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勇者、再び


 団長と並んで執務室をあとにする。すると、ちょうど扉の前で書類の束を両手で抱えたアーノンとばったり出くわした。


「あれ、団長どこに行くの?」


「ああ、ダーリンと一緒に黒猫亭にな。先日はゴタゴタしていたし、これを機に久しぶりにきちんと顔を出しておこうと思ったのだ」


「えぇ。今日中に目を通して欲しい書類がこんなにあるんだよ?」


「ある適度はクルトに権限委譲している。帰ってきたら仕事するから、大目に見てくれ」


「しょうがないなぁ。早めに帰ってきてよ? あと、エドガー君もまたね」


 両手がふさがっているため手は振れないが、にこやかな笑顔で送り出してくれた。アーノンとはここ数日でかなり仲良くなれたと思う。


「さて、張り切って行こうか」


 王城内を進む。近衛騎士の前を通り過ぎるたびに凄い目で睨まれた。完全に目の敵にされてしまってるな。まあ、二度とここには来ないだろうし、別に良いか。


「しかしダーリン。いくら夫婦といえど、私は年上だぞ。敬語を使ったらどうだ。最初はそうだったではないか」


「変態に使う敬語は持ち合わせていない」


「確かにそうだ。だが、そんな事を言っているのではない。年長者を敬う気持ちをだな……」


「あんたもしかして……いや、何でもない」


 この人、自分が変態だと言う自覚がない。何と迷惑な変態だ。いや、変態は皆迷惑なのだが、団長はその上を行く。

 楽しい、とまでは行かないが、比較的穏やかな会話をしているうちに、黒猫亭に到着した。道行く人は皆一様にオレに視線を注いでいる。しかし、どちらかと言うと団長の方が注目されていた。店の前を通るたびに彼らは何かしら果物や野菜などを渡してくる。それを柔らかくお断りしていた。やはりこの人は民衆にとっての英雄なのだろう。男はその美貌に見惚れ、女は憧憬の眼差しを向ける。


「さて、ブラックさん、いらっしゃいますか?」


 木の扉を押して、団長から先に入る。それだけで中の冒険者達がわっと歓声をあげだ。


「お、おい、クリスティア団長だぜ!」


「すげぇ! やっぱり美人だな」


「あぁ、オレと結婚してくれねぇかな……」


 誰が言ったのだろう、最後の言葉に凄い勢いで反応している。本当に誰でも、何でも良いんだな。カウンターの奥に引っ込んでいたギルマスが騒ぎにつられて出てきた。今日も変わらず筋肉が隆起している。


「あら、ティナちゃんじゃない。数日ぶりね」


「ご無沙汰しています。先日はお騒がせしました。ダーリン、いやエドガー殿が王城から解放されました」


「そうみたいねぇ。エドガーちゃん、元気してたかしら。何か食べる?」


「いえ、城で食べてきたので」


「そう。なら……」


「リューシ!!」


 その時、ギルマスを遮って、オレの名を呼ぶ声がした。そこには、


「リューシ、無事だったんだな! 何やってたんだよ!?」


 両手を広げて迎えてくれる、喜色満面のシャンだった。


「シャン! いや、国王様と会食したりしてて……」


「何だそれすげぇ! ってそれより……」


 シャンがオレの肩を組み、ギルドの隅っこに連れていかれる。耳元で小声になって話す。


「何で美しき騎士団長ティナ・クリスティア様がいるんだよ!?」


「いや、まあ成り行きで……」


「どんな成り行きだ!」


 それだけ叫ぶと、凄い勢いで団長の元へと走っていく。ひざまづくかと思うほど熱烈だ。


「お、オレ、シャン・マクシミリアンって言います! あなたに憧れて、必死で頑張って黒猫亭に入りました!」


「ほう。それは素晴らしい。憧れとは人を前へと押し進める原動力だ。君のその一部になれたことを誇りに思おう」


「い、いえ! ありがたいお言葉です!」


 誰だあのカッコいい女騎士は。一体どちらが素なのだろう。


「さてエドガーちゃん、またここに来たってことは、もちろん」


「はい。オレなりに、もう一度話をしてみます」


 ギルマスは優しく笑う。オレの背中をその豪腕で叩いた。


「うん。大丈夫そうね! 思いっきりぶつかって来なさい!」


「はい」


 視線を団長の方に戻すと、出来上がった人だかりの中央にいた。それに嫌な顔することなく、丁寧に対応している。まさに誠実な騎士団長そのものだ。ただ、あの様子ではオレはもう声をかけられそうにない。一人で上の部屋に行くことになる。


「よし、行こう」








 固く閉ざされた氷の扉を開く。中は相変わらず真っ暗で、ごちゃごちゃと物が散乱している。ずっとこんな部屋に閉じこもっていて、病気にならないのだろうか。棚に並んでいるフィギュアがいくつか増えていた。その部屋の隅で、巨大な毒虫が横たわっている。


「死んでんじゃないだろうな」


「無礼な。我が輩に死など訪れぬ」


 毒虫が寝返りを打って、こちらに顔が向いた。その手にはピザを掴んでいる。口元にチーズがこびりついていた。


「おいこら。座って食えよ。お行儀悪いでしょ」


「お母さんか。この部屋の主は我が輩。すなわち我が輩がルールブックでござる」


「間借りしてるくせによく言うよ」


 すっかりすねかじり根性が染み付いている。


「さて、また性懲りもなくやってきたでござるか。いや、これは少々キツい言い方でござるな。のこのこやって来たと言い換えよう」


「大して変わんねぇ」


 毒虫がゴソゴソと身体をひねって起き上がる。オレのことなど一切気にすることなく、開きっぱなしのノートパソコンをいじりだした。ゴミをどけて座りこみ、彼女の背中にオレは話を切り出す。


「更生して欲しい」


 毒虫は何も言わない。見事なブラインドタッチでキーボードを叩く。動画サイトを閲覧していた。


「更生して欲しいんだ」


「次同じことを言えば叩き出す」


 その声に静かな怒りが滲んでいた。


「やってみろよ。ニートの分際で」


「本当に無礼な奴でござるな。我が輩はニートではない。エリートニートだ。凡百のニートとは素養が違うでござる」


「胸の張り方を間違えてるぞ。良いから黙って更生しろよ」


 その瞬間、牧村が爆発的に魔力を高め、オレに魔法を展開した。それは、何度も経験した転移魔法。オレを囲む光の文様を、座ったまま右腕で払う。


「ふぅ。流石に強力でござるな。よほど不意をつかない限り、お主に魔法はかけられそうにないでござるよ」


「それはオレも似たようなもんだ」


 一瞬見せたこいつの魔力は、あのアスモディアラと遜色ない。勝利したとは言え、翌朝平気で飯を食ってるような魔王と同格だ。


「我が輩は魔王を倒すつもりなどない。そもそも魔界は勝手に睨み合って潰し合っている。こちらから手を出す必要もないでござる」


「どこからその情報拾ってんだよ」


 ネットが通用しないこの世界で、完全な引きこもりであるこいつの情報源が謎だった。


「それに、魔王のことはもう良い。そっちはオレが何とかするよ」


 今日初めて牧村がこっちを見た。だがすぐ視線をブラウザに戻す。


「我が輩の知ったことではない。好きにするでござる」


「あぁ、好きにする。そこでお前だ」


「何でござる?」


「最初から言ってるだろ。更生して欲しいんだ」


「訳がわからぬ」


 そうかも知れない。しかし、これから話をしようとしているオレも、言いたいことが、いまいちよくわかっていない。それでも、話し出す必要があった。


「魔王の件はオレの勝手だ。なら、お前のことだってオレの勝手だろ。オレは、オレの勝手でお前に更生して欲しいでござる」


 ヤバい。ござる口調がうつってしまった。かなり恥ずかしい。


「なるほど。では答えよう。ノーでござる。我が輩は働きたくないし、関わりたくないし、外に出たくない。一生他人の脛をかじっているでござるよ」


「あぁ、好きにしろ。そんなお前を含めて、オレの意思だ」


 そして、伝えたいことがある。


「なぁ。ここは異世界なんだぜ。誰もが一度は憧れたことのある場所だ。お前だって想像したことくらいあるだろ?」


「……」


「知ってるか。魔界の月は二つあるんだ。小さな青い月と、大きな赤い月だ。けど、人間界には白い月が一つだけ。不思議だと思わないか。ワクワクしてこないか?」


 ここは、本当に美しい世界だ。


「魔界に行けば、ゴブリンだって、スケルトンだってドリヤードだっている。そいつら独自の食物連鎖で生きてるんだ。そんな面白い魔族を見てみたくはないか?」


 そいつら全部、人間を殺すけどな。


「ここ王都には、王様がいて、騎士団がいて、冒険者がいる。そいつら皆笑って生きてるんだ。お前は本当にそいつらと関わりたくないのか?」


 色んな奴がいるが、皆良い奴なんだよ。


「お前は、この異世界を何も知らない。それを知りたいと思わないのか。胸が高鳴るような全てを、そうやって放り出したままでいいのか?」


 オレだって何も知らない。だから、もっと知りたい。


「それに、ここは日本じゃない。お前を苦しめるもの、排斥するもの、貶めるもの、嘲笑するものは何もない。そんな世界で、もう一度生きていきたいとは……」


「うるさい!!」


 突然牧村が振り返って、手元にあったゴミを投げつけてきた。


「うるさいうるさいうるさい!! もう黙れ!! 帰れ!! 死ね!! 二度とボクの前に顔を見せるな!!」


 コーラやポテチ、フィギュアやコミック。色んなものが飛んできて、オレに当たった。


「ボクのこと! 何も知らないくせに! ベラベラと! 勝手なこと!! 言うな!!」


 ノートパソコンが飛んできた。その角がオレの頭に当たり、額から血が流れる。


「あっ……」


 そんなオレを見て、牧村は怯えたように手を止めた。


「そうだよ。オレはお前のことを知らない。でも、それはダメなことなのか? これから、お前のことを知っていくんじゃダメなのか?」


「そ、そんなの……」


「なぁ、一緒に行こうぜ。オレだっていきなり異世界なんかにやって来て、不安でたまらないんだ。お前もそうだろ? だったら、二人で助け会おう。寄りかかりあって生きて行こう。それが出来るのはオレ達だけなんだから」


「ボク、は……」


「もちろん、今すぐじゃなくて良い。お前の抱えてるものが、少し軽くなった時で良い。そして、それをオレにも背負わせてくれよ。もしもの時は、お兄さんに頼って良いんだよ」


 お前が何に苦しんで、閉じこもってしまったのか。それを教えてくれ。オレはそう言って、牧村を抱きしめた。寝袋越しのその身体は、華奢で心許ない、弱々しい少女のものだった。


「一人で生きて行こうとするな。オレだってお前と生きていきたいんだ。無視しないでくれよ」


「う、うぅ……うあ、うわぁあ……」


 牧村は、オレを強く抱き締め、服を噛んで、泣き出した。小さく漏れる嗚咽。静かに静かに涙をこぼす。オレは、こいつの壁を壊せただろうか。いや、きっとまだまだ壁は高い。でも、それで良い。少しずつで良いんだ。今は、そう思える。いつまでも泣き止むことのない牧村を、抱き締めたまま、そんなことを考えていた。チカチカと光るテレビの白が、オレ達二人の影を一つにした。


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