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日常の終わり


 最早、議論の余地はないように思われた。全員の口から出た言葉は、結婚したいと心から望む団長を、根底から完全否定するものだったからだ。「なんか嫌」。団長は素敵な女性で、パートナーとしても申し分ない。でも、なんか嫌。


「な、なんか嫌だと言われてしまうと、私としてはどうしようもないのだが……」


「いや、色々あるよ? 嫌な理由。まず全裸でうろつくこととか、完全に自分ルールで生活していることとか、たまに訳わかんないこと言うとか。でも、それらを対消滅出来るくらいには団長は良いとこいっぱいあるんだよ。でもさ」


「まて。いい。言わなくていい」


 なんか嫌、という言葉は団長に静止された。喉元まで出かかった言葉をごくりと飲み込む。


「何故、と言われても難しいですね……。何というか、一生添い遂げるには団長さんはキツいと言いますか……」


 リュカのパンチはなかなかヘヴィーだ。だが、同時に良いことを言った。そう、結婚というのは一生一緒にいるということだ。病める時も健やかなる時も、どんな時も二人で過ごし、二人で乗り越える。全ての人間が個々でしか生きていけない中で、唯一無二の存在を選ぶ。それが結婚なのだ。

 そして、そのパートナーとして団長は合致しない。結婚相手として必要だと思われる全ての要素を兼ね備えているが、不必要な要素も残念ながら持ってしまっている。しかし、となると、団長はある意味ではイーブンなのだ。プラスマイナスゼロ。結婚には適した人間であることになる。


「ですが、それでも団長さんと結婚するのはなんか嫌……。こうなってくると、そもそも結婚自体が向いていないことになりますね」


 重いパンチを次々と繰り出すリュカ。もう団長のライフは赤色だ。だが、それが結論のような気がしてくる。団長に申し訳ないが、それがここにいるメンバーで出た答えだった。

 そのことに同時にたどり着いた面々が、目を伏せて黙り込む。水を渇望している者に、水瓶を与えてあげられない。むしろ、油の入った鉄鍋を渡すことになってしまった。

 可哀想だが、打つ手なし。そう思ったその時、


「では、お見合いをしてはどうか」


 暗雲立ち込める空に、一筋の流星が光った。


「え?」


「だから。お見合いでござる。結婚を望んでいるのは何も団長殿だけではあるまい。団長殿ならば、結婚したいと言ってくる、真実を知らぬ男は多いはずでござるよ」


 牧村が提案したことは、別に珍しいことではない。お見合い。現代日本ではその数は減らしてきたかもしれないが、それでもしぶとく残る風習だ。また、今では婚活パーティーなんてものも頻繁に開かれている。

 だが、それこそ当たり前過ぎて、オレには良案とは思えなかった。というのも、団長は結婚するためには手段を選ばぬ人だ。ことここに至ってまで、お見合いという初歩的な方法を試していないはずがないと思えた。しかし、


「お、オミアイ?」


「うむ。結婚したい男女が、両親や上司、友人の紹介で会って話をすることでござる。そこで相性がよければお付き合いを開始し、結婚を目指す。元々結婚したい者同士だから、ゴールへの道筋も見えやすい。如何か? 悪い話でないでござろう?」


 まぁ、牧村の説明は間違っていない。そして、牧村が言葉を紡ぐにつれて、団長の頬に少しずつ赤みが戻ってきた。他の女性陣も暗い顔を明るくしていく。


「そ、そんな素晴らしい方法があるのかっ!?」


「うむ。我が輩がいた世界の風習でござる」


「え!? 逆にお見合い知らねぇの!?」


 素直に声をあげて驚く。こんな戦火が直ぐそばでパチパチいってるような世界だ。お見合いなんて当たり前、むしろそちらがメインだと思っていた。恋愛結婚なんて、ごくごく稀なことではないのか? そう言ってみると、


「いや、両親が決めた許嫁や政略結婚は普通にあるが、そのオミアイという発想はなかった」


「そうですね。お二人のいた世界では、よくあることなのですか?」


「今は少ないけど、まぁ誰もが知ってる方法ではあるよ」


「うむ」


 お見合いの概念がない。その理由は分からないが、それが分かっただけでも大きな進歩だった。後は実行すれば良いだけだからだ。


「では、結婚相手を王国に帰って募集すれば良い。団長ならばそれこそ抱えきれないほどの男が手を挙げるだろう」


 リーリは言外に早く屋敷から出て行けと言っている。まぁ、団長悪いことはしないけど、好き勝手に生きてるから、ちゃんとした生活を徹底したいリーリにとっては煩わしい存在なのだろう。畑仕事とかは二人で仲良くやってるけどな。


「オミアイ、ですか。不思議な文化ですね。結婚したい男女が会うだけで、きちんと慈しみ合うことは出来るのですか? 例え結婚出来たとしても、その後上手くいかない気がします」


 これはパトリシアの意見だ。まぁ、分かる。お見合いを知っているオレですら疑問に思うポイントだからだ。だが、お見合いだろうが恋愛結婚だろうが、上手くいく夫婦はあるだろうし、その逆だってあり得る。そこは関係ないのではないだろうか。


「ふふ。これは本当に良いことをきいた。なんだか結婚出来るような気がしてきたぞ!」


 団長も元気を取り戻してきた。テンションの上昇そのままに、服を脱ごうとしている。それはリーリに背後から止められているが、まぁ、元気になってくれるならそれで良い。


「オミアイ、ですか」


 すると、ここでリュカが静かに呟いた。荒ぶりだした団長を抑えるためにパトリシアも参戦したため、その呟きはほとんどリュカ一人のものだったが、不思議とオレの耳にも届いた。お見合いについて、何か思うところがあるのだろうか。もしかしたら、オレにお見合い経験があるのかとか聞いてくるつもりなのかな。自意識過剰だとは思わない。リュカはそういう娘だからな。しかし、そうはならなかった。自身の丸い角をさすりながら、リュカは目をむって何かを考えているだけだ。

 オレにはその様子が、少し嫌な感情を生じさせる気がした。リュカを嫌うとかではない。何か、不吉な予感がする。何か、辛いことが起こるような、そんな胸騒ぎのような靄に、息苦しくなる。


「さあさあ。オミアイとやらは素敵な考えですが、ちゃんと計画を立てないとダメですよ。ほら、団長さんも落ち着いて下さい」


 しかし、急に他人にすり替わったように笑顔になったリュカは、珍しく仕切るようなことを言った。それと同時に、オレの靄も消えた。


「計画か。そんなの、私の婿募集と城下に宣伝すれば良いのではないか?」


「あんた適当すぎるだろ。多少は希望を言っておかないと変な奴がくるぞ」


「構わん。むしろ普通の男に来られてもつまらないだろう。だが、強いて言うならば、私より強くて私を守ってくれて、誰よりも私を大切にしてくれて、背が高くて顔はすっきりしたイケメンで髪は銀色で、家事をちゃんと手伝ってくれて、私の料理を美味しいと喜んでくれて夜はちょっと激しくて、出掛ける時はいつも私のおでこにキスをしてくれる男が良いな」


「あんたが結婚出来ない理由がよくわかった。誰でも良いとか言ってるけど、実は全然誰でも良くないじゃねぇか」


「これは……リュカより重たくて面倒くさい人間がいるのだな」


「ちょっとリーリ! わたくしのどこが面倒くさいのですか!? それに団長さんくらいは普通ですよ!」


「う、わ。え、エドガー様、ご愁傷様ですね」


「まぁ、美少女に囲まれてる輩なんてそんなものでござる。ざまぁ」


「よぉし牧村。お前のフィギュアの命はないと思え」


 団長の思わぬ一面、知りたくなかった一面が知れた。そしてことあるごとにオレに罵倒を飛ばしてくる牧村への復讐を胸に誓う。

 これは、何とかなったということで良いのだろうか。団長の結婚自体を成功させることは出来なかったが、そのアシストくらいは出来た気がする。後は団長本人の頑張り次第だ。と言うより、いかにボロを出さずにお見合いを全う出来るか、と言うことだが。

 リュカやリーリ、パトリシアと共に、うきうきした本当に嬉しそうな表情でお見合い計画を立てる団長を、遠くから見ていた。もうその姿に負のエネルギーは微塵もなく、いつもの元気な団長そのものだ。オレはそれが凄く嬉しい。そして、団長が元気になったことを他のメンバー全員が喜んでいることが、たまらなく幸せだ。最初は闘ったり、喧嘩したり、怒鳴りあったりしたメンバーだが、今はその行為にすら親愛を感じる。種族や立場を越えて、わかり合い手助けし合える者たちが、確かに存在する。

 もし、もし。このメンバーがこの屋敷で過ごせることに、オレが少しでも関わってこられたならば、この世界にやって来たことは、正しかったと思える。この世界にやって来て良かったと、思える。

 温かな揺かごのような光景を前にして、オレは一人そんなことを考えていた。願うことを許されるとすれば、いつまでもこんな日常が続いて欲しい。誰一人欠けず、誰一人不幸にならず、互いを認め合って、暮らしていきたい。

 そう、思える。

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