手荒い歓迎 後編
「あ、アヤさん! なんてものを!!」
リュカが顔を赤くして叫ぶ。
「ねぇリュカ姉、せいりょくぞーきょーって何?」
「何ー?」
ハーピーの弟たちが不思議そうな様子でリュカに尋ねる。その瞳は好奇心に満ちていて、大変ごまかしづらい。
「そ、それは……リーリに聞いて下さい!」
「ちょっとリュカ!?」
自分は関係ないとばかりに、澄ました顔で配膳していたリーリが、不意の火の粉に動揺する。右手の皿を取り落としそうになってしまっている。
「ふふ、君たち、精力増強というのはだな……」
「あんたは黙ってろ!」
話に入ってこようとする団長に皿を投げつけて黙らせる。しかし、二枚の皿を見事に二枚とも小指でいなされる。その後のドヤ顔がムカつく。
「おぉ、すごい!」
「団長さん、曲芸の人!?」
弟二人がそれに反応して、また団長のところに行ってしまった。団長も嬉しいようで、二人の肩を抱き寄せてまた何か話し始める。結果としては、弟達の興味をそらすことに成功した。
「おい、アヤさん良いのか?」
「ん? 何がや?」
「あの人、暁の騎士団団長だぞ。あんたら魔族の天敵じゃねぇか」
「あぁ、かまわんよ。子守してくれるんなら誰でも」
かなりいい加減だった。アヤさんは蜂蜜酒を両羽でコクコク飲みながらご機嫌な様子である。
「そんなことより」
「はい?」
「うちらはビックリやで。リュカちゃんの婚約者が人間やかて。初め聞いた時は魔王ちゃんのネタやと思たもん」
羽の両手では、フォークやナイフなど細かい作業がやりにくいのだろう。サラダをよそおうと悪戦苦闘しているアヤさん。オレは一言断って、その手元の皿にサラダをうつす。
「あら、ありがと。で、どうなん? リュカちゃんとはよろしくやっとんの?」
そして、何故かカーディガンを脱いでオレとの距離をつめてくる。なんか凄いフローラルな香りがして、頭がクラクラする。
「いや、まあ仲良くはしてますよ。リーリは怒ってますけど。あと、これだけは言っときますけど、まだ婚約してないんで」
これは、オレの譲れないポイントだった。このハーピー達は勝手にリュカの婚約に喜んでいるが、実際はそうではない。
「あらら、なかなか身持ちの固いお兄ちゃんやね。そういや、まだ名前も聞いとらんかったわ。お名前は?」
「江戸川、竜士です」
「ん? どっちが名前?」
「竜士」
さらにアヤさんは、椅子を引いて近づいてくる。肩が触れ合うどころか、吐息がかかりそうだ。
「ほなリューシちゃん、何が不満なん? リュカちゃん良え娘やん。普通の男やったら飛びつくと思うけど?」
「いや、そこは種族の壁って言うか……」
それは、もう自分ではよく分からなくなっている意地だった。
「ふーん」
オレの答えに、少しつまらなそうにアヤさんは蜂蜜酒をあおる。それが口の端から溢れて、ぽとりとその豊満な胸元に落ちた。その目は食堂内を走り回る妹たちに向けられている。
「こぉら! あんまり走り回ったら、羽が落ちて、後で掃除するリーリちゃんが大変やろ!」
「手伝ってくれるという選択肢はないんですね」
イラついた口調で、リーリが箒とちりとりを手にせっせと働いている。
「ごめんねリーリ姉。カヤもサヤもバカだから」
「バカだから」
団長の側でジュースを飲んでいた弟達が謝る。
「こら! 弟の分際でバカとはなんだ! おバカと言いなさい!」
「言いなさい!」
結局ハーピー達は騒ぐのをやめない。リーリが掃除したそばから羽毛が落ちる。
「あぁそうだった。お前達はそう言う奴らだった」
リーリが煩わしそうに、カヤとサヤの首根っこを掴んで椅子に座らせる。ここでも苦労人スキルは絶賛発動中なようだ。
「ねぇリューシちゃん」
「はい?」
アヤさんは今度は肉料理と格闘していた。その肉を横から小さく食べやすいように切ってあげる。彼女はそれに嬉しそうにかぶりつきながら、横目でオレに話を振る。
「リューシちゃん、童貞?」
血液が固体化したかと思った。一瞬周囲の音が消え去る。耳を疑うワードに、頭が理解を拒否する。
「えっと、それは、昆虫のお腹部分の……」
「それは胴体」
「中国湖南省北東部にある湖の……」
「それは洞庭湖。いや、これうちが答えたらあかんやつやろ」
「あ、さ、サラダの中に入っている……」
「入っとらんて。まだごまかすん?」
似たような会話を誰かとしたような気がするが、回らない頭は靄がかかったようで、一向に思い出せない。
「な、な、な、なんですかいきなり! 訳わかんないっすよ!!」
とにかく立ち上がる。その時腰がテーブルに当たって、食器が鳴る。そのせいでリュカや団長、掃除をしていたリーリまでもがオレに注目する。
「いや、何と無く。だってリュカちゃんおぼこ娘やし、お互い初めてやったら苦労するかな、思て」
「ちょっとアヤさん何の話を!!」
リュカもオレと同様、血相を変えて椅子を引く。羞恥心の限界なのだろう、その瞳は潤んでいた。しかし、そんなリュカを完全無視して、アヤさんは話を進めていく。
「こういう時は、使用人が筆下ろしするんが通例やけど、どうせリーリちゃんも処女やし、期待できへんやん?」
「叩き出されたいのか貴様は!!」
リーリが箒を大上段で構える。耳をぱたつかせて頬の熱を必死で飛ばしていた。大股でアヤさんに詰め寄ってくる。
「ねぇ、ふでおろしって何ー?」
「何ー?」
純粋無垢な弟達は、真っ直ぐな瞳で団長の服を引っ張る。彼らくらいの年齢の子供は、新しい単語に興味津々なのだ。
「そうだな、分かりやすく言うと……」
「あんたは子供から離れろ! 今すぐ!」
オレも全身、とくに首から上がとにかく熱い。変な音で心臓が鳴っているのがわかる。
「みんな、そない慌てんでええやん。かわええなぁ」
完全にからかわれている。ニタニタ笑うアヤさんは、本当に旨そうに蜂蜜酒に口をつける。オレ達はさぞかし良い肴だろう。
「だいたい! オレがその……経験ないことが、あんたと何の関係があるんだよ!」
「ん? そりゃあ、もちろん……」
アヤさんがシャツのボタンを上から外しながら、オレにしなだれかかってくる。白い豊満な谷間の上で、先ほど溢れた蜂蜜酒が黄金色に煌めいている。首の後ろに両手を回され、耳元で温かい吐息とともに囁かれる。
「お姉さんが、手ほどきしたろか?」
紅い上唇を一舐めするその妖艶な姿は、色気が匂い立つようだ。湿ったような長い睫毛に目を奪われ、潤うセピア色の瞳に吸い込まれそうになる。沸騰した頭がチョコレートのように蕩けていく。そしてゆっくりとアヤさんの顔が近づいてきて……
「なぁんて。う、そ」
優しく耳たぶを食まれた。その悪戯っ子のような瞳が間近で笑う。
「う、あ……」
「ふふ。期待した?」
脚の力が抜けたように、オレは椅子から崩れ堕ちた。狭まっていく視界の隅で、リュカが悪鬼の形相でアヤさんに迫っていくのを捉える。こちらの世界にやって来て、気を失うのは何度目だろう。それが女性の色気にやられたと言うのだからお笑い草だ。