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死線




「な、なんだ!?」


 地震大国日本にいた頃にも味わったことない大地の震え。だが、オレは気づいた。揺れているのは地面じゃない。この城が、ルシアルの傀儡城が揺れているんだ。


「うお!?」


 床や塀や支柱になっている黒い人形たちの額が、赤く光り始めた。そして、全ての人形たちがゆっくりと持ち場を離れ、動き出す。

 横になっていた人形が立ち上がり、壁になっていた人形が抜け出す。城を形成する人形たちに命が吹き込まれた。

 パーツを失った傀儡城はどんどん低くなっていく。そしてとうとう四階建てだった城が二階建てにまで小さくなってしまった。横幅も狭まり、全体的に半分くらいの大きさになった。そして、


「征け」


 城の前には、何千何万という人形たちが蠢いている。それぞれがよたよたとゾンビのようなふらついた足取りをしていた。しかし、ルシアルのたった一言の命令を聞くやいなや、恐ろしい速さで戦場に突入していった。

 退却してくるルシアル軍の兵士たちと、人形兵がすれ違う。草原を震わせながら全ての人形兵が両手を上げた。そして自らの胸に手を当てると、そこから鈍い色の剣を生成してみせた。剣を構えた無面の人形兵たち。


「二万三千四十六体だ」


「は?」


「今突撃していった人形の数だ」


「二万……」


 戦場では、王国軍が陣を組み直して人形兵を待ち構えていた。短い時間の中で見事に組み上げられており、一分の隙もない。しかし、恐れを知らない人形兵は構うことなく突っ込む。と思いきや、


「うお!?」


 前をいく前衛に隠れて走っていた後衛の人形兵たちが、空に飛んだ。千を超える人形兵たちは、空から剣を投擲する。それは王国軍の陣の後方へと向けられていた。


「構えっ!!」


 団長の大号令で王国騎士たちが盾を空に向ける。上空から殺到する剣の雨を弾く。だが、剣は怖ろしい膂力で持って投げられたらしく、屈強な騎士たちが盾を構えたまま倒れていく。攻撃を防ぎ被害を抑えたものの、陣形が崩された。

 そこに人形兵たちが無言で突撃した。己を守る気などさらさらない彼らは、ただひたすらに剣を振るう。だが、やたらめったらに振り回しているのではない。一体一体が剣技と呼ぶに足る技量を有していた。王国騎士一人に対して人形一体が互角かそれ以上。


 人形兵の腕が斬り落とされた。だが、そいつは当然痛がる素振りなど見せず、徒手空拳で前進を続ける。腕が無くなろうと、脚が折れようと、胴体が分断されようと、首が千切られようと、人形兵は前進する。彼らを完全に無力化するためには、手足と首を斬り落とす以外にない。だが、剣林弾雨の乱戦の中でそんな余裕がある騎士はほとんどいない。津波に飲み込まれるように王国騎士たちが倒れていく。

 ルシアルの魔法は、凄まじいの一言に尽きた。たった一体で数万の軍勢だ。それも、個々の人形の戦闘力も高い。それもまだまだ半分程度で、傀儡城には人形が残っている。この間にルシアル軍の魔族たちは休息を取り怪我の治療をしている。


「本来」


「え?」


 突然ファイモンが喋った。彼女だか彼だかわからないが、この魔族が自分から喋るのはおそらく初めてのはずだ。


「ルシアル様が使っている傀儡魔法は、一人につき一体が限界です」


「は、はぁ」


「右手と左手を同じように動かずことは簡単ですが、全く違う動さをし始めると急に難易度が上がります。右手でフォークを使いながら、左手で文字を書けますか? 交互にではなく、全く同時に」


「む、無理ってわけじゃないだろうけど」


「では、右手でフォークを使い、左手で文字を書き、右足でカードゲームをし、左足で雑巾を絞れますか?」


「無理だ、な」


「だから、傀儡魔法は一体を操るのが限界。ですが、ルシアル様は最大三万体を同時に操作できます」


 ファイモンが出してきた条件を行うにはどんな態勢が必要かと考えていたら、話が進んでいた。慌てて耳を傾ける。


「人形一体一体が敵と戦っています。走り、剣を振り、殴り、蹴り。二万体それぞれに全く違う動きをさせているのです。それも戦場で戦力となれる練度で」


 生唾をのんだ。おそらく、オレは指が十本になっただけでこんがらがる。それが二万本になり、またその指から手足が生えていると言うことか。絵面にするとかなり気持ち悪いが、ルシアルの凄さが伝わってきた。ルシアルは鋭い目つきで戦場を睨んでいる。


「ルシアルさまは、人形の顔部分に取り付けられた特殊な石を持って視界を得ています。これが戦見を必要としない理由です」


 目が二万個あるのか。だが、ルシアルの脳は一つだ。二万を超える大軍勢を操っているのは、たった一体のルシアルなのだ。


「だからルシアルさまは軍神なのです。数対数の戦争に置いて、ルシアルさまの右に立つものなどいません。小人族という弱い種族をたった一体で支え、生き長らえさせてきた大英雄なのです」


 ルシアルの配下の小人族たちがあんなにルシアルを慕っていた理由がわかった。そうだよな。あんな小さくて細い身体じゃ、海千山千の猛者が潜めく魔界を生き抜けるわけがない。全て、まさしく全て、ルシアルのおかげなのだ。この魔王は、他の魔王とはまるで違う形で、いや、最も王として相応しい形で君臨しているのだ。

 ルシアルの小さな背中を見る。どれだけの命を背負った生き方をしてきたのか。この年老いた軍神の重圧は俺などでははかることはできない。だが、一つだけ言えることがあった。


「勝てるわけがねぇ……」


 王国軍が、ルシアル軍に勝てるはずがなかった。魔族と騎士たちの戦いだけでも王国軍は押されていた。アーノンや団長の活躍があって何とか押し留めることに成功しているだけだ。だがそれも、ルシアル軍の精鋭である数体の魔族が出張れば、ほとんど機能しなくなる。

 そして、ルシアルの人形不死団だ。怖れを知らない不死の軍勢が戦場を無機質に進軍する。一体一体が弱いのなら話は別だが、人形兵は兵としての練度を備えている。

 ルシアルの人形兵は、まだまだ余力がある。もしかしたら、バラバラになった人形も直せば動くかもしれない。いや、きっと動くだろう。戦場を知り尽くしたルシアルが、戦力の補充と回収を考えていないわけがない。


 人形兵が進む。進む。進む。前へ前へと、足を止めることなく王国騎士たちを薙ぎ払っていく。ルシアルが調子を上げてきたのか、人形兵たちの動きにキレが増してきたように思える。もう騎士一人では人形一体に勝てない。ただでさえ数的不利な王国軍が、兵士の練度で劣っているなんて、もうどうしようもない。

 リュカやリーリやパトリシアが、魔王軍と王国軍が戦えばどちらが勝つかという質問に、魔王軍と即答したわけだ。王国の少年王が常に厳しい顔つきをしていたわけだ。魔族と人間の間には、埋めることが不可能なほどの実力差がある。それは個体も種族も軍も。ありとあらゆる面において、魔族は人間に優り、人間は魔族に劣っていた。


 人形兵たちの止まらない進軍に、王国軍が退却を始めた。最前線はぐちゃぐちゃに崩れ、満足に退却することすら出来ない。背中を見せた瞬間に人形兵に斬り殺される。王国軍の後方の援護も、心を持たない人形兵たちが気にしないのだから意味がない。


「あ……」


 バラバラと統制もなく逃げていく王国騎士の中で、一人だけ人形兵と向き合っている者がいた。仲間が少しでも安全に、一人でも多く逃げられるよう、たった一人でしんがりを務めていた。その美しいピンク色の髪は、赤い瞳は、騎士の誇りと清廉さを戦場に輝かせていた。


「団長……」


 団長が剣を水平に斬りはらった。すると半径五十メートル内にいた人形兵が細切れになった。あんな広範囲を、しかも一振りでサイコロの形に斬れるなんて、団長の剣技は人間業などとうに通り越して神業の域だ。軍神の人形と、神業の騎士が向かい合う。

 だが、人形たちは攻めなかった。それどころか、すうっと戦線を下げ、団長へと続く道を開ける。その道を、三体の魔族が悠然と歩いてきた。一体は、赤と紫と青の毒毒しい道化服を着て、顔を白い仮面で隠している。もう一体は二本の長剣を逆手に構えるカエルのような魔族だった。そして、二人の背後をついていく骨だけの魔族。スケルトンという奴か。そいつは右側の腕の骨がなかった。


「ルシアルさまの配下の最精鋭です。道化がボルボ。カエルがアマノジア。スケルトンがカルタゴ」


 ファイモンが言うように、あの三体は纏っている覇気が明らかに違う。彼らの周囲だけ気圧が上がり、空気がうねっているように見えた。

 すると、そこにアーノンが放った数十本の矢が襲いかかった。一本一本が直径三十センチ以上ある規格外の矢だ。どうやって射っているのか想像もできない。


 だが、カエルは長く太い後ろ足で飛び上がると、逆手の長剣ごと高速回転。全ての矢を消滅させた。魔法ではない。早すぎる回転で矢を何度も何度も微塵切りにしたのだ。カエルは着地。した瞬間に団長へ突進した。右の剣を水平に振り、受け止められる時には回転しながら左の剣で追撃する。縦に横に回転を繰り返しながら上下左右から剣の雨を降らせる。

 オレは再度打ち上げられた戦見から戦況を見ていた。解像度の低い戦見では、剣筋がまるで見えない。だが、そんな猛攻も団長は全て防いでいる。余裕があるわけではないが、それでも団長の方が上手に思えた。


 そこへ、道化服が割って入った。どこから取り出したのか、茶色いビール瓶のようなものを間に置いていく。一秒後、それが爆発した。火炎で何も見えなくなる。手榴弾の数倍の威力はありそうな火炎瓶だ。だが、その煙も即座に晴れた。団長とカエルの剣戟の凄まじさは台風のような風を発生させている。

 道化が火炎瓶を投げる。カエルが巻き込まれても構わないという戦法だった。何本もの火炎瓶の爆発は戦場を火の海に変えている。両者は流した血液すら炎に焼かれていた。だがそれでも団長は逃げないし、カエルも闘い続ける。カエルの剣が右から一閃。剣の腹での攻撃だった。団長は防ぐ。だが、剣の裏面に小さな火炎瓶があったことには気づけなかった。至近距離で小爆発した火炎瓶は団長の目を眩ませる。その瞬間、カエルは団長の背後に回り、剣を突き立て、ようとはせず、羽交い締めにした。そこへ、前から道化が何十本もの火炎瓶を投擲する。火柱が雲にまで届くのではないかと錯覚するような高さまで上がった。


「だ、んちょっ……!!」


 火柱の上空に、黒い点を見つけた。その点は点であり続けようとはしない。点は大きくなっていく。それが隻腕のスケルトンの右腕だと気づいた時には、固そうな鉄の拳はマンションくらいの大きさにまで肥大していた。上空から無慈悲な超質量攻撃が炎の中に叩き込まれる。

 大地が震え、遥か遠くの山で巨大地滑りがいくつも起きた。


 戦場は炎の爆ぜる音だけが聞こえるようになった。ルシアル軍も、王国軍も、誰も言葉を発しようとしない。オレは言葉を無くして立ち尽くしていた。再び右腕を消して隻腕に戻ったスケルトンが道化服の隣に着地する。

 炎が再び爆発を起こした瞬間、中からピンク色の弾丸が飛び出してきた。それは光の速さでスケルトンの懐にまで潜り込む。この時初めて、スケルトンが数メートルの巨大さを誇っていたことがわかった。


 弾丸が光を振るう。光はスケルトンを塵になるまで斬り裂き、即座に方向転換。隣にいた道化服の背後を取る。だが道化服もそれに対処するために空に飛んだ。頭上から火炎瓶を投げる。が、爆風を突き抜けた団長の剣は、道化服の首を斬り落とす、身体を四つに斬りきざんでいた。

 ぐちゃりと音を立てて道化服の肉体が落ちる。


 団長は美しく降り立った。


「団長!! だ、ん、ちょ……」


 団長の勝利に王国軍が沸いた。オレも拳を握りしめてガッツポーズをする。だが、停止した団長の姿を見て、身体が寒くなった。


「腕、が……!?」


 団長の両腕は、消えていた。右腕は肘の先から、左腕は肩口から。大量の血を流しながら、団長は口で長剣の柄を噛んでいたのだ。

 団長の口から剣が落ちる。


「戦え! 騎士たちよ! 勝利は、我が……お、うこ……」


 前向きに崩れるように倒れ伏す団長を、誰かが支えた。顔から一切の血の気を失った牧村が、号泣しながら団長を抱えていた。そして、また消えた。光の粒子のようなものが、王国軍の大本営にまで飛んで行った気がした。


「勝ったな」


 ルシアルが静かに言った。


「いいえ。まだこれからです」


 尻餅をついてへたり込んでしまったオレの背後から、聞いたことのある声が聞こえた。

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