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わからなくなってきた(リーリ視点)


 この屋敷自慢の風呂は、魔王様の強い要望で造られた。浴室の全てを檜の木で造り、天井は明かり窓としても、空を眺めるためとしても使える使用になっている。魔王様がいつも愛用されているサウナもある。小さな村一つなら買い上げることが出来るほどこの浴室はお金がかかっていた。


「あの、本当に皆さんでお風呂に……?」


 脱衣所では、リュカがうかがうようにしてきょろきょろしていた。そんな彼女の背中に団長が手を回す。


「もちろんだ。なに、悪い様にはしはいから、そんなに怯えるな」


「そ、そういうつもりではないのですが……」


 団長は裸のまま脱衣所までやってきた。リュカの朱と蒼の瞳は、団長の身体に向けられている。どこか哀しげだ。


「うぅむ。何度入っても素晴らしい風呂でござる。ここ無料とか、我が輩贅沢し過ぎな気がするでござるよ」


 いち早く服を脱ぎ捨てた勇者は、一人浴室に入っていった。

 まだ仕事も残っている。パトリシアに任せっきりにするのも良くないので、あまり長風呂にはすべきではない。私も早く入ってしまおう。

 執事服の黒いベストを脱ぎ、シャツのボタンを上から外していく。その次にズボンを脱いだ。すると、


「ふむ。前々から思っていたが、リーリは何故胸に包帯を巻いているのだ?」


「ん? ああ、これか。セルバスさん、という私の師匠の言いつけでな。執事になるのであれば、女の部分は出来るだけ隠せと言われていたのだ」


 今は亡き師匠を思う。私は、最後まであの方を嫌うことは出来なかった。


「失礼だが、何故執事でござるか? 趣味? フェチ? キャラ付け?」


 もう頭を洗っている勇者が、浴室から声を響かせてくる。胸に巻いた包帯を外して、私も身体に纏う全ての衣服を取り去った。全ての服を畳み、脱衣所の棚に置く。


「特に深い理由もない。師匠が執事だったから、私も執事になっただけだ。今ではこちらの方がしっくりくる」


 髪留めを外すのを忘れていた。青い鳥をモチーフにした髪留めを、大切に服の上に置いておく。


「もう。リーリはもっと可愛い服を着るべきです。メイド服もとっても似合っていましたよ!」


 とうとう覚悟を決めたのか、リュカが服を脱いで、桶でかけ湯をしている。しかし、それは私にとっては苦い記憶だ。あんな格好、セルバスさんに見られたら何と言われるか。それに、


「嫌だ。私は今のままで良い」


 エドガーがメイド服の私をどう思うかが怖くて、一歩引いてしまう。


「はぁ〜。良いお湯でござる。て、ていうか、団長殿もリーリ殿も、凄い身体でござるな。実にけしからん!」


 勇者はもう浴槽に飛び込んだ。マナーもなにもあったものじゃないが、ここにそれを咎める者もいない。だが、私や団長の身体を舐め回すように見てくるのは気持ち悪い。


「別に。私達は鍛えているからな。堕落した勇者とは違って当然だ」


 嫌味を込めて言い放つ。この勇者はいつまでたっても午前中に起きてこない。尚悪いことに、それに引きずられる形でエドガーまでも起床時間を守らないようになってきた。毎回起こしに行くパトリシアに迷惑だ。


「だ、だが、その胸や腰、お尻は、鍛えているからと言って完成するものでもあるまい。ちょっと触って良い?」


 ダメだ、と言う前に背後を取られた。


「う、わ! や、やめろ! 変なところを触るな!」


「うわやっば! お肌モチモチ、胸も弾力があって手に吸い付いてくる感覚もある! え!? なにこの腰! なんで腹筋あるのに柔らかいの!?」


「やめろ! り、リュカ! 助けてくれ!」


 全身を弄られて、身体が火照る。せっかく一纏めにした髪が解けてしまう。私なりに全力で抵抗しているのだが、勇者に軽くあしらわれてしまう。なんとかリュカに助けを求める。が、


「ふふふ。いたいけな少女の身体は、何故こうも煽情的なのか! ほらほら! ここか? ここが良いのか?」


「や、やだ! やめて! い、いやぁ!」


 リュカも団長に捕まっていた。浴室の中で、背後から胸やら脇やらを撫で繰り回されている。確かに側から見ている分には、その、いやらしいが、されている身からすれば恥ずかしさしかない。


「く、くそ! 勇者、やめろ! 食事抜きにするぞ!」


「パティ殿に作ってもらうから良いもーん」


「だ、団長さん!」


「うーん。何という手触り!」


 結局、リュカも私も、抵抗し疲れてぐったりするまで離してもらえなかった。おのれ人間め。どこまでも魔族を辱めてくれる!

 のぼせそうな頭を振りながら、どうすれば仕返し出来るかを考える。だが、悔しいが私より一枚も二枚も上手のこいつらに敵う方法が見つからない。手で水鉄砲を作ってお湯をかけあっている無邪気なこいつらが心底憎たらしい。それはリュカも同意なようで、鼻先までお湯につかって、ぶくぶくと泡を吹いている。半目で全員をじっとりと睨んでいた。


「……るいです」


「ん? どうしたリュカ」


 何か言ったが、お湯ごしでは聞き取れない。聞き返した私の言葉に反応するように、リュカが突然飛沫を上げて立ち上がった。


「皆さんズルいですよ! リーリと団長さんはスタイル抜群だし、マキムラさんはもの凄くお肌綺麗だし! わたくしが勝てる要素なんて一つもないじゃないですか!」


「な、何を言い出すんだ!?」


 水面をバシャバシャ叩くリュカは、まるで小さな子供が駄々をこねているようだ。リュカが子供っぽいのは今に始まった話ではないが、突然そんなことをされても驚くことしか出来ない。


「リーリも団長さんも、いつもいつもエドガーさまの視線を身体で独り占めしていてズルいです!」


 あぁ。またリュカの嫉妬が始まった。嫉妬自体は構わない。それで鬱屈したような態度をとったりせず、こうして打ち明けてくれるのだから可愛いものだ。だが、やっぱり面倒くさいとも思ってしまう。おそらく三人ともがそう考えているだろう。


「マキムラさんはいつもエドガーさまに起こしてもらっていますし! 私だって起こしてもらいたい!」


「ちょっとちょっと! 色々ズレているでござる! それに、江戸川殿は毎回我が輩を蹴り起こしているでござる! 憐れみを受けこそすれ、羨まれるようなことは一つもないでござる!」


「……でもズルいです!」


 一瞬迷ったリュカだったが、その結論は変わらないみたいだ。しかし、流石に全裸の状態で立ち上がっているのは恥ずかしくなったらしく、顔を赤くしてまた鼻先までお湯に沈んだ。


「そんなことを言われてもな。ダーリンが女性の身体をいちいち視姦しているのは今更だぞ。まぁ、その視線がリュカに向いているのを見たことはないが」


「むきー!」


「むきーとか言わないでくれ……」


 全く。リュカはあの変態のいったい何が良いのだろう。だらしないしへらへらしてるし、そうかと思えばメンタルも弱い。頼りにもならないし、いつもいやらしいことを考えている顔をしている。変態だしマナーはお粗末だし、私やパトリシアの仕事を手伝ってくれるし、重いものなどは必ず持ってくれるし、危ないことも率先して変わってくれる。いつも家事の一つ一つに礼を言ってくれるし、少し体調や気分が悪い時もすぐに気づいて心配してくれるし、何より優しいし。そして肝心な時には誰かの為に動けるし、命をかけて私を助けてもくれた。

 あんな奴、目障りで憎くて、見ているだけで胸が痛くなるだけだ。あんな奴のどこが良いのか。理解に苦しむ。


「はぁ……。どうせ私は色気がないですよ……」


「いやいや! リュカ殿も一定層には大ウケでござるよ! ロリでオッドアイで白髪癖っ毛で! あれ? 言葉にすると思ってたよりニッチでござるな……」


「リュカの傷口に辛子を塗るのはやめてやってくれ」


「ふむ。ではこう言うのはどうだ? 私の知り合いにリュカくらいの女の子の裸を写生するのが大好きな貴族がいる。そいつに連絡を取ってみようではないか。勇者殿と二人で行ってくるといい。小遣い稼ぎにもなるぞ!」


『ふざけるな!』


 こいつの知り合いには変態しかいないのか。三人で思いっきりお湯を団長にひっかける。結わえられた綺麗なピンク色の髪の毛が、額に垂れ下がって幽霊みたいになった。


「ま、まあ。リュカ。君はまだ成長する。今からそんなに自分を卑下することはない」


「そ、そうでしょうか……」


「もちろんだ!」


 必死にリュカを励ますが、空気を読まない連中がいる。


「ま、多少成長したとしても平均以下なのは変わらない。それなら今のままの方が良くないか?」


「同感でござる。ほぼあり得ない未来に期待するより、今を伸ばすことに意識を向けた方が良いでござるよ」


「ひ、酷い!」


「貴様らは黙っていろ!」


 こいつらは。時々本気で殺したくなる。しくしくと泣くリュカの背中をさすりながら、人間二人組を睨みつける。しかし、大して気にした様子もなくお湯で遊んでいる。今の私がこいつらに思い知らせることは出来ない。無力な自分が歯がゆい。本格的にこいつらに仕返しする方法を考える必要がありそうだ。アヤさんあたりに相談すれば、きっととんでもない嫌がらせが飛び出してくるだろう。そんなことを心の中で考えながら闘志を燃やしていると、


「そうそう。ところで、あれは何でござるか?」


 勇者が浴室の隅を指差した。


「ほらあそこ。あの、鏡みたいなヤツでござる。昨日から気になっていたでござるよ。レイアウト?」


 勇者の指の方角を四人で見る。そこは、天井の四隅の一角。湯気を外に逃すための通気口がある場所だった。最初は何も見えず、勇者が何を言っているのかわからなかった。しかし、よくよく観察してみると、ある物が見えてきた。


「む? あれは……」


 団長も気がついたようで、垂直跳びでそこまで飛翔すると、そのある物を掴んだ。くるりと空中で半回転して着地する。その手にあるものには、見覚えがあった。


「これは……」


 手の中に収まる、小さな水晶玉。半透明なので、よく見えなかったそれは、微量な魔力が宿っている。その魔法道具がまだ効果を保っている証だった。

 そしてこれは、アヤさんがリュカとエドガーを嵌めた、あの事件の時に使用したものだった。


「まさかとは思うが……」


「いや、おそらく正解だな」


「あ、あの、何なんですかそれは?」


「我が輩たちにも分かるように説明して欲しいでござる」


 リュカに話すべきか一瞬迷ったが、それでも正直に告白する。これは、リュカがエドガーと掃除道具部屋で二人っきりになった時、何をするかを皆で観察した時に使ったものだった。これの発案者はもちろんアヤさんだった。


「そ、そ、そ、そ! そんなことをしてたんですかぁ!!」


「す、すまない」


「だが、これが何故ここにあるでござる?」


「……おそらく、アヤさんが仕掛けたのだろう。となると、対となるもう一つの水晶の場所がどこかと言う話なのだが……」


 アヤさんの考えそうなこと。どうせ何か面白半分の下らないことだろう。あの方がやりそうなことに頭を巡らせる。そして、


『っ!?』


 リュカと私、団長が同時に自身の身体を抱き締めるようにして隠した。風呂とは関係なく顔が赤い。


「やはりそうか……」


「だと思います」


「これは強制家宅捜索だな」


 三人とも同じ考えに思い至ったようだ。急いで浴室から出て、身体を大雑把に拭いて服を着る。そして向かうのは、エドガーの部屋だ。


「ちょっとちょっと! どう言うことでござる!?」


「簡単だ。エドガーが、私たちの風呂を覗いていた可能性がある」


「なっ!?」


 私が言葉にしたことで、皆の意識が一つになった。大股でエドガーの部屋へと向かう。そして、奴の部屋の扉をリュカが開けた。


「あれ? 皆どうしたんだ? ってか髪とか濡れたままじゃないか!」


 白白しくも私たちを心配するような動きをしてくる。その目線に、リュカが無言で水晶を突きつけた。


「え? …………っ!?」


 奴の表情の変化は見事なもので、わかりやすいほど動揺が見て取れた。震える肩に、首を振りながら後ずさる。四人がじり、と間を詰めた。


「ち、ち、違う! 違うんだ!!」


 少しでもこいつを好きになっていることを、嫌になってしまった。

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