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決定


 それぞれの護衛が殺意一歩手前の動きを見せた。彼らは動かない。まだ魔王達の力の昂ぶりが消えていないからだ。魔力、気力、胆力。全て異なるものではあったが、一つ言えるのはそれらが圧倒的な脅威であること。

 そして、


「ふぅ。いや、ちょいとばかし試してみたんだけどよ。なかなかおっかないもんだぜ」


 ルシアルが首を鳴らす。マネージャーの刃にはギリギリ触れない。


「兄ちゃんなかなか良い腕だぜ。しかもそれが六本もあるとなりゃあ手に負えねえ。けどよ」


 マネージャーの握った短剣が重々しい金属音を立てて落ちていく。それだけではない。彼の六本の腕全てが肘から切り落とされていた。ルシアルの右手には、彼のサイズで長剣、オレから見れば短剣の長さの剣が握られている。切っ先からは赤い血を滴らせていた。


「ちょっと、私のジャーマネに何するのよ」


 レヴィアが大して心配そうな色合いを見せずに抗議する。彼女の背後、高さ二、三メートルの所には、首から上だけを水に浸され溺れているマミンの護衛がいた。しばらくするとそいつは抵抗をやめ、ピクピクと痙攣し始める。それを感じとったのか、レヴィアはくるくると回していた人差し指を止めた。


「自分のこと棚に上げないで」


 卓に肘をつくマミンだが、彼女に錫杖を突きつけていた僧服が石になっていた。徐々にヒビが入っていき、最終的に粉々に砕ける。マミンの手元には、黒い本がページを開いた状態で置かれていた。

 魔王の動きに反応した全ての護衛は、魔王の魔法や技量によって完全に無力化されていた。魔王達は、自らに向けられた牙を何もなかったかのようにへし折っている。


「う、あ……」


 その壮絶な力に、リュカが身を震わせていた。やっと覚悟が決まったと思ったというのに、こんな光景ややり取りを見せられては、容易く折れてしまっても仕方がない。

 ルシアルがいたずらに見せた殺気に護衛達が反応した。それぞれが魔王に制止するよう武器や魔力を構えた。しかし、それら全ては魔王の力によって呆気なくねじ伏せられていた。


「あ、え、その」


 リーリもこの事態に対応が追いつかない。しかし、護衛が三体もやられたとあっては、どう対処するのが正しいのか。リュカはまだ震えているから、場を仕切ることなど出来はしない。議事進行を買って出たのはリーリ自身だ。彼女が目を泳がせながら声を詰まらせていると、


「休憩にしましょう」


 マミンが黒い本を閉じながら言った。本は一瞬光って消失していく。


「ま、それが妥当みたいだぜ」


「そうね。三十分程度かしら。ジャーマネ!」


 マダム・ギラもさっさと席を立った。そんな中、ルシアルの背後で倒れていたマネージャーがむくりと起き上がる。すると切り落とされた六本の腕が膨張するように修復されていく。最終的には元通りとなり、またいつもの人間の形態へとなった。さらには、レヴィアの背後で窒息していたマミンの護衛が、ロボットのような硬い動作で動き出す。そいつは自らの頭部を首から外すと、喉に当たる部分から水を排出する。そしてもう一度頭を取り付け直し、何事もなかったかのようにマミンの元へ帰っていった。ルシアルの護衛も、粉々になったはずのパーツが寄せ集まり、パズルのように組み合い復活してしまった。

 護衛達は休息の場を探す主人の後を追う。誰も死んではいなかった。


「なんなのこれ……」


 自失したように呟いたリュカ。オレとリーリの心を代弁してくれていた。











 三十分後、会議が再開された。どの魔王もこれまでと変わらない様子だった。だが、唯一レヴィアだけが不機嫌の度合いを強めていた。そしてその矛先はリュカへと向かっている。


「だから。今回の厄介ごとはアスモディアラが変態に負けたから起こったことでしょ。責任取ってあんたが相手するのが筋じゃない?」


「あ、あの。今領内が凄く不安定で、それ以外のことに構ってられなくて……」


「知ったこっちゃないわよ。それこそ外敵がいるんだから、上手く利用して団結すれば良いでしょ」


「せ、戦力的にも苦しい、と言うか。そもそも把握し切れていないんです」


「アスモディアラはその辺適当だったからね。だからこそ成り立ってたって言えなくもないけど」


「だから知ったこっちゃないわ。なんで無関係な私達が尻拭いしないといけないのよ!」


 レヴィアの言っていることは概ね正しい。それには他の魔王も同意しているようで、リュカを擁護するような意見も出ない。それはそうである。戦争をしたがる魔族もいるだろう。だが、そいつらを領土領民としてまとめている魔王からしたら領地の疲弊なんて厄介ごとでしかない。これまでのやり取りで多少はわかってきた。魔王同士はそこまでいがみ合ってはいない。それはオレが経験してきた。だが、領地の問題となるとそうはいかない。ここからここまでと線引きした領線は、中外で様々なことが違っている。決まりごとや生活習慣。領内の経済や産業の回り方だって異なっている。それをいきなり他の領地に侵されたら、領民は生きていけない。魔王ではなく、領地が争いあっているのだ。だから彼らは今回の戦争に対して積極的ではない。問題を起こした原因であるアスモディアラ領に全て押し付けようとしているのだ。もしかしたら戦争で疲弊した領地を切り取りに来るかもしれない。いや、それは当然狙っているだろう。

 再開からかれこれ一時間。リュカはひたすらレヴィアの攻撃を受けていた。ただ、政略的に攻めてきているというより、八つ当たりの愚痴をぶつけられている感じだ。多分だが、休憩中にマネージャーとなにかあったのだろう。それにしても、リュカは何気に耐久度が高い。なんだかんだでレヴィアの口撃を受け止めているのだ。だが、いい加減受け身の姿勢を解かないと、このまま押し切られてしまう。

 実は、それを回避し、攻勢に転ずるためのとっておきはある。休憩中にリーリと話し合って、準備していたのだ。しかし何故リュカはそれを使わないのか。リーリもやきもきしているようで、獣耳がピクピクと揺れている。議事進行の立場なのでリュカを急かすことは許されない。


「アスモディアラのお嬢ちゃんよい」


 すると、黙々と酒を飲んでいただけのルシアルが、突然話に入ってきた。マダム・ギラは相変わらず何も発言しないし、マミンまでもが先程から相槌ばかりになっている。最早会議と言うよりレヴィアとリュカの攻防だ。それも一方的な。そこに久方ぶりにルシアルが参加した。


「は、はい。なんでしょうか」


「これを見てみな」


 ルシアルが胸元のポケットから何か取り出す。小さくてよく見えないが、リーリが用意したような紙束だった。何かの資料だろうか。


「ファイモン」


「は」


 ルシアルの一言の命令に、護衛が頭を下げる。そしてその小さな紙束に手をかざし魔法を発動した。すぅと紙束が消える。かと思えば、魔王達の前に通常の大きさの資料が現れた。


「これ、は……」


「アスモディアラの野郎が作ったベルゼヴィードの資料だぜ。よくもまぁここまで几帳面に調べたもんだぜ」


 それは、リーリが用意していた「とっておき」だった。


「魔力、得意技、身長。どこで暮らし何を食べているか。これまでの戦闘データ。出没地点、時間。数え始めたらキリがないぜ」


 レヴィアとマミンが目を細めた。


「これだけ綿密に調べるには相当な時間と手間。また協力者が必要だったはずだぜ。そしてそれは、どこのどいつだろうねい?」


 ルシアルはにたにたと笑う。上の犬歯片方が抜けていた。

 リーリが用意していたのは、かつてアスモディアラの私室で見つけたベルゼヴィードに関する資料だった。資料自体は重要ではない。だが、その資料から透けて見える協力者が重要だった。

 海辺の街やレヴィアの「海の幻想号」の上で起こった事件。マミンの住む西の鉄鉱石採掘場での事件。食欲のままに魔界各地に出没するベルゼヴィード。その他にも彼女たちの領地で起こったベルゼヴィードの襲撃。それをアスモディアラが調査するには、どうしたって限界がある。必ずそれぞれの領内での協力者が必要だった。


「なに、私がアスモディアラに加担したって言いたいわけ?」


「あぁそうだぜ」


「はん! そんなの知らないわよ。どうせあいつの間者とか裏切り者がいたんでしょ。そんなの何の証拠にもならないわ」


 つまり、アスモディアラの調査にレヴィアやマミンが協力していたなら、この戦争の責任は彼女たちにもある。リュカだけを責めることは出来なくなるはずだ。それがリーリの狙いだった。だが、リュカはそれをしようとはせず、まさかルシアルが実行した。示し合わせなんてない。偶然なのか。


「ま、その辺のことは実はどうでもいいだぜ」


「は?」


 ルシアルはリュカへと向き直った。


「この資料、おそらくお嬢ちゃん達も準備していたはずだ。そこの腹黒行き遅れ女達のことだ。今みたいにひらひら逃げられるとは思うが、それでも一方的に責められることはなくなるはずだぜ」


「……」


「……」


 腹黒行き遅れ女というフレーズにレヴィアとマミンが青筋を立てているが、ルシアルは気にせず話を続ける。


「どうして、それを持ち出さないんだ」


 そうだ。何故リュカは一時間もの間口をひき結んでいたのだ。有利になるための札を持っていたと言うのに、それを出そうとはしなかった。ルシアルの問いに、リュカは恐る恐る口を開く。


「え、その……。おそらくですが、マミンさまもレヴィアさまも、ベルゼヴィードの調査に協力してくれたんだと思います」


「ほう。なら何故?」


「でも、それってきっと、お父さまに勝って欲しくて、一生懸命手助けしてくれていたんだと思うんです」


 レヴィアとマミンがバツの悪そうな顔をする。マダム・ギラが紫煙の向こうからリュカを見つめている。


「その皆さんに、負けたことの責任がある、なんて言えないです。誰も悪くないんです。だから、私は他の方法を探したかったんです。も、もちろんアスモディアラ領は戦えませんから、そこを譲るつもりはなかったですよ!」


 最後にとってつけたようにアスモディアラ領の代表としての発言をした。上手く回らない舌を必死に動かしたリュカの思いに、オレは思わず微笑してしまった。そうだった。リュカは、そういう考え方をする娘だった。

 会議全体の雰囲気が少しズレた。マミンも、やかましかったレヴィアも黙る。すると、


「よし。ならうちが戦争引き受けてやるぜ」


「え」


「な」


「へ?」


 唐突にルシアルが膝を叩いた。ぐっと徳利を逆さにすると、中身を全て腹に流し込む。


「人間との戦争、ルシアル軍が引き受けるって言ってんだよ。文句でもあるのかい?」


「い、いや、何を突然!?」


「突然じゃねぇよ。元々アスモディアラからは後のことを頼むと言われてたんだぜ。そこのリーリのお嬢ちゃんがおいらに届けてくれた書状でよ」


「あ、あれは……」


 リーリが声を上げる。リーリが火毒蜂に刺された時。あれは、ルシアルの元へ書状を届けに行った帰りだった。アスモディアラは、あの時点でこうなることを予期していたのか。しかし、なら何故ルシアルはそれを早く言わなかった。


「アスモディアラのお嬢ちゃんに会うのは初めてだったからよ。どんな娘かちょいと見ておきたかったんだよ。ま、そこそこ面白いようだぜ」


 唖然とするリュカやマミン、レヴィア。そんな彼女たちを見て、ルシアルは勝ち誇ったようににやける。

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