「なんか嫌」
食堂には、団長一人しかいなかった。いつもの席に座り、頭を抱えるようにしてテーブルに顔を擦り付けている。
「う、うわ……」
牧村が怯えるような声を漏らした。オレはついさっきまで団長と一緒にいたから免疫が出来ているが、初見の牧村とパトリシアにはかなり苦いものがあったようだ。二人とも何とも言えない苦しげな表情で団長を見る。そして、そっと目をそらした。直視に堪えないのだ。どうしよう。声かけた方が良いのかな。だとしても、一体どんな言葉をかければ良いのか。思いつく範囲で色々と考えてみるが、そのどれを選んだとしても、全て団長の負のエネルギーに吸い込まれてしまいそうなので、結局黙り込むしか出来なかった。三人で立ち尽くしていると、
「あ、良かった。皆さん起きてこられたのですね」
安心したような声でリュカがやってきた。その後ろには、朝食を載せたワゴンを押すリーリもいる。
「お食事にしましょう」
皆が無言で頷いた。団長も、ゆっくりと顔を上げて、居住まいを正す。どんなに落ち込んでいても、食事のマナーはちゃんと守るあたりは流石だ。騎士たるものこうでないといけない。オレ達のテーブルの前に、リーリとパトリシアが朝食の皿を並べてくれる。スクランブルエッグだったり、サラダだったり、いつにも増して爽やかな料理が多い。団長を気遣って、こういう献立にしたのだろう。
「紅茶か? コーヒーか?」
リーリが一人ずつに聞いて回り、選択された飲み物を注ぐ。
「コーヒーで頼む。ミルクをくれ」
「砂糖は?」
「今日は、いい」
団長も、普通に受け答えした。だが、いつもはコーヒーに砂糖二欠けらを加える彼女が、そうしなかった。些細なことだが、それだけでオレは団長の想いを邪推してしまう。
手際の良いリーリとパトリシアだから、五分もしないうちに全員分の食事の準備が整った。それを確認して、
「では、いただきましょうか」
リュカが合図した。皆静かに食事を始める。この屋敷での食事は、いつも物凄く美味いのだが、今朝は味が舌に染み込んでこない。団長が気になるせいだ。もう彼女は落ち込んだ様子は見せておらず、黙々と手を動かしているだけなのだが、やっぱり気になってしまう。そして、他の皆もどうも同じ気持ちらしい。わざとらしく団長の方を伺ったりはしないが、どこか視線が泳いでいる。
「ふぅ」
と、ここで団長が大きく息を吐いた。フォークを皿にかちゃりと置いて、両手を膝にのせる。
「すまない。私のせいでせっかくの食事が台無しだ。皆、私のことなら気にしなくて良いぞ。そんなに硬くならないでくれ」
団長もオレ達の様子がおかしなことに気がついていたのだろう。素直に謝罪をした。いつもは見せないしおらしいその姿に、皆が顔を見合わせる。
「その、さ。あんまり落ち込まないでくれよ。大丈夫だよ。幸せなんて人それぞれだぞ」
「そうですよ。それに、ここに既婚者はいません。皆平等です。わ、私には一応婚約者がおりますが、どうも意気地がないようで……」
リュカがオレをぎろりと睨む。え、そんな流れじゃなかったじゃん。いきなり攻め込まれてオレもビクついてしまう。
「しかし不思議でござるなぁ。団長殿はどうして結婚出来ないのでござろう。こんなにも美人なのに」
ここで牧村が流石の発言をした。
オレもリュカも結婚の話から微妙にそれた方向から声をかけていたのに、いきなり真正面から切り込んだ。空気がまるで読めていない。だが、それに乗っかる者がいた。
「それは私も思っていました。団長さんお優しいですし、お強いですし、家事も素晴らしいのに、どうして男の人は求婚してこないのでしょう? 男の人というのは皆さんエドガー様のようにヘタレなのですか?」
パトリシアだった。常々思っていたのだろう彼女なりの団長の評価を語ってくれる。なんか最後にオレがディスられていた気がしたが、多分気のせいだ。可愛らしく小首を傾げて斜め上を向いている。なにやら、団長が結婚出来ないことへの疑問を言い合うような話になってきてしまった。
「私も同感だな。結婚するのにここまで適した女もそういまい。これは周りの男が見る目がないと考えざるを得ない。それか、団長のスペックの高さについていけないような不甲斐ない男ばかりなのだろう。そこにいる変態男のようにな」
「そうそう。江戸川殿はダメダメでござるよ。早く我が輩のゲームを返し欲しいでござる」
「あのさ。団長が結婚出来ない理由を考えてるんだろ? オレにいちいち物申す必要ないよね? あと牧村は覚えとけよ。ゲーム全部踏み壊してやるからな」
皆一様に団長への評価は高いようだ。それにはオレも同意だ。団長は人としてかなり優秀だ。人と人を比べることなど出来ないが、この屋敷の中で最も素晴らしい生き物を決めるとしたら、もしかしなくても間違いなく団長のはずだ。
だが、結婚出来ないのは、何故だ?
「これも良い機会でござる。ここで団長殿が結婚するためにはどうしたら良いかを考えてみるのは如何か?」
牧村の提案に、全員が笑顔で頷いた。団長には色々と世話になっているのだ。是非とも力になってあげたい。そんな優しい雰囲気が食堂を満たしていく。そこには、つい先ほどまで団長が発していた負のエネルギーはどこにも見当たらない。
「み、皆……! 嬉しい。嬉しいぞ! 私のためにこんなに真剣になってくれた人は初めてだ!」
感動したのか、その綺麗な目に涙を滲ませながら、団長は立ち上がる。そして、片手を掲げて叫んだ。
「では! 手始めに、私となら結婚しても良いと思う者は手を挙げてくれ!」
誰も動かなかった。
「え……?」
誰一人として、手を挙げる者はいなかった。仕方ないので、オレが話を前に進める。
「……じゃあ、どんな相手なら結婚しても良いかを考えようか。男目線で考えてくれ」
オレ以外は皆女性なので、少し難しい問題になるかもしれないが、団長のために頑張ろぜ。それぞれが目をつむってうーんと唸る。そんな一瞬の沈黙の中、団長が震えるような小さな声で、もう一度声を絞り出す。
「その、私となら結婚しても良いと思う者は……手を……」
「皆よく考えてくれよ。団長のためだからな」
「その……私と……」
そろそろ良いかな。オレもこんな女性となら結婚したいと思うようなイメージがかなり出来上がった。なら誰から発表してもおうかと思った瞬間、
「うわぁぁぁぁぁぉん!!」
「うわっ!?」
「良いもん良いもん! 皆私となんか結婚したくないんだろう!? ふて寝してやる!」
団長が泣きわめきながらテーブルに突っ伏した。もうわんわん泣いている。若干キャラすら変わってないか?
「落ち着け! ほら、皆女性だから、団長と結婚出来ないだろ!? そういうことだよ!」
全力でフォローを入れる。いきなりつまずいては話にならない。議論の手順が悪かったのだ。団長と結婚したいかしたくないかは、もっと後になってからアンケートを取るべきだった。
「そ、そうか……?」
「そうだよ!」
「ま、我が輩は団長殿とはちょっ……クベッ!?」
また牧村がいらんことを言いそうになったので、腹パンで黙らせた。紳士たるオレとしてはあるまじき行為だが、これは牧村が悪い。リュカもリーリもパトリシアも、誰一人としてオレを咎める者はいなかった。まだ腹を抑えてぷるぷる震えている牧村を放置して、別の視点から話を進めていく。
「じゃあ、リュカ。リュカならどんな女性と結婚したい?」
ちょっと面倒くさいが、嫁としてはパーフェクトに近いリュカに最初に聞いてみる。リュカも厳かに頷いて、紅茶で喉を潤した。
「はい。まず絶対欠かせないのが家事ですね。家の中のことは女性のお仕事ですから、これが出来る出来ないで評価がまるで変わってきます」
なるほど。日本ではもうほとんど男性が外、女性が内なんて考え方は古臭くなっているが、このレギオンではそれがスタンダードらしい。オレの知る女性達が皆家事万能なのはそう言う意識からくるものだろう。あ、でもアヤさんが家事してるの見たことないな。あの人は日がな一日遊び回っている。
「私も同感だが、一つ付け加えることがあるな」
「はい、ではリーリ」
リーリが挙手をした。オレが指名する。
「家事はもちろん大切だ。だが、その全てを一人で担うことは難しい。私もパトリシアやリュカの力を借りている。つまり、女性は男性に対して仕事を手伝って欲しいときちんと伝えることが重要だ」
つまり、男性の言いなりになるのではなく、対等な立場で話を出来る要素も必要だということか。なるほど。これはオレの目線からは出てこない発想だ。では、次は一応男性のパトリシアに尋ねることにする。いや、今は女の子なのか。この子は本当に性別を好き勝手にしているな。可愛いから良いけど。
「私はやっぱり子供好きというのは大切だと思います。いつかは子供を産むことになりますし、良い教育を受けさせてあげることも親としての義務ですから」
物腰の柔らかいパトリシアにしては、意外と堅実な答えが返ってきたな。この世界には学校という制度はないが、周囲の大人が積極的に子供たちに経験を伝えることで教育が成り立っている。とすれば、子供に対して丁寧な対応が取れることは、母親としては望ましいことだ。
「では我が輩の意見は……」
「お前はいい」
「なにおう!?」
こいつはどうせ甘やかしてくれるとか、ゲーム三昧を見逃してくれるとかしか出てこない。時間の無駄だ。
しかし、三人の意見を聞いた上で、ある結論が浮かび上がってきた。
「団長、全部当てはまってるな……」
三人が提示した条件全てを、団長は見事にクリアしていた。改めて団長のスペックの高さがよく分かる。だが、何故団長は結婚出来ないのかという謎は深まるばかりだ。その時、
「では、私と結婚したくない理由は何なのだ?」
団長自ら、疑問を呈してきた。その内容に、一度全員が考えこむような表情と仕草をして、頷く。それぞれがすぐに思い当たることを見つけたようだ。そして、同時に口を開く。
『なんか嫌』




