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従者の気持ち


 行きの道も頑張ってくれた二頭の首なし馬と、数日ぶりに再会する。試しに背中の毛を撫でてみると温かく、こいつらがきちんと生きていることがわかる。


「そうだリーリ。こいつらの名前は何て言うんだ?」


「ああ、そっちがハルウララ、こっちがディープインパクトだ」


「そ、その名前を並べてつけるのはちょっと……」


 どちらも人気絶大だが、実力に差がありすぎる。


「何だ。リュカのつけた名前が気に入らないのか?」


「いや、まあ……別に……」


 やっぱあいつか。まあ、日本の競馬事情など知るはずもないので、責めても仕方ない。それは分かっているのだが、どうしてこうピンポイントで危ない所を突いてくるのかな。


「さあ、とっとと乗れ。何をいつまでもそんなところにいるんだ」


 リーリは御者台からオレを見下ろしている。出発の準備は整っていたが、オレはまだ荷台に座る覚悟が出来ていなかった。


「いや、だってさぁ……」


「いいから乗れ!」


 とうとう怒られてしまったので、すごすごと馬車の後ろに回る。そこには……


「……」


「……」


 無言で睨みあう女性二人がすでに座っていた。何やらドス黒いオーラが充満しているのが見える。オレとリーリだってここまで険悪な雰囲気にはならない。今から数日間、この空気の中に座り続けなければならないと思うと、心が過労死しそうになる。


「はぁ」


 馬のいななきと共に、馬車がゆっくりと動き出して、オレのため息もかき消された。そのおかげか、少しは頑張る気持ちも湧いてきた。この雰囲気を何とか和らげてみせる。そうと決まればやはり会話だ。会話は人間関係の潤滑油。ここでオレが上手い話題を振れば、二人のベーリング海峡よりも遠い距離が縮まるに違いない。


「そうだ! 屋敷に帰ったら、またリュカの手料理が食べられるのか。楽しみだな」


「そ、そうですか? では、また張り切ってお作りしますね!」


 リュカが嬉しそうに頬を染める。チョロい。いや、チョロいとか思っちゃダメだ。


「ほう。それならば、ダーリンに私の料理も食してもらおうではないか」


 だがここで、団長が意外な角度から話に入ってきた。


「え? 団長料理出来るのか?」


「もちろんだ。私はたいていの花嫁修業をこなしてきた。私の家事は全てにおいて一級品であることを保証しよう」


 なるほど。その理由はとても納得出来る。その涙ぐましい修業が報われる日は来るのか否か。


「少なくとも、ままごとの延長戦などではないな」


「むっ!」


 団長が横目でリュカを挑発する。それにカチンときたリュカが口を引き結ぶ。


わたくしは魔族です。キッチンに立った時間はあなたの何倍も長いですよ。エドガーさまも、私のお料理を大変気に入って下さっています!」


 言い返すリュカの言葉でふと気づく。そう言えば、魔族の二人は歳はいくつなのだろうか。さっきの口ぶりと、魔族であることを考えると、実はかなりの年齢なのか?


「ふむ。では、向こうに着いたら、さっそく料理対決と行こうか!」


「望むところです。バッチコイですよ!」


「バッチコイとか言うな」


 せっかく和やかな話題を振ったのに、一層空気が悪くなってしまった。しかも、先に喧嘩を売ったのは団長だ。これは良くない。席を移動して、団長の隣に座る。リュカに聞こえないよう、囁き声でたしなめる。


「ちょっと団長。あんたのが大人なんだから、そんな喧嘩を売るようなこと言うなよ」


「何を言う。魔族は人間の十倍は生きる。おそらくだが、あのリュカと言う娘も軽く百五十年は生きてるはずだぞ?」


「えっ?」


 マジで?


「何を二人でコソコソと!」


 そしてリュカがキレた。オレと団長の肩を掴んで引き離す。しかし、オレにはそんなことより気になることがあった。


「あのさ……」


「何ですか!」


 怖い怖い。落ち着けって!


「リュカって、いや、リーリもだけど、今いくつなの?」


 女性に年齢を聞くのは失礼かと思ったが、聞かずにはいられなかった。


「ああ、話していませんでしたか。私が今年でちょうど百六十歳。リーリが百七十二歳ですね」


「リュカ……! 覚えていてくれたのか!」


 御者台のリーリがなんか喜んでいる。しかし、オレはリュカの口から何気なく出てきた数字に、目眩がしてしまった。何と言う合法ロリ……。オレの八倍生きていた。


「ほらな。こんな年増女よりも、私の方が若くてピチピチだぞ?」


「だ、誰が年増女ですか!! あなたがおいくつかは知りませんが、肉体年齢は私の方が絶対若いです!」


 確かに、見た目に関してはリュカの言う通りだ。そんな中、オレは初めて人間と魔族にある壁、隔たりのようなものを感じた。これまでは当たり前のように一緒の時間を過ごしてきたが、それが出来なくなる日もそう遠くない気がしてしまう。そして思うのが、百六十年も生きてきたと言うリュカは、それにしては色々と幼すぎないか? そのことについて意見を聞きたくて、そっとリーリに視線を向ける。


「リュカは素直で良い娘だ。それだけで良いんだ」


「そうか……。そうだったな」


 オレの視線を背中で感じ取ったリーリが、間を置くことなく静かに答える。同じようなことが前もあったな。今なお火花を散らす二人のことは諦めて、馬車から見える何の面白味もない平原に興味を移した。








 料理の話題を振ったことは、結果的に良い方向に事態が転んだ。途中から、料理のうんちくや情報の交換会と化したからだ。さらに良かったのが、リュカの方が生きてる時間が長い分、その手の知識が豊富だった点だ。そのため、自然と団長がリュカに教えをこう形となり、リキリしていたリュカの自尊心が満たされたことで、馬車内の空気が柔らかくなった。


「さて、ここからはレヴィアの領地に入るぞ」


 御者台のリーリが告げる。とくに表札なとがあるわけでもないのに、どうやって判断しているのだろう。そして、思い出したことがあった。


「そうだリュカ。ちょっと聞いていいか?」


「お魚の手早いさばき方ですか?」


「違う。魔王レヴィアのサインの入手方法についてなんだけど……」


 オレは、勇者が欲しがっているという所は伏せて、リュカとリーリに尋ねてみる。魔族の二人なら、何か上手い方法を知ってるかと思ったのだ。


「レヴィアのサインか……。難しいな。魔王様ですら入手出来なかった代物だ」


「え、そうなの?」


「はい。私が小さい頃一度、レヴィア様のサインをお父様にねだってしまったとがあるのです。お父様は方々手を尽くしてくれましたが、結局手に入れることは出来ず……」


「血涙を流す魔王様のお姿は、今も記憶に新しい」


 大げさだ、と一笑に出来ない話だ。しかし不味いな。一番頼りにしていた魔王でさえもダメなのか。となると、ツテを頼ってサインを入手することは、ほぼ不可能になった。ならば、あとはどんな手段が残るのだろうか。


「ただ、チケットだけならば何とかなるかもしれない」


 しかし、リーリのその言葉に、オレはハッとなって顔を上げる。


「何かあるのか?」


「知の魔女王マミン様。あのお方は確か、独唱会の度にレヴィアからチケットをもらっていたはずだ」


 これは、思わぬところで糸が繋がった。


「それ、何とかして譲ってもらえないのか?」


「もらうこと自体は簡単だろう。毎回誰かに売るか譲るかしていると言っていたからな。ただ、それ以前にマミン様に会うことが難しい。あのお方の治めている領地は魔界の果てだ。向こうから訪ねてくるのを待つしかない」


「そ、それはいつ頃になるんだ?」


 早くしないと、牧村がどんどんニート力を高めてしまう。オレの手に負えなくなる前に、早くサインを渡して外に引っ張り出さなければ。


「先日お会いしたのは、たぶん二十年ぶりくらいでした」


「二十年!? そんなに待てないぞ! 手紙とかで呼び出せないのか?」


 しかし、リーリとリュカは首を振る。


「かなりの辺境にお住まいなので、手紙が届かないのです。あちらから訪ねてくれるのを祈るしかないですね」


 リュカの申し訳なさそうな声で、この話は消えて無くなった。独唱会に参加出来ればあるいは、と思ったが、どうやらそれすらも困難みたいだ。まさかサイン如きでここまで苦労するとは思ってもみなかった。もしかして牧村のやつ、これを見越しての頼みだったのか? だとしたら、オレは体良く追い払われたことになる。沈み込むオレの肩を団長が優しく叩いた。


「まあ、そんなに落ち込むな。いざとなれば王都の宝物庫を襲撃すれば良いじゃないか」


「騎士団長が何てこと言うんだ」


 この人は本当に自由だな。だが、それくらいでないと騎士団長なんて務まらないのかもしれない。通り過ぎてゆく景色が、まるで何も掴みきれない今の現状のようで目をそらした。自然と向かい合っているリュカのモコモコが目に入る。


「はぁ……」


「あ! エドガーさま、今私の髪の毛を見てため息をつきましたね! そんなにくせっ毛がお嫌いですか!」


 そして、リュカがかなり面倒くさい。この前髪のことを口に出したのはミスだった。まさかここまで問題が根深いとは思っていなかった。


「なぁダーリン、少々こぶつきだが、これはまるで新婚旅行みたいではないか!? なぁ!? なぁ!?」


 さらに団長が興奮した様子でオレの肩を強く叩く。もちろんそれにリュカが反応して、また口論へと発展していく。


「はぁ……」


 もういちいち仲裁するのもバカらしくなってきて、オレは二人をおいてリーリが座る御者台に移った。


「な、なんだ貴様! 何のつもりだ!?」


「ちょっと。そっち寄ってくれ」


「え? あ、ああ……」


 戸惑いながらも、リーリが席を空けてくれる。馬の尻尾がふりふりと揺れるのが見え、屋根のない開放感のあるその席は、非常に居心地が良かった。


「はあ、癒される……」


「ほ、本当にどうしたと言うのだ……?」


「気にすんな。お前はそこにただ座っていてくれれば良いから」


「む? む?」


 今だハテナマークを飛ばし続けているリーリは無視する。いつもはひたすら嫌味を言ってくるリーリだが、むしろその方が疲れも少ない。そう思っていたのだが、オレのあまりの予想外の行動に動揺してしまったのだろう。リーリは無言で手綱を握るだけだ。


「はぁ、癒される……」


「な、何なんだ貴様は!! 気色悪いから後ろに戻ってろ!!」


 悲鳴に似たリーリの叫びが、青空にこだました。それすら心休まる音色なのだから、オレの心はそうとう病んでいる。








 もうすぐ陽が落ちる時間帯。口論に疲れたのか、リュカと団長は荷台で眠ってしまっている。蹄の音にまざる彼女達の小さな寝息が聞こえてきて、オレも少し眠くなってくる。リーリの隣で膝を抱えながら、うつらうつらしていた。早くベッドに入りたかった。


「なぁ、あとどれくらいだ?」


「そうだな。少し近道をしたから、明日の夜までには着けるぞ」


「おお。そりゃ良いぜ」


「……本当にどうしたと言うのだ貴様は」


「疲れたんだよ。だってあの二人、ずっとオレを挟んでケンカしてるんだぞ。お前は気にならないのか?」


 それこそ、人間嫌いのこいつがいの一番に団長に食ってかかると思っていたが、静かに自分の責務をこなしているだけだ。様子がおかしいのはこいつもそうだ。


「もちろん気にはなる。あまり大声を出すと、馬が怖がってしまうからな」


「だから耳はどこにあるんだよ」


 何度も言うが、この二頭の馬は首から上がないのだ。


「ただ」


 リーリがぽつりと呟く。


「少し、嬉しい。いや、懐かしいと言うべきか」


「どう言うことだ?」


 その黒い瞳を自身の手元に向けて、リーリは言葉を紡いでいく。


「リュカが、あんなにも元気に誰かとケンカしているのは、本当に久しぶりだ」


 そう言うことか。確かに、リュカがこんなにも怒っているのを見たのは初めてだ。そこでふと思った。こいつらは友達とかはいるのだろうか。同年代の魔族を見たことがない。そんなオレの考えが伝わったのか、リーリは続ける。


「歳の近い魔族はほとんどいない。だからこそ、私とリュカは主従であり、親友なのだ。主人に仕える身としては、何とも偉そうな話だがな」


「まあ、お前らが仲良いのはわかるよ。それこそケンカとかしたことないのか?」


「懐かしい、と言ったろ。もちろんあるさ。オモチャの取り合い、おやつの取り合い。殴り合ったことすらあるぞ」


 女子同士の殴り合いとか、全然想像出来ない。リュカもリーリも、互いに暴力を振るい合うとは、何とも不思議なくらいだ。


「貴様だってわかったのではないか? リュカは怒ると怖いし、何よりかなり面倒くさいのだ」


「言えてる」


 リーリの言い分に、笑いがこみ上げてきた。その通りだ。流石は百何年も一緒にいただけのことはある。オレがここ数日で気づいたことなど、こいつはとうに知っているのだ。だからこそ、申し訳ない気持ちにもなる。彼女の話を聞きながら、そっと空を見上げた。


「なんか、悪いな」


「何がだ?」


「いや、そんなつもりはなかったにせよ、リュカのこととっちまってさ」


「何だ、そんなことか。全く。見くびられたものだな」


 だが、意外にもリーリは平然としている。少し鼻を鳴らした。


「リュカが楽しそうにしているんだ。私が喜ばない訳がないだろう」


「そうか……」


 こいつは、オレなんかよりもずっとリュカのことをわかっているし、想っている。知っていたはずだが、ここでもう一度再確認した。


「だから、もし貴様がリュカをこの先泣かせるようなことをすれば、私はいつだって貴様を殺しにかかる」


「ああ、心しておくよ」


「よし。さぁ、後ろの二人を起こしてくれ。そろそろ食事にしよう」


「わかった」


 馬車が静かに停止するのを待って、オレはリュカと団長の肩を揺すった。小さく欠伸を漏らした二人のタイミングが、綺麗に揃っていた。


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