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予感


 オレが一日かけて説明したというのに、覗きの疑いは晴れないままだった。

 昨日の昼、団長の提案で女性陣が一緒に風呂に入ることになった。それ自体は仲睦まじくて結構なのだ。だが、そこである物が発見されてしまった。そう、過去にアヤさんがオレとリュカを嵌め、その様子を全員に中継した悪魔の魔法道具。それが浴室から発見されたのだ。

 たしかにあの後、アヤさんはもう一つの水晶を浴室に仕掛けていると言っていた。その発言にオレは大いに動揺し、発汗したのだが、その後一悶着あったせいで、水晶の件は忘れていた。これは本当だ。オレは一度も女性陣の風呂を覗いたことなどない。


「なるほど。水晶のことは忘れていたと」


「そうだ!」


 昨日から全員、リュカにさえ無視されている状況が辛すぎて、今朝の食卓の席で皆に釈明していた。


「本当だ。オレは覗きなんてしてない!」


「では聞きます」


 リュカがフォークをパチリと置いて、オレを睨む。


「エドガーさまは一度、水晶を枕の下に隠したのですよね?」


「そうだ」


「では何故、水晶は戸棚の中から見つかったのでしょう?」


「っ!? えっと、それは……」


 リュカの鋭い指摘に口ごもる。昨日問答無用で家宅捜索され、戸棚に隠していた水晶を探し当てられたのだ。


「これは昨日(わたくし)たちで話し合って出した推論なのですが、おそらくエドガーさまは、水晶が私たちに見つかるのを恐れて、戸棚に隠したのではないですか?」


 う。


「枕元になんて置いておけば、パティちゃんに見つかってしまいますものね。ですが考えて見て下さい。それは別に良いことなんですよ。エドガーさまに覗きの意思がなければ、私たちに直ぐに告白して水晶を渡してくれれば良いだけです。しかし、それをしなかった」


 う、う、う。


「つまり! エドガーさまには覗きをする意思があったということです!」


 オレを糾弾する声は熱かったが、視線は冷ややかだ。目の前に座るリュカが。その背後のリーリが。隣の牧村が。団長はこちらの話には入ってこず、一人トーストを頬張っている。


「だ、だが! たとえそうだとしても、オレは女性陣の風呂を覗いてはいない! これは本当なんだ!」


「そんな言い訳が通用するとお思いですか!?」


「ほ、本当なんだから仕方ないだろ!」


 オレは嘘は言ってない。女性陣の風呂を覗くなど、そんな卑劣な行いを自身に許したりはしていない。これは男としての誇りを守るためでもあったからだ。しかし、


「ところで、さっきら聞いていて思ったのだが」


 さらっと団長が横から入ってきた。全員がそちらを向く。


「女性陣の風呂は覗いていない、か。なら、パトリシアの風呂はどうなんだ?」


『っ!?』


 視線がギュインッと戻ってきた。さ、流石は団長。目の付け所が人間のそれじゃない。オレの背後で困ったように笑っていたパトリシアが、ピクリと固まったのがわかる。


「……で? どうなんですか?」


 問い詰めてくるリュカの雰囲気は最早マル暴さんだ。肘をがしゃりとテーブルに置いて身を乗り出してくる。普段ならリーリがマナー的観念から注意をしただろうが、今は見逃されている。そして、オレは見逃されそうもない。


「……の、の、の、覗きました」


「あり得ないでしょう!」


 リュカが全力で卓を叩いた。リーリと牧村は溜息をつく。


「何で私たちではなくパティちゃんのお風呂を覗くんですか! おかしいでしょう!」


「待て待て! 覗いたけど湯気でよく見えなかったんだ! それに、一回だけだ!」


「そういう問題ではありません! 男性が男性のお風呂を覗いてどうするんですか!」


「……こ、興奮する、とか?」


 オレの返答にリュカが絶句した。信じられない言葉を聞いたかのように、大きな目を見開いている。そして、僅かに震えながら椅子に崩れ落ちた。


「ま、まさか、ここまで進行していたなんて……」


「いや、そんな病気みたいな……」


「いやいや、充分病気でござるよ」


 オタク趣味の牧村すら疲れた声だった。いや、でも待ってくれよ。そんなにおかしくないだろう。だってパトリシアだぞ? こんなに可愛いんだぞ?


「正直、これは由々しき事態かもしれんな」


 端整な顔を歪めるリーリが、こめかみに拳をあててうなる。


「貴様が変態であることは最早周知の事実だ。だが、実害がないので放置していた。それがいけなかったのだな」


「いや、そんな人を新種のウイルスみたいに言うなよ」


 オレは変態ではないし、誰かに害を及ぼしたりもしない。オレと言う問題が肥大化したみたいに扱われるのには納得出来なかった。

 リュカとパトリシアが用意してくれた朝食は、すっかり冷めてしまっている。それは、オレの釈明が長すぎたためか、それとも食堂の空気が冷たいせいか。団長以外が皆沈痛な面持ちでうなだれている。

 いや、だから何をそんなに真剣に考えているんだよ。オレはどこも変じゃない。真っ当な、どこに出しても恥ずかしくない紳士のはずだ。そんな直視出来ない痛いものを見るような目でこっちを見ないで欲しい。

 どんな話し合いよりも深刻な雰囲気の食堂は、呼吸するのも苦しい。まな板に載せられたオレに発言権はないらしく、ただ黙って沙汰を待っていた。すると、


「申し訳、ございません……」


 霞んでしまいそうな程小さな謝罪が、食堂に落とされた。それは、オレの背後で凍えるように震えるパトリシアの声だった。


「すみません。私が、私が男の子だから……。私が女の子じゃないから、皆様にご迷惑をおかけしているのですよね。本当に、本当に申し訳ございません……」


 その手はエプロンの裾をぎゅっと掴み、瞳は涙で濡れていた。深く俯くパトリシアの表情はわからない。


「ち、違いますよ!? パティちゃんのせいなんかではありません!」


「そうだぞパティ! 誰も悪くないんだ。誰も間違っていないんだ」


「貴様は間違っているぞ」


 リーリの横槍は無視する。リュカとオレが慌ててフォローするがしかし、パトリシアの碧眼からは、悲しみの雫が溢れ続ける。


「私は、いつもそうなんです。女の子じゃないから色んな方々にご迷惑をおかけしてばかりで……。今回だって私の責任なんです。私が女の子だったら、エドガー様がお風呂を覗いても何の問題もなかったのに……」


「いや、それはそれで問題でござる」


 パトリシアは本気で悲しんでいるのか、いつもより言動が不安定だ。それにツッコんでいいのか悪いのかを皆がはかりかねている間に、牧村がケーワイさを発揮する。間髪入れずにツッコンだ。

 だが、これはそんな呑気な事態ではない。パトリシアの心の傷に、知らないうちに触れてしまっていたようだ。なおも落ち込むパトリシアの側に、席を立ったリュカと牧村が寄り添う。二人がパトリシアを左右から包むようにして肩を撫でる。


「大丈夫ですよ。迷惑だなんて思ったことは一度もありません。パティちゃんがいてくれるおかげで、私はとっても楽しいんです」


「そうでござる。男の娘とは闇夜に輝く一等星。太陽よりも眩い存在でござる」


 牧村はあれで励ましいるつもりなのか? ただ自分の趣味について語っているだけではないか?

 リュカがパトリシアのさらさらな金髪を優しく撫でる。何度も何度も。オレも、悲しむパトリシアに何とかして笑顔を取り戻して欲しくて言葉をかける。


「パティ。オレは男の子のパティが好きなんだ。頑張り屋で、優しくて、いつも皆のためにお仕事してくれるパティが好きなんだ。だから、落ち込むことなんてないさ」


 オレもパトリシアの頭を撫でようと近づいたが、伸ばした手を牧村に叩き落とされた。そちらをひと睨みして、また左手をパトリシアへと向ける。が、それはリュカに跳ね除けられた。まるでオレからパトリシアを守るような立ち位置と視線だ。


「パティちゃん! 離れて下さい! エドガーさまが来ます!」


「そうでござる! この変態に近づくと危ない!」


「オレを何だと思ってるんだ!」


 昨日今日でオレの好感度が直滑降したみたいだ。リュカと牧村が、がるる、と唸りながらパトリシアを背中に隠す。話し合いすら出来なさそうな様子だ。だが、今回の件ではオレの覗いた覗かなかったが発端となった。しばらくはパトリシアをそっとしてあげた方が良い気がしてきた。オレの屋敷における立場が底辺のままにしておくのは辛いが、それもいずれほとぼりが冷めるだろう。


「わかったよ。ほら、オレはパティには何もしないよ」


「本当ですか?」


「本当だ。ほら、この曇りなき瞳を見ろ」


「下劣な感情で埋め尽くされているように見えるのは我が輩だけか?」


 くそ。牧村め。またいらんことを言い出しやがって。風呂にあった魔法道具を見つけたのもこいつらしいし、本当に気に入らない野郎だ。更生プログラムを更に厳しくしてやる。

 心の中でそう決意しながら睨み合いを続けていると、パンパンと手を叩く音がした。ずっと外からオレたちの様子を見守っていたリーリが、とうとう話に入ってきた。


「まぁ、これで話はついただろう。皆席につけ。全く、せっかくの朝食が冷めてしまったではないか」


「す、すみません……」


「別にパトリシア一人のせいではない。そもそもそこの変態が悪い」


 リーリは厳しい視線を向けてくる。きまりが悪くてそっぽを向いた。オレのそんなチキンな態度に少しイラついたようなリーリだったが、そこには何も言うこともなく話を進める。


「今日も外は雨だが、私とパトリシアは仕事がある。あまり予定をずらされたくない。早く朝食を食べてもらおう」


 そう言って、リーリが話を締めくくった。オレ達も席に戻る。もうすっかり硬くなってしまったトーストに、冷めた紅茶。この屋敷の食事で初めて、あまり美味しくなさそうに見えるものだった。それでも、オレは昨日の昼から何も食べていないので、腹に詰め込むことにする。別におかわりはあるしな。オレが希望すれば、背後のパトリシアがトーストを焼いてくれる。一つなどでは全然足りないので、パトリシアにおかわりを頼んだ。


「はい。ではこちらをどうぞ」


「うん。ありがとう」


 まだ目尻に潤いが残るパトリシアは、かなり色っぽい。そして、新しいトーストの皿がオレの前に置かれた時、パトリシアがオレの耳元で囁いた。


「今晩、お部屋にお邪魔しますね」


 驚いて振り返るが、そこには澄ました表情のパトリシアがいるだけ。意味がわからなくて、そのまま見つめていると、


「エドガーさま、また何をそんなにパティちゃんを見つめているのですか?」


 リュカに睨まれた。仕方ないのでまたトーストに興味を戻したふりをする。しかし、オレの心中は、えも言われぬもやもやが渦巻いたまま、その日一日を始めることになった。期待と不安と、疑念。パトリシアは、何を考えているのだろうか。


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