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発覚と迷惑


 アヤさんが食堂で酒を飲んでいると、マミンが一人で入ってきた。抱えた分厚い紙束は、全て竜士で行った魔法実験のデータだ。

 もうすでに空は藍色に染まり、夕食が恋しくなる時間。


「まだ帰ってきてないの?」


 マミンはアヤさんの隣に座る。


「帰ってきとらんなぁ」


 彼女たちが話しているのは、単身ベルゼヴィードに挑んだアスモディアラのことだ。彼が出て行ったのは昼間のことだ。かなり長いこと戦闘が続いているらしい。もしくは、


「ま、十中八九負けとるやろ」


「冷たいのね」


「魔王ちゃんとサシでまともに闘りあったのはうちだけやからな。ある程度は予想出来るよ」


「まぁ確かに、私が調べたベルゼヴィードの、スライム族の生態を鑑みても、その予想は当たってると言わざるを得ないけど」


 マミンもアヤさんから酒の杯を受け取り、一口含む。良い酒だった。

 そんなことを言い合いつつもしかし、二人はアスモディアラならば、と考えていた。その理由は二つだ。まず、ベルゼヴィードを含む六大魔王の時代になる少し前、まだ五大魔王だった頃だが、彼ら魔王が直接戦場で相見えたことは一度もない。抗争はいくつもあったが、前線に立つのは領地に暮らす戦士たちであり、魔王自ら出陣することはほぼなかったのだ。なので、ここ数百年でお互いの戦闘力がどこまで高まったのかは測れないのだ。彼らは一応は敵対しているわけだし、他の魔王に開示しない「とっておき」を隠し持っている。

 二つ目は、その「とっておき」に由来する。雷鬼族のアスモディアラは雷の魔法を得意とするが、あと一つ、彼が使うことの出来る魔法があった。


「あの、グレンハルトちゃんとの最後の決闘で見せた不思議な魔法。あれがどうハマるかやな」


「姉さんがアスモディアラに教えた魔法ね」


「せや。マミンちゃんはあれが何か知っとんの?」


「いや、知らないわ。私達は三つ目族だけど、ほら、私って眼は二つでしょう? だからどうせ使えないからって、ハゲが教えてくれなかったのよ。だからあの魔法が何なのか知ってたのは姉さんだけよ。今は三つ目族もいなくなっちゃったし」


「やね。やから、その誰も知らない魔法がどう作用するか。もしかしたらがあるかもしれんね」


 マミンは三つ目族の血を引いてはいるが、その濃度が薄い魔族だった。だがそのおかげで、元来身体の弱い一族の出身でもここまで長生き出来ている。そして、血が濃かった姉のレベッカは、儚く命を散らした。


「ま、どっちが生き残ろうが魔界はまた動き出す。今はその準備に追われてるわ」


「そや。リューシちゃんの実験はどやったん?」


「ま、身体能力は一割増ってところね。それが保てる時間も短いし、ちょっと使い所が難しい薬になりそう」


「一割増かぁ。でも数万の軍勢が一割増って考えたら、それで充分やない?」


「どうかしら。レヴィアとサタニキアがいるからね。数はあんまり頼りにならないと思うわよ。強力な個を生み出すことが元々の狙いだし」


 魔界アイドルレヴィア。彼女自身は独唱会ばかりに気を取られてはいるが、人魚族としての彼女の戦闘力は群を抜いている。大海を自在に操る独自七言魔法「災禍の津波(デス・ストローム)」は、一度発動すれば人間の王国を容易く呑み込む。対軍戦闘力が圧倒的なのだ。そして憤怒の王サタニキア。隠居して千年になろうかと言う魔族だが、数百年前の力は、当時の魔王達ですら足元にも及ばなかった。それがどこまで衰えているかは計算出来ない。いずれにしても、この二人の魔王と互角に渡り合えるようになるには、一割増程度ではとてもとても頼りない。


「リューシちゃんがなぁ、ふらふらしとるからなぁ」


「そこが頭の痛いところね。ま、その辺もいずれは理解するでしょう」


 竜士の考え方や現状は、彼女たちにとって、いや、この世界にとって非常にもどかしく、また、キツい言い方をすれば迷惑なのだが、敢えて口にはしない。彼が自分で気づくのを待つつもりだった。

 この世界の在り方に、竜士はまだ馴染んでいない。


「それで? みんなは何しとるん?」


「だらしなくバテて死にそうになってるあいつの介抱してるわ」


「モテモテやな」


「どっかの誰かさんみたいね」


「浮気性なんも良う似とるしな。さて、どうなることやら」


 二人は静かにグラスを合わせる。赤い液体がゆっくりと喉を潤して、腹の中で熱を持つ。それは全身を巡りながら、体温を上昇させ、気がついた時には頭がぼんやりとしてくる。

 酒はいつでも同じ味だ。だが、飲む状況や相手によって、その味が変わって感じる。それが毒に変わるのは、いつになるのか。








「し、死ぬ……」


「お疲れさまです、エドガーさま。立てますか?」


「ごめん、無理だ。ちょっと寝てて良い?」


「情け無いぞダーリン。私はまだこんなにも元気だと言うのに」


「貴様は特別使用なんだ。良いから服を着ろ。一体いつ脱いだんだ」


「では、私は何か精のつくお夕食を準備いたしますね」


 魔法実験のあまりの苛烈さに、竜士の肉体はズタボロだった。あと少しで死ぬんじゃないか、という峠を何度も越えた。今はもう指先すら動かすことが出来なくて、軽い痙攣を起こしながら芝生に寝転がっている。


「私も風呂の準備をしてくる。おい、今日は特別だ。貴様が一番風呂に入れ。魔王様には私から伝えておく」


「さ、サンキュ……」


「ふむ。なんかみんな江戸川殿のために動いているでござるな。よし。我が輩もそのウェーブに乗るでござる! 江戸川殿、今日は二人でギャルゲーをしようではないか。可愛い女の子達に癒されること間違いなし!」


「可愛い、女の子……?」


 リュカの眉が不機嫌な形になった。ぎゃるげーとやらが何かはわからないが、また竜士がヘラヘラするのかと敏感に感じ取ったのだ。


「おっと。別にリュカ殿ももちろん可愛いでござる。だが、やはり二次元の女の子には二次元の良さがあるでござるよ。リュカ殿もご一緒にどうか?」


「結構です!」


「お前な……異世界にギャルゲーを広めようとすんなよ」


「布教もオタクの義務でござる」


「オレは今日は早く寝る。ギャルゲーはしない」


「む? ギャルゲーでは不満か? ならビーエルゲーか?」


「お前なんでもいける口なんだな……」


 牧村のオタクとしてのキャパシティの広さに感心してしまう。こんなに多方面に手を広げて時間は足りるのだろうか。いや、良く考えなくても牧村はニートだから、時間は無限に近くあるのか。


「とりあえずエドガーさま。まずはお着替えをしましょう。汗で濡れたままだと風邪を引いてしまいます」


「なら私がダーリンを脱がそう。なに、自分で言うのもなんだが、私は脱ぐことに関しては一廉の女だぞ」


「もう黙っててくれ……」


 疲れきった身体に、ツッコミという負担をかけたくない。これ以上牧村と団長のそばにいると、不必要な労力まで使うことになるので、早々にどっか行ってもらいたかった。

 だが、この二人は絶対に離れてはくれないので、竜士は頑張って自分から移動しなければならならない。

 リュカの手を借りてなんとか立ち上がり、のろのろとした足取りで風呂場に向かう。着替えはせずに、そのまま風呂に入ろうと思ったのだ。そして、都合のいいことに、リーリがひょっこりと顔を出した。


「む。ほら、すぐに湯が沸く。入ってこい」


「おう。ありがとな」


「べ、別にお前のためじゃないっ」


 分かりやすく慌てるリーリだが、他の女性陣三人からじっとりと見られているのに気づいていない。彼女の行動の端々から、考えていることはかなり筒抜けなので、他の者達はリーリの想いを知っているのだ。しかし、これも本人は気づいていない。


「では、わたくしもパティちゃんのお手伝いをしてきます。エドガーさま、お風呂で寝てはいけませんよ」


「わかってる……」


 そうは答えたものの、かなり気を張っていないとすぐ寝落ちしてしまいそうだった。だが、生憎この屋敷には竜士の他に男がいない。誰かと一緒に風呂に入るという選択肢がなかった。仕方ないので、


「おい、牧村、牧村」


「む? 如何したか」


「脱衣室のところから、オレに声をかけ続けてくれ。寝てしまいそうだ」


「それはまぁ構わないが、何故ゆえ我が輩?」


「お前どうせ暇だろ。基本役に立たないんだから」


「否定はしないが、改めて言われると苦しいでござる」


「ダーリン、私は?」


「団長は……野菜でも見て来いよ」


 団長には適当に指示を出しておく。だが、別にいちいち竜士にお伺いを立てる必要などないのに、何故団長は聞いてくるのか。

 聞いてきた団長本人は、素直にそうか、と一言頷くと、リーリの家庭菜園に行ってしまった。行動原理があまりに謎だ。

 そして、歩けなくなった竜士が牧村に風呂場まで引き摺られて行くのを、リーリは特に感慨もなく見送った。なんだかんだで、竜士が一番素の表情を見せるのは牧村ではないかと考える。


「ま、私には、関係ないからな」


 敢えて口に出して、頭を切り替える。今日は一日中竜士の魔法実験を見学していたので、仕事がかなり残っている。夕食までの時間に簡単なものを終わらせておこうと、まず魔王の執務室に向かった。

 ここ最近はレギオン国との平和条約締結のせいか、領内が少し騒がしい。人間達との交流を視野に入れる集落はまだ御し易いのだが、敵対姿勢を崩さない者たちが面倒だ。魔王の方針に抗議を表明している集落もいくつかある。そう言う集落に限って資源の採掘場であったり、物流の拠点であったりするので、対応が難しいのだ。万が一他の魔王勢力に寝返られたりすれば目も当てられない。魔王もセルバスもいない今、魔王領の問題はリーリの双肩にかかっていると言って良い。緊張感を持って執務に当たる。


「これは、ここで。なに、またナーガ族は人間と闘ったのか」


 ナーガ族は魔王領に住む一族で、非常に好戦的なことで知られている。有事の際には頼りになるのだが、そうでない時には勝手に人間を襲ったりするので、悩みの種だった。

 ナーガ族の周囲に住む他の一族からの報告書に、リーリは眉をひそめる。これはそろそろ魔王自ら彼らの暴走に釘を刺して貰う必要があるだろう。

 優先的に対処すべき書類として、魔王の引き出しに入れる。しかしその時、執務机の下の床が、少しズレているのを発見した。


「なんだ? 経年劣化か?」


 魔王の巨体を長らく支えてきた床だ。傷んでいてもなんら不思議ではない。これは早急に修理が必要だな、とズレた床のタイルを剥がすと、


「ん?」


 そこには巨大な黒い箱がしまわれてあった。つまりこれは床の劣化ではなく、魔王にとって何か重要なものを隠すためのスペースであったのだろう。


「鍵は、かかっていないな」


 箱の大きさはリーリの上半身近くあり、持ち上げるのにかなりの労を要した。

 ここでリーリは煩悶する。開けるべきかしまうべきか。執事であるリーリにも隠されていたのだ。魔王にとってかなり大切なものであることは想像に難くない。プライベートなものかもしれないので、迂闊に開けて良いものか。しかし、何かリーリやリュカに関わるものであるならば、ここできちんと確かめる必要もあるにはある。


「……」


 負けた。リーリはもっともらしい言い訳をいくつか重ねて、好奇心の誘惑に負けて、箱を開いた。すると、その中身は全て紙の資料だった。この巨大な箱に隙間なく収められている。その中の一枚をめくってみる。


「な、こ、これは……!?」


 次の資料を手に取る。それにも、別の資料にも。いや、全ての資料が。

 全て、ベルゼヴィードに関する調査資料だった。

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