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一時の晴れ間

 青色の長袖ワンピースに日よけの帽子姿のリーリは、ご機嫌な様子で中庭を駆け回っていた。


「あはは! こっちこっち!」


 その幼女を追いかけるのは、地獄の門番と名高い猛獣ケルベロスである。ネギ、シラタキ、ハクサイと名付けられた彼らが舌を垂らして遊んでいる。側から見たら、完全に狩人と獲物にしか見えないのだが、あれは追いかけっこをしているのだ。ケルベロスたちはなかなか接待がお上手なようで、リーリにぎりぎり追いつかない位の速度で走っている。

 そんな様子を、オレは中庭の休憩所から眺めていた。今日が天気が良い日で良かった。これならリーリも楽しく外で遊べる。やはり子供は風の子。身体を動かす遊びが一番なのだ。


「リーリちゃん、とっても元気良いですね」


「私はあんな風に遊んでいた覚えはないのだが……」


 オレの隣には、シャルとパトリシアがいる。仕事の休憩の合間に様子を見に来てくれたのだ。動物と触れ合う幼女という癒し効果抜群の光景は、きっと彼女たちの疲れを吹き飛ばすだろう。


「うーん、良い写真が撮れたでござる。これを売り出せば、二千部ははけるでござるよ」


「すぐコミケに絡めるんじゃねぇよ」


 噴水の側の逆光にならない位置で、牧村がデジカメを激写している。あとで見せてもらおう。牧村は、リーリと触れ合うことは諦めたようで、ひたすら彼女をメモリーに残すことに執心していた。一向に人間に対して心を開こうとしないリーリとの距離感は、これが正解だと思えた。しかし、そんな種族の高い壁をぶち壊す存在が、この屋敷にはいた。


「ほら。この花をこうして、こっちの草で繋げば……花かんむりの出来上がりだ!」


「だんちょーすごい!」


 白い小さな花と、新緑の草で器用に花かんむりを作ってみせた団長は、それをリーリの頭に被せた。中庭の中央に腰を落ち着けて草花で遊ぶ二人。そう。団長は見事、リーリの築いた壁を壊してみせたのだ。


「だんちょー、これはなに?」


「ん? ああ。これはサンジムシだ。だいたい三時くらいになると鈴の音色のような声で鳴くのだ。捕まえるか?」


「んーん! かわいそうだからいい!」


「そうかそうか。リーリは優しいな」


 団長は、虫、花、天気と、小さな子供が好きそうなものにとても詳しかった。田舎の農村生まれだという彼女は、そういったものに囲まれて育ったらしく、自然と遊ぶのが上手い。リーリも楽しいことには敏感らしく、それを教えてくれる団長には懐くようになった。最初はあんなにオレにかまって欲しそうにしていたのに、今は置いておかれて、ちょっと寂しい。しかし、ケルベロスのふかふかのお腹をソファに草花で遊ぶリーリは、とっても楽しそうで見ているだけで心が和んだ。それに、


「えどがぁ! えどがぁ!」


「おう。どうした?」


 何かあると、必ず一番にオレに教えてくれる。


「だんちょーがね、おはなのかんむりつくってくれたの!」


「うん。お姫様みたいだぞ」


「ほんと?」


 にひひ。と嬉しそうに笑うリーリ。白い花かんむりは、彼女の黒髪によく似合っていた。

 すると、リーリは少しもじもじしながら、後ろ手に隠したものをばっと、見せてくれる。それは、リーリがつけているよりも少し大きめの花かんむりだった。


「わたしがつくったの!」


「へぇ。良く出来てるな」


「えどがぁにあげる!」


「はは。ありがとう。被せてくれるか?」


 破顔してしゃがみこむ。オレの頭に、ちょっとだけ不恰好な花かんむりが載せられた。頭に感じる軽い感触に、胸が温かくなってくる。


「おそろいだね」


「ああ。おそろいだ」


 嬉しそうに笑ったリーリは、また団長の元へ走って行ってしまった。大事そうに頭の花かんむりに手をやりながら。


「ふふ。エドガー様は子供にもお優しいんですね」


 パトリシアが、どこか誇らしげに笑って言う。


「いや、まあ可愛いとは思うよ。向こうの世界でも子供だけはオレに優しくしてくれたしな」


 もちろん、全ての子供がそうであったわけではないが、それでも優しい子供たちは確かにいた。それだからか、子供に対しては優しくしてあげたいという思いがある。


「しかしだ。あまりあの子供に情を入れすぎるなよ」


「どうして?」


 リーリが何故かそんなことを言う。


「魔法の効力は今日一日だけだ。明日になればあの子供は消える。下手に情を持ちすぎるとその時辛い思いをするだけだぞ」


「あ、そうか……」


 勝手にずっと一緒にいられるような気がしていたが、そんな都合のいい話ではなかった。リーリは魔法の効果。どれだけシャル本人がリーリを残そうとしても、必ず消えてしまう。そして、魔法の失敗によって生み出されたリーリが、もう一度オレたちの前に現れることはあり得ない。

 今でも楽しげに、笑顔いっぱいに団長と遊ぶリーリを見ていると、どうしても目頭が熱くなってくる。パトリシアもシャルも、暗い顔をして俯いていた。しかし、そんなオレ達のところに、ヒキニートがやってきて、こう言う。


「何を悲しげにしているでござる。そんな顔をしていたら、リーリ殿が心配するでござるよ。時間が短いのなら、最後までたくさん楽しい思い出を作ってあげたら良いでござる」


 牧村が見せてくれたスマフォとデジカメのフォルダには、満面の笑みをこぼすリーリが、たくさん写されていた。その笑顔を見て、オレも思い直す。


「そうだな。その通りだ」


 牧村の言葉に、オレの中にある悲しい気持ちも霧散した。


「えどがぁ、えどがぁ!」


 リーリがまたオレを呼んでくれている。その小さな手を振ってくれている彼女の顔は、喜びに満ちていた。


「おう! どうしたんだ?」


 今はこの子のために。シャルもパトリシアも呼んで、日が暮れるまで遊んであげよう。リーリが笑っていてくれるように、オレも笑っていよう。オレに抱きついてくる小さな身体を、もう一度抱え上げた。

 たくさん遊んだあとの今日の夕食は、リーリの好物だけで作られることが決まっている。昼食も頑張って嫌いな野菜を食べたから、そのご褒美だ。リュカとパトリシア、リーリと団長。料理を得意とするメンバーが腕をふるった食卓は、とにかく豪華だった。


「ふあああ!」


「ぜーんぶ、リーリのための料理だぞ」


 変わらずオレの膝の上に座るリーリは、美味しそうな料理に目を輝かせる。

 チキンにソーセージ、卵焼きにポテトサラダ。その他にも、オレが見たことのないこの世界の料理がテーブルを埋め尽くしている。赤や黄色、緑と、色彩まで考え抜かれた盛り付けは、子供にとってはとても嬉しいものだろう。待ちきれないのか、オレの膝の上でぴょこぴょこ跳ねている。


「さぁ。いただきましょうか」


 リュカがそんなリーリに笑顔になって、合図をした。すると、リーリの一番の好物だというチキンの甘辛焼きを一気に頬張る。手や口の周りがタレでベトベトになってしまっているが、シャルも注意をしない。最後の食事とあって、シャルもパトリシアも席についていた。全員の優しい眼差しが、大喜びで料理を食べるリーリに向けられる。


「ほらほら。そんなに急いで食べたら喉につまっちゃうぞ。お水も飲みなさい」


「ん!」


 リーリの口元をナプキンで拭きながら、ジュースの入ったコップを持ってくる。シャルが育てているコランという赤い果物の果汁百パーセントの特性ジュースだ。香りは柑橘系だが、味はどことなく林檎に近い。これもリーリの大好きなジュースらしく、こくこくと本当に嬉しそうにコップを傾ける。


「たくさんあるから、慌てなくて良いですよ」


 リュカもリーリに声をかける。結局最後まで、リーリはリュカに心を開かなかった。牧村に対しては、途中から好きでも嫌いでもない人、くらいな対応をしていたので、とうとうリーリの嫌いな人はリュカだけだ。リュカも気を遣っているのか、出来るだけリーリには近づかないようにしていた。だが、とても嬉しそうに自分の料理を食べる姿を見て、思わず声をかけたくなってしまったのだろう。すると、


「ん……」


「え?」


 リーリが、チキンの甘辛焼きを、ナイフで千切り、リュカの方へ差し出した。


「あげる」


 それは、リーリがオレ以外に初めて見せた他者への歩み寄りだった。少しだけ不満そうだが、自分の大好物を、リュカに分けてあげようとしている。子供は本当に成長が早い。たった一日で、苦手に立ち向かい克服しようとしている。その姿に、正直心が震えた。それは、リュカを含む他の皆も同様だったようで、頬を赤くして見つめている。そして、


「ありがとう。ありがとうね……! リーリちゃん!」


 リュカは涙ながらにそのフォークに口を近づけて、あーんをしてもらう形でチキンを受け取った。王城やこの屋敷で、たくさん美味しいものを食べてきた。しかし、これほどまでに嬉しそうに何かを食べるリュカは、今後見ることが出来ないだろう。もしかしたら、今のリュカとシャルが仲良しなのも、こうしてお互いがそれぞれ成長し、歩み寄ったからなのかもしれない。それをそばで見れなかったことはとても残念だった。だが、二人の努力と成長の証が今の関係性だとするならば、オレは幸せだ。今ここにいれることに幸せを感じられる。そんなことまで頭を巡らせてしまうほど、感動的な瞬間だった。


「さぁ、まだまだあるからな。たくさん食べよう」


「うん!」


「お菓子もありますからね」


 そう言って、パトリシアが大きなケーキを運んできてくれた。生クリームがたっぷりと塗られたスポンジは、甘い香りを食堂に振りまく。


「ケーキ、ケーキ!」


「こらこら。ちゃんとご飯を食べてからだ。ケーキは逃げないぞ」


 オレがそう言うと、リーリは素直にまた夕食を食べ始める。もりもりと食べる彼女は、なるほど、これなら将来見事なスタイルを手に入れるはずだ。よく食べよく遊びよく眠る。そして努力を欠かさないシャルの原点がここにあった。


「たべた!」


「じゃあ、作ってくれたみんなにお礼を言おうな」


「うん! みんなありがとう! とってもおいしかったよ!」


 可愛らしさ全開のお礼の言葉に、料理を担当した四人が自然と笑顔になる。人間も魔族も関係ない、食べ物に感謝するという当たり前の営みは、見ていて美しかった。

 しかし、そんな幸せな時間は、いつまでもは続かない。


「あ……」


「っ!?」


 リーリの身体が、淡く光り出したのだ。オレの膝の上の彼女は、蛍のような優しい光で発光する。


「そうか……」


 思ったより、早かったな。

 リーリの様子に、全員が察した。もう二度と、この可愛い少女には会えないのだと。しかし、


「ありがとう。あそんでくれて。ごはんをつくってくれて」


 リーリは心から満足そうに笑って、オレたちにメッセージを伝えてくれる。


「りゅかは、これからいっぱいあそぼうね。だんちょーは、 はなかんむりたのしかった。ゆうしゃは、オシャシンすごかった。ぱとりしあも、おりょうりとってもおいしかったよ」


 そんな言葉を一生懸命つむぐリーリは、とうとうオレの腕を離れ、空中へと浮かびあがった。


「みんなみんな、やさしくしてくれてありがとう。これからも、りーりを、リーリをよろしくね」


 リーリを見上げる全員の目には、薄いだが涙が滲んでいる。そして、


「リーリも、すなおになってね」


 最後に自らにむけた言葉は、そんな、助言で、そして、


「えどがぁ。りーりもリーリも、きっとおよめさんにしてね」


 耳元で囁くようにオレの頭を両手で包み込むと、最後に花のように笑って、リーリは、


「ばいばい」


 消えていった。

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