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サインが欲しい!


「お、お見苦しいところをお見せしたでござる……」


「この部屋がすでに見苦しいから、今更何とも」


 牧村はもう泣き止んでいたが、まだ目が赤い。指で目を擦って、鼻をスン、と一回すする。


「お主の考えはわかったでござる。しかし、我が輩もいきなり何かは出来ないでござるよ」


 真面目なことを言っているが、ポテチを口に含みながらなので、もうどうしようもない。


「それはいいさ。内側へ向いてた心が少しでも外に向かってくれりゃ良い」


「う、うむ。それに我が輩は腐っても勇者。軽はずみな行動も出来ないでござる」


 一応腐ってる自覚はあるのか。いや、勇者の自覚はあるのか。


「どうだろうなぁ。ここの国王様はかなり賢い人だし、少々のことは尻拭いしてくれると思うぜ」


「ほう。それは良いことを聞いたでござる」


 キラリと目を輝かせる牧村は、多分ろくなことを考えていない。


「それに、もしものことがあれば、お前の人生はオレが責任取ってやるよ」


 オレのその何気ない言葉に、何故か牧村は硬直した。


「え……?」


「いや、だから。お前のことはオレが責任取ってやるって言ってんだよ。男として当然のことだろ」


「え、いやいや。何言ってんの?」


「だからさ……」


「わかった! もう良い! もう良いよ!」


 牧村がオレの顔面を殴る。あまりに突然のことに、見事クリーンヒットする。


「ちょ!? お前いきなり何するんだよ!」


「それはこっちのセリフだよ! 何言っちゃってんの!?」


「だから責任をだな……」


 牧村は顔を赤くして、その両耳をふさぐ。


「聞きたくない。聞きたくない!」


「はぁ? ちゃんと聞けよ。オレは真剣に……」


「真剣って……いや真剣って!!」


 オレの言葉の一部分を取り上げて、何度も叫ぶ。寝転んだままゴロゴロ転がり回る。


「おいコラ! ジュースこぼれるだろ! 暴れんな!」


「もうわかった! やっぱり君主人公だよ! どうせ誰にでも似たような事言ってるんだろ!?」


「はぁ!? んなわけないだろ! オレはお前だから言ってんのに……」


「え!? え、ええ……」


 その時、まだ暴れ続ける牧村の足が、身を乗り出していたオレの手を弾いた。そのせいで、彼女の上に覆い被さるように倒れこむ。


「あっ……」


「あ、う、あ……」


 牧村の可愛いらしい鼻先が、オレの目の前にあった。吐息が触れ合うような近さで、二人は一瞬見つめあう。あ、こいつ奥二重だ。


「す、すまん」


「い、いや、僕こそゴメン」


 何か変な空気になった。お互い背を向けあって座り直す。


「と、とにかく! オレはお前に外に出て欲しいんだ。魔王とか勇者とか抜きにしてな! お前も少しはその気があるみたいだし、それで良いだろ?」


「い、嫌だよ。そんないきなり……。外怖いし、今の生活めちゃくちゃ快適だし」


「じゃあどうすりゃ良いんだよ。オレに何か出来ることはないのか?」


 正直ダメ元で言ってみたことだった。しかし、牧村は小首を傾げ、何か思案するような顔になる。


「う、うーん。あるっちゃあるでござる」


 ござる口調が戻った。


「へぇ、何だよ。言ってみろよ」


「サイン」


 少し早口で、一言つぶやいた。


「サインが欲しいでござる。魔界のスーパーアイドル、レヴィアたんのサイン」


「あぁ、何か聞いたことあるわ……」


 ここまでの旅の道中、何度か出てきた名前だ。ただ、それならさほど難しいことではないように思えた。だってサインだし。アイドルだって言うなら、頼めば嫌な顔せず書いてくれそうなものである。


「わかった。もらってきてやるよ。牧村薫さんへって書いてもらった方がいいか?」


 ただ、宛名を書いてもらうと市場価値は下がってしまうらしいという話をどこかで聞いた。


「む、その言い方。お主、レヴィアたんのサインの価値がわかっておらぬでござるな?」


 牧村の瞳が光る。


「あ、あぁ。まあ、アイドルだって言うなら、もしかして市場じゃそこそこの値段がしたりするのか?」


「ふぅ。全く。お勉強の時間でござる」


 かけてない眼鏡を押し上げる仕草をしながら、牧村が偉そうに言う。


「レヴィアたんは、本当に気に入ったファンか、超超実力者にしかサインを書かないことで有名なのでござる。彼女がアイドル活動を始めて二百余年。その数は二十に満たないと言われているでござるよ」


 何だそれは。期待していた訳ではないが、正直がっかりしてしまった。


「えぇ、何か偉そうな奴だな。そんな奴のサインが欲しいのか?」


 率直なオレの感想に、牧村が再び身を乗り出してきた。


「それは違うでござる! レヴィアたんのファンは、魔界、人間界合わせて三百万を超えると言われているでござる! 両国民の約九割の数字でござるよ!? 見境いなくサインを書いていたら、それだけで何十年もかかってしまう! だからこその苦渋の決断なのでござる!」


「お、おう……」


「先代レギオン国王が、レヴィアたんからもらったサインを宝物庫の一番良く見える場所に飾っているというのは有名な話でござる! それを偉そう、などとは……万死に値する!」


「殺すな。オレが悪かったから」


 よく噛まずに話し続けられるものだと感心してしまうほどの勢いで、牧村はまくし立てる。そしてそれはまだまだ終わらない。


「ライブ、いや、独唱会のチケットが野良で出回れば、それこそ数百万の価格となるでござるよ。独唱会に参戦するだけで超激戦でござる」


「へぇ。あれ、でもお前ずっと引きこもってんだろ? その独唱会とやらに行ったこともないのにファンなのか?」


「い、いや。これは懺悔になるのだが、我が輩一度だけ、転移魔法を使って独唱会に紛れ込んだことがあるでござるよ」


 その目はどこか遠い彼方を見つめている。


「ダンス、歌唱力、曲、ファンサービス、衣装、グッズ。どれを取ってもパーフェクトでござった。日本のトップアイドル達が赤子に見えるほどに。雷に打たれたような衝撃だった……」


「はぁ……」


「しかし、だからこそ申し訳ない気持ちが我が輩の心に渦巻いたでござる。あのクオリティの独唱会を、何の対価も払うことなく見るなど……万死に値する!」


「死ぬな。頼むから」


 オタクは熱くなると怖い。目がマジ過ぎるのだ。


「そう言うわけで、レヴィアたんのサインをゲットすることは、この世界で最も難しいことの一つとされているでござる。つまり……」


「つまり、お前の更生は、それくらいの価値があると言うことか?」


「まさか。ただ欲しいだけでござる」


「……」


 考える。こいつの言っていることが正しいなら、オレがそのサインを書いてもらうことは、限りなく不可能に近い。そもそも、アイドルとかにあまり興味のないオレにとってはさらにそのハードルが上がるだろう。だが、


「わかった。何とかやってみるよ。もしサインが手に入ったなら、お前も約束守れよ?」


 それしか道がないのなら、やってやろうじゃないか。


「言われるまでもない。ニートに二言はないでござる」


「その根拠は恐ろしく弱いな」


 よし。それでも、こいつの更生の道が見えた。なかなか骨が折れそうだが、やってやるさ。


「じゃあ、オレなりに色々対策を立ててみる。またな。次会う時はお前が外に出る時だぜ」


「うむ。それはわからぬが、サインは期待しているでござる」


 膝を一度叩いて立ち上がる。足元のゴミが邪魔だったが、もうそれにも慣れてきた。


「あ、あと……」


 牧村がオレの背中に声をかける。おずおずと上目遣いでオレを見つめてきた。


「なんだ?」


「本当に、責任取ってくれるの……?」


「そんなことか。当然だろ」


 オレがそう言うと、何故か牧村はそっぽを向いた。


「わ、わかった。考えとく……」


 何を考えるのだろう。扉を開けて外に出てみると、団長が腕を組んで壁にもたれかかっていた。笑顔で親指を立てる。


「もちろん、私は二番、いや三番でも構わないぞ!」


「何言ってるかわからんが、取りあえずカッコいいあんたに戻ってくれよ」


「さて、私も勇者殿と話をしてこよう」


「あぁ、ちょっと変な奴だけど、真面目に話せばちゃんと聞いてくれるから。でも、あんまりゴリゴリ行くなよ?」


「わかっているさ。処女を寝台に誘うように慎重に行く。ちなみに私を誘う時は少し乱暴な方が好みだ」


「知るか。黙れ」


 こいつはマジで……まぁいいや。


「ウッヒョオー!! 美しき騎士団長、ティナ・クリスティアたそではござらんか!さあさあ、是非そこに座られよ!」


 中から牧村の嬉しそうな声が聞こえてきた。あいつは本当にコミュ障なのか? 楽しそうだから別に良いけどさ。さて、オレはまだやりたいことが残っている。そちらも張り切って行かないとな。


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