煌めく石を見つけに
至る所で爆発音や破壊音がこだましている。オレたちが目の当たりにしているゴーレムは、全体のごく一部に過ぎないのだ。数を数えるのも馬鹿らしいほどのゴーレム達が鉱山地帯をジオラマのように破壊していく。
「はぁ!」
団長の剣が次々とゴーレムを斬り捨てていく。ズバン!! と言う効果音が実際に見えそうなほど凄まじい斬撃だ。だが、
「キリがない、な!」
鋼色をしたゴーレム達は一向に減らない。団長がぶった斬ったゴーレムたちが何とゆっくり動き出し、自分を修復している。腕が外れたとか、腹に大穴が開いたとか、腰から下が無くなったとか、その程度の損傷では停止しない。
「ごめんなさいね。この子たち、継戦能力抜群に造っちゃったの。細切れににでもしない限り、いつまでも復活してくるわよ」
「ちょっと自慢そうに言うな!」
マミンの魔法が爆裂するが、ゴーレムたちはビクともしていない。せいぜい動きを一瞬止めるのが精一杯だ。
戦況はあまりに多勢に無勢。今はオレ達が元気だから押し留めていられるが、消耗戦になってしまえば物量で押し切られる。勇者である牧村の魔力も、史上最強の騎士である団長の体力も、いつかは必ず底をつくのだ。
「もームリ! 絶対ムリ! 逃げよう!」
牧村が半泣き状態で氷の大剣を振り回している。あの大剣は牧村の魔力で生み出したものだから、ゴーレムへの効き目が薄いらしい。一番苦戦を強いられているのが彼女だった。オレとしても何とか牧村の助太刀に入りたい。だが、
「逃げるったって……! そんな暇が!」
情けないかな、こっちはこっちで手一杯だ。ゴーレムの超ヘビー級パンチをクロスした腕で受け止め、流し、合気道の要領で投げ飛ばす。対人間ならそのまま関節技に移行するのだが、痛みを感じないこいつらには無意味だ。
「くっそ……!」
こんな時こそ龍王の右腕の出番のはずだ。龍王の右腕さえ発動できれば、物体のゴーレムなんて何体いようが粉々にできる。
そのはずなのに、オレはそれができなかった。
「っ痛ぇな!」
右から襲ってきたゴーレムが両腕を伸ばしてオレを捕まえようとする。腕が鞭のようにしなりながら伸びてくる。それは何とか紙一重でかわしたが、左側から現れた小型のゴーレムまでは対処できなかった。赤ん坊ほどの大きさのそいつは、自分の頭部に取り付けられた翅を高速回転させながらオレの腹めがけて突っ込んできたのだ。脇腹に強烈な痛みが走り、思考が沸騰しそうになる。
「イメージ、する、隙が、無いんだよ!」
龍王の右腕は頭で思い描いたことがそのまま起こる。とても手軽で、とても危険だ。だが、今のオレは「頭で思い描く」余裕すら持てていなかった。二日酔いの悪影響だけでもフラフラしているのに、残った理性がゴーレムとの闘いだけで消費されてしまう。こんな状態のオレが下手に何かを思い描いてしまえば、ゴーレムだけでなく、近くにいるリュカや牧村、団長にまで何かが起こってしまいかねない。
「こーいう時に使えねんだから、腹立つよなぁ!」
「ダーリン! 八つ当たりしてる場合ではないぞ!」
脇腹に突っ込んできたゴーレムを地面に叩きつけて踏み壊していると、団長に激された。良くも悪くも常に変態な団長ですら必死にならざるを得ないほどのピンチなのだ。
「マミン! どうにかならないのか!」
こいつら作ったのはお前だろ! 何故かオレ達を置いて上空に飛んで行ってしまった元凶を怒鳴る。マミンを中心に超強力な魔力が全方位に向けて照射されているが、それに何の意味があるのか。すると、
「エドガーさま、こちらへ!」
切羽詰まったリュカの声がオレの耳に届いた。何とか退路を確保してくれというオレ達の無理難題に応えてくれたのだ。
「殿は任せろ! 先に行け!」
「頼む! 牧村、お前も早く!」
「わかってるっ……よ!」
現状では最もゴーレムに有効的に対応できている団長を残し、オレと牧村がリュカの元へ駆ける。リュカが待っているのは山肌に空いた大穴の前だ。中へと続くトロッコ線路があるところを見ると、鉱石を掘り出すための坑道らしい。
「団長、良いぞ!」
「あぁ!」
リュカ、牧村が逃げ込んだのを確認。その瞬間に、
「止まれ!!!!」
ゴーレムの群れに向かって特大の言霊を叩きつける。頭でイメージしきれない分を言葉にして補完した形だ。威力としては不十分だったが、団長が坑道に駆け込む時間くらいは作れた。
「閉めます!」
「ぃよいしょ!」
リュカと牧村が二人がかりで鉄扉を閉めようとする。あと十センチ。五センチ……
「っ!?」
その瞬間、世界の底が抜けたのではないかと思えるような轟音が、扉で隔たれた向こうで爆発した。間一髪で間に合ったのだ。
「こ、ここなら、ゴーレム達は入ってこれないそうです……!」
「それは、めちゃくちゃ、助かる、けど、何で……?」
「万が一の時のために、マミンさまが作った特別な避難場所なのだとか」
「シェルターみたいなもんか……」
扉自体はそこまで分厚いものではない。ちょっと大型のゴーレムなら簡単に破壊できそうなものだが、その様子が全くないと言うことは、ここの安全性は確かなのだろう。最後の爆音もゴーレムが扉にぶつかったのではなく、ゴーレム同士がぶつかったということだ。この時間が後の幸運に繋がれば良いのだが……。
「ふぅ」
一息も二息もついたところで、坑道を確認する。高さ、幅ともに五、六メートルと言ったところか。空気が動いている感じがしないから、奥は行き止まりになっているのだろう。
「全く、とんだ騒動に巻き込まれたものだな。危険度だけで言うなら魔王間の戦争とも遜色しないぞ」
「ふ、普通に死ぬかと思ったよ……」
「あぁ……」
オレにとっては危機感だけではない。ルシアル軍と王国軍の戦争を思い起こされる感じがして、胸の奥が気持ち悪くなっていた。
「あの、これからどうしたら良いのでしょうか……」
どう考えても逃げるのがベターだろう。リュカを除けば全員が規格外の戦闘力を誇るメンバーだが、それでも的確な対処ができるとは思えない。オレの勝手な勘だが、この事態を治めるには国家レベルの武力が必要な気がする。
「……」
リュカの心細い呟きに答えられる者はいない。このシェルターだってどこまで保つかわからない。
「あら、葬式みたいな空気ね。ま、わからなくもないけど」
「っ! マミン!」
「あーあ。ホント嫌になっちゃうわ」
その時、マミンが壁を擦り抜けるようにして現れた。何かの魔法を使ったのだろう。
「これはどう言うことなんだよ。ちゃんと説明してくれ……ってオイ!」
いつの間にか団長が戦闘態勢に入っていて、思わず叫んだ。が、簡単に止めに入れるような雰囲気ではない。
「先程言ったな。戦争用に作っていたゴーレムが、と。私の立場上、今の状況はともかく、その思想は見逃せない」
なんか団長、昔より好戦的になってないか? 以前はもっとお気楽な感じだったのに……いや、それも仕方ないのか。人間勢力は今、かつてないほど消耗している。もし戦端が再び開かれれば、もう抵抗しようがないほどに。団長の肩にはこの世界全ての人間の命がのっかっているのだ。そしてそれは、オレの中途半端のせいでもある。
状況はあらゆる意味で最悪に近い。マミンと団長が鋭く睨み合う。が、
「仕方ないでしょ。時代が時代だもの。いくら私が戦争なんてしたくないって言ったって、向こうから攻めてこられたらどうしようもないもの。己の身を守る戦力くらいは持っても許されると思うけど? それとも、騎士様は私達に花のように容易く滅びろと言うのかしら?」
「……その戦力、自衛のためなのだな?」
「えぇ。誓って。だから今し方、ゴーレム達が鉱山地帯より外に出ないように魔法で結界を作ってきたのよ」
「あの、空に飛んでいたやつか」
「その通り」
マミンは自分の手でこの非常事態を解決するつもりだ。その意思が団長にも伝わったのだろう、
「まぁ、ここで争っても得はないな」
戦意を消した。
「じゃあ話を戻すけど、この状況についてもっとちゃんと説明して欲しいんだ」
マミンが素直に頷く。
「理由は最初に言った通りよ。量産していたゴーレムが何らかの理由で暴走し始めた。これが他の勢力の仕業なのか、それともただの事故なのかはわからないわ。それについての考察や調査は後回しでいいでしょう」
事態は最悪に至っている。ならばここで必要なのは、この事態を解決する術だ。そしてそれは、やはりマミンが一番わかっているはずだ。
「あのぉ、そうじゃないと良いなって思ってるんだけどさ。まさかゴーレム達を一体ずつ倒していくってことにはならないよね?」
牧村が恐る恐るお伺いを立てる。それは確かに最も難易度の高い解決法だろう。いや、不可能に近いさえと言って良い。牧村や団長でさえそこそこ手こずるような個体があと数千体もいるのだから。
「待っていればゴーレム達が燃料切れみたいなのを起こすってことはないのか?」
「無いわね。あれらは空気中の魔力を吸って動いているの。魔力が薄い人間界でも数日は動けるように作ってあるから、魔界だと半永久的に稼働するわ」
「じゃあ、こうして安全地帯も見つかったわけだし、オレが龍王の右腕を万全に使えるようになるまで待つってのは? 正直、これが一番簡単で確実だと思うんだが」
「万全って、いつまでかかるの?」
「う……。明言はできないけど、あと二、三時間もすれば酔いは抜けると思うぞ」
「……うーん。それだと確実とは言えないわね。結界の効力も同じくらいの時間しか保たないし、もしこの事態が誰かの手によるものだったら、それよりも早く結界が破られる可能性もあるわ。この坑道だってゴーレムが入ってこれないだけで、魔族や人間は出入りできるもの」
「な、なんだか聞けば聞くほど不安になってきますね。本当に何か良い方法はないのですか?」
リュカや牧村の透けるような頬が青白くなっていく。オレだって似たような気持ちだ。許されるならば大声を出しながら走りまわりたいくらいだ。だが、そんなオレ達を見てマミンは不敵に笑ってみせた。
「でも大丈夫。方法はあるわ」
「な! 本当か!?」
「もちろん。これも言ったはずよ。あなたたちを待っていたって」
あぁ、確かにそんなことを言っていた気もする。
「むしろ、本当に良く来てくれたわ。状況は最悪だけど、それを覆す最高の手段がここにいるのだもの」
「おお。めちゃくちゃ自信満々だな! どうすれば良いんだ? 勿体ぶらないで教えてくれ」
「簡単なことよ。これだけの数のゴーレムを造った私が、この事態を想定していなかったと思う? もちろん想定していたわ」
マミンが口上のように朗々と歌いながら坑道内を歩く。そして、その手をリュカの肩に置いた。
「ゴーレムを一斉に機動停止させる宝石があるのよ」
「っ!!」
それは、考え得る限り最高のニュースだった。オレを含めた全員が安堵の表情で息を吐く。が、
「……なら、どうして早くそれを使わないのですか?」
すぐにこの疑問に行き着いた。問うたリュカの声が震えている。悪い予感がするのだ。何が楽しいのか、マミンがいやらしく微笑する。
「その宝石がどこにあるのか、わからないのよ」
「は、はぁ!? なんで用意した本人がわからないんだよ!」
思わず叫んでしまった。マミンの言っていることの意味がわからない。それでは色々な大前提が崩れてしまうではないか。
「これも防衛装置の一つよ。この宝石、煌石と言うのだけど、この鉱山の中を常に移動し続けているの」
「それは防衛装置なのかなぁ……」
少し微妙だと思う。するとその時、牧村が何かに気づいたみたいに呟いた。
「そうか、だからリュカちゃんが……」
「え?」
「リュカちゃんは三眼族の力も受け継いでるから、それを使えば、その宝石がどこにあるのかわかるかもしれないって、ことだと思うでござる……」
そう言われてみれば、確かに、リュカは雷鬼族と三眼族のハーフで、どちらの力も有している。しかも、非常に高いレベルで。つい数日前、レヴィアとやり合った時に発現させた雷の魔力は、魔王相手にも遜色ないものだった。であるならば、三眼族としての力を強く受け継いでいてもおかしくない。
「その通り」
マミンがリュカの頬を真っ赤な舌でペロリと舐めた。リュカがゾッと身震いしている。
「三眼族は、『視たいものを視る』という超特殊な能力を持っているわ。その力は距離、時間に左右されない。リュカちゃんなら鉱山の中を絶えず動いている煌石を見つけられる」
その宝石がどこにあるかは、誰にもわからない。誰にもわからないから、防衛装置になっていた。それを、リュカなら見つけられる。いや、リュカにしか見つけられないということだ。
「見つけさえすれば、あとは簡単よ。煌石を破壊すれば良い。硬度は河原に落ちているような石と変わらないから、誰にでも壊せる」
この時、リュカが唾を飲み込んだのが遠くからでもわかった。今回の事件、状況的にはレヴィアとの歌唱対決とよく似ている。リュカが矢面に立って闘わなくてはならないからだ。しかし、どちらもリュカにしかできないこと。
「待て。煌石とやらは常に移動し続けていると言ったな。それは地中や岩盤の中なのか?」
団長の問いは尤もだ。だが、マミンは冷静に返答する。
「いいえ。岩肌や山肌の、ちゃんと目に見える位置にあるわ。それに、移動していると言ってもその速度はそこまで速くない。だから本当に、一度見つけることさえできれば全てが簡単なの。ただ、その一度が恐ろしく難しいのだけど」
つまり、いよいよリュカの出番なのだ。
「ただ、誰かが煌石のところまで行かなくてはいけないの。始めは私の魔法で狙撃するつもりだったのだけど、結界を張ったせいでもう魔力がない。遠距離狙撃は不可能よ」
「私も、その手の魔法は不得手だ」
「我が輩は、うーん……。正直自信ないでござる。どれくらいの距離になるかもわからないし、そこまでデリケートな調整は難しいでござる。まぁ、辺り一帯を吹き飛ばす威力の魔法を使うか、それとも数撃ちゃ当たるの精神でやるという手もあるにはあるでござるが……」
「どちらにせよ、確率が高いとは言えないのか」
どうやら最後の最後で楽はできないらしい。見つけるだけではダメだ。見つけたらそこに行かなくてはならない。そうなると、また難易度が上がる。移動し続けているわけだから、破壊する方も走り回る必要性がある。それも、常に最新の情報をリュカから受け続けながら。
「つまり、リュカを全力で護衛しつつ、数千体のゴーレムが暴れ回ってる中を駆け抜けなくちゃならないわけだな」
「そうなるわね」
「なら、当然その役目はオレになるな」
全員がオレに視線を向けた。
「ダーリン。ゴーレムとの相性的には、その役目は私が最も適していると思うが?」
団長が優しい声で確認してきた。もう答えはわかっていると言わんばかりだったが、それでもオレにこの言葉を言わせてくれた。
「リュカはオレが守る。守らせてくれ」
レヴィアとの歌唱対決では、オレは何の役にも立てなかった。いや、そもそも、この世界に来てからオレがリュカの役に立てたことなど一度もない気がする。リュカはきっとそんなことはないと言ってくれるだろうが、それはやはり違うのだ。
オレはもう、この世界からいなくなる。だから、最後に少しだけ良い格好をさせて欲しい。
大事な女の子を守る役目を、オレにやらせて欲しい。
「あぁ。もちろんだ。ダーリンになら任せられる」
団長が笑ってくれた。牧村はやれやれと肩をすくめている。
「あーあ。それってつまり、我が輩達は囮にならなくちゃいけないでござるな」
「あぁ。頼む」
「む。むむ。はぁ……。そんな真剣に言われてたら、仕方ないでござるな」
二人は了承してくれた。二人の瞳は、しっかりとオレを信頼してくれている。
「リュカ。どうか、オレに守らせてくれないか」
手を伸ばした。オレの悍しい右手。この手が触れるのはリュカだけだと約束した、オレの右手。それを、
「はい。喜んで」
涙ぐむリュカが、とても丁寧な所作で取ってくれた。目と目が合って、静かに微笑みあった。
「私も、全力でやり遂げます」
「あぁ。行こう」
これが本当に最後の闘いだ。するとその瞬間、リュカの可愛らしいおでこに光が灯った。
「お母さま、お父さま。そのお力を私に……!」
揺れる。揺れる。力強くも優しい魔力で、山々が揺れる。しかし、それは揺りかごのように心地よいものだった。
誰かのために振るわれる魔法は、こんなにも温かく、そして美しい。
「……見つけました!!」
さぁ。行こう。
あと3話で完結となります! どうか最後までよろしくお願いします!