表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/188

再びアイドルに



「うおおおお!! 我が輩一生の不覚! ファンにあるまじき大失態! これほどまでの規模、ワールドツアーを越えると言っても過言ではない独唱会の開催を、前々日まで知らないだと!?」


「ワールドツアーは越えないんじゃないか?」


「うおおおお!!」


 うるせえ。仕方ない。これはしばらく放っておくしかないな。チケットは完全ランダム制ということは黙っておこう。発狂されると面倒だ。


「にしたってなぁ。どんな風に話をすれば良いかもわかんなくなってきた」


 リュカやリーリをどう説得するか。いや、お互いに快い納得など得られはしないだろう。だとするならば、下手に会話をするのも辛い。アヤさんの言う通り今日のうちに結論を出せなくてはならないのだが、オレからの働きかけではどうあがいても無理そうだ。となると、オレはただ黙ってリュカたちの判断を待つしかない。もし彼女たちが頷いてくれなかったとしても、オレは自分の我を押し通す。だからやっぱり、せめて彼女たちの口から「わかった」と言ってもらいたいが。


「けどまぁ、これやとリュカちゃん婚約破棄されたことになるなぁ。どこの馬の骨とも知れん人間の男と婚約して、一方的にフラれたとなると、ちょっと女としては辛いなぁ。経歴に傷がついたってやつ?」


「う……」


「となると、リュカちゃんの立場はさらに悪なるな。あー可哀想」


「あの、アヤさん。実はかなり怒ってませんか?」


「本当のこと言うとるだけやん」


 確かにオレはその辺のこと全然考えてなかった。言わてやっと気付いたが、オレは本格的にクズ野郎だな。

 なんだか、世界全てから嫌われている気がする。そんなつもりはないのに、悪い方にばかり行ってしまう。どうしてこんな風になってしまったのだろう。それはいつからなのだろう。


「……夕食の前に、話をつけます」


 頭を抱えて七転八倒している牧村の唸り声が、オレの心身と現実の繋ぎ目になってくれていた。こんな馬鹿がいつまでも馬鹿なままでいれるよう、オレも頑張ろう。


「牧村」


「な、なんでござる」


「実は独唱会のチケット、完全ランダム配布制なんだ。それももう配り終わってる」


「っ!」


 気を失って倒れた牧村が頭を打たないよう、途中で抱き止めた。女子の白眼むいてる顔を初めて見てドン引くことになったが、こいつに現実を見せる、という当てつけは成功した。

















 夕食前に最期の話をしたかったが、リュカの部屋で話し込んでいる彼女たちは、ずっと外に出てこなかった。ノックをして入ろうとしたが、無言のパトリシアに止められた。彼女も最初は話に加わっていたらしいが、本業を片付けるために途中退席してきたらしい。夕食の卓には、パトリシアが一生懸命腕をふるったご馳走が並べられている。少しでもこの重くるしい空気を和らげようと、彼女なりに彼女のできる方法で考えてくれていたらしい。もう天使すぎてヤバい。パトリシアに天使の皆さんからのスカウトが来ても、オレは何も疑問に思わない。

 夕食の時間になっても、リュカとリーリは食堂に現れない。オレ、アヤさん、牧村の順に上座から遠くなっていく席順で座っているが、そこに座るべきリュカがやってこない。時間に厳しいリーリに躾けられたリュカが大きく遅刻することなどないと言うのに。そしてとうとう、本来ならとっくにデザートを食べている時間になってしまった。何とか気絶から復活した牧村は、根性で気持ちを切り替えてアヤさんと楽しげに食前酒を飲んでいるから、別にいつまで食事開始が遅れてもそんなには構わないのだろう。ていうか牧村、上手に酌をするなんて振る舞いをどこで覚えたんだ。あとアヤさんも、初対面の時は敵意バリバリだったのに、今じゃ一緒に酒飲んでんのかよ。言いたいことがありすぎる空間だ。そして、考えなしの牧村が、アヤさんが注いだキツ目の酒を飲まされようとしている。流石に間に入ろうかと思った時、


「申し訳ありません。おまたせしました」


「お嬢様、リーリさん。あと少しで呼びに行こうかと思っていたところです」


「すまないな。屋敷のことを全部任せてしまって。明日は楽しみにしていた独唱会だと言うのに」


「そ、そんなことは……」


 リュカとリーリがとうとう食堂にやって来た。恐縮するパトリシアに優しい微笑みを向けた彼女たちだったが、すぐに顔つきを鋭く変化させた。上座に座そうとしているリュカのためにリーリが椅子を引き、リュカが不器用な笑顔を作って座る。主人と執事の流れるような共同作業だ。


「リーリも、パティちゃんも座って下さい。パティちゃん、遠慮せずに。では、皆さんをお待たせしていた理由から、説明させていただきます。わたくしとリーリはつい先ほどまで、領地の譲渡について意見交換をしていました」


 意見交換。譲渡に肯定的だったはずのリーリが、少し議論点を後ろにズラしている。オレはリーリにちらりと目をやり、互いに目が合うが、ふ、と途切れるように視線を断たれた。


「そして私は決めました。これより、私は我がアスモディアラ領を魔界アイドルレヴィア様に明け渡すための交渉を開始します」


 交渉の、開始。それはつまり、オレが日本に帰ることを、リュカたちは了承してくれたことになる。これこら彼女たちは、オレが提示した条件と、あとリュカやリーリが所持しているカードでもって、レヴィアとの交渉の席につく。


「レヴィア様の独唱会初日は明後日の正午。ルシアル様の領地の北部で開催されます。それまでにレヴィア様にお会いし、私たちの考えをお伝えしなければなりません」


「この時間からだと、馬車なんかじゃちょっとばかしムリでござる。そこはどうするつもりでござるか?」


 かつてオレがリュカと喧嘩、のようなものをして屋敷から飛び出した時、アヤさんに運ばれてレヴィアの領地に入った。だが、実はあの時のアヤさんの飛行速度は小型ヘリコプターの上を行くものであり、おそらくハーピーであるアヤさんだからこそ出せる魔界最速の移動手段だ。ここからレヴィア領までは非常に距離がある。だとするならば……。


「ん? あぁ、うちお断りやよ。数運ぶんはそれだけ体力使うし、多分リュカちゃんなんか振り落とされてしまうよ」


「だよな」


 アヤさんじゃムリだ。なら。


「あの、牧村さん」


 リュカの瞳が選んだのは、牧村だった。


「お願いします。私たちをレヴィア様の元へ送り届けてくれませんか!」


「……私からも、頼む」


 リュカは立ち上がり、九十度のお辞儀をした。それに倣ってリーリも同様に。リュカはともかく、プライドの高いリーリまでもがするとは思わなかった。それだけ必死だと言うことなのか。彼女たちにとっては、プライドや感情などを切り捨てて行動しなければいけない事態なのだ。


「ふむ。それはもちろんかまわんでござるよ。ほらほら。そんな大事にしなくて良いでござる。リア友が頑張っているのを応援するのは当然でござる」


「……はい! 牧村さん、ありがとう!」


 そして、牧村も渋ることなく了承した。異世界転移を可能とするレベルの転移魔法を自由自在に使える牧村なら、魔界内での移動など朝飯前だ。


「では、早速行くでござるか」


「え」


 だが、あっけらかんとしたその決断は、全員を置いてけぼりにした。


「む。何かおかしいでござるか? これほどの重要案件、可能な限り迅速に動くべきではござらんか?」


「い、いや、そうだけど、もう夜中だぞ。こんな時間にアポなし訪問とか、絶対にムリだ」


 レヴィアの生活習慣は知らないが、独唱会直前だ。体調を気遣って早めに就寝していてもなんらおかしくない。もし万が一そこに押しかけてしまったら、それこそ大変なことになる。むしろそうなるくらいなら、始めからレヴィアまで取り次いでもらえない方が良い。この考えは至って常識的なはずだ。だが、牧村は平然とした様子で言う。


「でも、明日と今日なら、まだ今日の方が会ってくれると思うでござる。リュカ殿は今日のうちに使いを出して明日会うつもりでござるな?」


「え、ええ」


「でもそれだと十中八九、部下の所でせきとめられるでござる。独唱会前でナーバス、もしくはイライラ、もしくは集中している主人の邪魔はしないでござろう? どうでござるかリーリ殿」


「……悔しいが貴様の言う通りだ。私がレヴィアの部下なら絶対に取り次がない。サタニキアやマミン様ならともかく、今の我々の重要度はそんなに高くないからな」


「となると、やるべきは電撃訪問一択。アポも遠慮もここでは不要。力技でござる!」


 冷静で合理的な牧村の判断に、アヤさんでさえ目を丸くしている。だがオレはそこまで驚かなかった。こいつが実は結構賢く、抜け目がないことを知っているからだ。そして牧村の提案がここまで的を射ていることを考えると、恐らくこいつの中にはもっと深い計算がある。


「リュカは自分が差し向かいで話し合うつもりだろう。リーリも護衛として近くに待機する。だがはっきり言ってこれじゃ圧力が弱い」


「だから、そこに我が輩と江戸川殿が入る。いかに魔界アイドルレヴィアとその親衛隊が屈強であろうとも、我が輩たち相手の直接戦闘は避けたいはずでござる。更にそこに独唱会もプラスに働くでござる」


 戦力の秤をこちらに傾かせた状態であれば、少々の無礼は何とかなる。レヴィアに話の席につかせさえすれば良いのだ。あまりに強引な手法だが、今はこれが一番のはずだ。


「……」


 リュカが眉根を寄せて考えこんでいる。ぐぐぐと音が聞こえてきそうなほど強く瞼を閉じて必死に思考を巡らせている。大切なこと、大切なもの、そして大切な仲間。それを守るために、今彼女にできること。心の池に落ちた最後のピースを拾いあげる。リュカの華奢な肩が震えた。恐怖などではない。決意に。


「ありがとうございます。おっしゃる通りです。私は、私が大好きな方たちのために、命を賭してお役目果たしてみせます!」


 そこに普段のお淑やで温厚なリュカはいはい。決意に燃える力強い魔王の娘が立っているのだ。


「行きましょう。牧村さん、お願いします」


「御意。さぁ開くでござるよ。ちょっと大きめでござるから、安定するまで少し待って欲しいでござる」


「はい。わかりました。ご無理はなさらないで下さいね」


「やらいでか」


 牧村は食堂の出入り口に大きな黒い穴を作り出していた。穴の淵から黒い影のような煙のような、オレが見たことのない物質が溢れている。何とも禍々しい。


「あ、あの!」


 オレはリュカと並んでいる。この食堂では多くの言葉を重ねなかった。だが、それでも同じ方向へと歩むことを決めた。そんなオレたちに後ろからパトリシアが声をかけてきたのだ。


「お屋敷のことは、全部任せて下さい! 私が皆様が帰ってきてくださった時、また心いくまで寛げるよう、一生懸命、お掃除を……! だから、だから、どうかご無事で!


 独唱会をあれだけ楽しみにしていたパトリシアは、もうこの屋敷を守ることに徹するつもり満々らしい。屋敷オーガの鑑のような少女だ。だが、


「なにを言ってるのですか、パティちゃん」


「え、え、えぇ!?」


 リュカが笑ってパトリシアの手を引く。反対の手もリーリが掴まえた。


「私たちは家族なんです。レヴィア様とお話したら、一緒に独唱会に参加しましょう!」


「は、は……はい! ぜひ、ぜひ!」


「ふふ」


 少女たちが身を寄せ合う場所からはマイナスイオンが流れてくる。これを売りに出せばそこそこイケる気がする。


「よ、よし。江戸川殿が不埒な考えをしている間に完璧に安定したでござる」


「え、エドガーさま?」


「いらんこと言わんで良いから早くしろ!」


「むふふ。言われなくても。そら、みんな飛び込むでござるよ!」


「え、え」


「パトリシア、いくぞ」


「え、きゃあああ!!」















 少女たちがいなくなると、屋敷の中は途端に冷たいほどの静寂に包まれた。廊下の窓から漏れて流れる薄い風の音すら聞こえてくる。


「言ったね」


 最後取り残されてアヤは、満足そうに酒をあおる。美味い。未来へ駆けて行こうとする若者たちを見送る酒は、異質な甘美さをもってアヤの脳を酔わしていた。


「頑張ってきてや」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ