闘いの終わり
魔力がうねるように高まっていく。リュカの集中力が限界の一線を超え、両角に稲妻が宿った。その小さな身体のどこにこれほどまでの力が眠っていたのかと思わされるほどの膨大な魔力。それがさらに強力に練り上げられ、リュカの額へと収束した。
「おぉ……! 凄え!」
リュカを中心に風が吹き始め、周囲の小石が巻き上げられる。はっきりと可視化された魔力が可愛らしくカールした前髪を押し上げた。露わになったリュカの額に、眩く輝く第三の眼が形成された。稲妻を内包した瞳が、今ゆっくりと開かれる。
「……っ!!」
それは、明らかに世界の理から外れた瞳だった。あらゆる全てを見通す瞳が上下左右に向けられる。近くを、遠くを、今を、過去を。世界の全てを捉えていく。そして、
「見つけ、ました……!」
リュカが息を切らしながら叫んだ。苦しげに寄せられた眉からは、彼女の精神力が限界に達していることが伝わってくる。リュカの言葉を聞いたその瞬間、マミンが右手で空間を断ち切る仕草をし、巨大な鏡のような物を作り出した。
「リュカちゃんの視界を共有したわ!」
オレも、団長も、牧村も、はっきりとそれを見た。ざらざらとした平凡な岩肌に、僅かに光る点があったのだ。
「場所は……ここから北東方向! チッ。ついてないわね。あまり近くとは言えないわ!」
「走ったらどれくらいだ!?」
「普通の人間なら一時間はかかるわね!」
「オッケーわかった!」
「きゃ!?」
返答も適当に、オレはリュカを抱え上げた。その身体は羽のように軽かった。
「少しだけ、辛抱しててくれ!」
「は、はい……!」
一瞬だけ頬を朱に染めたリュカだったが、またすぐに両の目蓋を閉じた。魔法の継続に全精力を注いでいるのだ。
「団長!」
「あぁ。わかっている」
団長が首を振りながら笑う。もう何も言うことはないと、剣を静かに鞘から引き抜いた。ピッと振られた剣先が、リュカの瞳の光を美しく反射させた。
「今まで、ありがとう」
オレが述べたのは平凡な言葉だった。だが、この一言こそが、オレの率直な気持ちを精一杯乗せてくれるものだった。
「貴女に会えて良かった」
この人は、本当にはちゃめちゃな人だった。どうしようもないほど変態で、どうしようもないほど非常識で、そして、誰よりも凛としたカッコいい女性だった。
「ふふ。照れるではないか。最後くらい、無言で送り出させて欲しいな」
団長とはもっと話したいことがたくさんあった。底抜けに明るいこの人となら、どれだけ話しても飽きがこなかった。もし、もしオレが日本でこの人と出会えていたならば、オレの人生はもっと幸福なものに変わっていただろう。めちゃくちゃ変人なのに、人間からも魔族からも、つまり誰からも愛されていた。それはきっと、ここぞと言うところでは頼りになる人だと皆んなが知っていたからだ。
魔力の風にたなびく団長の髪は、どんな場所でも光り輝いていた。扉の向こうを見据えたこの女性の横顔は、誰もが見惚れる美しさだった。
「牧村も、ありがとうな」
「うむ。我が輩も空気くらいは読むでござる。二人で行ってくるでござるよ」
「あぁ。頼む」
「……でも、あの、さ。もしまたどこかで会えたら……その、またもう一度、親切にして欲しいな」
少し心細そうに言う牧村に、オレは全力で笑顔を返した。
「当たり前だ。何があってもオレは牧村の味方なんだ」
「そ、そっか。えへへ。うん。そう。そうだよね」
「頼むから幸せになってくれよ」
「うん!」
牧村が嬉しくて堪らないという表情で頷いた。目尻に涙のようなものが溜まっていたようにも思えたが、それは哀しみから生まれたものではない。
弱くて当たり前な普通の女の子。でも、とてもしなやかな心を持った女の子。それが牧村薫だ。この子こそ、平凡で温かな幸せを享受して欲しい。素敵な仲間や、頼りになる友に囲まれて生きて欲しい。だって、オレはそのためにこの世界にやって来たのだから。
「よし。じゃあ行くぞ」
「陽動は任せてくれ」
「我が輩も、魔力を使い切るつもりで暴れるでござる!」
「あぁ! 団長と牧村になら、安心して任せられる!」
オレ達の瞳が遠く扉の向こうを見据えた瞬間、ゴーレム達の暴動が激しくなった。ゴーレム達も感じているのだ。自分達の身が危ないことに。それだけの力と覚悟、そして絆を持った者達がいるということに。
「リーリ、パトリシア。リュカにその力を貸してくれ……!」
オレが呟いたその時、リュカがオレを支えるように強く抱きついてきた。熱がオレの首筋に伝わってくる。それだけで勇気が湧き上がってくる。
「エドガーさま、参りましょう!」
リュカの掛け声が坑道に響き渡ると同時に、マミンの魔法によって扉が破壊された。ゴーレム達の無機質な瞳がオレ達を捉える。
「先に行く!」
「それじゃあね!」
二人の背中が勇ましく駆けて行く。その後ろ姿に持ち得る限り全ての感謝を払いながら、オレはリュカを抱えて走り出した。
「よっしゃあ!!」
こんなにも心が軽くなったのは、本当に生まれて初めてのことだった。
進む。暴れに暴れるゴーレム達の中を、オレは進む。一秒でも早く。一歩でも先へ。オレが今すべきことはそれだけだったから。
「せぃっ!」
球体を六つ繋げたみたいなずんぐりむっくりのゴーレムが道を塞ぐ。その脇には何と剣を持ったゴーレムがいて、その剣を振り回しながら突進してくる。どいつもこいつも個性的で、一体一体が丁寧に造られたのだとよくわかる。だが、オレはそれを壊す。躊躇わない。リュカを抱えている以上なかなか両手は使えないが、それでも上手くやりくりしてゴーレム達を迎え撃つ。
「っとぉ!」
いきなり二体のゴーレムが左右から飛び出してきた。それぞれが岩のような拳を叩きつけてくる。その攻撃を地に這うような姿勢となってかわした。頭の上を即死級の物体が通り抜けていく恐怖と言ったら、
「リュカ! 大丈夫か!」
「はい!」
何のことはない。今のオレにこいつらは倒せなくても、負ける気がしない。
「エドガーさま! 左です!」
「了解!」
林立する大岩の中を駆け抜ける。目の前に現れた小山を左回りにぐるりと回り込む。その先にももちろんゴーレムはいて、
「……っ!」
オレ達に襲いかかってくる。オレはそいつらの腹を順に蹴り飛ばして岩肌に叩きつけていく。脚がバネみたいに動いて、自分でもビックリする。
「後ろ!」
「ぃっよせい!」
ゴーレムの足裏がオレ達を踏み潰そうと迫ってきていた。反射的にワンステップで切り返し、難を逃れた。
「これはまたデカいなぁ!」
「私にお任せください!」
三階建てマンションくらいのゴーレムに、リュカの雷が降り注ぐ。魔法耐性を持つゴーレムには大した効力はない。だが、やはりそもそも電流自体が苦手ならしく、一瞬だが動きが止まる。それだけあれば、
「らぁ!」
その鼻っ柱に龍王の右腕を打ち込むことができる。地表に存在したいくつかのゴーレムを足場に空へと飛び上がっての攻撃だ。その一撃は規格外。後ろにあった岩山にゴーレムの胴体がめり込んだ。それを引き金に起こった土砂崩れに多数のゴーレムが巻き込まれる。
「きゃぁ!?」
「はいキャッチ!」
「も、もう! いきなり放り投げないでください!」
「右手を空けたかったんだよ!」
「だとしてもです!」
事前に上空に投げていたリュカをしっかりキャッチ。無防備になったオレ達に六体の飛行能力付きゴーレムが殺到してくる。それを、
「リュカ頼む!」
「はいっ!」
リュカの雷で弾き飛ばした。ついでにオレも空中で加速し、着地点を一気に前方に伸ばす。
「〜〜〜〜っ!!」
自分とリュカの体重が脚、踵にかかり、痺れるような痛みが走る。
「大丈夫ですか!?」
「お、おうよ」
「あの、私も自分の足で走ります! 瞳の方も安定してきましたから!」
「それはダメだ! そっちが一番重要なんだから! ほら、次はどっち!」
「あ、えっと、あちらです!」
「了解!」
リュカの指差す方角へ走る。やはりゴーレムがいるが、全てを薙ぎ払う。薙ぎ払える。
団長と牧村が頑張ってくれている。両手がふさがっていても薙ぎ払えるだけの数しかいないのがその証拠だ。あの二人が必死になって押し留めてくれているのだ。なら、その献身に、想いに応えるために、オレはオレの全てを費やす!
「エドガーさま! あちら!」
「おっけ!」
リュカの指示が冴えてきているのを感じる。角に纏った紅い魔力が弾け、第三の瞳に内包された蒼い魔力が猛っている。オレが抱えているこの可愛らしい魔族の女の子が、こんなにも頼もしいだなんて。オレはなんて幸福な男なのか。
「リュカ!」
「はい!?」
「その魔法、凄いな!」
凄い。つい最近までは簡単な魔法すら満足に使えなかったのに。今ではどんな魔王にだって引けをとらない魔法を使いこなしている。
「それは、あなたさまが、皆さまがいてくれたからです!」
「なるほど! オレもそうだ!」
一人では無理だった。向こうの世界でずっと一人だったオレには、気づくこともできなかったことだ。
心がほのかに燃えている。心地良い熱が胸に宿っている。この熱があれば、どこまででも走って行けそうな気がする。
「エドガーさま! この先を一直線に進んでください!」
遂に小山を回りきった。視界が一気に開けたその瞬間、いきなり光景が様変わりした。ずっとオレ達に立ち塞がり続けていた遮蔽物が全て消え去り、遠くに海のようなものが見える。赤い月がゆっくりと上ってきているのがわかる。だが、それはオレ達の立ち位置を正確に表現できていない。
「ここ」は全ての頂上だった。眼下数十メートル下に広大な赤土の台地が広がっているのだ。そこには横幅数メートルの巨大亀裂が縦横無尽に走っている。亀裂は様々な方向に枝分かれし、迷路のようになっている。神様が赤い画用紙の上に鉛筆で迷路を作った、とでも言うべきか。
「これを、降りてけってことか」
「です。あの亀裂の底を煌石が移動しているようです」
「亀裂の底ってどれくらいの深さ?」
「えっと……多分、今私達を襲おうとしているゴーレムと同じくらいの高さがあるかと」
「てことは合わせて百メートル近く下りなきゃいけないわけ……かっ!!!!」
振り返りながら隕石のような破壊力を持つゴーレムの右拳を龍王の右腕で受け止めた。靴底がずごんと五十センチ近く埋まる。オレ達の前に姿を現した最後のゴーレムは、ルシアルと王国軍の戦争で投入されたものよりも更に一回り大きいゴーレムだった。これはもう人工物じゃない。山だ。とは言え、ただデカいだけならものの数ではない。そう思って反撃をしようと思ったのだが、突然ゴーレムが雄叫びを上げ始めたことで停止させざるを得なくなった。
「オ……ブゥオオ…………!!!! オ、オォオオオ……!!!!」
「っ!?」
「エドガー、さまっ! これは!?」
図体のデカさに比例するように、叫声も途轍もなく大きかった。地鳴りのようにオレ達の身体を震わせてくる。思わずリュカを下ろして耳を塞いでしまうほどの轟音。
「ブウォオオオォォーー!!!! ウオオオォオオォーー!!!!」
雄叫びは止まらない。どうしてこのゴーレムはこのような行動をしているのか。なんかのバグのようなものか? いや、これにはもっと明確な意味があるのでは……。
あまりの大暴音に思考速度を奪われる。異常に異常を重ねた状況に、逃げる、距離を取るという選択肢が浮かばないままになってしまった。それがミスだと気づいたのは、次の瞬間だった。
「え……?」
視線を下げると、オレの腹部に踵がめり込んでいた。メリ……と言う内臓が潰れて捻れる音が脳内で響く。そんな状態になって初めて、自分が何者かに蹴りを入れられていることに気付いた。
「ガ、ハっ!?」
視界が真っ赤に染まる。口腔内が気持ちの悪いぬめぬめしたものでいっぱいになる。それを堪らず吐き出して咳き込み、咽せる。だが、己が今やるべきことだけは奇跡的に理解することができた。
「え」
リュカに抱きつき、そのまま台地へと飛び降りた。数十メートル下の台地、更にその下百メートルの亀裂への飛び降り。完全な紐なしバンジーである。
「えぇえええーー!?」
リュカの叫び声を聞きながら、どうやって無事に着地するかを必死で考えていた。オレはまずあの場から離れることを優先した。その先は二の次として。それだけ危険だと思ったのだ。
「っ!」
風圧で目を開けていられなくなる。鼓膜が気圧の変化でおかしくなる。だが、丁度亀裂の裂け目に入り、今の高度で言うなら崖の部分に差し掛かった時、なんとか対処法が見えた。
「きゃあっ!?」
「グ、ブフッ……! このっ!」
峡谷の谷間、空中で横壁に龍王の右腕をアンカーとして打ち込んだ。顎を血で真っ赤にしながらも、何とか耐える。オレとリュカの重さ、位置エネルギーの分だけ岩肌をガリガリと削っていき、何とか途中で止まることができた。谷底まで十メートルといったところか。
「え、エドガーさま! お身体は大丈夫なのですか!?」
「いや、ちょっ、と大丈夫じゃ、ない、かも……」
「そ、そんなっ!」
あの一瞬、オレは何かに襲われた。奇襲を受けた。超巨大ゴーレムの奇行に戸惑って注意が疎かになってしまったせいだ。だが、それだけではない。オレの腹部に猛烈な痛みを感じたあの時、存在感の代名詞のようなゴーレムが視界にいなかったのだ。これはもしかすると、
「っ!」
思考がひとつの結論にたどり着いた直後、再び攻撃を受けた。だが、それは龍王の右腕を岩肌から引き抜き、自由落下に従うことで回避した。そのまま谷底で着地する。
「リュカ! 離れててくれ!」
「は、はい!」
谷底には浅い川が流れていた。目視では測ることができない勾配の上流に、そいつは立っていた。
「ゴーレム、だよな」
それは、ゴーレムと言うよりは人間に近い造形をしていた。だが、唯一異なるのが頭部に顔がないこと。あるのは青白い宝石だけで、それが奇妙な不気味さを醸し出している。
「っ! 問答無用かよ!」
突如として人型ゴーレムが突貫してきた。防御の構えを取った瞬間、背後に強烈な怖気を感じ、咄嗟に体勢を低くする。するとオレの頭があった場所に拳が突き出されていた。疾い。このゴーレム、恐ろしく疾い。
「うりゃ!」
オレの足払いを回避したゴーレムが空中で回転。十分な遠心力を持って再び殴りつけてくる。オレもその攻撃はかわしたが、その拳は谷底に巨大なクレーターを作ってみせた。谷底がさらに数メートル深くなる。左右の壁にまで亀裂が走った。この凄まじい威力。こいつは恐らく、先程の超巨大ゴーレムが質量だけはそのままに小さくなったのだ。
「また面倒なのを造りやがって……」
これは完全に恨み言だ。だが、そんな一呼吸すら与えてくれないらしい。
「っ! う。が、のっ!」
一気に懐に入られる。ばっちり二十メートルは離れていたのに、一息で接近された。そこからはひたすらラッシュ。大自然すら破壊する威力の拳が一秒間に数発以上の頻度で襲いくる。はっきり言ってこっちは捌くので手一杯だ。それに、まだ最初の一撃によるダメージが大きい。と言うか、これは多分普通の人間なら即致命傷レベルの大怪我だ。龍王の右腕が何とか発動しているおかげで傷が若干治癒しているだけだ。内臓の損傷が尋常ではないらしく、さっきから馬鹿みたいに吐血を繰り返している。そのせいで呼吸がしづらい。
「!」
顔面狙いの正拳突きを首を振ってかわした。左頬が微かに抉り取られるが、それしきを気にしてる場合じゃない。左脚をガツンと踏み込み、腰を入れて上体を捻る。乗せられるだけの力を全て込めた右アッパーを、ゴーレムの首から上を消失させるつもりで放った。
だが、
「マジかよ」
顎はそのままの角度だった。ビクともしていない。ゴーレムが両腕を使ってオレを絡め取ろうとしてくるので、バックステップで距離を取り、再び懐へ入る、と見せかけて背後に回った。今度は腹に大穴を開けるつもりで龍王の右腕でぶん殴る。だが、それも大して効いている様子がない。
「あー。やっぱりこっちに来てたかぁ」
「っ! マミン!」
すると、いきなりオレの脳内に黒魔女の声が響き出した。魔法によるテレパシーのようなものだろう。
「端的に言うわ。そいつは対ベルゼヴィード用に造った、私の最高傑作。多分、後にも先にも、そいつを超える創造物なんて生まれないんじゃないかしら」
「そんなことはどうだっていい! こいつを何とかする方法を教えてくれ!」
「何とかねぇ。そいつの特徴としては、とにかく強い敵に向かって攻撃するようにできているわ。だからあなたが弱くなるのが一番手っ取り早いわよ」
「それは、ちょっと難しいぞ」
「なら、頭部の宝石を破壊することね。常人では絶対無理だけど、あなたなら何とかなるかもしれないわ。まぁ、確実なのは煌石を破壊することかしら」
「わかった!」
今の龍王の右腕はただ頑丈なだけのもので、本来の力を発揮できていない。どうもこの状態でこいつの相手をするのは分が悪いらしい。ならば敢えて闘う意味もない。
「リュカ! 煌石を壊してくれ! こいつはオレが止めておくから!」
「は、はい!」
何故かはわからないが、こいつ以外のゴーレムが襲ってこなくなった。このチャンスを活かさない手はないだろう。
リュカが峡谷の向こうに走っていくのを背中で感じながら、人型ゴーレムと向かい合う。その時、ゴーレムがオレの横を通り過ぎようとした。何とか反応し、ゴーレムの腕を捕まえて元居た位置よりさらに奥に投げ飛ばす。やはりオレを無視してきたか。
「行かせねぇよ」
自分の根本的不利を理解するくらいの知能はあるらしい。だが、それを封じ込めることは難しくない。ゴーレムが今度は峡谷の壁をピンボールのように反射するフェイントをしかけてきた。右に左にと高速でオレの視界を横切る。が、
「うりゃ!」
再び捕まえた。ゴーレムの左腕を掴み、引きつけ、腹部に蹴りを二発、殴打を二発叩き込む。少しずつこいつの疾さに慣れてきた。そう思ったが、ゴーレムがまたオレを標的に変えてきた。オレを倒してからではないとリュカを止められないと判断したのだろう。まるで人間のような思考をするゴーレムだった。
「ぐっ……!」
そうなるとちょっとしんどい。攻撃力、防御力ともに振り切っているから、一手やりあうごとにオレの身体が悲鳴をあげる。
ゴーレムがいきなり後ろ回し蹴りを仕掛けてきた。もはや達人レベルの格闘家だ。左腕を上げてガードする。が、何か嫌な音が聞こえてきた。
「…………っ!!」
左腕の骨がイカれた。なんか白っぽいのが皮膚をブチ破って内側に飛び出してきている。これは見てはいけない類のものだ。痛すぎて逆に頭がはっきりしてくる。だが、そのおかげか、ピンとくるものがあった。
「おら、よ!」
ゴーレムの胸にぶちかましをする。ゴーレムが若干よろけたところに追撃の膝蹴り。だがそれは両の手のひらで止められた。こっちの威力を完全に相殺されている。そして当然、超強力なカウンターが飛んでくる。
「っ!」
右手でオレの足首を掴んで引きつけ、左腕を畳んだ肘で顎を狙ってきた。こんなものを食らってしまえば、顎が粉々になるどころか首が無くなる。だが片脚の自由を奪われている今、上手く回避の体勢を取れない。必死で両腕をクロスさせる。今まで味わったことのない威力の攻撃に、イカれた左腕が絶叫する。その叫びは真っ赤な電気信号となって左腕、肩、首筋を通って脳内を駆け巡った。そして、
「ぅらあ!!」
オレは龍王の右腕を全力全開にして振るった。
「ぶぉ……!?」
ゴーレムがおかしな音を発した。奴の頭部の宝石は、自分の右腕が消失した事実を眺めている。
「激痛のおかげで頭が冴えた。あんだけ痛けりゃ、そりゃ二日酔いくらい醒めるさ」
オレが龍王の右腕を使えないのは二日酔いのせいだ。だが、かつて無い程の痛みを感じることで脳が覚醒した。頭さえスッキリしてしまえば、あとはオレの、と言うか龍王の右腕の独壇場だった。
「ブ、オォ……! ブォ、ブォ……ブォオオォオオォ!!!!」
ゴーレムが捨て身の突進を仕掛けてきた。オレはそれを、
「ごめんな」
龍王の右腕の指を弾いただけで霧散させた。
ごめん、という言葉が頭をよぎる。こんな卑怯な勝ち方をして、ごめん。いかに強かろうが、いかに大きかろうが、龍王の右腕の前ではその全てが意味を持たない。オレはそれを、酷く虚しいと感じる。
「エドガーさま!!」
何とも言えない渋い顔で黙っていると、頬を上気させたリュカが大きく手を振りながら駆けて来ていた。その右手にはおかしな輝きを放つ石が握り締められている。
「見つけた、見つけました! あとは壊すだけです!」
「おぉ! 早速壊そう。団長や牧村が心配だ」
「はい!」
よく見ると、リュカの手足や頬は土埃で汚れている。リュカにはリュカの闘いがあったのだろう。だが、当人はそんなことは微塵も感じさせない笑顔だった。
「リュカ。手の平の上に石をのせて。オレが壊すから」
近くでみる煌石は、ガラス玉のように平凡だった。これだけで数千体のゴーレムを操っているとは思えない。
リュカの左手に自分の右手を重ねる。オレ達は少しだけ見つめ合う。そして、オレは右の手の平に少しだけ力を込めた。そうすると、カツンという音と共に煌石が真っ二つに割れた。
「あ……。音が、消えましたね」
「あぁ。終わったみたいだ」
ずっと聞こえてきていた物騒な音が鳴り止んだ。あまりにいきなり静かになったせいで、耳がキーンとする。
「……」
「……」
どちらともが何となく黙った。
「……少し、休みましょうか」
「あぁ。オレも疲れたよ」
少しの間だけ沈黙していたが、またどちらともなくホッと一息付くと、その場にずるずると座りこんだ。