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育児に正解なし


 リーリとパトリシアが運んできたのは、大きな焼き魚定食だった。この世界では主食は小麦らしいのだが、米も栽培されている。大規模な治水工事が必要な米は高級品らしい。それでも、やはり魔王の屋敷だ。オレが頼めば、いつもその日の夜は米を食べることが出来た。

 焼き魚に米。レタスの千切りに、キャベツやキュウリを何かしらのタレに漬けたもの。そして、少し辛めのスープがメニューだ。メインである焼き魚は焼きたてで、香ばしい香りを振りまく。爆発石の岩塩をふりかければ完璧だ。


「では、いただきましょう」


 リュカの合図で焼き魚に取りかかる。串に似た金属の棒で身をほぐし、スプーンとフォークの合いの子のような食器で口に持っていく。うん。やはり焼き立ては格別だ。ぱりっとした皮まで美味い。

 魔王の座る上座は空席で、そこから見て右手にリュカがいる。その向かいにオレ、団長、牧村の順で座る。パトリシアはリュカの背後、リーリはオレたちの後ろに控える。だが、全員の視線は一点。オレの膝の上に座るちっちゃいリーリに向けられていた。


「リーリ、お魚は好きか?」


「うん! ちゅき!」


「よしよし。今ほぐしてやるからな。はい、口開けて」


「あーん」


 細心の注意を払って骨を取り除いた魚の身を、ちっちゃいリーリの小さな口に運ぶ。なんか親鳥の気分だ。次はレタスの千切りをフォークで食べさせようとする。しかし、今度は口を開けてくれない。ぷいと横を向いてしまう。


「やさいきらい!」


「好き嫌いするな!」


 突如リーリが雷を落とした。オレにだって向けたことのない怒声に、ちっちゃいリーリはびくりと跳ね上がり、そして、


「びぃええええええ!!」


 泣いた。


「こら泣かすな! 可哀想だろ!」


 ちっちゃいリーリの頭を撫でながら抗議する。


「うるさい! 私が私を育てて何が悪い! いい加減泣き止め!」


「にしたってさぁ……」


 いくらなんでも怒りすぎだと思う。子供に好き嫌いがあるのも当たり前のことだ。それに、ちっちゃいリーリが好き嫌いがあると言うことは、今のリーリが過去に好き嫌いをしていたと言うことだ。エスエフ苦手の方にはわかりづらいかな。ちなみにオレも苦手だ。とは言え、好き嫌いが良くないのもまた事実だ。未だ鐘を鳴らしたかのように泣くちっちゃいリーリを、左右に揺すってなだめる。


「ほら。もう大丈夫だ。怖がることはないぞ」


「う、うぅ……」


 ぽろぽろと涙するちっちゃいリーリ。可愛い。リーリ以外の全員が、そんな姿に瞳をとろんとさせていた。そして、その小さな口元にもう一度レタスを持っていく。


「さぁ、野菜も食べよう。美味しいぞ」


 子供にも食べやすいように、パトリシアがドレッシングをかけてくれている。一口食べてみれば大丈夫なはずだ。だが、やっぱり野菜は嫌いなようで、口をひき結んだままそっぽを向く。その様子に、再びリーリが苛立ち、何か言おうとしたタイミングで、


「まぁ待つでござるよ。我が輩に考えがあるでござる」


「なに?」


 なにやらしたり顔の牧村が、席を立ってちっちゃいリーリのそばにやってくる。


「良いかリーリ殿よ。好き嫌いをしていては、江戸川殿に嫌われるぞ?」


「え……?」


「逆に、なんでも食べる良い子になれば、江戸川殿は君を可愛がってくれる。さぁ、どうする?」


「ほ、ほんと?」


 ちっちゃいリーリが、伺うような上目遣いで見上げてくる。その純粋な瞳に、笑顔でサムズアップしてみせた。


「本当だ。だから、好き嫌いせず食べような」


「う、うん! リーリがんばる!」


 そして、見事目を輝かせたリーリが、彼女用の小さいフォークを使ってレタスを食べ始めた。嫌がっていたのが嘘のように、もりもり食べてくれている。その変わりように驚くとともに、感心して牧村を見る。


「やるじゃないか」


「ふふん。伊達に陽炎の帝とは呼ばれておらん」


「誰も呼んでないけどな」


 これ以上褒めても調子に乗るだけなので、あとは放置する。その間にもちっちゃいリーリは、一生懸命レタスを食べる。意外と食べるのは上手なようで、食べこぼししたり汚したりしない。


「よしよし良い子だ。何かご褒美をあげないとな」


「じゃあえどがぁとけっこんしたい!」


「んー。それはあと百年くらいあとかなぁ」


「そ、それは私を口説いているのか?」


 背後のリーリが赤くなってもじもじしている。いや、そんなつもりはないんだが、オレまで恥ずかしくなってしまった。二人して微妙な感じになっていると、食堂全域が白けたような空気になってしまった。リュカのオレを見る目がどこか冷めている。う、心が底冷えするので話題を変えよう。


「で、この子の服とかどうする?」


「あ、それはわたくしのお古があるので大丈夫だと思います」


「我が輩としてはスク水とかあると嬉しいでござるが……」


「黙ってろ」


 ケモ耳幼女のスク水って、需要はめちゃくちゃありそうだな。だが、こんな可愛い子をゲス野郎どもの目に触れさせたくはない。牧村しかり、だ。


「では、名前だな」


「名前?」


 団長がよくわからないことを言い出した。


「そうだ。大っきい方もちっちゃい方もリーリだ。それだとまどろっこしいだろう。きちんと区別すべきだ」


「なるほど」


 一同頷く。しかし、名前か。確かに会話の中でリーリが出てくると少々ややこしい。しばらくはこの子中心に生活が回りそうだし、ここらで明確にしておいた方が良いだろう。しかし、これまた難しい問題だ。


「ですが、リーリちゃんは自分をリーリだと思ってますよね、当然ですが。となると、別の呼び方をするのは可哀想ではないですか?」


 これはリュカの意見だ。もっともだな。


「となると、リーリ殿の名前、呼び方を変えるのがベストでござる。リーリ殿、どう呼ばれたい?」


「わ、私か!?」


「家名があるだろう。私ならクリスティア。ちなみにダーリンはいつになったら家内と呼んでくれるのだ?」


「呼ばねぇよ」


 ちょこちょこ攻めてくるのやめろ。めげない精神は見習いたいが、もっと別の方向に頑張って欲しい。

 皆それぞれ家名がある。リュカはアスモディアラ、パトリシアはオーガ、アヤさんはハーピー。その一族の名前がある。なら、リーリはなんなのか。彼女は狼人族だと言っていた。それはどう呼ぶのか。


「……リーリ・シャル・ウルフだ。ただ、ウルフと呼ばれるのは好きではない。シャルと呼んでくれ」


「それはまたなんで?」


 ウルフ、カッコいいじゃないか。昭和の大横綱みたいで憧れる。しかし、リーリは一度オレに目を向けると、消え入りそうな声で話す。


「……その、男っぽいし。ただでさえ私はこんなだ。名前まで男みたいになるのはちょっと……」


 そ、そうか。実に乙女らしい理由だった。まぁ、まぁ、オレも初対面の時はリーリを男だと思ってしまったからな。あれは一度謝った方が良いかもしれない。以前は背が高いことを気にしていたし。


「わかった。じゃあしばらくはシャルって呼ぶよ」


「うむ」


「はい。では、食事を続けましょうか。リーリちゃん、たくさん食べてね」


 リュカは優しい笑顔でリーリに微笑みかけるが、等の彼女は不満そうにしているだけだ。二人の距離はなかなか遠そうだ。

 皆がまた食事に集中しようとしたその時、かしゃん、と食器が音を立てた。


「あ、あー」


 リーリがグラスの水をこぼしてしまったのだ。魚の身を頑張ってほぐそうとしていた肘が当たって、グラスが倒れてしまった。テーブルに溢れた水が床にしたたり落ちる。それはオレのズボンを派手に濡らしている。


「こら! 何をしているだ!」


「おい、あんま怒るなって」


「あらあら。濡れてしまいましたね。お着替えしましょうか」


 パトリシアが素早く布巾でテーブルを、雑巾で床を拭き取る。リーリも巻き付けていたシャツを濡らしてしまっていた。だが、これはこれでちょうど良いかもしれない。いつまでもこんな浮浪児のような格好をさせておくのはよろしくないからだ。


「エドガー様も、お召しかえですね」


「そうだな。パティ、リーリ頼むよ」


「んー! や! えどがぁ」


「大丈夫ですよ。エドガー様はすぐに戻ってきますからね」


 パトリシアに抱えられたリーリがぐずるが、それを優しく抱擁する。パトリシアはまるで歳若いお母さんのようだ。


「なんか、子連れのお似合い夫婦みたいですね……」


「我が輩もそう思った」


「奇遇だな。私もだ」


 リュカがショックを受けたような表情で歯噛みしている。明らかに羨ましそうだ。


「あら、エドガー様。リーリちゃん、髪の毛も濡れてしまっています。お風呂に入れてあげた方が良いかもしれません」


「なに? わかった。なら……」


「えどがぁとおふろ!」


 リーリがお風呂、という単語に敏感に反応した。嬉しそうに万歳して笑っている。しかし、そんな無邪気な幼女の姿に眉を動かした者たちがいた。


「そ、それはダメです! リーリちゃん、私と入りましょう!」


「そうだ! そもそもお前は私なのだ! 私が面倒を見る!」


「やぁあ! えどがぁがいい!」


「おいおい嫌がってるじゃないか。別にオレまで裸になるわけじゃないんだから」


 オレも子供を風呂に入れたことなどない。だが、それは他の皆も同じだろう。それに、何も誰か一人が入れることもない。皆で楽しく入れてあげれば良いではないか。その方が事故も防げるし安全だ。


「オレが風呂入れてあげるよ。リュカ、団長、手伝ってくれ」


 リュカと団長となら大丈夫のはずだ。パトリシアとシャルは朝食の後片付けがあるので、ここはご遠慮いただく。しかし、


「待て! 貴様が風呂の世話をする必要はない!」


「なんでだよ。リーリもオレがいやきゃ嫌だって言うぞ」


 食べ終えた食器を片付けていたシャルが、慌てて振り返った。その拍子に食器が音を立てる。


「こ、この変態! そうまでして私の裸が見たいのか!」


「誤解すんな! 子供の裸になんか思うほど落ちぶれてねぇよ!」


 何故シャル本人の裸を見るところまで発展しているのだ。確かに今のシャルの裸なんかみた暁には、オレのアレがアレなことになるが、これはそういう話ではない。


「さ、流石は江戸川殿。女子の裸に興味津々でござる……」


「え、エドガーさま。私でもそれは看過できない問題ですよ?」


 リュカと牧村がドン引きして椅子を引いている。その場から一メートル、オレと距離を取った。

 何故だ。何故オレがロリコンみたいに扱われているのだ。ただ子供が一緒にお風呂に入りたいと言ったからその希望を叶えてあげようとしているだけなのに。もう立場がなくなってしまって、パトリシアと団長に助けを求める視線を送る。しかし、

パトリシアはリーリを抱えたまま苦しげにすぅっと顔を背けた。ダメだ。なら団長は、


「ふむ。米のお代わりもらって良いか? なかなか良い米を使っているな」


「あんた本当に自由だな!」


 一人普通に米を食っていた。あんたって本当、話をこじらせるか無関係を貫くかのどちらかだな!


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