表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/188

再登場



「世界の……話?」


 訳がわからないことだらけの中に、また意味不明な単語が追加された。世界の話、などと言われても、オレが想像できたのは世界史や世界地図の教科書だけだった。それも元いた世界の。ユーラシア大陸や南米、アフリカを想像した。それらがオレにとっての「世界」だった。

 だが、ここでやっと気が付いた。オレは、まだこの異世界を「異世界」だとしか思っていない。自分が住むべき世界だと確定し認識していないかったのだ。こんなにも凝縮された時間を過ごしてきたというのに。リュカやリーリや牧村や団長は、オレにとっては異なる世界の存在だった。そして、それがズレを引き起こしているのだが、まだそこまでは気づいていない。


「そう。あなたとレギオン。そして、龍王の右腕(ドラゴン・アーム)の関係を」


 紅い瞳の王女は艶やかな唇から断片的な言葉を紡いでいく。それらは月明かりの下に落ちて馬車の背後へ溢れて行った。そう思えるほど、オレは彼女の言っていることの真意が掴めない。時折ガタガタと揺れる馬車は現実感があったが、心だけはふわふわと浮き立っていた。


「……ここは少し狭すぎるかしら。ちょっとムードに欠けるわ。ただ話をするだけじゃつまらないし、ちょっとお出掛けしましょう」


「お出掛け、って……うぇっ!?」


 その時、唐突に景色が暗転した。先程までの宵闇は昼間だったと錯覚してしまいそうなほどの暗闇。オレが座っていた荷台は消え、幌は無くなり、闇だけが広がる。空と大地の境目が見えない暗闇は、宇宙に浮かんでいるかのようだ。しかしふと思い出す。これは、かつてオレが女神ユニコに召喚された白い世界に似ている。色こそ真逆のものだが、雰囲気というか、空気感というか、とにかく身体が感じるものが非常に似通っていた。


「な、なんだよこれ! なにが、なにが起こってる!?」


 取り乱すオレに、紅い瞳の王女は素っ気なく返事をする。


「少し静かにしてなさい。今飛んでいる最中よ」


「飛んでいる……?」


 どこに。何故。目的はなんだ。


「この世界にはね、三つの管理者がいるの」


 オレの動揺や疑問など置き去りに、紅い瞳の王女は語り始める。むかしむかし、と言い出しそうな話し方だ。


「一つは魔界に。一つは人間界に。そしてもう一つは両者のバランスを取るため異空間に。これらはこの世界の誕生から現在まで、ずっと世界を管理していた」


 前を見ると、紅い瞳の王女は暗闇の中を歩いていた。地面や足場があるとは思えないのだが、と思った瞬間、靴裏が地面に着地した。目に見えない地面が確かに現れた。


「付いて来なさい。歩きながら話しましょう」


 あとーー


「紅い瞳の王女ってのは長すぎるわ。私の名前はケアトルよ」


 王女、改めケアトルは微笑を浮かべて振り返った。手を後ろに組んで腰を折る姿勢は幼い少女のものだった。大人びた声や雰囲気とはまた違っていて、オレの心が動揺する。


「よく……わからないけど」


 動揺したままだ。わからないことだらけだった。だが、それでも話を聞かなくては前に進めないことだけは理解している。不安や後悔に俯くのはここまでにしたい。


「教えてくれ。オレが知らない世界を」


「ふふ」


 ケアトルは、今度こそ可笑しそうに声を漏らして笑った。暗闇の中で金髪が輝きを放つ。


「では会いに行きましょうか。管理者に」

















「パンパカパーン!!」


 久しぶり過ぎて忘れていた。と言うより、もう二度と会うことはないと勝手に思っていて、俺の脳から綺麗さっぱりデリートしていた。

 縦も横も真っ白で、雑菌の一切が住んでいなさそうな白亜の空間に、俺とケアトルは立っていた。例によって唐突過ぎる場面転換に数秒間目が眩んだ。黒で埋め尽くされた空間から今度は白で塗り潰された空間に移動したのだ。瞳が順応できなくて当然だ。そして、俺がやっと視力を回復させた時、目の前に人間一人が入れそうな箱があった。そこから飛び出してきたのであろう女も。


「ぱ、パンパカパーン……」


 かつて見たのと全く同じだった。それがどれほど前のことだったかは既に定かではない。だが、一つ確かなのは非常にガッカリしたということだ。オレのそんな心情は露骨に顔に出ていたのだろう。箱から飛び出してきた女は心細げに同じことを繰り返して言った。だが、そのひどく人間じみた行動はさらにオレの心を冷めさせる。


「お前かよ」


「はい。私です……」


 オレがこの世界レギオンにやってきた原因とも言える存在、女神ユニコがそこにいた。本人も自分があまり歓迎されないだろうことは予想していたらしく、とても申し訳なさそうにしている。いや、だからそういうところがさらにダメなんだって。他にどうしようもないんだから、せめて堂々としていろよ。


「一応紹介しておくわ。レギオンを異空間で管理している者。ユニコよ。ちなみに女神ってのは自称だから」


「やっぱそうだろうと思ってたよ」


「か、管理者ですから! 女神みたいなものですから!」


 赤毛で赤い瞳で赤いドレス。上から下まで赤一色の女神は、やはり自称だった。初めて会った時からおかしいとは思っていた。やることなすこと全てが失敗だし、たまに普通のOLみたいなこと言うし。女神なんて高尚で絶対的な存在にはとてもじゃないが思えない。


「つまり、人間界の管理者はケアトル、異空間の管理者はポンコツレイヤーってことか」


「そうよ」


「違います! ポンコツでもレイヤーでもありません!」


 無視した。

 

「あとは魔界にいる引きこもりを合わせて『三人』としましょうか。三人でこの世界を管理していたの」


 魔界の引きこもり。なんとなく思い当たる者がいた。だが、そうなると少々疑問がわいてくる。かつて魔王と呼ばれたあの竜は、随分昔に仕事を放棄したはずだ。あまりに大き過ぎる存在感ゆえに現在も圧倒的な影響力を持ってはいるが、本人は一切表に出てきていない。他者と面会することすらほぼあり得ないと言われた。そんな者が、世界の管理者? いや、もしかしたら裏では世界の管理の仕事に追われているのかもしれない。だが、オレにはどうもそんな風には思えなかった。


「あなたの想像の通りよ」


 するとケアトルが少しムスッとした表情で言った。妖しい微笑以外で、初めて彼女が人間のような仕草をした。実際には人間ではないのだろうが、あまりに浮世離れした存在に見えていたオレには新鮮だった。


「今からだいたい三百年前、あれは管理者としての仕事を勝手に放棄したわ。そのせいで、魔界と人間界のバランスが崩れ始めた」


「バランス?」


「一言で言うならパワーバランスです。一体でも人間界を滅ぼせるような実力を持った魔王が五体生まれました。これが牧村さんや竜士さんの力を借りることになった原因でもあります」


 牧村は、人間界を救う勇者としてポンコツに異世界転移させられた。だがそれ自体は失敗に終わっている。だから今度はオレが呼ばれ、牧村の更生を任されたのだった。だが、正直それも上手くいっている自信がない。牧村は引きこもることこそやめたが、まだ自分から積極的にコミュニティを広げることはできない。魔王の屋敷であるていど自由にやれていたのは、リュカやオレ、団長がすぐ近くにいたからだ。そして何より他のみんなの器がでかかったからだろう。アヤさんとはちょっと危なかったが。

 つまり、異世界レギオンは管理者の仕事放棄を原因に問題が起こり、それを立て直しきれない状況にある。


「はっきり言って、異世界人を引っ張ってきて解決させようっていうのも浅はかな話だったし」


「は?」


「そこのレイヤーがやったことが問題を大きくすることに繋がってしまったってことよ」


「それって、オレや牧村が……なんかダメなことをしたってことか? た、確かにオレは何をやってるんだってくらい無能だけど、牧村は頑張ってるじゃねぇか」


 オレは牧村が頑張っていることを否定するような言い方に思わず反論してしまった。だがそれに対してケアトルは静かに息を吐いた。ゆっくりと溜めるようにして言葉を選んでいる。


「頑張っても、頑張らなくても、困るの。この世界の住人ではないあなた達が世界の流れを左右する。それはとっても危険なこと。考えてもみなさい。今回のルシアルと王国軍の戦争で王国軍は大きな痛手を受けたわ。そしてその状況を生んだ要因は……」


 何故かすぐに思い浮かんだ。端を発したのは、アスモディアラとベルゼヴィードの決闘。そして、王国軍との戦争を引き受けたルシアルが唯一提示した条件は、


「オレが、ベルゼヴィードを止めることだった……」


「そう。まぁルシアルはあなたが間に入る流れも考えていただろうけど、あの爺さんあれで血気盛んだから」


「それは違います!」


 オレが徐々にケアトルの話を理解してきている途中、ユニコが急に叫んだ。その振り絞るような声にオレも、ケアトルでさえも驚きに顔をあげだ。


「ルシアルは、アスモディアラが若い者に未来を託したのを知っていたんです。手紙でそういうやり取りをしてたんです。だから、他のまだ若い魔王たちではなく彼が、戦いに臨んだんです。決して自分の欲求を満たすためではありません。ケアトルさんならわかるでしょう!?」


 ユニコの話は、オレという存在が及ぼした影響を言外に宿していた。アスモディアラに、ルシアル。彼らはサタニキアほどではないにしろ晩年の魔王たちだった。その彼らは、自分たちの引き際を見つけていた。そしてそれは、その考えの引き金になったのが、


「全部、オレ……!?」


 アスモディアラは、未来をリュカに託した。だが、それはやっぱりオレがいたからというのは大きいはずだ。オレが初めてアスモディアラに会った時は無条件で攻撃されたが、すぐに態度は変わった。自分よりも強い存在がリュカのそばに現れた。だから、安心してベルゼヴィードとの決闘に臨んだ。そしてルシアルはそんなアスモディアラの意を汲み、自らを最前線に立たせた。それすらも、オレやベルゼヴィードが計算に入っている。それらの行動を辿っていけば、全てオレという存在に起因している。さらに、王国軍が進軍を決めたのも、牧村という勇者の存在があったからだ。牧村はあの戦いに直接参戦こそしなかったが、大きな存在感を放っていたのは間違いない。

 ちらりとユニコを横目で見たケアトルだったが、すぐに視線を外した。軽く自分を抱くように腕を組む。


「ベルゼヴィードの存在も大きいわ。あれは完全にイレギュラーだけれど、異世界の住人が強力なトリガーになることもわかった。でもそれがユニコの異世界人の力を頼るという考えを生んでしまった。管理者の仕事放棄に私達がごたついている間に想定外のイレギュラーが起こったせいで、更に混乱し対応をミスする。それが最終的には手に負えないレベルにまで達した。このままにしておくと、魔界も人間界もただでは済まない。だから私が出てきたの」


「え、でも、その言い方だと」


 対応をミスしたときっぱり言われたユニコがしゅんとしている。そして同時にオレや牧村もミスのうちに数えられてしまった。だが、反論する余地はない。管理者の仕事放棄で揺らいだ世界をさらにかき回したのがベルゼヴィードや牧村、そしてオレだった。中でも特に、オレが一番タチが悪い。だが、ケアトルの話を聞く限り、まだ何とかなるように思えた。


「あんたが出てきたら、何とかなるってことなのか?」


「そういう訳でもないのだけれど。ユニコは直接的に世界に関わることはできないし、魔界のあれはもう関わる気もないみたいだから、私が動くしかないでしょう? 本来の私は基本的には見守るだけが仕事なのだけれど、いざとなったらこうして出てこれる。そして」


 ケアトルはオレを指さした。綺麗な指をしている。


「今回はあなたがいるわ」


 オレはその指先をぼけっと見つめ返すことしかできなかった。


「オレ?」


「そう。全てを成せる力を持ったあなたに、何とかしてもらうしかないわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ