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剣聖


 ベルゼヴィードが腹から取り出した大剣は、アスモディアラがよく知るものだった。いや、彼にとって最も感慨の深い武器であった。


「何故、貴様がそれを……!!」


「つい一月ほど前に、かの剣聖グレンハルト殿自らお見えになったのだよ。あなたと似たようなことを言っていたかな」


 アスモディアラはふつふつとこみ上げてくる感情に、何と名前をつけていいかわからなかった。偉大なる剣聖が、自分と同じことを考えてくれていた。そして、その老体を押してまでこの狂王へと挑みかかってくれた。感動のような感謝のような、熱を持った何かが胸に溢れる。

 しかし、それと同時に脳を支配するのは、ベルゼヴィードがどうしてその大剣を持っているのかと言うこと。剣聖グレンハルトの代名詞とも言える武器を、この男が所持している。つまり、剣聖グレンハルトは、


「貴様に、破れたのか」


「いかにも」


「どんな、最期であった?」


 ベルゼヴィードと闘って負けたのだ。その身体がどうなってしまったのかなどは簡単に想像できる。しかし、聞かずにはいられなかった。そして、ベルゼヴィードもアスモディアラの想いに誠意を持って答える。


「素晴らしい剣技だった。御歳二千年を越えるご老体とは思えぬ美しい剣筋。その完成された技を見たいがために、百を越える回数、私の首は落ちたよ」


 つまり、それだけの傷を負ったというのに、ベルゼヴィードは死ななかったということか。そして、


「彼は極上の味だった。枯れ枝のようにか細い手足だったが、闘うための生命力に満ちていた。私は彼の築き上げた全てに敬意を持って食したよ」


 その声には、狂気も下劣さも含まれてはいなかった。聖女たちが食物に感謝して手を合わせるような、誠実な心が見て取れた。そして、そのことにアスモディアラも安心する。あの御仁は、最期の最期まで高潔であったのか。そして、それをしかとベルゼヴィードは受け取ってくれたのか。


「では、その大剣『リュカ』で、私と闘うつもりか?」


「その通り。触れる物全てを斬り捨てる絶対の刃。あなたへの脅威となるでしょう」


 大剣を肩に担ぐベルゼヴィードは、その重みで肩口を深くまで斬られている。それほどまでに、この大剣リュカは凄まじい鋭さなのだ。


「仕切り直しだ」


「大英雄の武器に恥ずかしくない闘いにしなければね」


 剣の切っ先は朱、根元は蒼の大剣リュカが、雨を弾く。










 魔王都サタニキアは、その名の通り憤怒の王サタニキアが住まう魔界の王都だ。巨大な岩山を掘って造られた魔王城を中心に、円形に都市が広がっている。そこでは多種多様な魔族が暮らし、規模にして数十万をゆうに越える。またそれらの魔族は皆、サタニキアに選ばれた優秀な戦士でもあり、世界最大の城塞と軍事拠点の両面を合わせ持っていた。最強の王に率いられた最強の軍勢の都市。一端の魔族などは近づくことすら出来ない空間である。

 しかし、その魔王都は今、史上初の戦火に見舞われていた。都市のあらゆる場所で火の手が上がり、建物が木っ端微塵に弾け飛んでいる。そしてその惨状は、ある二人の魔族によって生み出されていた。


「ガハハハ! 弱い弱い! これが精鋭部隊だと!? 片腹痛いわ!」


「ほらほら。早う逃げんと塵になるよ!」


 アスモディアラは雷を、アヤは暴風を。魔王都の上空から間断なく放ち続けていた。地上から撃ち返される魔法攻撃は全てアヤが魔法で弾き、翼竜ワイバーンに騎乗して攻め込んでくる魔族は、アスモディアラが徒手空拳で叩き落とした。

 二人が侵入した正門付近の建物はほぼ全壊。その全ては魔王都防衛のために造られた強固な建築物であることを考えると、二人の暴れっぷりがよくわかる。王都の至る所に戦士の死体が転がり、地面は血の池となっていた。初手の奇襲に成功した二人は、その勢いのまま王城を目指す。後は抵抗する数百の魔族を蹴散らせば良いだけだった。しかしその時、突然魔族達が退き始めた。波の引き際のような滑らかな撤退に、二人も驚く。これまで、どんなに殺されても立ち向かってきた戦士の面影はどこにもない敗走だ。


「なんだ……?」


「さぁ? けど、これで片付いたやん。一気に行こか」


 ゆっくりと地に降り立つ。血溜まりが跳ねて二人の脚を汚した。辺りを見回してみても、本当に誰もいない。どこかに隠れて罠を仕掛けているという様子もない。これだけ広い魔王都から、魔族が消えた。

 だが、この時の二人はそのことについて深くは考えなかった。己らの強さに敵が逃げたのだと本気で思っていた。それは若さゆえの勢いであり、失敗だった。


「む?」


「おや」


 徒歩で魔王城を目指す二人。もう城のすぐ近くまで到達していた。城を前にした大きな広場に出る。しかし、そこには一人の魔族がいた。広場の中央に胡座をかいて座る、小柄な魔族だ。両手を胸の前で組み、目を瞑っている。その魔族は、見たところ三つ目族だった。しかし、彼らの専売特許である絶対的な視力を持っていない。盲目なのだ。三つの目は全て閉じられている。そして、その魔族の隣には、巨大な朱と蒼の大剣が寝かせられていた。


「なんだ枯れ木の翁よ。そこで何をしている?」


「せや。何のつもりか知らんけど、早よ逃げや」


 二人は嘲笑の混じる声を発した。座した魔族は見るからに弱々しい老魔族だった。手脚は細く筋が浮き、頬も胴も痩せこけていた。


「身の程を弁えぬ愚か者どもよ」


 すると、老魔族が低い声を出して立ち上がった。大剣を持つことはしない。手をぶらんと垂れさがらせている。


「本来ならここで斬り捨てるところだが、王が興味を示された。ここで拘束する」


「はぁ?」


 アヤが嘲笑う。やれやれと首を振り、老魔族を見下した。


「お爺ちゃん、ボケてしもたんか? ま、良えわ。さくっと殺し……」


 言葉が形になる手前、老魔族が恐ろしい速度で大剣を拾い上げ、アヤに斬りかかった。その姿を目で捉えることすら出来ないまま、アヤは首筋から肩にかけて袈裟懸けに斬られた。大量の血を撒き散らして弾き飛ばされる。


「アヤ!?」


 アスモディアラがやっと気づく。隣で起こった異常事態に反応し、老魔族を迎撃する態勢に入る。


「ふん」


 老魔族が再び袈裟懸けに斬りつけてくる。それを受ける瞬間、


「が、ハ……!?」


 アスモディアラの胸から、大剣が生えていた。老魔族が背後から大剣を突き刺している。


「お、の……れ」


「未熟者どもめ。名乗ることすら不愉快だ」


 大剣が引き抜かれた傷口から、滝のように血を流したところで、アスモディアラの意識は途絶える。その瞳が捉えたのは、老魔族の冷たい表情と、身動き一つしないアヤの姿。そして、最後の力を振り絞って、魔法を発動した。

 アスモディアラとアヤは、老魔族によって一瞬で無力化された。その傷の位置は全て致命傷をぎりぎり避ける場所であり、明らかに手加減されていた。


「おい、バカ弟子」


 大剣についた血を振り払った老魔族は、王城の上部に怒鳴りつけた。


「こいつを魔王様の元へ運べ。あちらは、仕方ないな」


 アスモディアラは血を流しながら気を失っている。アヤも同様だ。しかし、アヤの周りには、雷で作られた牢獄が出来上がっており、中の者に触れることが出来ないようになっていた。アスモディアラが見せた、悪足掻きの正体だった。


「うぃー。りょぉっかいっす」


 王城の上部、テラスのようになっている場所から声が聞こえてきた。その息はほとんどアルコールで構成されているのではと思えるほどに酒臭かった。姿を見せない声の主は、右手の指を動かす。すると、王城の門の中から、数体の人形が歩いてきた。大きさや形は人間と同じだが、顔の部分には何もない、真っ白な人形だ。そいつらが、アスモディアラの身体を抱え上げると、王城の中へと運んでいく。


「ふん」


 老魔族は、その様子を見て鼻を鳴らす。彼の弟子は不出来だったが、こういうところでは役に立った。逆に言うと、こういうところでしか役に立たない。弟子としては失格だった。だが、老魔族が仕える魔王サタニキアが、弟子のことを気に入っているので破門出来ない。秩序と勤勉さを重んじる彼にとっては不服でしかなった。


「む?」


 自らも主人の元へ戻ろうと一歩を出したその時、彼の左頬に小さな痛みを感じた。手をやってみると、傷口があり、赤い血がぷくりと膨らんでいる。

 老魔族の顔が歪む。彼の名はグレンハルト。魔界一の剣士と名高い常勝不敗の戦士だった。そして、彼が傷を負ったのは、実に五百年ぶりのこと。自身の衰えを自覚するとともに、あのような愚か者どもから負傷をさせられたことが気に入らなかった。また、娘二人は老体をおして戦場に出る彼をいつも心配しており、こんな小さな怪我だったとしても、大騒ぎして隠居するように勧めてくるだろう。その相手をすることだけでも骨が折れる。敬愛するサタニキア王のために、まだまだ働かねばならない。暴れることしか能のない大バカ者達に身の程を知らせることも彼の仕事だからだ。

 魔王城を昇る。要塞である城の中は複雑に入り組んでおり、正確なルートを知らないよそ者は進むことは出来ない。また、壁一面に嵌め込まれた白い人形達は防御装置にもなっており、侵入者を見つければ即座に襲い掛かり、上階にいる魔王幹部たちに報告がいく。

 魔王都サタニキアは軍事拠点であり要塞都市ではあったが、その実体はただのフェイクに過ぎない。侵入者や反逆者が出た場合、魔王城の幹部が直々に闘って撃退するための、時間稼ぎをするだけだ。城壁のない魔王城は、絶対的な戦闘力を誇る幹部達が戦い易くするためのものだった。

 グレンハルトは階段を昇りきり、魔王城の一番上、大きな広間に到達した。そこには既に幹部達が揃って待っている。

 全身に縫合跡のある女はキセルを薫せ壁に持たれかかり、グレンハルトのバカ弟子はサタニキア王の御前だと言うのに酒を飲んでいる。そして、彼の二人の娘達は、興味深そうにアスモディラを眺めていた。下の娘は気に入った相手を舌で舐める癖があるので、グレンハルトは要注意をしながら腕を組む。


「魔王様。阿呆どもを捕獲して参りました。処分は如何様に?」


 正直、今ここにいるメンバーで、まともに幹部の仕事をしている魔族はいない。グレンハルトの上の娘は仕事に対して意欲はあるのだが、身体が弱く満足に働くことが出来ない。後の者は、皆好き勝手にやりたい放題しているだけだ。


「魔王様。是非とも厳粛な処分を。近頃では此奴らを始め、魔界の海でも人魚族の力が強くなっております。魔王様に従わない者どもへの見せしめにするべきです」


 魔界は広い。いくら魔王サタニキアの力が強大だと言えど、力が及ばない地域はある。そのせいで、今回のような馬鹿者が出てしまった。次をなくすためにも、これらは殺すべきだ。

 ここ何十年か、あまり姿を見せなくなった魔王の裁定を、グレンハルトは期待して待っていた。

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