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レベッカ


 御簾の向こうには、魔王サタニキアがいる。巨大な赤竜である魔王は、普段は力を温存して人と同じような姿を取っている。今も幹部とともに広間にいられる理由だ。だが、顔を出してはくれない。そして、


「……魔王様は、そいつらを幽閉し話が出来るようになったらまた連れてこいと仰られているわ」


 絶対に喋らない魔王は、その心情を側近であるゾンビ族の女魔族、ギラにだけ伝え、それをギラが代言する。この形が取られるようになって長い。グレンハルトとギラ以外の幹部は、魔王の声を聞いたこともなかった。そして、まさかの命令にグレンハルトは驚きを持って返す。


「な、なにを! このような者達の声を魔王様のお耳にいれるなど……!」


「……魔王様がそう言ってるのよ。従いなさい」


 グレンハルトの細やかな抗議など通らない。自らの声に、本人の言葉で答えてくれないことが、彼にはたまらなく悔しかった。


「雷鬼族の突然変異とは聞いていたけど……本当に面白い身体をしてるわね。あり得ない肉体強度だわ」


 そうこうしているうちに、娘であるマミンがアスモディラの身体を検分し始めていた。


「マミン! まだ話は終わっていないぞ! 自重しろ! レベッカも止めんか!」


 魔王様の前で礼儀を知らない娘を叱る。母親を早くに亡くして、男手一つで育ててきた。愛らしい娘達だったことで、かなり甘く育ててしまったせいか、今ではこんなにも手前勝手な魔族になってしまった。


「ですがお父さま。マミンはこういう性格ですし……。それに、このお方は幽閉するのでしょう? 早くわたくしの魔法で治療しないと、死んでしまいますわ」


「っ……! 血を止めるだけで良い!」


 腹が立って仕方ない。普段は温厚なグレンハルトだったが、気分の悪い出来事が連続して起こったせいだ。気絶させるだけではなく、殺しておけば良かった。抵抗されたから殺した、と言い訳すれば、魔王も分かってくれただろう。そこまで考えられなかった己を悔やむ。


「ルシアル! 応急処置が終わり次第地下牢に放り込んでおけ!」


「うぇっぷ。了解」


 酒瓶を逆さにするバカ弟子は、本当にちゃんと聞いているのか定かでない。だが、これ以上精神を乱したくはなかったので、ひと睨みするだけで広間から出て行った。その背中を、上の娘、レベッカが心配そうに見送る。


「お父さま……。お疲れでいらっしゃるのですね」


「そんなことより姉さん。ちょっと調べて良いかしら? 本当に興味深いわ」


「ダメよ。すぐにルシアルに引き渡さないと。ほら、もうあんなに酔っ払っているでしょう。急がないと眠ってしまうわ」


 ルシアルは大酒飲みで、私生活はとてもダラシない。一度眠ってしまうと、数日は起きてこなかった。こんなに大きな魔族を運ぶことはルシアル以外には出来ないので、しっかり仕事をさせないといけない。

 アスモディラの身体をまじまじと観察しているマミンの目を遮るような位置に移動したレベッカは、ルシアルの酒瓶を奪う。そしてその瓶でルシアルの頭を思いっきり叩いた。


「ぐあっ!?」


「ほらルシアル。しゃきっとしなさい。お仕事ですよ」


「痛ぇ。叩くことねぇだろあねさん」


「酔っ払いにはこれくらいが丁度いいの。まだ傷口は完全には塞がっていないから、慎重にね」


 涙目で頭をさすったルシアルも、師匠に仕事を言いつけられていたことをやっと思い出し、渋々指を動かして魔法を発動する。広間の壁にめり込んでいた白い人形が数体動き出し、アスモディラの巨体を下から持ち上げた。レベッカの慎重に、という言葉は無視した乱暴な扱いで、重い荷物を地下の牢獄へと運び始めた。


「ねぇ姉さん。後で色々実験しても良いかしら?」


「どうかしらね。お父さまに聞いてみないといけないわ」


「ダメよ。あの石頭が許してくれるわけない。こっそりするのよ」


「もぅ。酷いことはしないでね」


 妹が手をぶんぶん振りながら迫ってくるので、レベッカも折れた。流石に殺しはしないだろう。ルシアルの人形達を追いかけていく妹の背中を見ながら、息を吐く。


「さて。私は外のハーピーの娘さんの面倒を見ましょうか」


 父であるグレンハルトの報告では、強力な雷による結界が張られているらしい。中の娘を守るためなのだろうが、傷を手当てしなければ死んでしまう。魔王は彼女にも興味を持っていた。どちらかが欠けてはいけないし、助けられる命ならば助けてあげたい。そんな想いで城の外へと歩いていった。

 そして、アスモディラが幽閉されて三日目の朝。とうとう本人が目を覚ました。アスモディラは、まず自分が生きていることに驚いた。絶対に殺されたと思っていた。周りを見回すと、そこは暗い牢獄の中のようだった。窓すらない狭い場所で、魔法の手枷を嵌められて転がされている。五体満足。胸の傷はまだ痛むが、魔法による治療のあとがある。助けられたことを理解する。だが、助けられた意味がわからない。動揺していると、


「おはようございます。お身体の具合はいかがですか?」


 女の声が聞こえてきた。牢獄の向こうから、足音が近づいてくる。


「あと数日は眠ったままかと思っていましたが、素晴らしい回復力ですね」


 優しい雰囲気の声だ。少なくとも、こんな話し方をする魔族には出会ったことがない。


「何者だ」


「あら。そんなに警戒しないで下さい」


 やっと見えたその姿に、アスモディラの背筋に稲妻が駆けた。

 長く滑らかな白い髪。独特な朱と蒼の瞳。そして、おでこのところにある閉じられた瞳、三つ目族の、見ているだけで震えが起きそうなほど美しい娘だった。


「私の名前はレベッカ。一応魔王様の直属の幹部です。弱いのでなんちゃって幹部ですが」


 牢獄の中で転がされているアスモディラと視線を合わせるように、レベッカがしゃがみこむ。その瞳は吸い込まれてしまいそうな力を宿していた。そして、同じように美しい姿をした、ただ一人の仲間を思い出す。


「アヤは!? アヤはどうした!?」


「あら、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。あなたと同じように幽閉されてはいますが、生きています。拷問したりもしてません」


「そ、そうか。い、いや! 信じられない! 会わせろ!」


 魔王に捕まってまともな待遇を受けている訳がない。殺されているかもしれない。いや、もっと醜い罰を受けているかもしれない。会って確認したかった。


「ふふ。仲間想いなのですね。やっぱり」


「なに……?」


「あなたの護りの魔法。敵意を持った相手には鉄壁でしたが、治療を施そうとしている相手にはちゃんと通してくれました。おかげで私が治療出来たんです」


「っ!?」


 ひとまず、生きていることはほぼ確実となった。安心すべきがどうかはわからないが、それだけわかっただけでも良い。そして、自分の状況にも考えが巡る。


「何のつもりで我らを生かしている」


「さぁ? 魔王さまのお考えはちょっとわかりませんので。それと、目を覚ましたら魔王さまの元へお連れするようにと仰せつかっております。どうぞついてきて下さい」


 レベッカが牢獄の鍵を開け、外に出るように促す。脚の枷は外され、自由に動き回れるようになった。手枷は流石につけたままだが、肩だけなら充分動く。


「さ、行きましょうか」


 レベッカはにこりと笑って前を歩く。美しい白髪がたなびく。そんな風にあっさりと背後を向けられ、アスモディラはどうすべきが悩んでしまった。ここでこの娘を殺すことは、そう難しくない。主観ではなく、客観的に見てアスモディラの方が強い。魔法はなくとも、自身の半分ほどしか背丈の無い娘など、拳を一振りすればぺしゃんこに出来る。しかし、何故か実行する気になれなかった。それはこの娘の放つ独特な雰囲気のせいか、それとも、アヤを残して自分だけ逃げることが出来ないせいか。自分自身でもよくわからない感情に惑うことに捉われて、結局アスモディラは何もすることなくレベッカの後ろをついていった。

 地下を抜けると、入り組んだ魔王城の中に出る。常に三つ以上の分岐点が存在し、中の者でない限り絶対に迷う仕掛けになっていた。試しに壁に触れてみると、かなり強力な防御魔法がかけられており、破壊して進むのも難しそうだ。壁のところどころに白い人形が嵌め込まれていることも気になる。どういう美的感覚をしているのかわからない。そして、急にレベッカが止まった。行き止まりである。


「少し退がっていて下さいね」


 レベッカが壁に手をついて、何やら小さく詠唱する。すると、壁がぼやけるように透けていき、箱型の空洞が生まれた。アスモディラも余裕で入れる大きさで、中は正方形だ。


「これは妹が作った魔族を移動させる箱なんです。凄いでしょ」


「う、うむ?」


 アスモディラが何と返事をしたものか困っているうちに、レベッカが再び唱える。すると、箱が高速で上昇していくのがわかった。魔法が一切必要としない移動方法など、初めて知った。そして、レベッカが静かに語りかけてくる。


「魔王さまは不思議なお方です。何か話をする時は、後悔のないような言葉選びをした方がいいですよ」


 それはつまり、少しでも気分を害せば、即刻殺されてしまうということだ。やはり魔王は魔王だと再確認していると、箱が停止したことがわかった。

 正面が開いて、レベッカが箱から降りる。降りた場所は暗く狭い。その向こうから光が差し込んでくる。そこに魔王がいるのか。一つあり得ないほど巨大な魔力が漂ってきている。魔力量の違いだけで戦意を喪失してしまうほどのレベルの差。初めから如何ともしがたい実力の差があったのだ。そして、とうとう広間に到着した。そこから香ってくる匂いは、


「あ、アスモディラちゃん遅いやーん!」


「なんだデカい割にえらく殊勝な態度じゃぁねぇか。ほら、こっち来て座れや」


「ちょっとルシアル! またこぼしてるわよ!」


「……ふぅ。こら、もっと落ち着いて食べなさい」


「食べてるさ。マダム・ギラもどうだい?  このミルクはなかなかの味だよ」


 広い広い広間の中央で、数人の魔族が酒盛りに興じていた。真っ黒な衣装に身を包んだ女、顔を真っ赤にして笑っている小人族の男。全身に縫合痕があるキセルを吸う女、そして、何故か小さな子供。そんな不思議な取り合わせのメンバーの中に、アヤがいた。


「アヤ! 無事だったのか!」


「そうなんよ。絶対死んだと思うとったわ。あ、ルシアルちゃんその酒は氷で割って飲むんやよ」


「構いやしねぇよ。腹に入っちまえばおんなじよぅ」


 そして、アヤは随分と仲よさそうに混ざっている。今も大きな酒瓶を一気飲みしてぷはぁと一息ついていた。


「こ、これは……」


「昨日目が覚めたのです。それからずっとこうなんですよ」


 やれやれといった表情でレベッカが酒盛り場に歩いていき、ルシアルとアヤから酒瓶を引ったくった。


「飲み過ぎですよ」

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