廃都サタニキア続
「あのぅ……何もこんなに気合を入れなくても……」
「そんなわけにはいかない。今回の魔王会議は時間がなくてリュカが出席することになったが、その立場を狙う種族長は数多い。ここでしっかりとリュカが魔王様の後継者だということを示すべきなんだ」
「う、うぅ」
「リュカお嬢様。お綺麗ですよ」
吐き気は大分治ったようだが、リュカの顔色はまだ青い。元々が色白なせいもあって、頼りなさを余計に助長している。それを隠すための武装が、リーリとパトリシアの手で行われていた。
「おや、珍しい。リュカちゃんスカートやないんや」
「なんだが変な気分です……。変じゃありませんか?」
「大丈夫大丈夫。新米騎士みたいで可愛ええよ」
「くそっ! 低身長童顔ではこれが限界かっ!」
リーリも頑張っているが、その成果はあまり芳しくない。むしろオレには中学校の新入生みたいに見える。
リュカはいつもスカートだ。彼女は白を好むようで、ワンピースやツーピースドレスなんかをよく着ている。だが、今回の魔王会議に向けて、リュカを少しでも雄々しく威厳ある姿に見せるため、白いスラックスのようなズボンを履かされていた。上は青と赤の大きなボタンが取り付けられた騎士服のようなもので、なるほど。確かにこの世界の住人が見れば新米騎士だ。言ってはなんだが、全然迫力がない。子供が背伸びしているようにしか見えない。
「え、エドガーさま。おかしくはありませんか?」
「オレの世界で言うところの七五三みたいなものかな」
「シチゴサン?」
「いや、何でもない」
これを教えてしまうとしばらく口を聞いてくれなさそうだ。
戸惑っているリュカにかけるべき言葉はもっとあったかもしれないが、どうも第一声がそれになってしまった。
「よ、よし。これなら何とか……」
やっと妥協点を見つけられたらしいリーリが一息つく。彼女の審美眼では何とかなったらしいが、オレにはそうは思えない。パトリシアも同じ気持ちらしく、ちょっと苦笑いだ。アヤさんだけが楽しそうにケラケラ笑っている。そんな馬鹿にしたような態度に、リュカもむっと頬を膨らませる。ますます子供みたいだ。
「ふ、ふん! なら行きますよっ!」
「待て! 髪を結う! あぁくそ! なんてこんなモフモフなんだ! 髪型が決まらない!」
「もう良いです! あと髪のことは黙っていて下さい!」
リュカの髪の長さじゃ結わえることは出来ない。それをしようとするあたり、リーリもかなりテンパってるな。リュカもコンプレックスを指摘されて更に不機嫌になっていく。
「ではアヤさん! お屋敷のことはよろしくお願いしますね!」
「はいはーい。パティちゃんと楽しくやりよるよ。今夜は宴会やね」
「お、お手柔らかに……」
アヤさんのからみ酒の獲物として逃げ場のないパトリシアは今から不安そうだ。誰も助けてくれる者もいないから、会議が続く間はひたすら絡まれることになる。
魔王会議には、アスモディアラ領の代表としてリュカが出席する。領内の他の種族長からは不満の声もちらほら上がったそうだが、アヤさんの鶴の一声で沈黙した。そりゃ、一言、
「殺すよ?」
と言われれば黙るしかない。アヤさん本人としては、魔王会議にビビって右往左往するリュカを見ていたいだけだったらしいが、これが吉と出るかどうか。
そして、その護衛兼召使いとしてリーリもついていく。会議には魔王の他にもう一人側近の参加も許されているのだ。どの魔王も信頼する強力な魔族を連れて来るだろう。リーリ自身は他魔王の側近達にかなり見劣りしてしまうと危惧していた。そこで、
「エドガー様。お気をつけて」
「うん。パティもね。危なくなったらオレを呼んでくれ」
「よ、呼んでもどうしようもないと思いますけど……」
魔王会議に、オレも参加する。と言うより、リュカとリーリの付き添いである。他魔王と何とかパワーバランスを取るための判断だ。これに関してはオレから言い出したし、リュカもリーリも安心したように賛成してくれた。
つまり、リュカ、リーリ、オレの三人はしばらく屋敷を空ける。となるとパトリシア一人で残ることになり、それではあまりに危険なので、アヤさんに護衛を頼むことになった。最初は面倒がられたのだが、リュカが魔王の残した酒蔵の酒を全て譲ると言ったらころりとなびいた。魔王がコツコツと蒐集してきた名酒は数千本にも及び、アヤさんも大満足である。
「で、では。行きますよ」
「うん」
「頼むぞ」
数日に一回だけ転移魔法が使えるリュカの力を借りて魔王都サタニキアにまで移動する。魔王を屋敷へ連れ帰ってきた日から二日しか経っていないため、まだ魔力は不安定らしいのだが、そこは頑張ってもらうしかない。
「行きますよ」
「うん」
「頼む」
もしかしたら魔王都サタニキアから少し離れた場所に降りることになるかもしれないが、その時は歩くだけだ。一応は非戦闘地域だそうだし、変な連中に襲われることもないだろう。
「い、行きますよ」
「うん」
「あぁ」
待ちきれなくなったのか、アヤさんはさっさと酒蔵にまで飛んで行ってしまった。嬌声が聞こえてくる。
「い、行きま……」
「早よしろ!!」
「まだビビっているのか!!」
「だ、だってぇ!」
いつまでたっても魔法を発動しようとしないリュカの頭をはたく。リーリでさえも同じことをした。痛くないようにはしているが、それでもイライラは込められている。
リーリがリュカを正座させる。
「いいかリュカ! これは大事な大事なスタートなんだ。下手な行動をすればリュカの命も危ないんだぞ!」
リーリの言う通りだ。こんなビビりだがリュカは魔王の娘だ。六大魔王の中で唯一の血縁のある後継者なのだ。これを利用しようとする者は大勢いるだろうし、疎ましく思う者だって当然いる。そんな奴らを少しでも牽制するために今回の魔王会議は堂々と参加しないといけないのだ。
「それとも何か! リュカは魔王アスモディアラ様の御名に傷をつけるつもりか!」
「そ、それは……!」
「違うなら早く魔法を発動しろ! 遅刻なんてしたら袋叩きにあうぞ!」
「わ、わかりました」
やっと覚悟が決まったのか、リュカは力強く立ち上がった。ぐっと奥歯を噛み締めて右手を宙にかざす。細い腕からは、しっかりとした魔力が閃光になって室内を駆ける。
「虹の彼方・天と地・黎明の終焉・瞬き視る者・光陰・彷徨う御心・今ここに飛び立たん!!」
その魔力の波動は不安定で、かつてなくオレの臓腑を搔きまわす。腹から胃が飛び出してくるんじゃないかという恐怖すら感じた。気持ち悪いが臨界点を突破すると恐怖になるのか。全然嬉しくない発見をさせてもらった。
更に、不快な感覚も長い。これまでの転移魔法ならば数秒我慢すれば目的地に到着出来たと言うのに、今回は随分と時間がかかる。これもリュカが全快でないせいなのか。そして、
「う」
「あ!」
「おいこら!」
「うるぇぇええええおお!!」
「は、吐きすぎだ!!」
靴底が地面に着地した瞬間、オレの胃袋の中の物全てが逆流した。酸っぱい匂いのするドロドロが口からぶち撒けられる。なんか吐けども吐けども止まらなくて、かなり長時間吐き続けた。
「え、エドガーさま。今お水をご用意いたしますね」
「う、うぇ」
「情け無い! と言うよりなぜ吐くとわかっていて朝食を腹一杯食べるのだ! 愚か者め!」
「い、いや、お前の作った飯が美味すぎてさ……」
「っ!? っ〜〜!!」
なんかリーリがジタバタし出したが、オレはそれどころじゃない。だが、
「ふん!!」
「うぼっ!?」
リュカにパンチされた。きっちり鳩尾に縦の拳を入れてくるあたり流石だ。おかげで軽い呼吸困難になる。
「り、り、リュカ?」
「さぁ行きましょう!」
「えぇー。なんで殴ったの?」
大股でどんどん先に行ってしまうリュカの背中を見送る。不機嫌なことはわかるのだが、理由がわからない。あまりに気持ち悪そうにしたからプライドにさわったのかな。とりあえずはついていかないといけないので、立ち上がる。服の前がちょっと汚れていた。リーリに魔法で軽く洗ってもらうか。
「ん、おいリーリ?」
「ふぉ!? な、な、なんだ!」
「なんだじゃねぇよ。これちょっと洗ってくれないか」
「お、おお!? わ、わかった」
「なんかおかしいぞお前。顔赤いし、熱でもあんのか?」
「う、うるさいな! 黙ってろ!」
「……」
膝を蹴られたので黙る。なんかみんな暴力的だよなぁ。やっぱ魔界だからなのかな。特にオレに対して風当たりがキツイ気がする。
「ほらっ。終わったぞ」
「おおありがとう! こっからは大変だろうけど、頼むよな」
「貴様に言われるまでもない!」
リーリも行ってしまった。リュカに追いつくために少し駆け足だ。オレは遠くの二人をぼんやり見る。あんな普通な女の子たちも魔族なんだよな。人間の敵なんだよな。だってこれから人間と戦うための会議に参加するのだから。
激しく血生臭いこの世界において、あの子達があまりにも眩しく見えるのは、きっとオレの気のせいなのだろう。
そんな彼女たちを、守ってやれるのだろうか。
そんなことを考えながら二人の先を見てみると、そこには巨大な塔がそびえ立っていた。東京タワーやスカイツリーなんて目じゃないくらいの、見上げるだけでは頂きが見えない塔。麓までの距離はまだまだあるはずなのに、こんなにも巨大に見えるのか。
「あれが、魔王都サタニキア、だよな」
魔王サタニキアがかつて統治していた都市の規格外の姿に、身震いを起こしながらも一歩を踏み出した。




