表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
179/188

さぁ行こう



 オレの指騒動は、大したオチもなく終結した。牧村が言うように、自分の通常時の指を一秒想像しただけで綺麗さっぱり元どおりになったのだ。ちなみに、曲がっちゃいけない方向に曲がっていたのは左手の中指と薬指だ。これが右手だったら、こんなことには絶対になっていない。龍王の右腕(ドラゴン・アーム)に傷がつくはずもないからだ。


「はぁ。我が輩の再登場をこんな下らないイベントで消化するとは。少し反省するでござるよ」


「何でだよ。どういう理屈だよ」


「いつ如何なる時も輝くこと。それ即ち乙女のたしなみでござる」


「輝く気があるならゲームばっかりしてないで風呂に入れ」


「いやー、それが、マラソンイベの場合、なかなかそうはいかんでござるよ」


「ゲームを軸に生活を回すんじゃねぇよ」


 この手の種族の人間は、食事も睡眠もゲームありきで組み立てる。どう考えても不健康だ。いや、今はそんなことはどうでもいい。いやいや、よく考えると、どんな時でもどうでもいいことだった。オレが聞きたいのは、


「なんで、居るんだ? 独唱会はどうした?」


 牧村は、レヴィアの独唱会に行っているはずだった。オレはてっきり、至上のスーパーアイドルの歌と踊りに歓喜雀躍しながら踊り狂っていると思っていた。


「は、はぁ? べ、別にぃ? レヴィアたんの独唱会はまだまだ続くでござるからな。小休止に戻ってきただけでござる。それ以上でもそれ以外でもないでござるよ」


「あぁ、そういうことか」


 今回の独唱会は百日ぶっ続けで行うという狂気の特大イベントだ。いくら精強なオタクの牧村でも、最初から最後まで客席に居続けることは難しいのだろう。


「あー違う違う」


 オレが納得していると、団長がニヤニヤしながら水を差してきた。


「勇者殿は、ダーリンが元の世界に帰ると聞いて飛んできたのだ」


「え?」


「何と言ったかな、そちらの世界の道具……けいたい? とやらでリュカが勇者殿に手紙を送ったらしい」


「ちょ、ちょっとティナたそ!」


 牧村が慌てふためき出す。


「会えなくなるのが寂しくて戻ってきたのだな。勇者殿もれっきとした乙女だということだ。ふふ」


 何故か最後に楽しそうに笑った後、団長は屋敷の奥に引っ込んで行った。この一言だけを言いにわざわざ玄関まで来たのかあの人は。オレ、リュカ、リーリ、パトリシア、そして牧村。五人はまだ屋敷に入ってもいない段階で、何とも言えない恥ずかしい空気に包まれた。背中がムズムズするような感覚がある。すると、


「……だって、急に帰るとか言うから」


 牧村が俯き加減で零した。不満そうに唇をつんと突き出している。

 オレが日本に帰ることは牧村も知っていたし、そのこと自体に反対もしていない。だが確かに、それがいつになるのかは言っていなかった。何も言わずにお別れ、というのはあまりに薄情だっただろう。


「そっか。悪かった。ちょっと色々とやる事が多くてさ」


「何それ。結局は我が輩を忘れてたってことじゃん」


「あ、いや、まぁ……。いやいや。忘れてたとかじゃなくだな」


「ふーんだ。江戸川殿なんか二十代で円形脱毛症になれば良いでござる。そして何故か髪の毛一本だけ頭頂に残れ」


「あれは円形脱毛症じゃないと思うが、まぁどちらにせよそれは嫌だ」


 強烈な悪口を残して、牧村はさっさと屋敷に入って行ってしまった。相変わらず、オレが周りを気にかけることができないせいで、牧村の機嫌を損ねさせてしまった。


「はぁ。エドガーさまは本当にダメなお方ですね。女性への気配りがまるで足りません」


「だな。その手の書物を千冊くらい読むべきだ」


 果てには、リュカとリーリもオレにくるりと背を向けてしまった。少しの間居残ってくれていたパトリシアも、小さく頭を下げて彼女達に付いて行った。先程まですったもんだの騒ぎをしていた玄関前が、途端に物寂しくなる。いやーな汗が流れる展開だった。だが、


「おい。何をしている。さっさと入って来ないか愚か者め」


 溜め息まじりのリーリが引き返してきた。


「扉を閉める。全く。貴様のせいで土埃を払う手間が増えた」


 箒を片手にぷんすかしている。そしてその背後には、


「エドガーさま。お早く。旅行、行くのでしょう?」


 リュカが微笑みながら立っていた。さっきのは半分冗談だったらしい。オレもつられて笑ってしまった。


「最初はどこに行かれるおつもりですか?」


「あぁ、それなんだけーーぐふぉ!?」


「きゃ!?」


 背中にとんでもない衝撃を受けて吹っ飛ばされ、顔面から転んだ。赤いカーペットに頬がずぞぞ! と擦れて肉が抉れる。


「ただーいまー。おや、リュカちゃん、うちのお出迎え?」


「あ、アヤさん!」


「ん、あ、リューシちゃんおったんか。気ぃ付かんかったわ」


「……絶対嘘でしょう」


 風のような速さで飛翔するアヤさんだが、それで前方不注意になったりはしない。わざとオレの肩に膝を入れたに決まっている。いわゆるニードロップというやつだ。ギリギリ死なない程度に手加減されているのが伝わってきた。


「頼まれた通り、おつかいしてきてあげたよ。さて、お礼に何してもらおかな?」


「ありがとうございます。お礼はまぁ、後ほどってことで」


 さらっと言っているが、彼女はあのベルゼヴィードのところに行っていたのだ。頼んだのは他でもないオレだが、アヤさんの実力は本当に底知れない。争ったような痕も見られないし。


「それで、アヤさん、帰ってきてすぐで申し訳ないんですが、今から行って良いですか?」


「え?」


 オレの鼻の下にちり紙を当ててくれていたリュカの目線が上がる。朱と蒼の瞳に光沢が宿ったようにも見えた。


「良いも何も、リューシちゃん、行く気満々やん。好きにしたら?」


「わかりました。それじゃ、リュカ行くぞ」


「え、え、え。ちょっと待ってくださ……心の準備がっ!」


 アヤさんのおかげで、この世界でのオレの「最後」は決まった。ちんたらしている暇はないし、何よりオレが待ち切れない。旅行だから色々と準備があって然るべきだが、そんなもの全部かっ飛ばす。オレがかっ飛ばしたいと思えばかっ飛ばせられるのだから。今更だが、本当に度の過ぎた力だよな。

 リュカの手を握ってある場所をイメージする。一度行ったことある場所だから、風景がありありとまぶたの裏に浮かんだ。数秒経った後、


「……っ。ん、こ、ここは……?」


 目を瞑ってオレにしがみついていたリュカが身じろぎする。一気に空気の匂いや重さが変わったことに気づいたのだろう。そう。ここは、あの平和なお屋敷とは何もかもが違う場所だ。この魔界で最も魔界らしい場所と言い換えても良いかもしれない。二度目のオレも、頬がビリビリと痺れるような強い魔力のうねりを感じる。血の匂いがごくごく自然に漂ってきて、背筋が寒くなった。だが、それでもここが、オレの来たかった場所だ。


「ここは、洞窟、都市……?」


 青黒い鍾乳洞の中に広がる常識外れな巨大さの都市。オレ達が降り立ったのは、憤怒の王サタニキアが隠居する戦闘都市だった。

 遥か遠くに見える石の城の上部から陽の光が入ってくるので、そこだけがライトアップされたかのように輝いていた。石の城の威容は、かつて魔界を恐怖で支配した王に相応しい重厚さだ。

 だが、以前オレが来た時とは明らかに違う部分があった。都市全体から魔族達の活気が溢れているのだ。ここには戦闘に秀でた、戦闘だけを生き甲斐とした魔族しか住んでいない。だからなのか、湧き上がる声は怒号や悲鳴ばかり。そう言う意味でも、ここは異常な場所だった。


「は、初めて来ましたが、洞窟都市だとすぐにわかるものなのですね……。ちょ、ちょっと寒気が……します」


 リュカが半袖から出た二の腕を撫でる。震えそうになっているのがわかったので、着ていた上着を脱いで肩にかけてあげた。


「あぁ、正直ここに長居するのは良くない。すぐに移動しよう」


 オレやリュカはいわゆる侵入者だ。せっかくの旅行が血生臭いものになるなんて、オレは嫌だ。それに、


「うおっ!? こ、ここ、は……!? って、あ、リュカ!」


「こっちです、リーリ!」


 団体で動くのだから、行動は迅速に、かつ静かに。

 今回、オレがリュカを誘った旅行、最初は二人だけで回ろうと思っていたのだが、リーリが絶対に許してくれなかった。リュカがどんなに頼んでもダメで、最終的には互いに不機嫌になって黙りこくった。ムスッとしたリュカとリーリが屋敷内の空気をとんでもなく悪くしていたので、結局は行きたい者は全員参加の旅行、慰安旅行のようなものになったのだ。まぁ、これはこれで楽しいから構わないとも思う。今回の旅行に参加するのはオレとリュカ、リーリ。そして、


「ほう。なんとも殺気立った都市だな。いつもこうなのだとしたら、普通の人間は生きていけないな」


 オレの隣にはいつのまにか団長が立っていた。団長も自分の気配を可能な限り消しているのだ。ここで人間と魔族が出会うということは、つまりは即殺し合いになるということだ。


「えぇと、リュカ、リーリ、団長。皆んないるな。アヤさんは自分で来るか来ないか決めるって言ってたからいいとして……あれ、牧村がいない?」


 申し訳ないが、パトリシアは屋敷で留守番だ。頼んだ時に少し寂しそうな顔をしていたが、屋敷を守るのが務めだと力強く言ってくれた。なんて健気で良い子なのだと抱きしめたくなって実際に抱きしめようとしたのだが、背後から音もなく忍び寄っていたリュカに肩パンされて未遂に終わった。

 これで残るはあの引きこもりだけなのだが、それが見当たらない。勝手にうろつくような奴ではないと思うのだが。すると、


「この……変態野郎!!」


 背後の岩陰から罵声と石が飛んできた。振り向くと、牧村が顔だけ出してこちらを睨んでいた。何故か顔を真っ赤にして、更に石を投げつけてくる。握り拳よりデカいのとかも普通に投げてきてめちゃくちゃ危ない。


「ちょ、どうした牧村! こら、危ねぇだろ!」


「危ないのはお前だ! はかったようなタイミングで!」


「はぁ!?」


「どうどう、お二人とも落ち着いてください。牧村さん、一体どうしたのですか?」


 リュカが間に入っては、牧村も石を投げられない。


「どうしたもこうしたもないよ! なんで僕だけハ、は……裸なんだよ!」


「えぇ!?」


 全員の視線がオレに向く。とうとうこいつやりやがったな、みたいな目つきだ。リュカがそっと石を拾い、リーリがハルバードを召喚する。どちらも目が死んでいるのが余計に怖かった。


「いやいや、待ってくれ! 逆に聞くけど、なんで裸なんだよ! てかホントに裸なのか?」


「レヴィアたんの独唱会から帰ってきて、お風呂で汗を流そうとしてたら、急にここにいたんだよ!」


「あ、なるほど」


 オレは牧村がどんな状態か知らないまま、ここに飛ばした。まさか風呂に入っているなんて思いもしていなかった。だからオレは悪くない。いや、悪い部分もあるが、少なくともふしだらな考えがあった訳ではない。だが、


「……」


「……」


「ぐゎ!!」


 無表情のリュカとリーリにぶん殴られた。全く必要のないやり取りで怪我をするという、出だしから最悪の旅行だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ