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五大魔王


 魔王城の広間では、ギラとグレンハルトが幹部達を待っていた。グレンハルトはアスモディアラとは目を合わせようとしない。これには娘たちも苦笑した。良い歳してなんて子供っぽいのだ。


「……分かってると思うけど、魔王様から直々にお言葉があるわ。……いつもとは違うから、みんなちゃんとしてね」


 これまではいつもギラが魔王の代わりに喋ってきた。だが、今回は魔王の声が直接聞ける。ここにいる幹部達は全員若い魔族なので、魔王の声を聞くのは初めてだった。しかし、


「ちょっと待ちなさい。何故私が一方的に話を聞く立場なの?」


 この状況に不満を唱える者がいた。人魚族の女である。腕を組んで偉そうな態度で踏ん反り返っている。グレンハルトが静かにリュカの柄に手をかけた。流石にそれはギラが目で制したが、これだけ周囲を敵魔族に囲まれて大口が叩けるのは驚愕に値する。アヤ辺りは必死に笑いを堪えていた。


「自己紹介がまだだったわね。私はレヴィア。人魚族の族長の娘よ。そしていずれは魔界を制し、人間界まで手中に収める者よ」


「あらあら」


 レベッカが気の抜けた声を出した。温和な彼女ですら呆れているのだ。野望を馬鹿にしているのではない。この状況でそれを言うことに呆れているのだ。既にアヤは腹を抱えて笑っていた。


「……だそうよ。……どうする魔王様?」


 だが、ギラは意外と真面目に相手をする。そして、ここで全てが魔王サタニキアの裁量に委ねられた。


「若き人魚族の娘よ……」


 暗い御簾の向こう、低い低い、だが圧倒的な暴威を司る声が聞こえてきた。その声音に幹部達は身震いして思わず後ずさった。


「…………なに?」


 流石のレヴィアも、震える脚を叱咤しながら何とか立っていた。


「良き志だ……。お前も充分に見所がある……」


「ふ、ふん! 当然よ!」


「そこで告げる……」


 サタニキアの声に一拍の間があった。


「アスモディアラ……。マミン……。ルシアル……。レヴィア……。お前達をそれぞれ魔王と認め、各地方を治める権限を与える……」


「っ!?」


 まさかの展開に全員が声にならない声を上げた。


「そ、それは!?」


「儂は今日を持って正式に隠居する……。後のことは全てお前達の好きにするが良い……」


 その声はどこか勢いがない。こんなにも威圧的な声であるのに、精気が感じられないと言う何とも言えない色合いだ。だが、魔王サタニキアがかなりくたびれている事だけは伝わってきた。それは力ではない。心がくたびれているのだ。


「ふむ……」


「ええ……」


 まだここにいないルシアル以外の指名された幹部達が顔を見合わせる。まるで考えもしなかった展開であるし、魔界の今後に深く関わる内容であったので、判断に窮していた。


「質問をして、良いだろうか」


 アスモディアラが柄でもなくおずおずと伺った。ギラが静かに顎を引く。


「何故我々なのか。古株はギラとグレンハルト殿だ。魔力や名声、知名度を鑑みてもこの二名の方が相応しいだろう」


 当然の疑問だった。そしてそれと同時に、アヤとレベッカは指名されていない。アスモディアラと結婚するレベッカはともかく、アヤはこう見えて顔が広い。ハーピー族自体もかなり強力な一族なので、もし魔王を任せるのならば安定した統治を行えるだろう。

 アスモディアラの質問に、数秒考えを巡らせる時間をかけた後、魔王サタニキアが自ら答えた。


「ギラとグレンハルトは、お前達の調整役を担ってもらう……。魔王として不適格な行動を起こしたりすれば、即座に殺しその恥辱を雪ぐ……。儂と長い年月を共にしたからこそ任せられる仕事だ……」


「なぁにそれ!?」


 ここでレヴィアがまた声を上げた。


「そんなの結局あんたの支配から抜け出していないじゃない! 幹部と何も変わらないわ!」


 その通りだった。完全外部の監視役のいる魔王など聞いたことがない。お目付役ですらないそれは、魔王より上位の存在だと言える。また、その者たちが魔王サタニキアの息のかかったギラとグレンハルトと言うならば、結局は今の体制となんら変化がない。彼女たちは張りぼての魔王だった。


「気に入らないわ!」


「まぁ待ちなさい。まだアヤが魔王でない理由を聞いていないでしょ。もしかしたら何か重要な役目かもしれないじゃない」


 憤るレヴィアをマミンが抑えた。話の流れを敏感に察知したアヤは、嫌そうな顔を隠すことなく文句を垂れる。


「えー。嫌やわ。面倒やん」


「黙って聞かんか若僧ども」


 最初こそ大人しかったが、またすぐいつものような騒がしさを取り戻しつつある幹部達にグレンハルトが額に青筋を立てる。アスモディアラに敗れたとは言えまだまだ剣聖の力は健在だ。その迫力に皆一様に押し黙る。そして、


「アヤには仕事はない……。好きに生きよ……」


 これまた予想外の内容だった。


「仕事がない!?」


「なんで!?」


「ラッキー!」


 地方魔王などと面倒だと思っていたアスモディアラとマミンが声を荒げる。


「アヤは仕事など向いていない……。強いて言うならば、魔王達の仲立ちをせよ……。一度は幹部として集った仲間達だ……。争いあう事は本意ではない……」


 魔王サタニキアの言葉に全員が納得した。アヤは仕事とか任務とかそう言うもの全般に向いていない。面倒がるし途中で放り出すし、そもそもやる気がない。面白おかしく酒を飲む事だけが彼女の生きがいで行動原理だった。

 だが、仲立ちという仕事ならばある意味適している。アヤはなんだかんだで好かれているし、空を自由に翔けるハーピーならば魔王達が遠く地方を治めていたとしても間をとり持つ事が出来るだろう。魔王サタニキアの慧眼が光る采配だった。


「儂からは以上だ……。皆奮起せよ……。魔界を変える新しき時代の担い手達よ……」


 最後にそう言うと、魔王サタニキアの気配が弱まっていった。どこかに行ってしまったと言うより、やるべき事をやって気を抜いたらしい。本当に全てを幹部達に任せるつもりのようだ。

 魔王サタニキアから下された衝撃の命令に、全員が顔を歪ませる。新しき時代などと言われてもまるで実感は出来ないし、そもそも魔王になりたくて幹部をしていたわけではない。基本的には気の合う仲間と気楽に酒を呑む事だけが彼らの望みだった。だが、もし魔王サタニキアの命令に従いそれぞれが魔王となるのならば、今後容易く会う事は出来なくなるだろう。即座に頷ける内容ではなかった。


「困ったな」


「そうね」


「まぁ良えんやない? みんな頑張ってや」


「他人事だと思って……」


 アヤはすでに完全に外野の立場だった。レベッカは不安そうに眉をしかめてアスモディアラを見上げる。

 ここで再び大声を張り上げたのはレヴィアだった。


「気に入らないわね!」


 またか、と言う顔で全員がレヴィアに目を向ける。文句を言う人魚の娘は腕をぶんぶん振り回しながら怒鳴り続ける。


「隠居!? 隠居ってなによ! 新しい時代なんて言うんだったら、あんたを倒さないと意味が無いじゃない! じゃないといつまで経っても今の魔界を越える時代にはならないわ!」


 魔王サタニキアが治める魔界。魔王都サタニキアはグレンハルトによる完全な統治がなされていたが、実は他の地域では殆どその力は及んでいない。弱い魔族は端へ端へと追いやられ、強い魔族が羽振りを利かす。弱肉強食の世界は統治などとは言えない荒れ模様だった。かつての魔王サタニキアの全盛期はこんな事は無かったのだが、この魔王都に籠るようになって魔界は変わってしまった。

 そして、それを変えようとするのが人魚族であった。人魚族族長を筆頭に魔界制覇に名乗りを上げ、もっと国としての制度を整えようとしていた。レヴィアはその旗頭だった。


「今まで散々好き勝手やってきて、最後は全部丸投げ!? そんなの許さないわ! 古い魔王は古くさく新しい魔王に倒されなさい! 隠居なんて言葉を使って逃げないで!」


 隠居では、倒したことにはならない。この魔王を越えられないのならば、それは結局、この魔王が作った魔界よりも良い世界など作れる訳もない。だからこそ、レヴィアは魔王サタニキアに勝利する必要があった。


「……」


 御簾の向こうの魔王サタニキアは、押し黙ったまま動かない。ただ分厚い沈黙のみで答える。


「……なによ」


 拳をわなわなと震わせて、レヴィアはキッと御簾を睨みつける。

 その直後、素早い詠唱で魔法を展開。右手に大きな水鉄砲を召喚した。


「闘いなさい! 今すぐ私と!」


 グレンハルトは動かない。

 幹部達の中には誰も止める者はいなかった。ただ悲しい顔をして様子を見守るだけだ。


「あんたを越えるの! より良い世界を作るの! みんなが笑顔になれる世界を目指すの! だから私と闘いなさい!」


 魔王サタニキアは動かない。息遣いすらさせないほど落ち着いていた。自身に武器が向けられているとは思っていないような態度だ。

 そしてそれにレヴィアがキレた。


「こっのぉおお!!」


 抱えた水鉄砲から水の加護を受けた魔力球を発射する。幹部達から見ても充分な威力のある魔法攻撃だった。しかし、


「きゃあ!?」


 魔力球が御簾を破る直前、見えない魔力の壁に阻まれ弾かれた。それはレヴィアの身体に向かって跳ね返ってきた。間一髪でかわしたが、残酷な現実を突きつけられた。

 レヴィアの攻撃など、魔王サタニキアは物ともしない。魔法を発動した様子はなかった。つまり、身体に身に纏っている魔力のみで弾いたのだ。それは力の差と呼ぶには絶望的過ぎる隔たりだった。


「どうしてよ……」


 悔しさに涙を滲ませながら、レヴィアは床を叩く。こんなにも力を持った魔王が、どうしてこんな形で身を退くのだ。そんな自分勝手を許さなければならないほどの力を持っていると言うのに。


「……」


 認められないが、認めるしかない。全員がそう考えたその時、意外な男が動いた。


「魔王様」


 グレンハルトだ。

 御簾の前に歩み出て、膝をついて頭を下げる。


「恐れながら。この者の申す通りです。あまりに魔王様の行いは勝手過ぎます」


「お父さま……」


 それは、娘たちが初めて見るグレンハルトの反抗だった。


「ですが、全てを決定するお力は魔王様のみが所有しております。しかし。そこで一つ。選択肢を提案させて頂きたい」


「選択肢……?」


 魔王サタニキアが再び声を発した。


「は。先程魔王様が指名した四名に加え、魔王様もその中に入って頂くのはいかがでしょうか。四名ではなく、五名で魔界を統治し、その後最も優れた者が魔王となる」


 その提案は、グレンハルトが考えたとは思えないものだった。

 彼は魔王サタニキアに心酔している。だと言うのに、その魔王を他の幹部たちと同列にまで落とすようなやり方を提示した。若い幹部たちが、まさかの事態に絶句する中、唯一ギラだけは、口元に微かな笑みを浮かべていた。


「……」


「世界は変わり始めております。もしかすれば、魔王様のお気に召すような物になるやもしれませぬ。どうかご一考いただきたい」


 糸が切れたような沈黙が広間を支配した。頭を下げたままのグレンハルトは身動きをしない。大剣リュカは、自らの左側ではなく、右側に寝かせていた。一切の叛逆の意思がないことと、そして、もし魔王サタニキアが激憤し彼に処罰を加えたとしても、抵抗をしないことを示している。それは、かつて憤怒の魔王と恐れられた魔王サタニキアならば、充分に考えられる事態だった。


「グレンハルトよ……。お前には苦労をかけた……。ここで一つくらい願いを聞くのも、儂の務めか……」


 身が震えるような声音には、信愛の情が混じっていた。


「では」


「良かろう……。これよりこの魔界は、我ら五名の魔王が預かる……」


 これが、五の魔王が魔界に君臨するという異常事態の始まりであり、新しき時代の幕開けであった。

 もう幹部たちは、顔を見合わせることもしない。色々と言いたいことはあったが、今の彼らの力では魔王サタニキアの決定に抗うことは出来ない。それに、


「ふむ。ここからは我ら敵同士とも言えるな。手早く領地を決めなくてはならんぞ」


「旦那さま。領民になる魔族や集落のこともよく考えないといけませんよ」


「なら私には西の鉄鉱石が取れる地帯を寄越しなさい。あそこなら研究が捗るわ」


「ふん。私はこれまで通り海を支配するわ。見ていなさい。百年もしないうちにあんた達なんかボコボコにしてやるんだから!」


「レヴィアちゃんは元気良えなぁ。うちは好き勝手やるから構んけどな」


 幹部たち、いや、魔王達は目を光らせる。彼らとて一族を代表する強力な魔族であり、覇道に興味がないなんてことはあり得ない。すでに自らの未来に向けた準備を頭の中で始めていた。


「……私は、ここにいるわ。……グレンハルト。……あなたはどうするの?」


「さぁな」


 そんな若者たちを遠目に見ながら、ギラとグレンハルトは不思議と笑みがこぼれてくるのを感じていた。


 世界が始まった。





 今やっと仕事が片付いて帰ってきたルシアルは、とりあえず状況がわからずに困っていた。


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