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 オレが何とかする。元の世界にいた頃なら、別に違和感は感じなかっただろう。いや、つい最近までのオレでもそうだったかもしれない。

 だが、今のオレにはとても身がすくむことだった。オレは王国軍との戦争で。ルシアルとクロードの決闘で、人と魔が、命と命が削り合う世界でなんの役にも立てず、傍観しているだけだった。あの瞬間から、オレは自分というものが信じれなくなっていた。自分がどれだけバカなのかを痛いほど思い知らされて、元の世界で何とか自我を保ってきた自信が、ふっと吹き消された。


「オレが……」


「そうよ」


 ケアトルはオレに全てを任せる気満々らしい。そのこと自体に不満があるわけではない。この世界の問題の色んな部分にオレは関わっていた。その責任を持つのは至極当然のことだとも思う。だが、オレはケアトルの背後で悲しそうに目を伏せるユニコが妙に気になった。危険なことをさせようとしている顔ではない。なんだが、ただただ申し訳なさそうにしていて、心が不安で満たされていく。


「……何を、すればいいんだ?」


 どんな内容が返ってくるかは想像もできなかったが、それでも聞かないことにはいられない。


「別に、あなたにとっては何も難しいことじゃないわ。ただ、世界のバランスをもう少し平らにして欲しいだけよ」


「バランスって、魔界と人間界のパワーバランスのことだよな」


 今更魔王を倒せ、なんて王道の道を行くのだろうか。だが、やはりそれが一番手っ取り早いと思えた。


「そこはあなたに考えてもらうしかないわ。でも、そのための力を十分持ってる。そろそろ気づいて欲しいの」


 ケアトルが突然オレの隣に現れた。そして、龍王の右腕(ドラゴン・アーム)を撫でてきた。愛撫と言っても良いかもしれない。背筋が痺れたような感覚を覚えた。


龍王の右腕(ドラゴン・アーム)の力……」


 オレはケアトルから一歩距離を取った。なんだか城に囚われた時を思い出して嫌だったのだ。


「それは……これまでずっと考えてきたよ。どうしてこんな馬鹿げた力がオレに宿ってるのかとか、これをどんなことに使えばいいのかとか。でも、そう言うことじゃないんだよな」


「そう、ですね」


 何故かユニコが頷いた。


「ちょっと前にアキニタに言われたんだ。土に能力なんてない。オレの腕は本当に何かを超越する力なのかって」


 その時から、オレの龍王の右腕(ドラゴン・アーム)への考え方が変わった。オレの過去に疑いを持つようになった。確かに、オレは元の世界で誰の能力にも負けたことがない。この世界でだって、魔法にも剣にも負けなかった。でも、それは本当に超越することで生まれた結果なのか?


「オレは、山を削ったことがある。アキニタと洞窟に潜った時は地面をぶっ壊した。でも、自然物に能力なんてない。ただ、その時々に共通点があることに、最近気づいたんだ。それはまた、能力を超越した時も同じで」


 オレが龍王の右腕(ドラゴン・アーム)を発動させた時の条件。それは全て。


「オレが、そうなればいい(・・・・・・・)とイメージしたことが、そのまま現実になったんだ」


 いじめられていたオレは、自分の力を示したかった。鬱屈した思いやストレスを、物を破壊することで晴らしたかった。その時、たまたまはるか向こうの山が見えた。

 もし、あれを吹き飛ばせれば、どれだけ心がすくだろう。ぶっ壊したい。ぶっ壊したい。

 すると、山の半分が消失した。


「でも、でもさ。それっておかしくないか? イメージしただけで全てが叶うなんて、そんなのもう、神の領域じゃないか……!」


 だから、記憶を辿れば辿るほどに強くなっていく確信を振り払ってきた。もしかしたらそうなのかもしれないと気付き始めてから、怖くなっていた。

 言い訳するつもりはないが、そういう思考があったから、できるだけ力を振るいたくなかった。そのせいで、死ななくてよかった沢山の人間や魔族が死んだ。団長が両腕を失った。

 だが、もし龍王の右腕(ドラゴン・アーム)の力がオレの思っている通りなら、これまでの全てを否定し、未来を書き換えられる。


「そんな……そんな力を、人間が持っていいものなのか……?」


 前にいる二人の管理者に尋ねる声は、震えていた。世界を管理するという超常的な存在にすがるようにして確認を求めるしかなかった。オレの勘違いだと言って欲しかったからだ。だが、


「良い悪いは重要じゃない。あなたがそれを持っていることに目を向けるべきね」


「……っ!」


「そして、その力をどう使うか。決めるのはあなた」


 ケアトルの声が少し低くなった。


「勝手なことを言っている自覚は一応あるわ。もともとは私たち管理者の不手際なわけだし。でも、もうかなり危ないところまで来ているの。ルシアルが敗れたことで、魔界の勢力図が変わる。管理者がいない魔界がこれからどうなるかは見当もつかない。レヴィアやマミンが人間界に攻め込んでくることになれば、もう人間に抵抗する術はないわ」


「え、せ、攻め込む? レヴィアとマミンが?」


「……はい。レヴィアもマミンも、かなり古くからルシアルと親交があります。親交です。魔王たちはそれぞれの領地を持ち、敵対こそしているものの、かつては魔王サタニキアの元で暮らしていたり、僅かながらの血縁関係があったりします。ルシアル軍の残党共々、弔い合戦に臨む可能性が……」


「いや! いやいや! ちょっと待ってくれよ!」


 神妙な顔つきをしているユニコの話を遮った。ケアトルとユニコの言に、オレは違和感を持ったのだ。


「レヴィアはわかんないけど、少なくともマミンは人間界に攻め入ったりしないぞ! 知ってるだろ! あいつは人間が低級魔族を撃退できるように身体能力強化の薬を作ろうとしてるんだぞ。それにレヴィアだって、自分のファンは人間だろうが魔族だろうが関係なしに大切にしてるし……」


 レヴィアもマミンも、そして当然リュカも、進んで戦争を起こそうとしたりしていない。今回の戦争は王国軍の戦線布告があったから迎撃に向かっただけで、それも彼女たちは渋っていた。領土の弱体化を防ぐ意図はあっただろうが、好戦的な態度は一切示さなかった。


「え、おいまさか……」


 もしかして、この二人の管理者は魔界のこと、魔王たちのことをあまり把握していない? よく考えてみると、二人とも人間界サイドからしか話をしていない。ケアトルなんかはそれが特に顕著だ。パワーバランスのことばかりを気にして、戦争をいかに止めるかしか考えていなくないか? まるで魔王たちが戦争を起こすのは確定事項かのようにばかり話していた。


「魔王たちは、別に戦争が好きなわけじゃない。領地こそ分かれているけど、起こっているのはむしろ部族間の抗争なんだ。好戦的な部族を抑えこんだりしていて、本格的な領土拡大なんかは狙っていない」


 魔王に成り代わろうとしている者はいる。アスモディアラは一度そういう連中と戦っているし。もしアスモディアラ以外が魔王になれば話は変わるかもしれないが、リュカが跡を継ぐ限りそれもない。


「実は、魔界のことはあまりわかっていないのか?」


 数ヶ月暮らしただけのオレだって、これくらいのことは自信を持って断言できる。だが、それを管理者である二人は知らない。


「……それは、本当なの?」


 そして、こんな風に尋ね返されてしまった。出会った時はあんなにも不気味で、理解なんて不可能な存在に思えたケアトルの印象が、薄れていく。ユニコは元からダメな奴なのはわかっている。これは、つまり。


「……少し、見えてきた」


 オレがこの世界でできることが。しなくてはならないことが。


「ケアトル。龍王の右腕(ドラゴン・アーム)の力は、イメージしただけで実現するっていうのは、確定なんだよな」


 だから、確認したいこともわかった。疑問というか、恐れていたことを起こさないために。


「そう。あなたの能力は、神に等しいもの。あなたを見つけたユニコは、最高のジョーカーを引き当てたことになるわ」


「ジョーカーか」


 悪い言い方をすれば、ババってことだ。


「でも、オレは今まで、元の世界じゃ一度も人を殺したことがないんだ。こっちの世界では魔族を殺したことはあるけど」


 キマイラや、執事を。オレは殺した。今になってみれば、あれは果たして正しかったのかわからない。だが、今オレが考えるべきことはそれじゃない。


「どうしてだ。正直、人を殺したいって思ったことはある。イメージしたことは何度もある。でも、実際に人が死んだなんてことは……」


「それは」


 ユニコが、唐突に言った。


「竜士さんが、真にイメージしていなかったからです。心のどこかで、人を殺してはいけないとセーブし、イメージの完成を防いでいたからなんです」


 まるで女神のように慈愛に満ちた声だった。柔らかな笑みを浮かべるユニコは、オレを真っ直ぐに見つめていた。


「綺麗事だと思うかもしれません。でも、それは事実なんです。あなたは一度たりとも、本気で人を殺そうとはしなかった」


「でもそれは、見えない危険も含んでいるわ」


 少し言いづらそうにケアトルが付け足す。ますます人間味が出てきている。


「キマイラも、あの蠍のような執事も、人間の見た目をしていなかったから、あなたは殺すことができたの。正当な怒りもあった。けど、種族の外側だけで、あなたは判断したわ」


「それは……いや、そうだよな。確かにオレは、あいつらを殺す時、全く躊躇しなかった」


 人間は殺さない。人間に近しい者も殺さない。だかそれの判断基準は外見であり、心ではない。確かに、とてもとても危険なことだった。ましてや、イメージするだけで誰かを殺せる、殺してしまうオレには、危険きわまりない。


「少し……安心したけど、でも、それ以上に怖いな」


 もしユニコの言っていることが正しいなら、オレは自分を律している限り、悪魔になることはない。

 だが、ケアトルの言うように、オレはいつだって悪魔になる条件を満たしている。


「わかった。わかったよ」


 そして、やっぱり掴めたことがあった。二人の管理者にオレは胸を張って言えることがある。


「魔界は、あんたらが思うほど荒れちゃいない。魔族にはちゃんと知性も優しさもある。そして何より、上に立っている魔王たちが、それをわかってるんだ。だから、あんたらの管理がもう少し上手くいくよう、オレが、オレなりのやり方で示してみせる」


 きっと、二人はてんてこ舞いをしていたのだ。急に仕事を放棄された魔界は、全く知らないところだった。ほかの部分を何とかしようとしているうちに、魔界の実情がわからなくなっていた。だから、ユニコはズレた対応をし、ケアトルが出てくることになってしまった。だが。


「見ていてくれ。今度はちゃんと。魔界がどう言うところなのかを、オレと一緒に」


「……わかった。確かに、私は人間界に、ユニコは異界にいたせいで、わかってなかったことが多いかもしれない」


「私も。今度は、もっとちゃんとしたいんです」


「うん。任せてくれ。オレも、今度こそ役目を果たしてみせる」


 今まで散々苦しめられてきた龍王の右腕(ドラゴン・アーム)の真の力を知った。想像以上に馬鹿げた力だったけど、それを今こそ活かしてみせる。そして。これはもう。これを最後に。


「まずは、王城に行かせてくれ」


 自分で願えば行けたのだろう。だが、オレはまず、どうしても最初にこの力を使いたい人がいた。



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