と言うパワー。そして魔王の悲鳴がまたしても屋敷に響く。


「こ、これは一体……」


「私が説明しよう」


 そこにリーリが、ぐったりとした様子で壁にもたれかかるようにして現れた。


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