幼女+変態=事案
現在、リュカとシャルに言いくるめられたリーリは、仕方なくシャル本人が風呂に入れていた。リュカや牧村、団長はリーリに嫌われているので、何かあった時用にそばで見守っているだけだ。そして、オレとパトリシアは朝食の後片付けに従事していた。
「なんでオレが変態みたいに扱われなきゃなんないんだよ」
「う、うーん。エドガー様時折かなり危ないですから」
苦笑いでそんなことを言うパトリシア。オレと話をしていても、その手の動きはまるで一流ピアニストのように洗練されている。皿が次から次へとピカピカになっていき、布巾で拭いているオレの仕事が追いつかない。
「でも、少し安心しました」
「ん? 安心?」
「はい。りー、シャルさんって、完璧なんです。お仕事はもちろん、闘いも出来ますし、見た目も美しいです。魔界一番の従者を決めるとしたら、それはきっとシャルさんですよ」
「そうかなぁ」
いや、確かに凄い奴だとは思うが、そこまでだとは思えない。だって、シャルって短気だし嫌味ばかりだし、すぐに厳しいことを言う。オレは彼女の主人ではないが、もしそうなら疲れてしまうんじゃなかろうか。それを素直にパトリシアに伝える。すると、思いもよらない言葉が返ってきた。
「それはきっと、シャルさんがエドガー様を特別に想っているからですよ。だからちょっとだけ厳しくしてしまうんです」
「そうだとしても限度があるぞ。この前ちょっと二度寝してたら蹴り起こされたからな」
「それも信愛の証です」
パトリシアは楽しそうにくすくす笑う。その表情には凄く癒されるのだが、やはりパトリシアの言い分には納得出来ない。
「オレはやっぱりパティみたいなメイドさんが良いよ。優しいし、ちょっとしたことで怒らないし」
「おや。私だって怒ることはありますよ?」
「えぇ。じゃあやって見てよ」
スカートをめくられようとした時のパトリシアは、嫌がってこそいたが、怒ってはいなかった。この慈愛の女神が怒るところなど、想像も出来ない。そしてやはり、オレから急にそんなことを言われたパトリシアは、少し困ったような顔をする。
「え、ええ? 今ですか?」
「そう」
パトリシアは、濡れた手をタオルで拭くと、目を左右に泳がし、潤んだ瞳で上目遣いで見つめてくる。そして、
「だ、だめですよ。めっ!」
ぽかりとおでこを叩かれた。それも、猫の手で。
「パティ」
「は、はい?」
その仕草は、壊滅級だった。
「抱き締めていいか」
「え? え? あ……はい。私は、エドガー様のメイドですから……」
頬だけでなく耳まで赤くなったパトリシアは、目をつぶって俯く。オレはその華奢な身体に手をかけようと……
「良いわけないでしょう!!」
したところでリュカのコークスクリューブローを脇腹に食らった。ミートの際に抉りこむように捻られた拳は、オレの肋骨を粉砕するかと言う威力だ。
「がっ、はっ!」
「あなたと! 言う人は! いつまで! たっても!」
「ま、待てリュカ! これには理由が!」
「知りません! くらえ! 二重の極み!」
破戒僧が使う必殺の破壊の奥義まで飛び出してくる。パトリシアは目を丸くして、両手で口元を抑えて固まっている。眼前で繰り広げられる圧倒的な蹂躙劇が現実だと受け入れられないようだ。
全身に打撲傷を負った辺りで、やっとリュカの折檻が終わった。
「ちょっと目を離すとすぐに浮気するんですから!」
「いや、浮気じゃない。ちょっとパトリシアが可愛い過ぎたから手篭めにしようとしただけだ」
「尚悪いです!」
そうは言うが、さっきのパトリシアを前にして平静を保てる男はいないと思う。今だって、羞恥心が抜けきっていないのか、顔が桜色になっているままのパトリシアからは、なんとも言えない色気が出ている。信じられるか? これ男なんだぜ。
「で、リュカが帰ってきちゃったってことは、お風呂は終わったのか?」
「私が帰ってきてご不満のようなので、今晩のお夕食はいりませんね?」
「じょ、冗談だよ! で、リーリはどうなんだ?」
ピリピリしているリュカをどうどうと落ち着かせる。可哀想に、風呂で一緒にいたのはシャル以外は嫌いな者たちだ。怯えていたりしていないだろうか。
「今はお風呂から上がってお着替えをしています。リーリちゃんがエドガーさまを恋しがっていましたから、私が呼びに来たのです」
「え、でも……」
パトリシアに目を向ける。また食器洗いが終わっていない。しかし、パトリシアはにっこりと笑うと手を扉の方へ向けた。
「もう私一人で大丈夫ですよ。リーリちゃんのところに行ってあげて下さいませ」
「そ、そうか。ならお言葉に甘えて」
「では、私がパティちゃんのお手伝いをします」
リュカも快く仕事を引き受けてくれた。食器洗いは二人に任せて、リーリの元へ向かう。可愛らしいあの子のことを想うと、自然と小走りになった。リュカがこちらに来てしまったから、あの子の周囲には今変態とニートしかいない。シャルはほぼ本人なのでカウントしないとすれば、なかなかに危険な状況だと思えた。
「リーリ! 無事か!?」
「っ! えどがぁ!」
駆け込んだリュカの部屋では、リーリがベッドにちょこんと座っていた。オレを見つけると、ぱぁっと表情を輝かせて駆け寄ってくる。ぷにぷにという効果音が聞こえてきそうな歩みは、なんとも癒される。
「よいしょ。お風呂はどうだった?」
「たのしかった!」
一度しゃがんで、リーリを左手だけで抱え上げる。片手だと少しコツがいるな。オレの右腕に座らせて、左手で背中を抱く。
「おい。あまり甘やかすな。このロリコンが」
すると、シャルがため息混じりに苦言を呈してくる。かつかつと神経質にオレ達へと近づいてくると、ひょいとリーリを持ち上げた。
「う、えどがぁ!」
「別にとって食いはしない。ほら、そこまで小さな子供ではないんだ。ちゃんと自分の脚で立て」
「う、うぅ……」
やはりシャルは厳しい。子供全般に厳しいのか己だから厳しいのかはわからないが、前者だとしたらこいつの子供は大変だな。
「で、あの二人はなんで意気消沈してんだ?」
シャルの背後、ベッドのさらに向こうに体育座りをする二人に話を向ける。団長と牧村が、それはもうわかりやすく落ち込んでいた。
「いや、二人が何を話しかけても『人間嫌い』の一点張りでな」
みると、シャルの足元のリーリは、可愛らしくも厳しい目線を二人に送っている。この様子だと、あの二人がリーリに受け入れられる日は遠そうだ。具体的には百七十二歳まで。
だが、正直意外でもあった。団長は結婚以外のことは全て二の次かと思っていたし、牧村なんかは子供嫌いのイメージすらあった。ほら、オタクってコミュ障が多いから、あいつも見ず知らずの子供なんかは天敵にしていそうだと思っていたのだ。
しかし、二人とも積極的にリーリとコミュニケーションを取ろうとし、それが無理だとわかると落ち込んでいる。
「おい。そこの陰気臭い二人。出て来いよ」
「ダーリン、私は今ナイーブなのだ。少し放っておいてくれないか」
「わかった。ほら牧村。そんなとこにいると掃除の邪魔だから……」
「もっと構ってくれても良いだろう!?」
アメリカ海兵隊もかくやと言った見事なほふく前進で団長が接近してきた。その異様な姿にリーリがひっと悲鳴をあげる。
「そういうことしてるから怖がられるんだよ。だいたい、放っておいてくれって言ったのあんただろ」
「フリだ! いやよいやよも好きのうちって言うだろう!?」
団長相手の会話でそこまで頭を割きたくないんだよ。この人基本めちゃくちゃだから、本腰入れて話をすると疲れるのだ。なあなあで済ますのが一番苦労がない。
団長がオレに文句をつけている間も、リーリは一貫して団長を睨み続けている。シャルの背後に隠れてはいるが、敵意はしっかり剥き出しだ。
団長は落ち込んでいるが、メンタルに関してはダイヤモンド以上の硬度を誇るため、そこまで傷ついてはいないようだ。だが、まだ向こうで体育座りをしているメンタル豆腐オタクのケアは骨が折れそうだ。
「ほら。牧村もこっちこいよ」
呼びかけても、牧村はぴくりともしない。膝と膝の間に顔を落とし込んだままだ。仕方ない。軽くため息をついて牧村に近寄る。幼女に嫌われたからという理由でまた引きこもられてはたまらない。早めのフォローをしておきたい。
「おい、まき、む、ら……」
牧村の肩に手を置こうとして、言葉を失った。眼前にある受け入れられない光景に、寒気を催す。
牧村は、落ち込んでなどいなかった。彼女は喜色満面の満ち足りた表情で、スマフォの画面を眺めていた。
『やぁあ!』
『あ、こら! 動くんじゃない! 今流すから、目をつむっていろ!』
『う、う……』
その小さな画面の中では、袖を巻くしあげたシャルに髪の毛を洗ってもらっているリーリが映し出されていた。当然裸だ。一応後ろ姿だったが、子供らしい健康的な背中やお尻が高画質で録画されている。
牧村はその動画を、ダラけた口元からヨダレをどばどば垂らしながら鑑賞していた。
「お、おまっ! それ犯罪! かなりヤバいやつ!」
完っ全に事案だ。今すぐ書類送検されるような行いにパニックになる。牧村からスマフォを取り上げると、龍王の右腕で、叩き割った。
「あ! な、な、なんてことをっ!」
「それはこっちのセリフだ! やって良い事と悪い事があるぞ!」
幼女の裸体を盗撮して鑑賞しているなど、許しがたい行動だった。まさか、そんな卑劣極まる行いをする人間がこんな身近にいるなどとは思いもしなかった。
牧村の頭を全力でしばく。これはちょっと、こいつの更生プログラムに追加事項を考えないといけない。
「い、いや、ほんの、ちょっとした出来心でござろ!」
「噛んでんぞ」
あわあわする牧村。だが、これはちょっと見過ごせない。具体的な罰が必要だと思えた。
「お前に、一週間ゲーム禁止を言い渡す!」
「そ、そんな!」
「当たり前だ!」
団長は紛れもない変態だが、そこに牧村も書き加えないといけない。オレは心の中の危険人リストに牧村の名前を入力することにした。




