異世界転移
アヤさんに教えてもらっていたその場所には、何も残っていなかった。話によれば、奴はここに小さな木の家を建て、何人かの子供達と共に暮らしていたらしい。だが、オレがいざ到着してみれは、家も、道も、小屋も、誰かが暮らしていたような痕跡は何一つとして存在しなかった。家が建っていたのだろうと思われる場所にも、すでに雑草が生い茂っている。強いて言うなら、少しだけ広い空間、その程度のものだった。
「……」
だが、オレはここが奴の住処だったと確信する。何故なら、もう少し森に入って行った所に、あの広っぱがあるから。かつてアスモディアラが決闘を挑んだ戦地が、確かに残っている。不自然なまでに植物や動物が近寄らないあの場所には、今でも強力な魔法の残滓があるのだろう。
オレは少しだけ戦場跡を巡った後、森の奥へと分け行った。獣道すらなく、歩き難くて難儀したが、それでも休むことなく進んだ。汗が頬を流れ、軽く息が乱れる。深く深く入っていけば、森に棲む鳥類や四足獣の気配があちこちから漂ってくる。とても豊かで温かい森だった。低級魔族が一匹たりともいないのは、おそらく。
「川の音が……。アヤさんの言った通りだな」
少しずつ、水が流れる音が聞こえてきた。音を頼りに更に奥へと進む。そうして進めば進むほど、その音は大きく、壮大になっていった。恐ろしさすら感じるごうごうと言う轟音には、静かな森の雰囲気とは一線を画したものがある。音が更に近づき、大きくなっていく。
そして、遂に森が開けた。
「素晴らしいだろう。ここから見える景色は」
ダークスーツを優雅に着こなす男が、そこにいた。
「一秒の合間に、一体どれだけの水が落ちてきているのだろうね」
見上げるような高さから、莫大な量の水が落ちてくる滝壺。とても深さがあるのだろう、滝壺の中央部分は濃い緑色になっていた。水はそこから二つの川に分かたれ、また遠く海へと流れていく。
奴の、ベルゼヴィードの言う通り、水と風の精霊に祝福された景色だった。森があるほど大きな中洲の岩に座って滝壺を眺めるベルゼヴィードは、何を考えているのか。
「あぁ、しかし。この景色すら掠れてしまいそうな程の匂いが漂ってくる。風向きなど関係なく、否応なく私の鼻腔を刺激する」
その横顔がどんな表情を浮かべているのかは、頭に被っている牛骨のせいでよくわからない。だが、恍惚としたその声音からは、奴が途轍もない悦びに満ちていることが伝わってくる。
その気色の悪さに、胸焼けしてしまうほどに。
「君と出会うのはこれで四度目か、名も無き青年よ。一度目は歌姫の百合籠の中で、二度目は白亜の城の内で、三度目はあの素晴らしき戦場で」
落ち着いていた声が、徐々におかしなトーンを帯び始める。呼吸が荒くなっていく。
「そして、今日、この日。この場所で。私がこの世界で初めて目を覚ました場所で。あぁ……素晴らしい。本当に、素晴らしい! 世界は愉快に廻り過ぎている!」
両手を上げて天を仰いだ。ほぅと息を吐いて、僅かばかりの落ち着きを得る。ベルゼヴィードはゆっくりと立ち上がり、川の向こうからオレを見つめた。
「……私はここまでのようだ」
両の手の平から禍々しい黒い刀を伸ばし、胸の前でクロスさせる。跳ね上がる水飛沫がそこにあるだけの刀身に斬り裂かれ、絶叫する。
「好き勝手に生きてきた。奪い、貪り、刳り、噛み砕いてきた。魔族も人も、子供も大人も。血と臓物と骨を踏みしだき、歩んできた。その全てが懐かしく、そして、もう何も思い出せない」
刀に纏う魔力が爆ぜるように増大していく。ベルゼヴィードのダークスーツが揺れ、滝壺の水が弾かれ、牛骨の下の瞳が妖しく光る。それは、オレがこの世界で見てきた何よりもエゲツないナニカ。普通の人間では近くに立っているだけで泡を吹きそうな魔力の塊。この世界で最も恐ろしい魔王の姿だった。
ベルゼヴィードは、オレに敵意とも殺意ともつかぬ、純粋な食欲を向けてくる。
「本当は、魔王達のフルコースを作りたかった。だが、それはもう叶うまい。ならば良かろう! 君と言う至高の食材をしゃぶりつくすまで!」
百に達するかと思われる刀刃が押し寄せてくる。一刀一刀が半端ではない魔力を帯びている、必殺の攻撃。
オレはそれを、右手の指を鳴らして全消滅させた。
「ィイヤッ! ハッハー!!」
奇人の叫声がオレの背後に響く。オレはもう一度、指を鳴らす。
「っ!?」
それだけで、奴の両腕が爆散した。
「……香しい」
ベルゼヴィードが地面に両膝をつく。辺りに血を撒き散らし、額には滝のように汗を浮かべている。牛骨が叩き割れ、顔が顕になる。スライムであるはずの奴の肉体は、何をやっても再生しなかった。
「人としてこの世界を生きた青年よ!」
虫の息だった。だがそれでも、ベルゼヴィードの、この魔族の存在理由は消えなかった。
「その右腕を、私に一口齧らせてくれないかっ!」
自分で発したはずの言葉なのに、ダークスーツの男は酷く苦い顔をした。
「」
オレは指を鳴らした。三度目の小さな音が水の音にかき消さられた時、ベルゼヴィードは塵一つ残さず消え去っていた。落ちた汗も流れた血液も、何もかもが無くなった。
異世界からやって来た一人の男の情念は、誰に顧みられることもない。最初の被害者であり、最悪の加害者であるベルゼヴィードは、呆気なくこの世界から退場した。
「本当、しょーも無い能力だよ」
この蜥蜴のような右腕が嫌で仕方なかった。
目蓋を開くと、オレは不思議な場所に立っていた。そこには壁も、窓も、柱も、天井もない。ただただ真っ白なだけの空間が、永遠と続いている。足元にはオレの影すらない。どこまでも歩いていけそうなのに、一歩も動くことが出来ないと思うような閉塞感も感じる。無音、ひたすら無音。風もなく、自分が立っていることすら危うく感じ始める。
明らかに異様な空間。あまりに遠くまで白一色なので、目眩がしてしまう。
「箱だな……」
目の前には、箱があった。またかと思ったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
赤と白の縦縞模様の、小柄な人間なら丸まれば入れそうな大きさの箱。それがもぞもぞ動いている。
もぞもぞ。もぞもぞ。
何かが出てくるのはわかっている。だからオレは、
「パンパカパーン! 江戸川竜士さん、どうもお久しぶ……ぐハっ!?」
目の前の箱は無視し、オレの背後にこっそり忍び寄ってきていた箱に向け、デコピンを準備した。すると、オレに気付かれているとも知らず、まんまと女が飛び出してきた。
「あでっ!? に、二回は酷くないですか!?」
デコピンは見事なまでにジャストミートし、女が手にしていたクラッカー達が音を立てて床に散らばった。その幾つかはやる気なさそうにパンパンと音を立てている。
「なんだ? いちいち箱に入るのはコスプレイヤー界の決まりなのか?」
「レイヤーじゃありません! あと女神にもそんな決まりはありません!」
箱から現れた非常に整った顔立ちをした赤毛の女、女神ユニコが涙目で叫ぶ。涙目ではあるが、髪と同色の大きな瞳は、強い喜びに満ちていた。
「それはともかく、本当にお久しぶりです。江戸川竜士さん」
「あぁ。久しぶり」
「イェーイ」
「イェーイ」
オレ達は笑顔でハイタッチをかわした。別にそんなに仲が良かったわけではない、そもそもあまり話したこともないのに、それは自然と生まれたスキンシップだった。
「ん? なんか、感じ変わった?」
コスプレが微妙に進化している気がする。金満そうな赤いドレスと半透明の羽衣はかつてのままだが、頭に可愛らしいティアラが乗っかっているのだ。そのおかげで女神度が非常にアップしている。
「あ、えへへ。わかりますか? 数日前に賃上げがありまして、ちょっと奮発して買ってみたんです。Amazonって便利ですよね」
聞かなきゃ良かった。オレの好印象をさっさと返せ。と言うか、ティアラってネットで買うようなものか? まぁ、得意げな女神に脱力しながらも、嬉しい気持ちは薄れないが。
オレは、終えたのだ。始まりの場所に帰ってくると言う形で。
美しい女神は、美しいお辞儀でオレを迎えてくれた。
「本当に、お疲れ様でした。私の失敗を見事にカバーしてくれましたね」
「まぁ、な。終わってみれば、そんなに難しいものじゃなかったよ」
オレが特別な何かをしたわけではなく、あの子が自分で立ち上がったのだから。
「いいえ。あなたはちゃんと牧村さんを助けてくださいました。それはきっと、あなたにしか出来ないことだったのだと思います」
「だが、まだ魔王を倒させてないぞ」
オレがこの女神から託された役目は、引きこもり勇者を外の世界に引っ張り出して魔王を倒させることだった。前半は何とかなったが、後半はまだだ。と言うか、多分、それは絶対に無理になってしまっているだろう。だが、
「それはもう良いのです」
女神ユニコは笑って首を横に振った。伏せた瞳が慈愛の色をたたえる。
「私は、レギオンのことを何もわかっていませんでした。確かに魔王は人間の敵でした。ですが、決してそれだけではなかった。人々を笑顔にするアイドルがいて、人々に進歩の恩恵を与える魔女がいて。旅立って行った魔王達も、魔族と言う命を守るためには必要な存在でした」
「……」
「サタニキアはもういませんが、これからは私とケアトルでレギオンを見守っていきます」
三つの管理者のうちの二つ、ユニコとケアトル。サタニキアは本気で引退してしまったらしい。だが、今の魔界と人間界なら、きっと何とかなると思う。少しずつ平和に向かい始めているあの世界なら。
「あなたは確かに役目を果たしました。本当にありがとうございます。そして、お疲れ様でした」
「あぁ、ありがとう」
「では、最後の確認です」
「うん」
「あなたは、本当に元の世界に戻りますか?」
問いかける瞳は真剣だった。ずっとそう言う表情をしていれば女神っぽいのに。嘘も偽りも、簡単に見抜くであろうその瞳を、オレは背筋を伸ばして見つめ返した。
「あぁ、戻るよ」
「……わかりました。なら、私から言うことは何もありません」
オレはあの世界での役目を終えた。なら、それからオレが何をするかなんて、別に大した意味はない。あの世界でどんな生き方をしても、構わないのだ。別にわざわざ元の世界、日本に帰る必要もない。何もかもがオレの自由意志だった。
だが、そういった無数に広がる選択肢の中で、オレは元の世界に戻ると言う決断をした。正確に言うなら、あの世界では暮らさないと決めたのだ。
自分の弱さ。そして、この龍王の右腕の強さが、あの世界にはあってはならないと思ったからだ。
「では、名残惜しいですが、あなたを日本に転移させます」
「うん。頼むよ」
「あ、一応補足しておきますが、今の日本は、あなたが居た頃から二十年が経過しています」
「ふむ。二十年か。何かあんまりピンとこないな。科学とか社会とか、多分めちゃくちゃ変わってるんだろうけど、その辺はどうなんだ?」
「うーん。そうですね、そこまで大きな技術革新は起こっていませんね。今現在のあなたの知識でも、特に問題なく生きていけると思います」
特に問題なく。その言葉を聞いて、思い出した。
「なぁ。ちょっと図々しいこと聞いていいか?」
「は、はい。何でしょうか」
「オレのこの右腕、龍王の右腕の能力を、女神のお気楽パワーで消せないか?」
龍王の右腕。オレの人生はいつだってこいつが前提だった。あの世界に行き、リュカ達に出会ったのも、リュカ達と別れたのも。散々振り回されて、疲れてしまった。疲れ果ててしまった。龍王の右腕の真の力を知った今では、それが恐怖に変わりつつある。もう、嫌だった。だが、
「……すみません。それはできません。その右腕は、私よりも上位の存在のモノなので」
「……そうか。わかったよ。全く、誰だよそのはた迷惑な野郎は」
「それはちょっと……私の口からは」
どちらにせよ、ダメらしい。オレは一生、こいつと付き合っていくしかないらしい。軽く絶望だった。
「ただ、一つ可能性があるとしたら」
「何か! あるのか!」
「はい。右腕の能力を消し去ることはできません。ですが、そのものを無くすことなら、その右腕の力ならでできるかもしれません。その右腕で、願うんです。あなたの右腕が存在しない世界を」
「右腕が無い世界……」
「そうすれば、もしかしたらですが、あなたが右腕の力を持たずに生まれた瞬間から、世界が再スタートするかもしれません。つまり」
「でもそれは、オレもゼロからってことか」
「はい」
提示された可能性は、途轍もなく巨大なリスクがある話だった。何が起こるかわからない。それも、世界を創造する、作り替えるレベルで。誰にどんな形で影響を及ぼすのか。
それは、オレの望むところではない。それが嫌だから、日本に戻ると決めたのだ。
だが、女神のおかげで少し見えてきた気がする。
「この右腕の力なら、完全無敵の龍王の右腕ですら壊し得るってことだよな」
全てを弾く龍王の右腕も、龍王の右腕の力なら何とかなるかもしれない。良くも悪くも「この右腕が」最強だと思っていたこと、そして、異世界で気付かされた本来の力、「自分のあらゆるイメージを具現化する」と言う二つのことを考え合わせると、いくつか突破口があるかもしれない。
「龍王の右腕が無い世界じゃダメだ。そうじゃない。もっと、オレだけに寄ったイメージを」
世界とは関係ない、オレと龍王の右腕だけの関係性。
「この右腕の力は、右腕にのみ宿ってるんだよな。オレの腕だからってことじゃなく、オレに龍王の右腕がくっ付いてる。いや、もしくは、龍王の右腕にオレがくっ付いてる……」
「え、あの、江戸川さん? その思考は、ちょっと危なくないですか?」
オレの腕じゃない。この腕にオレがくっ付いてる。もしかして、これが正解じゃないのか? いや、そうだよな。こんな馬鹿げたものが人間の一部なわけが無いんだよ。オレの右腕っていう思い込みの時点で、間違っていた。
「オレは付属品……。付属品……。キーホルダーだ。オレはおまけだ。オレはわき役だ」
よし。何かイメージ出来てきた。元々自己評価は低いので、さほど難しくはない。そこからさらに下げる。下げていく。もっと下げていく。そして、
「うん。イケる。イケる気がする。ユニコ、ありがとう」
「え、えぇ……!? このタイミングでのありがとうは怖すぎるんですが!」
「いや、大丈夫。うん、やっぱり、あの世界に行ったことにはちゃんと意味があったんだよ」
皆んなと出逢えたこと。幸福な時間を過ごしたこと。苦しい戦争を目の当たりにしたこと。そして、大切な女の子と別れたこと。
もし、どこかの誰かがオレの経験に、オレの微かな頑張りにご褒美をくれるとしたら、それはこれなのだ。
「い、いや、ご褒美って! そんなの、もっとちゃんとしたのを私が用意しますよ!」
女神がそう叫んでいる。おかしな力がオレの周りを取り囲み始めたのに気付いたらしい。もちろんオレも感じている。冷や汗で身体中がべっとりするような、魔力とは違う、ダークマターみたいな力。
「ぃよし! 頼む!」
見えた。イメージできた。
「うわ! うわわわ! マズいです! なんか私の作った異空間がグラグラガタガタしてます!」
女神より上位の存在なら、オレなんかをくっ付けるのはやめろよ。今ここで削ぎ落としてしまえ。
真っ白なだけで、床も壁も天井も無いはずのこの空間に、バキバキと亀裂が入っていく。バラバラと崩れていく。
これは多分、この空間だから耐えれている。レギオンや日本では無理なことだ。世界そのものを歪ませる力。世界そのものを創る力。それが、これまでとは別のものに変わろうとしているのだ。
「っ!」
「あ、あぁ!」
これは、オレが龍王の右腕を使う最後の瞬間だ。そう思った時、空間が丸ごとへしゃげた。何もかも、オレとユニコも含めた全てが、マヨネーズの最後を絞り出したみたいな音とともに、ぐしゃりと潰れた。
だが、
「う、うぅ……。江戸川さーん? 生きてますかー?」
「……ナントカ」
オレとユニコは生きていた。と言うか、多分ユニコが助けてくれた。流石は女神。都合良くここでヨイショしておく。
「ありがとう。いや、マジで。ホンットに」
「そんなお礼なんて〜とはなりませんねこれは。もう、生きた心地がしなかったですよ」
「うん。ごめん。でも、さ。おかげで、ホラ」
「え、あ。うわぁ……」
「うわぁって言うなよ」
ユニコはオレを見て、その綺麗な顔を蒼白にした。まぁ、そう言う反応になるのもわからないでもないのだが。
「腕が……」
「あぁ。無くなっちゃった」
オレの右腕は、龍王の右腕は、完全に消えていた。いや、その言い方だと少し誤謬がある。もっと正確にこの状況を表現するなら、オレの右腕があった場所に何か宇宙みたいな虚空間が空いているのだ。そこだけ何もない、本当に何もない空間がある。明らかに歪だ。これぞ正しく、世界を歪めていると言って間違いがない。
「ど、どう言う感覚なんですか、それ」
「……言葉にするのは難しいな。なんか、こう、でっかい穴を引き連れてるような感じ?」
「すみません。穴を引き連れるって感覚がわからないので、まるで理解できません」
「だろうなぁ」
どうにも気色悪い。オレが歩くたびに引き連れた空間がユラユラする。これは慣れるまでかなり時間がかかりそうだ。
「でも、良かった。と言うか、普通に最高。こう……すげぇ、解放されたのが、心の底からわかる」
表現のしようのない喜びとは、こう言うことを言うらしい。徐々に実感が伴ってくると、腹の下側から、ぐぅっと何かがあがってくる。そしてそれは、
「ぃよっしゃぁあぁあぁあ!!!!」
こんな形の絶叫に変わった。
「あ、もぅ右手はないのか!! いや、んなもんどうでも良いや!!」
ガッツポーズした右手がないのは不思議な感覚だが、喜びの方が圧倒的に勝る。体温が急上昇し、目に涙が浮かんでくる。
「よ、喜ばれてるようなので、何よりですけど。うわ、この空間、どうしようかな」
「あ、それはごめん!! マジめんご!!」
「テンション高いなもう!」
「だってさぁ!!」
オレを縛っていた呪いが消えた。これからは、誰に恨まれることも疎まれることも、利用されることもない。本当に、ただの一個人。オレは真の意味での自由を手に入れた。
それは夢にまで見た夢だ。ずっと夢だった。それが、今、ついに、奇跡的に、叶った。これを喜ばずしてどうする。
「ユニコ! ありがとう! コスプレ女神とかポンコツ女神とか言ってごめん!」
「それはまぁ、良いですけど……」
「あんたは本当に女神だったんだな!」
「え!? その言い方だと、私のこと今まで何だと思ってたんですか!?」
「かなり残念系のダメな人だと思ってた!」
「あ、そですか……」
がっくし項垂れる女神様。だが、何かを思い出したのか、勢いよく顔を上げた。
「あ! なら、もう龍王の右腕も無くなったことですし、レギオンに帰りますか!?」
「あ。それとこれとは話が別」
「いきなりクールになるんですね、あなたは」
「まぁ、けじめだよ。こうして最高のご褒美を貰ったわけだし、それ以上を望んだりしたら、バチが当たる」
「もう。律儀と言うか、頑固と言うか」
そう思う女神様の気持ちもわかる。オレ自身、レギオンから離れる理由も無くなったと思っている。オレを必要としてくれている者がいる世界よりも、オレを待ってくれている者などどこにもいない日本を選ぶのだ。これは確かに、頑固で融通が効かないと言われても仕方ない。オレに良くしてくれた者達を悲しませるだけの選択だろう。
だが、けじめ。これはオレのけじめ。状況だけで流されてはいけないのだ。
「では、本当に、これでお別れですね」
「あぁ。色々ありがとう。あんたのおかげで、オレも少しは成長できた気がする」
「それは良かったです。Win-Winってやつですかね」
「まぁ、そうだな」
「えぇ。ですが、私的には、まだ江戸川さんのWinが少ないと思ってます」
「え?」
女神様がカッコつけたポーズで人差し指を振る。チッチッチと。
「また別のご褒美を考えておきますから、それはちゃんと受け取ってくださいね」
「それは、でも」
「良いんです」
「……わかった。期待してるよ女神様」
「はい。大船に乗った気持ちでいてください。なんてったって、私は女神。レギオンを管理する女神ですから!」
どーんと胸を張る女神は、とても楽しげだった。本当に何か良い物をくれるつもりなのだろう。
「では、改めて。江戸川竜士さん、あなたの献身と努力に敬意と感謝を。レギオンで暮らしたあなたの記憶が、きっと幸せなものであって下さいますように」
「あぁ」
それは大丈夫。オレは確かに幸せだった。
「さようなら。江戸川竜士さん」
女神の微笑みがとびきり美しいものとなった瞬間、レギオンというオレの物語は終了した。