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時代の終わり


 レベッカの言う通りだった。二人の決闘が始まって二分。グレンハルトは既に肩で息をしていた。身体のキレこそ落ちてはいないが、初速が僅かに遅くなっていた。


「くっ!」


 グレンハルトも当然自覚している。だが、齢千を軽く超える老体ならば当然の事だ。寧ろ、ここまで動けるグレンハルトが異常なのだ。それでも、彼は自身の衰えをカバーするために必ず短期決戦、初撃で敵を倒す事を徹底していた。しかし、今回はそれを成し得なかった。それどころか、こうして三次元的な攻撃を仕掛けられて体力を消耗させられている。


「地這雷!」


「下か!?」


 アスモディアラはグレンハルトに接近しない。常に遠隔からじりじりと体力を削る闘いに徹する。

 しかし、それでも一撃一撃は必殺のつもりだ。だが、当たらない。あの老人に攻撃を当てるイメージが出来ない。


「旦那さま!」


 この瞬間、レベッカが叫んだ。それは、絶妙なタイミング。


「このっ!!」


 グレンハルトの頭が沸騰した。大切に大切に育ててきた愛娘を、このような餓鬼に奪われるなど、許し難い。

 アスモディアラはそんな心情を読み取り、罠を仕掛けた。千雷と地這雷、どちらも単調なタイミングで発動し、グレンハルトから自らまでに一瞬の道筋を開けた。それに気づかないグレンハルトではない。最高速でアスモディアラへ接近する。

 振り下ろすのは神剣リュカ。魔王サタニキアより所有を許された最強の武器。これはグレンハルトの誇りであり人生だった。アスモディアラの額に切っ尖が刺さる。

 そこでグレンハルトの視界は黒に染まった。










 グレンハルトは、強すぎた。余りに強さを極めすぎて、負ける事を知らなさすぎた。だから、負けた。罠を罠だと知りながら逃げるという思考を生めずにいた。武の道の先を走りすぎた。それでも懸命に懸命に娘達を育ててきたから、どうしてもその手を離れる事が受け入れられなかった。しかし、


「私は、終わったのか……」


 負けは知らなくても、負けた事は分かる。


「……そうね。貴方は負けた。でもそれはつまり、私達が負けたと言う事よ」


 グレンハルトが目を覚ました場所は、魔王城の最高層、幹部達が集う広場だった。そこに大の字で寝転んでいた。そして、不意に出た言葉に答えてくれたのは、ずっとサタニキアを補佐し続けた女、ギラだった。


「終わり……」


「……そう。いい加減隠居しなさい。世界はそれを望んでいるわ」


 この時グレンハルトが何と返したのか。それはこの二人にしかわからない。哀しみだったのか諦めだったのか。無敵無敗の剣聖が、無敗ではなくなった日のことだった。


「外が騒がしいな」


「……アスモディアラとレベッカが祝福されているの。貴方も混ざる?」


「馬鹿を言うな」


 大歓声で沸く闘技場を、グレンハルトとギラは遠く横目で見つめていた。

 一方、観衆の怒号で近しい者の発する言葉すらわからない程の闘技場では、アスモディアラがレベッカを抱き抱えて咆哮を上げていた。


「やったぞレベッカ! お前の言う通りだった!」


「いいえ! 旦那さまが努力したからですよ!」


 そして、そんな二人を冷めた目で見やるのはアヤとルシアル、そしてマミンだ。


「あーあ、爆発すれば良えのに」


「私アスモディアラの義妹になるの……? 最悪……」


「まぁ良いじゃねぇかい! 今日は祝い酒でぃ!」


 アスモディアラがグレンハルトを倒したことは、新しい魔界の幕開けを予想させた。この時この場に集った十万の魔族達は、ここから始まる時代に、一人一人が興奮して雄叫びを上げる。その声はどれほどの時間が過ぎようとも落ち着くことはないように思えた。しかし、


「ふんっ! 魔界最高の決闘だって言うから観に来てやったけど、全っ然大したことないじゃないっ!!」


 怒号で埋め尽くされた闘技場を駆け抜ける、美しい声が響いた。


「ダメね、全然ダメ! ショーとしては三流以下よ! こんなんじゃあファンの皆も消化不良でしょう!」


 その声の主は闘技場の一番上、サタニキアの旗の下に立っている。

 黒いローブで顔を隠しているが、女だと言うことはわかった。小柄な身体のどこからそんな声が出るのかと言う程の大声量で、十万の観客全員がその者の方を向いた。


「私が本物のショー、いえ、独唱会ってのを見せてあげるっ! ジャーマネ!!」


「はっ!」


 女が指を鳴らすと、近くにいた黒眼鏡が両手を広げる。

 それを合図に、なんと闘技場の地面がゆっくりとせり上がっていく。アスモディアラ達の位置がどんどん高くなっていった。そして、観客席の一番下に座る者の目線の高さにまでせり上がると停止する。


「せいっ!!」


 その地面の中央に、ローブの女が飛び出した。その風圧でローブがなびき、顔が露わになる。


「だ、誰!?」


「ふふん。聞いて驚きなさい。私は人魚! 人魚族のレヴィア様よ!」


 あー! はいはいはいはい!!


 レヴィアと名乗る女が登場した瞬間、観客の中からいきなり大きな喝采が上がった。

 その勢いに、アスモディアラ達も何も言えない。


「それじゃあ行くわよ! 一曲目ぇ! 深海恋物語!!」


 呆気にとられる大観衆を覆い尽くすのは、ポップなアップテンポのミュージック。全ての魔族が初めて聞くような調べだった。

 そして、そんな音楽すら背景に変えてしまうような歌声が響き渡る。



 深い深い海の底から 私はやってきたの 私とあなた 私たちだけのために!!



『はいはいはいはい! あーよっしゃ行くぞ! タイガー、ファイヤー、サイバー、ファイバー、ダイバー、バイバー、ジャージャー!』


 そして、どこからともなく現れた男たちが、不気味な動きと掛け声で観客席を染め上げていく。



 だから笑って? 私を連れて行って? だってあなたとなら



『どこまでも行けるぅぅうぅ!!』



 さぁ行きましょう 私とあなた いつまでもいついつまでも だって私は こんなにもあなたを愛してる!



『はいせーの! はいはいはいはい!』



 イェイ!



『ウェイ!』



「イェイ!」



『ウェイ!』


 魔界にその名を轟かす魔王軍幹部達が、誰も身動きする事が出来なかった。耳に突き刺さる歌声に聞き惚れ、男達の大合唱に震える。曲のボルテージが上がっていくにつれて、関係のなかったであろう観客達も、徐々に身体でリズムを取り始め、一緒になって踊り出す者も出てきた。



 深い深い海の底から 私はやってきたの 私とあなた 私たちだけのために!


 私はあなたを愛してる この気持ちを抑え切れない ねぇそうでしょう? だから私と踊ってよ!!



 もう、何が何だか分からなかった。身体に流れ込んでくる歌声と音楽に支配されていく。会場全てがこの人魚の女に取り込まれていく。そして、曲がジェットコースターのように上昇し、あとは一気に滑り落ちていくだけとなった瞬間、大観衆が最高潮の盛り上がりを期待したその瞬間。

 大気を、いや。星を揺るがすような大轟音が月に向かって放たれた。


「うおっ!?」


「わっ!!」


「れ、レベッカ!」


 それは、人魚の女の歌声でも、どこからか流れてくる音楽でもない。闘技場から少し離れた場所、魔王都サタニキアの中心にそびえ立つ魔王城から打ち上げられた轟音だった。


「ちょっと!! これからって時に邪魔しないでくれる!?」


 人魚の女がメガホンを振り回す。だが、そんな風に身動きが取れているのは、彼女と魔王軍幹部だけだった。あとの者は魔族から道端の羽虫に至るまでピクリとも動けない。

 気がついているのだ。この、全てを寄せ付けず全てを無に帰す破壊力を持つ咆哮を放った者が誰かと言うことを。

 世界最強にして最古の魔族。魔王サタニキアの一声だ。

 その余りにも絶対的な力に、震えることすら出来ない。つい先程まで興奮していた魔族達を支配するのはとてつもない恐怖。ここ数百年表舞台に出てこなかった魔王が、ついに目を覚ましたのだ。その理由は理解出来る。この闘技場を一時でも支配してみせた人魚への怒りを表したのだ。


「ふんっ! 隠居魔王風情が! 隠れてないで出てきなさい!」


 しかし、このような危機的状況にあっても人魚の女はやかましくがなりたてる。声が魅力的なため、魔王城のてっぺんまで届いていると思えた。


「お、おい。止めておけ」


「せやせや。ブチ殺されるよ?」


「幹部のくせに日和ってるの!?」


 アスモディアラとアヤが止めに入る。すぐ近くにいるレベッカも、マミンも、ルシアルもうんうんと頷いていた。彼らは幹部と言えども魔王サタニキアに直接会ったことすらない。師匠筋にあたるグレンハルトが最大級の畏敬を払っていることから、凄い魔王だとは思っていたが、実際には学校の校長先生くらいの認識だった。しかし、この時に見せた力には流石に怯える。何と言ったって魔王の目の前でひたすら酒盛りばかりしていたのだ。その辺りのことが怒られるのではないかと肝が冷えている。


「ほら、うちが一緒に謝ってやるから。ごめんなさいしに行くよ」


「姉さん。家に良いお酒があったでしょ。あれ持って行きましょう」


「そうね。あ、でも魔王さまって辛口派なのかしら、甘口派なのかしら?」


「両方持って行けば良い。何にせよ急ぐぞ。ルシアル、ここの者たちは任せる。適当に帰しておいてくれ」


「りょーかい。おいらの分は上手いこと謝っといてくれ」


 全員自分のこれまでの行いが悪かったという自覚はあるので、今更ながら機嫌取りに走り出した。本音を言えば逃げ出したかったが、逃げ切れるイメージすら出来ないので、正直に会いに行くしかない。


「あんた達ねぇ。幹部がそんなんだからダメなのよ」


「お前に何が分かる。多分お前も呼ばれているから、行くぞ」


「ちょっと待ちなさい。あんなちょっと怒鳴っただけの老いぼれにわざわざ会いに行くの? 私が?」


 この人魚の心臓は神剣リュカで出来ているのではと幹部一同疑う。力の差も魔力の差も歴然。魔王と彼らは、同じ星の生命体とは認められないレベルで格が違った。しかし、この人魚は憎まれ口を平気で叩く。


「ついてこい。そうすれば分かる事もある」


「仕方ないわね」


 この日が魔界を変える日になろうとは、幹部達の誰一人として予想しなかった。


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