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開戦


 ルシアル軍の鬨の声で、草原の草木が震え上がった。空間を駆けるような大音声は数十秒で消えていったが、遠く山々からやまびこが返ってくる。


「ま、ついてきな」


 城へと歩き出したルシアル。追いかけようとしたが、脚が痺れていることに気がついた。叱咤するように一度太ももを叩く。

 鬨の声には、自らを奮い立たせるためと相手を威嚇するための意味合いがあると言う。オレはそれに見事にハマっていた。姿も見えていない奴らから声だけで圧倒されただなんて、リーリに聞かれれば鼻で笑われる。


「堀とか作ってないのか?」


 誤魔化すように質問した。


「作らねぇよ。そこまで攻め込まれる予定もねぇからな」


「塹壕とかは?」


「それも作らねぇ。あれがあると進軍の邪魔だからな」


 進軍をするために作るのが塹壕じゃないのか? オレは戦争に詳しいわけではないから、口出しなんて出来ないが。

 城がある丘までの緩やかな坂は、遠目に見たよりずっと長かった。確かにこれならそう易々とは攻め込まれないだろう。何の装備や作戦もなくここを上れば、上からの総攻撃にあう。身を隠せるような場所もない。


「見ろ」


 ルシアルが草原の中央を指差す。


「おそらくあそこで両軍が激突する。最初に牽制の遠距離魔法を撃ち合って、そこからは白兵戦だ」


「……」


「だが、実際に重要なのはあそこじゃねぇ。両翼をどう取るかがキモだな」


「両翼?」


「ここは綺麗な草原地帯だ。だが、両翼は林と山だ。奇襲や挟撃を仕掛けるにはあそこを取るしかねぇ。人間とおいら達。どっちが有利になるかは両翼の小さな戦闘が決める」


 オレから見て左には山がある。大きな山ではないが、切り立った崖がありその手前が密林だ。流石に山を迂回することは難しいから、手前の密林を奪い合うことになる。だが、密林自体もそこまで広くはないので、大部隊は展開出来ないだろう。となると、より重要なのは右側の林か。こちらは細く頼り無い木がポツポツと生えているだけで、ここからでも中が見通せる。だがかなり広域までそんな林が続いているので、大部隊が進める。小回りの効く部隊をいくつか集めた布陣で攻め林を奪取すれば、中央の草原を横から攻め込むことが出来る。


「って、おい。そんなことどうしてオレに言うんだよ」


「あ?」


 事細かく作戦とか戦評とか伝えられてもどうしようもない。いちいち解説してくれるルシアルに疑問を呈する。すると、ルシアルは目を開いて驚いたような表情をした。


「そりゃあ……あ、いや、何でもねぇ」


「は?」


「気にするな。ほら行くぞ」


 何だと言うのだ。それにあの間や表情。何を考えればあんな態度になるのか。

 先を行くルシアルの背中を凝視する。ベルゼヴィードと闘うという理由で連れてこられたが、もしかしたら全く別の意図があるのかもしれない。これからさりげなく探るか。

 丘を登りきった。そこは綺麗の台地で、城はもうすぐそこだ。そして、ここまで近づいたことで見えてくるものがあった。平行四辺形の城を構成する物が、正確に視認出来るようになったのだ。

 黒一色の圧力感のある城が、別の色合いを見せる。

 ルシアルの城は、人形で築城されていた。壁や柱が、木でも石でも鉄でもなく、黒い人形で形作られていた。


「はぁ!?」


 人形一体一体は普通の人間と同じくらいの大きさだ。そいつらはマネキンのように無機質な黒い身体で、互いに捩りあい捻れあい、重なり合体することで、一つの城となっていた。これだけ大きな城を構成するためには、数万以上の人形が必要のはずだ。

 裸の人形は、身体は人間と同じように出来ていた。胴体があり腕があり足があり。そして関節もあるようだ。だが、頭部は少し違う。ただ丸いだけのボールのような物がくっついている。棒人間のようだ。城の一部となっているそれらは人間ではあり得ない方向に捩れたりしている。


「何だよこの趣味の悪い城は」


「趣味が悪いとは言ってくれるな。これでもかなり高性能なんだぜ?」


「どこがだよ」


 城が傾いているのはこのせいか。何だか沢山の目に見られているようで落ち着かない。先程までとは違う恐怖に似た感覚を感じてしまった。


「ん?」


 不気味な戯画のような光景に目が離せなくなっていると、城の足元に何かが蠢いているのに気づいた。


「あれはおいらの同族だ。今は戦争の準備中だ」


 オレの視線に気づいたルシアルが言う。更に近づいてみると、ルシアルと同じような背丈の者達が、せっせと人形を作っていた。


「ルシアル様!」


「ルシアル様! お帰りなさいませ!」


「ルシアル様ー!!」


 ルシアルに気づいた小人達。彼らは熱狂的にルシアルの名前を連呼する。彼らは膝まづき、ほとんど土下座の姿勢だ。周囲に違う種族の魔族もいたが、そこまでのことはしていない。皆頭を下げてはいたが、土下座はいない。小人達は、地面に頭を擦り付けるようにしてルシアルの名前を叫ぶ。だが、それが不思議と嫌な感じはしなかった。ルシアルが無理強いをしている風ではない。小人達が率先して、ルシアルを神のように奉っている。


「おうおう。準備は順調か?」


「ははぁ! 現在は十八万四千五百体の指先を作り終えました。今は次の五百体を製作中であります! 決戦までに二十万体を作り上げてみせます!」


「わかった。ま、出来なくても構わねぇから、気楽にやんな」


「有難きお言葉!!」


 報告する小人は、感極まった声だ。他の小人達も同様で、中には涙を浮かべている者もいる。膨大な数の人形を作っている彼らは、一体何なのか。見れば、戦士の格好をしている者は一人もいない。みんな安っぽいボロ布をツギハギして服にしている。また、老若男女が揃っていた。

 ルシアルの登場を聞きつけたのか、周囲に小人族がわらわらと集まってきた。その全員が渾身の土下座でルシアルに忠誠を示している。


「おい」


「あ? あぁ」


 異様な光景に思わず立ち止まっていた。ルシアルに関わること全てが奇妙だ。城の中へと入っていくルシアルを慌てて追いかける。ルシアルの背中が消えるまで、小人達は頭を下げ続けていた。

 城への入り口は大きな穴だった。扉や塀もない、だらし無い姿だとも言える。そして、城の中も全て人形で造られていた。城と言っても、あるのは大きな空間だけで、部屋に分かれていたりしない。空間を等間隔で人形の柱が支えていた。しかも城の足元は草原のままだ。床を造っていないのだ。

 空間の奥の奥に、大階段があった。これも人形で造られていて、とにかく歩きにくそうだ。一段目の人形を恐る恐る踏んでみると、適度に柔らかくて不快だった。それでもどんどん先を行くルシアルに離されるわけにはいかない。ぶにぶにとした人形を踏みしめて上る。

 階段を上りきった。高さにしてマンションの三階くらいまで上がったと思う。そこに待ち受けていたのは、人形の床だった。人形の顔やら腹やら背中やらが床になっている。もしかしなくても、本当に人形しか材料になっていないのか。ということは、どこまで上に行こうとも、まともな床は見つけられない。

 二階もまた大きな空間があるだけだ。明かり窓がなく、ところどころにある松明だけが光源なので、全体的に薄暗い。壁や天井、床までもが黒い人形のせいもあって、不気味さが十割増しだ。ルシアルはそんな中を一人で進んでいく。一階は城の奥へと進んだ場所に階段があった。二階は逆に城の前面に階段があるらしい。人形に足を取られないようについていく。今度は三階へ、そして四階にまで上がった。

 四階は少し様相が違った。壁や柱こそあるが、天井のほとんどが吹き抜けで、空が見えている。展望台のようだった。城の中を移動しているうちに空が薄暗くなっていた。もう夜もすぐそこだ。

 ルシアルは草原を見下ろしている。ここからなら戦場の全てが目に映るだろう。


「ちっ。マズイな」


「え?」


「見てみな」


 ルシアルが小さく舌打ちした。そして指先が示す方向に目を向ける。


「あ、王国軍……!」


「早すぎるな。こりゃ読まれてたか、いや、誘導されたか」


 草原の向こう、山々の麓から、人間の一団が進んできていた。遠すぎて一人一人までは見えないが、黒い軍勢はゆっくりと横に広がっていく。草原を横いっぱいに広がって、やっと彼らの足が止まった。二十万という大軍は並べば数キロ近くに達する。そして、


『うお"お"お"お"お"お"お"お"!!!!』


 またもや鬨の声が放たれた。勇ましい雄叫びは軽々と草原を抜け、傀儡城の人形たちを微振動させる。


「あちらさんは休む気もねぇようだな。こりゃ今夜にも開戦だ」


「もう!? 魔王会議も終わったばっかりだし、向こうだって到着早々じゃねぇか!」


「多分行軍の途中で進路を変えてここに向かってきてた筈だ。この近くで十分休憩は取ってる。おいらが会議から帰ってくるところ狙ってんだな。奇襲ではないが、準備をさせないつもりだろうぜ」


 それを証拠に。


「見てみろ奴らの顔を。闘争心で赤黒くなってやがる。士気も異様に高い」


 ルシアルの言う通りだった。オレには彼らの表情を見ることは出来なかったが、軍勢全体が生み出すうねりのようなものを感じる。重々しい圧迫感が実際的な色彩となって見えるかのようだった。

 そしてルシアルがそれに呼応する。深く深く息を吸いこむと、城全体に響き渡る声で号令をかける。


「夜戦だおめぇら!! 日没とともに出撃出来るよう戦支度を整えろ!!」


 王命にルシアル陣営がいきり立つ。王国軍の圧力を弾き返す殺気を爆発させて、兵士たちが城の前に隊列を整えていく。


戦見いくさみ灯玉あかりだまを上げろ!!」


 櫓から魔法が空に向けて展開された。白い尾を引く球体が草原の上空にいくつも打ち上げられる。そして、オレンジ色が狭くなりいく夜空を晴らす光原となった。

 低空にあった太陽が落ちていく。空の恵みを失ってもなお、草原は昼間のように明るい。

 統率された軍靴の音がする。王国軍がゆっくりと前進してきていた。しかし、マミンの巨大ゴーレムの足音で打ち消されていく。

 草原が震える。剣と鎧が擦れ合う。両軍の前進が停止した。

 太陽が姿を隠した。

 天を燃やし尽くす熱風が吹き荒れる。

 開戦の花火が空に上がった。

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