会議前日
この都は巨大過ぎる塔を中心に円形に形作られている。らしい。あまりに広すぎて少し高い場所から眺めたくらいでは全容を把握出来ないのだ。伝説が数多く残る都市だという理由からリュカやリーリもこの都に詳しい。魔王サタニキアが一晩で造ってみせたとか、あの塔の頂上には超強力な魔法武器が隠されているとか、そう言った話をいくつか聞かされた。オレもかつて洞窟都市を訪れた経験からサタニキアの凄さは知っている。なので今さらそう言う話を聞いてもさほど驚かなかった。そのせいでリュカとリーリはつまらなそうに道端の小石を蹴って歩くことになった。
それにしても、よくもまぁサタニキアはこんな立派な都市を捨てれたものだな。洞窟都市も凄いと言えば凄いのだが、やっぱりこの都市の方が広く、構造が秩序的だ。道は全て一直線だし、建物も綺麗に配列されている。都市の機能性で言うなら段違いだ。
「ん、あれ? おい。塔の中心から離れて行ってないか?」
都市に入ってしばらくした頃、オレは気づいた。さっきから塔に近づくのではなく、ぐるりと回り込むように進んでいる。むしろ少しずつ塔が小さくなっている。
「あぁ。あれはかつてサタニキアが住んでいた塔だ。魔王会議が開かれるのは闘技場なんだ」
「闘技場」
「魔族と魔族が決闘をするために建てられた施設らしいですよ。私も見たことはないのですが、それは素晴らしい建築なのだそうです」
「だが何故か一度しか決闘が行われていないらしい」
「ふーん。なんか色々不思議な都市なんだな」
その闘技場とやらがどれほどの物かは知らないが、一回きりのことのために建設するとは随分気前が良い。よほど重要な決闘だったのか、それとも何らかの理由で後に続く決闘が発生しなかったのか。
どちらにせよこの世界、数百年前の魔界の考え方なんてオレには予想も出来ない。考えこむほどの特別な理由なんてなかったかもしれないし。
「ふむ。リュカの支度に手間取ったせいで予定より遅れているな。少し急ぐぞ」
「会議に間に合わないのか?」
「会議自体は明日だ。だが他の魔王に意気込みを見せるためにも一番早く到着したい」
「マミンさまもレヴィアさまもルーズな方ですから、多分大丈夫だとは思いますけれどね。ルシアルさまとサタニキアさまはわかりませんが……」
サタニキアか。そもそもあれは会議に参加するのだろうか。牧村もびっくりの引きこもりだし、出てこない気がする。魔界と人間界の戦争も決着はわかりきっているようだ。わざわざ出てくるまでもないと無視するかもしれない。
せっかく異世界にやって来たのだから、デカいドラゴンとやらは見てみたい。だがそれはなかなか難しそうだ。
「お」
すると、前方に何やら大きな建物が見えてきた。外から見た限りではサッカーや野球のスタジアムのようだ。材料は、大理石だ。なんともまた豪華なことである。東京ドームくらいの巨大建築物が全て大理石で造られているなど、日本では考えられない。
「こ、これが……。随分前から放置されているはずなのに、かなり綺麗ですね」
「うむ。執事の私から見ても見事な清潔さだ。見てみろ。曇りやすい石盤が我々を写すくらい磨き上げられている」
「ふーん。誰かが掃除でもしてたのかね」
闘技場には一定間隔で中に入るための階段がある。全体の高さは三十メートルくらいか。その中ほどくらいまで階段で上がることが出来た。中の壁や床もやっぱり大理石だ。そして、
「う、おぉ……!」
ぱっと視界が開けた。
そこから場内の中央に位置する石板で出来た闘技場が見下ろせた。座席はなく、全てが立ち見で観戦出来るようになっていて、まるでコロッセオだ。天井はなく、空の向こうには塔がうっすらと見えた。この大きさだと数万人単位の魔族が中に入ることが出来そうだ。闘技場も縦横百メートルはある。だが、
「なんかボロボロだな」
傷一つなく磨き上げられていた建物の壁や床と違い、闘技場自体はほとんど半壊していた。至る所に穴があり、亀裂が走る。奥の角はざっくりと欠けてしまっていて、丸くなっていた。
「一度しか決闘は行われていないんじゃなかったのか?」
「そのはずですが……」
「それ以上に修復されていないことが不思議だ。外観はこれだけ壮麗に保てているのに」
この闘技場全体を管理している奴が誰なのかは知らないが、何を考えているのか。これではまるで、あそこをボロボロなままの状態にあえてしているみたいだ。
「まぁ良いか。それで、魔王会議はどこでやるんだ?」
「今見えているだろう。あの闘技場で行う」
「おいおい。あそこ吹きっさらしだぞ。観客席に囲まれてはいるが、実質屋外じゃねぇか」
「うるさい。つべこべ言うな。私だってあんな所で行うとは思いもしなかったんだ」
「はぁ? これまでの魔王会議もずっと同じ場所だったんだろ。何で知らないんだよ」
「私達が生まれてから開催されたのは一度ですし、まだ幼かったですから。会議があったんだな、程度にしか記憶してないんです」
また不安が募る事実が出てきた。要するにほとんどの事を知らないのだ。場所と日時が分かっているだけだ。会議の雰囲気とか魔王どうしの力関係とか、緊張が張り詰める中で探り探りしていくしかないのか。
あれ、魔王どうしの力関係?
「あ、おい! ベルゼヴィードは参加するのか!?」
本来ならいの一番に思い至らなくてはならないことを、今になってやっと思い出した。全ての発端であるあいつは、この会議に参加するのか。あれも一応は魔王だ。何かしらの方法で書状が送られていてもおかしくはない。食べることにしか関心のない変態だが、魔王が一同に会するこの瞬間を狙ってくることは十分に考えられる。
そうなってくると、オレのすべきことも大きく変わってくる。さっきまではとにかくリュカに危険が及ばないようにすることだけを考えたいた。しかし、奴がくるのであれば、奴の討伐を目指すべきだ。他の魔王の力を借りても良い。
「来ないわよ」
どうやってベルゼヴィードを倒すかを必死に考えていると、背後から声がした。聞き覚えのある特徴的なその声の主は、よく知っている。リュカのそばにいたリーリが素早く膝をついて頭を下げた。
「アレには招待状は送ってないわ。送ったって来ないでしょうし。来られても困るし」
「お前は」
「久しぶりね。相変わらずぼやけた顔してるわ。そろそろピクニック気分も無くさないと、痛い目にあうわよ」
魔界アイドルレヴィアだった。人魚のままの姿で、大きな水槽の中プカプカ浮いている。それをお付きの地味で根暗なマネージャーに押させていた。彼女は偉いし偉そうなのもいつものことなのだが、今日はいつにも増して偉そうだった。三メートル四方の水槽一杯に張られた水ってどれだけ重いんだよ。それを荷車に乗せて、マネージャーが移動させている。
「れ、レヴィアさま! お久しゅうございます。リュカでございます」
「あーはいはい。久しぶりって言ってもあなた五十歳くらいの時でしょ。ほとんど覚えてないでしょうに」
「そ、そんなことありません。私の誕生日にお歌を歌ってくださったことは、いまでも大切な思い出なのです」
「あっそ。まぁそんなこともあったかしらね」
一応公式的にはリュカもレヴィアも同等の立場のはずなのだが、絶対にそうは見えないよな。それに、リュカもリーリもなんか凄くソワソワしてる。
「あ、あの! それで、今度の独唱会はいつどこで……?」
「ぜ、是非! 我々もご挨拶に伺いたいと思います!」
二人とも瞳をキラキラさせてしまっている。なるほど。独唱会に行きたいのね。この前はチケットを巡って喧嘩寸前だったことを思い出した。あわよくばここでレヴィア本人からチケットをもらうか、出来れば招待して欲しいのだろう。
「次はルシアルの傀儡城の予定だったわ。ただ、今はどうなるかはわからないわね。人間との境界に一番近いのはあいつの領地だし」
「そうですか……」
露骨にガッカリしてる。しかしそれにしても、あのマネージャーは本当に一言も喋らないな。何故か眼鏡は光を反射していて瞳が見えないし。撫で付けた七三分けも健在で、ノイローゼになった社畜みたいで不気味である。レヴィアはこいつのどこが好きなんだろう。
そんなことを考えていると、レヴィアの眉がぴくりと跳ねた。オレを睨むように見下ろしてくる。腕を組んだ彼女は、水槽の中をくるりと回転してみせた。
「あんたはなんでいるのよ」
「護衛だよ。どうかしたか?」
「別に。好きにすればって感じね」
「なんなんだよ」
レヴィアが何を言いたいのかわからない。そもそも伝えるつもりもないらしい。なら思わせぶりな態度を取らないで欲しいのだが。彼女はセーラー服のリボンを指先でくるくるといじる。そしてつんと唇を尖らせると、水槽の底を尻尾でピシャリと叩いて。
「それじゃぁまた明日。フワモフ。気合い入れておかないと気死するわよ」
そして最後にアドバイスなのか脅しなのか判然としない一言を残して行ってしまった。さっきまで興奮していたリュカは途端に震え上がってしまっている。これも盤外戦術なのだろうか。いや、レヴィアはそんな面倒なことはしないか。
「ふぅ。独唱会、参加したかったんだがな……」
立ち上がったリーリは残念そうに溜息を吐いた。主人が怯えているのにこいつはそんなお祭り気分なのかよ。
「まぁ仕方ないか。おい。今晩泊まる宿に行くぞ」
「へぇ。他の魔王も泊まるのか?」
「そんな訳ないだろう愚か者め。それぞれ別々だ。あ、貴様はその辺の空き家でも使っていろ」
「はぁ!? なんでオレまで別なんだよ!」
「元々招待されているのはリュカとお付きだけだ。よって宿も我々だけの物。わかったか?」
「……わかるけどムカつくな」
嫌だ二人と泊まりたい、とゴネるつもりもないが、この仕打ちには悪意を感じる。なんかリーリって時々こういう意地悪してくるんだよなぁ。昔ほど嫌われてはいないつもりなんだけど、何故だろうか。
「では行こうか。ほらリュカ。固まっていてもどうしようもないぞ。明日に向けて少し心を落ち着けよう」
「は、はい。あの、その……」
「ん、どうした?」
赤い顔をしたリュカが、オレを伏し目がちに見つめる。
「その、不安なので、今晩は出来るだけ側にいて欲しい、のですが……」
「え……」
そ、そう来たか。一瞬盛大に狼狽えるがしかし、
「却下だ!」
ズバリとオレ達の視線を切り裂くような仕草をしたリーリ。オレの腰を靴裏で蹴りつけてくる。
「貴様は空き家! リュカはちゃんとした宿! 不安なら私のぬいぐるみを貸してやる!」
「え、お前ぬいぐるみ持ってきてんの?」
「う、うるさい!」
烈火のごとく怒り出したリーリに再び蹴飛ばされ、オレはすごすごと退散した。久しぶりにリュカの甘えたような表情を見て、ちょっと頭がクラクラしている。一人で気楽に眠れるのは逆に良かったかもしれない。
しかしオレの夕食はなかった。




