人形不死団
前と後ろに最も信頼できる戦士がいる。そのことが王国軍の兵士たちに大きな勇気を与えていた。さらには、国王自ら参戦することで、この戦争にかける思いが伝播する。彼らには勝利以外見えていないのだ。
しかし、戦場はルシアル軍が支配していた。翼竜による上空からの攻撃がとにかく圧倒的だ。翼竜の吐く炎の息吹も強力だが、その背中に乗る戦士の魔法が見事だった。前線で戦う仲間を援護する各個撃破の魔法を次々と放っている。
鬼と一騎打ちしている王国軍の兵士が剣を振りかぶった。その瞬間、兵士の背中に空から放たれた氷の矢が突き立つ。身体が硬直した兵士は鬼の斧で真っ二つにされた。
複数で魔族を囲もうとしている兵士たちは、炎の魔法で三つに分断された。一対一で勝る巨人が兵士を踏みつぶしていく。
翼竜に乗る魔族は戦場を見渡し、適切な魔法で味方を援護している。おそらくかなり優秀な戦士を選りすぐっているのだろう。団長によって三機落とされていたが、それでも制空権は確保したままだ。
「よし。押し切る。第四陣を出撃させろ」
「は」
ルシアルが押し時と判断した。傀儡城の付近で待機していて部隊が咆哮を上げる。今から俺たちが攻め込むぞ、という威圧だった。そいつらは皆腕が四本や首、足が複数ある独特な見た目をしている。こんなどう見ても人外な魔族が襲ってくれば、王国軍の兵士たちは恐怖を感じずにはいられないだろう。
「密林と林にはゴイシュとファーリアの部隊を向かわせろ。後詰はキリオンの部隊を二つに分ける。戦況に応じてキリオンに判断させる」
「は」
ルシアル軍にも精鋭部隊、核となる戦士がいる。密林と林の劣勢に次々と援軍を送り込む。
密林に展開されて部隊は、視界の悪さや木々による進みにくさをものともせず、弾丸のように直進していく。部隊全ての魔族が体表面を赤黒い金属で覆われていた。甲冑や武具ではなく、硬質な皮膚が極限にまで発達した結果だった。
クロードが率いる黎明の騎士団は、戦時における錐の役目を果たすと、以前団長が言っていた。突破力に優れた騎士が集められているのだろう。だからルシアルは強固な防御力を誇る部隊を投入した。快進撃を続けていた黎明の騎士団も、新部隊の登場によって足が止まる。
錐の先端でクロードが槍を振るう。彼の周囲には七本の槍が浮かび、全方位に向けて攻撃を繰り出していた。彼の絶技に魔族達が木屑のように微塵にされていく。
だが、いくらクロードが強くとも所詮は一人。じわじわと数で押され、戦線が下がり始めていた。
「よし。林の方はどうなっている」
密林の攻防は膠着状態に入った。その間に逆側の林へと視線を移す。
林の中では、次から次へと爆発が起こっていた。爆炎や粉塵で視界が埋まる。どこに兵士がいるのかわからない。爆発以外の何が起こっているのかが見えない。
「元気にやってるみてぇだな」
ルシアルが納得の表情で頷く。どうやらあの爆発はルシアル軍の手の者によるらしい。一秒に数回の爆発が起こっている戦場とはどれほど怖ろしいのか。曙の騎士団の悲鳴が聞こえてきそうだった。
これで両翼をどちらの軍が取るかという駒は先送りになった。ルシアルの目は激戦地である草原の最前線に向けられる。
草原でも優勢なのはルシアル軍だった。前線に到着したルシアル軍の第四陣がこれでもかと暴れ回っている。複数の腕で武器を振るい、七つの瞳で戦場を見回し、八つの脚で王国軍を絞め殺していく。異形の魔族が好き勝手に戦っていた。今までの組織的な戦闘ではなく、各々がやりたいように暴れているだけのように見えた。事実、魔族達は戦死した王国兵を食べている。中には生きたまま内臓を食われている者もいた。
「う、わ……」
戦争は地獄だと言うが、それがまさに目の前に展開されていた。草原のあちこちで炎が上がり、血潮が飛び散り、肉体が転がっている。そしてそこで悪魔のような魔族が人間を殺しまくっている。
「第四陣は暴れることしか頭のねぇ奴らで構成されてるからな。味方のことを考えねぇから被害も多いが、相手に恐怖を植え付けるにはもってこいだ」
阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。どんなに王国軍の兵士が勇ましく前進しようとも、ルシアル軍の惨虐さには太刀打ちできない。仲間の死体が食べられている中へと進むのは、いったいどれほどの恐怖なのか。さらには、上空の翼竜への対策もまだできていない。空から魔法が降ってくる限り、王国軍の勝利はない。
翼竜に乗る魔族数機が、数人で巨大な魔法を紡ぎ始めた。翼竜の更に上、十階建てマンション以上の氷塊が生成されていく。狙いは戦場のど真ん中。王国軍の兵士が最も密集している場所に叩き込むつもりだ。王国軍の魔導師が撃ち落そうと魔法を撃ちまくるが、翼竜は易々とかわしていく。その間にも氷塊はどんどん巨大になっていき、とうとうてサッカーグラウンドが収まるくらいの大きさになった。
翼竜の乗り手が、最後の魔力を込めた。氷塊を生成していた杖を戦場に向けて振り下ろす、直前に乗り手の頭が爆ぜた。
頭部を完全に消失した乗り手は、氷塊を投下することなく、地面に落ちていく。他の乗り手も同様に頭が消失する。同時に、制御する者のいなくなった氷塊は、上空から戦場へと落下していった。そこはルシアル軍の第四陣が暴れている真上。
凄まじい轟音が草原に木霊した。氷塊はただの質量攻撃ではなく、周囲のものを凍らせる力を持っていたらしく、ルシアル軍の五分の一近くが氷の像となった。
王国軍を壊滅に追いやるはずの魔法が、ルシアル軍に襲いかかった。あまりのことに両軍が固まる。だが、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
雄叫びを上げたのは王国軍だ。絶体絶命の危機が一転、敵軍に大打撃を与えた。それも、彼らを苦しめていた異形の魔族がほぼ全滅した。風前の灯だった彼らの勇気が途端に燃え上がる。
「ちっ。やられたな」
ルシアルが今日一番の悔しげな舌打ちをした。浮遊する水晶たちを動かし、何かを探し始める。
「出てこねぇから油断した。なるほど。狙ってた訳か」
「おい、どう言うことだよ」
氷の大地を王国軍の兵士が疾走する。一度引いていたルシアル軍の第二陣と再び激突した。
だが、オレはルシアルが何を言っているのかわからない。そして、狙っていたとはどう言うことか。
「いない。いない。いない。上手く隠れてやがるな」
王国軍を食い止めようと、翼竜たちが炎の息吹を撒き散らす。だが、そのうちの一機が頭を撃ち抜かれた。その直後、駄目押しの矢が腹に突き刺さる。浮力をなくした翼竜は地上に落下した。
そして、同じことが再び起こった。高速で旋回していた別の翼竜の翼に矢が突き立った。連続して三本。たまらず速度を緩め、すると頭を正確に射抜かれた。似たようなやり方で翼竜たちが次々と撃ち落されていく。数分で半数近い翼竜が空から消えた。
戦場で起こっている事態に、オレが唖然としていると、ルシアルの瞳が一点の水晶を捉えた。オレの視線もそこに向く。それは、先程から光を帯びた彗星のように空を駆ける矢の発射点。
「アーノン・バッシュロ。千里矢の弓兵か」
水晶に写っているのは、深い森の奥の巨木の枝の上。幹を背中に、射手の二倍ほどの弓を引いている者がいた。それは、煌めくような金色の髪に、へらへらとした口元。オレのよく知る、団長の奇行に悩まされているアーノンの姿だった。
「暁の騎士団団員。当代最高の射手だ。覚えとけ。あれに狙われたら終わりだぞ」
ルシアルの話通り、アーノンは翼竜を正確に射抜いていく。一射から次の一射までほとんど間がなく、見た目だけでは一度に数本の矢が放たれているように見えた。そして、
「っ!」
アーノンと目があった、気がした。水晶を通してにこりと笑ったアーノンが、矢を放つ。すると、水晶の映像が途切れた。
「戦見がやられたな。このままだと全部撃ち落とされる」
そこから全ての水晶の映像が見えなくなるまで、十秒程度だった。さらに、夜空に一際輝く星が浮かんだ。それは徐々に大きくなっていく。いや、星ではない。それは、
「ふん」
ルシアルを狙った矢だった。ルシアルの額に寸分違わぬ角度、位置。ルシアルは剣で二つに斬り裂いたが、別れた矢は傀儡城の全ての階を射抜いて大地に突き刺さった。
「この距離を射ってくるか。ま、挨拶がわりってことかねぇ」
「ど、どこからだ?」
「さっきの水晶が写したのは、奴らの大本営のさらに数キロ後方だ。ここからだとだいたい三十キロ離れてる」
「す、数十キロ!? んな馬鹿な!?」
「魔法によるものだからな。だが、普通は五キロ程度が限界だ。その数倍を超えてくるんだ。あれも十二分に化け物だな」
信じられない。現代の狙撃銃では二キロ程度が限界のはずだ。いくら魔法とは言え、そんなことが可能なのか。
「戦見も全部やられた。これじゃ戦況が見えねぇ」
「残った戦見を飛ばしますか?」
ルシアル軍はルシアルの指示に忠実に従って戦っている。しかし、細かい戦況がわからなくては指示の出しようがない。指示がなければ動けないようなルシアル軍でもないだろうが、それでもかなり戦いづらくなるだろう。戦見とやらの残りはあるらしいが、それを上げたところでまた撃ち落とされる。
戦場の王国軍の士気はまた燃え上がる。落ちたり上がったりと忙しいが、勢いというものがあるのだろう。少しずつだが、ルシアル軍が後退し始めている。それもかつてない速度で。
「仕方ねぇ。おいらが出る」
「え」
「なんだ、阿呆みたいな声出しやがって」
「いや、出るって……あんたが出陣するのか?」
「他に誰がいるんだ」
これほどの乱戦の中、総大将であるルシアルが直々に出陣するのか。そりゃもちろん、ルシアル軍の士気も跳ね上がるだろうが、危険じゃないのか。
「ファイモン。全軍さがらせろ」
「は」
「はぁ!? 全軍さがらせるって、なんで!?」
あの大軍勢相手に、単騎で打って出るつもりか? いや、いくら魔王とは言え、それはあまりに無謀過ぎる。前線に団長もいるし、アーノンだって控えている。もしかしたら牧村が参戦するかもしれない。そんな場所に、突っ込むとはどういう戦略だ。
「ぐだぐだ言ってんじゃねぇよ。兄ちゃんは、そうやって傍観してな」
その時、ルシアルの肉体から圧倒的な魔力が放出された。あのアスモディアラよりも大きな魔力だ。爆発的に増加した魔力に包まれながら、ルシアルが詠唱を始める。
「惨劇の覇者・無面・復活せし者・不屈の駒・地を征く・解放されし怨念・傀儡」
ルシアルの詠唱は、聞いているだけで寒気がするような暗い感情を孕んでいる。
「いざ戦場に災禍を! 人形不死団!!」
詠唱の完成とともに、立っていられなくなるような地響きが起き始めた。




