頭が痛い(リーリ視点)
見事なまでに、腑抜けが三人出来上がった。小さい私が消えた翌日、あいつとリュカ、勇者は目から生気を失っていた。心が真っ白に燃え尽きているようで、話しかけても、あぁ、とか、うん、とかしか返ってこない。私も多少は悲しかったが、この三人の悲しみようは少々異常だ。私の消失を悲しんでくれるのは悪くない気分だが、それよりも不安の方が大きい。この状態がいつまで続くのか。コップとフォークを間違えたり、壁やドアにぶつかりながら歩かれたりするのは心配になる。いや、あいつと勇者はどうでも良いが。
今朝の食事を作る担当はリュカだったが、パトリシアが気を利かせてくれて、代わりに作ってくれた。リュカが寝坊をするなんて、それこそ百年ぶりくらいだ。たまに寝坊するくらいはもちろん構わないのだが、呆けたような状態なのは見過ごせない。日常生活にまで支障をきたすような落ち込み方をされると危ないからな。
「どうしましょうか。皆様本当にお辛そうで、見ているこっちが心配になってしまいます」
「同感だ。今朝私がダーリンのベッドに忍び込んでも、彼は反応すらしてくれなかった。良くない傾向だな」
「私には貴様の行動も充分良くない傾向だと思う」
本当に、この騎士団長はどこまでが本気なのかまるでわからない。初めて会った時、変な奴だとは思ったが、時間が経つにつれてその印象は強まるばかりだ。変態のふりをしているのか、それともただの変態なのかが掴めない。ある意味勇者などよりずっと厄介な存在だった。
「今日も一日雨のようだしな。昨日のように天気が良ければ外でぱーっと遊べるのだが」
だが、三人を心配する気持ちは本物のようだ。パトリシアもうんうんと頷く。
「その、私はおやつにクッキーを作ってみますね。皆様で召し上がっていただければ、少しは元気が出るかもしれません」
「それが良い。頼む」
こうして、抜け殻三人組をなんとか元気づけるための会議が終了した。私もパトリシアも、他の仕事があるのでリュカ達のために割いてあげられる時間は少ない。自然団長に頼ることになってしまう。
「よし。では私が責任を持って三人を元気づけてやろう」
何故かにやにや笑ってそう言う。私とパトリシアの表情が不安の色に変化した。一応注意しておこう。
ひとまずは、今日の分の仕事を終わらせることを第一とする。屋敷の掃除はパトリシアと分担するとして、まずは書類仕事だ。
雨季は農作物の管理が難しい。あまりに長雨が続くと作物は駄目になってしまう。そういった、領内の村々における収穫見込みを把握するのも大事な仕事だ。魔王様の領地は比較的肥沃な土地だが、その分領民も多いため、油断は禁物なのだ。
山積みになった書類を整理していく。各地方ごとに分け、作物の状態を見ていく。そこから次の視察先を決める。今年はゴルゴーンの村が不作になりそうだ。早い段階での視察が必要だろう。そして、もし本当に不作になった時のために、備蓄している食糧の確認もしなければならない。
私一人で出来る仕事はこの程度だ。やはり重要な内容は魔王様なしでは進められない。それにしても、魔王様はどちらに行かれたのか。私やリュカにも行き先を教えては下さらなかった。律儀なあのお方にしては珍しいことだった。魔王様が不覚を取るようなことはあり得ないが、もしもの時の備えもしておかなくてはいけないな。
そんなことを考えていると、
「きゃあああああ!!」
屋敷に悲鳴が響き渡った。この声は、リュカだ!
「っ!?」
何があった!? 明らかに尋常じゃない悲鳴だった。他の魔族の襲撃か? それとも事故か? 全速力で声のした方へ走りながら、私はある事実に気づいて愕然とする。
まず一番初めに、リュカが団長や勇者に襲われたのではという思考をしなかった。あれほどまでに人間を嫌い、警戒していた私が、ここまで弛緩しきっている。これはその報いか。いや、だがまだ私はあの者達を心のどこかで信じていた。この悲鳴の原因は、あの者達のせいではなく、もっと他のものに由来するのだと、考えてしまっていた。
リュカの悲鳴は、彼女の部屋から聞こえてきた。アイツェルンを召喚し、扉を蹴り開けて突入する。そこには、
「いや、いや! やめて下さい!」
「良いではないか良いではないか! 裸の付き合いをしようではないか!」
涙ながらに顔を真っ赤にしたリュカが、全裸の団長に衣服を無理やり脱がされようとしていた。リュカは必死に抵抗しているが、カーディガンを剥がれ、靴下をぬがされ、そしてスカートに手がかけられる。
「やめてください! あ! リーリ! 助けて!」
「……何をしているんだ……」
リュカが助けを求めてくるが、想像以上に想像外の出来事に、呆れを通り越して疲れが出てくる。
「おやリーリ。良いところに来た。リュカが抵抗するのだ。脱がせるのを手伝ってくれ」
「やだやだ! やめて、やめてください!」
私に振り向きながらも、団長の手は止まらない。抵抗するリュカをベッドに押し倒しながら、次々と服を脱がしていく。そしてとうとう、リュカが完全に下着姿になった。そして、間が悪いのか良いのか、あいつがやってくる。
「リュカどうした!? 何があった!?」
大慌ての割には随分と遅い登場だ。こいつがこのタイミングで来るのではないかと思っていたら、本当に来てしまった。私が一番嫌いで、リュカの婚約者候補であるエドガーが、やってきた。
「……なにやってんだ……」
奇しくも、こいつは先程の私と同じ反応を示した。全裸の団長と、半裸のリュカ。そんな状況を見ての第一声がそれなのだから、こいつもそろそろおかしい。しかし、
「いやぁ!! エドガーさま! 見ないで下さい!!」
「あ! ご、ごめん!!」
今更気づいてももう遅い。リュカたちに背中を向けたが、彼女たちの痴態はこいつの目に入ってしまった。
言いたいことがありすぎて、上手く思考が纏まらない。とりあえずは何をすべきかを考える。そして、まずはリュカを救うことが先決だと思い至った。
「おい。リュカを離せこの変態が」
「失礼な。誰が変態だ」
「貴様以外に誰がいるというのだ……」
全裸で少女の服を剥ぎ取ろうとしている女。ここまで変態という言葉が当てはまる人物もそういまい。
「り、リーリ……。ありがとう」
「いや。ほら。早く服を着るんだ。いつまた二人の変態が荒ぶるかもわからない」
「もしかしてそこにオレも含まれてる?」
「当然だ」
今もそわそわしている背中を睨む。どうせ良からぬことでも考えているのだろう。
服を着て、幾分落ち着いたリュカ。服を自室に脱ぎ捨ててきたらしい団長にはシーツをかぶせて、状況の理解を始める。
「さて。何がどうなってリュカが団長に服を無理やり脱がされるような事態になったのだ」
「え。そんな事だったんですか?」
後から駆けつけてきたパトリシアが拍子抜けしたように言う。だが、これはそんな事で片付けていい内容ではない。
「なに、リュカは元気がなかったからな。元気がない時は、元気が出ることをすれば良いと思って」
「なんでそれで服を剥ぐって結論に辿りつくのかなあんたは」
隣のエドガーが苛立たしそうに言う。おそらく団長以外全ての魔族、人間が同意見のはずだ。
「服を脱ぐ、と言うことは、精神を解放すること他ならない。服を脱ぐことは良いぞ。風呂が気持ちいいのは、服を脱ぐから気持ちいいのだ」
「お湯が気持ちいいんだよ。身体が綺麗になるのが気持ちいいんだよ」
相変わらず、団長の発言とエドガーのツッコミはセットだ。以前、この丁々発止のやりとりが嫉しいと、リュカが私だけにそっとこぼしていたな。今も、エドガーは気づいていないが、リュカは少し唇を突き出している。
「つまり。リュカを元気づけるために服を脱がそうとしたと」
「そうだ。当たり前だろう」
「いや、全然当たり前じゃないけど」
なんて下らない。頭が痛くなってくる。本当にもう、この団長はどうかしている。これで人間界最強の騎士なのだから、他の人間はもう少し頑張って欲しい。こんなのが騎士の頂点に立っているから、人間は弱いのだ。
いや、私が人間界の心配をしても仕方ない。したくもない。そして、この団長の被害者になるのはこの屋敷に住む者たちだ。何らかの対抗策を練る必要性があった。
「まず、服を脱ぐ、ということをあまり軽々な位置付けにするな。魔族も人間も、理性と慎ましさから服を着ているのだ。それを簡単に取り払うのはどうかと思うぞ」
「リーリの言う通りだな。それにだ。服を脱いで楽しいのはあんたら一部の変態だけだ。それを周りに押し付けるんじゃない」
隣のエドガーが、私の意見に同調してくれた。少しだけ身体が熱くなるのを自覚する。私の尻尾が、服のズボンの中で揺れた。感情をそのまま表現する尻尾は、必ず隠すようにしている。
「む……。わかった。以後気をつけるとしよう」
「本当にわかったのか?」
「ダーリンは心配性だな。そんなところも好きだぞ」
「……っ! はいはい」
今、エドガーの体臭が変化した。生き物は、感情によって体臭を変化させる。その違いは本当にささやかで、普通ならば感じ取ることなど出来やしない。だが、私たち狼人族は魔界一の嗅覚を誇る。ほんの少し意識すれば、他者の感情がある程度臭いでわかった。
今、エドガーは少しだけ照れて、喜び、ときめいた。単純な奴だ。こいつは誰に褒められたり好意を示されたりしても、似たような臭いになる。タラシというか、ウブというか。また、それは同時に、こいつがそういう言葉を言われ慣れていないということにもなる。だからこそ、いちいち喜んだり悲しんだりするのだ。
「だが、私は裸の付き合いが気分を晴れやかにするという持論を崩す気はない。ということで、リュカよ。今から一緒に風呂に入ろう」
「え、え? 一緒に、ですか?」
「そうだ。考えてみれば、私たちは一緒に暮らしているというのに、一度も浴室を共にしたことがない。これは由々しき事態だぞ。お互い腹を割って話すいい機会だ。落ち込んいる勇者殿も呼んで、皆で風呂に入ろう」
「え、え、え〜?」
そういえば、昔はリュカと一緒に風呂に入っていたな、と団長の言葉で思い出していた。歳を重ねてからはそういうことはなくなった。それはそれで寂しいとも思う。なので、
「良いんじゃないか? 私が風呂を沸かしてやる」
「ほう。リーリにしては珍しいな。よし。では今日は皆で風呂に入るぞ!」
団長が楽しそうに笑う。リュカも、少し戸惑っているようだが、口元はほころんでいた。たまにはこういうのも良いだろう。
「よし。ならパティはオレと入ろうか」
パトリシア以外の三人全員が、エドガーに鋭い蹴りを食らわせた。ぶっ飛ばされた変態が、壁に衝突して膝をつく。
「な、なんでだよ! 別に男同士なんだからおかしくないじゃん!」
「エドガーさまは卑猥なことしか考えておりません!」
「そ、そんなことないもん!」
「嘘! 口がにやけてますよ!」
また、リュカとエドガーの喧嘩が始まりそうだ。リュカが怒ると面倒なので、早々に間に割って入る。
「まあ待て。あいつがいやらしい気持ちで言ったのは間違いないが、それへの処罰はあとだ。今は風呂に入ろう」
「そうだな。そういうカリカリした気持ちも、湯で洗い流せばいい。私は勇者殿を呼んでくる」
「で、では、私はお風呂の準備をしますね。皆様、ゆっくり入って下さいね」
ちょっとだけまんざらでもなさそうなパトリシアだったが、そそくさと風呂場へ走っていった。はぁ、困ったものだ。
「では、リュカ行こう」
「はい。あ、そうだ。エドガーさま」
「うん?」
リュカが、まだ壁に突き刺ささったままのエドガーに振り向く。その表情は赤く、伏し目がちに、小声で、一言。
「あの……今日の下着は、あまり可愛くないものでしたが、いつもは、もっと可愛いのを着てますよ?」
「っ!? そ、そうか」
真っ赤な顔を両手で隠しながら、リュカは逃げるように風呂場に行ってしまった。
はぁ、頭が痛い。




