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魔法


 魔法。それは、人類があくなき憧れを禁じ得ないファンタジーの代名詞。おそらく、魔法という単語が嫌いな人間は世界に二人といないだろう。奇跡と神秘を集約したスペクタルな技術。それこそが魔法だ。

 そして、このレギオンという世界には、それが確かに存在する。心ときめかせる、物語の中だけの魔法が、今目の前にあるのだ。オレの興奮値はかつてないほどまでに高まっていた。


「さて。魔法発現の儀の前にいくつか質問だ」


「おう」


 食堂のテーブルで向かい合うオレと団長。牧村も今回は教える側なので、団長の隣に座る。


「まずは、ダーリンはどんな女性がタイプなのだ?」


「え?」


「ほら。ダーリンの好みの女性だ」


 なんだか、まるっきり魔法とは関係なさそうな質問が飛んできた。好みの女性? そりゃ、好きなタイプは当然あるが、それがどう魔法と結びつくのか。だが、ここでまるっきり意味の無い質問をしてくるとは思えない。何か、魔法を会得するために必要なプロセスがあるのだろう。少し考えて、正直に告白……しようとしたその時、


「げぇっほっ!! ごほ、ごほ!!」


 胃液を吐き出しそうな勢いで咳をするリュカが現れた。熱でふらつく身体を、壁にもたれて支えながら、なんとか立っている。


「おいおい。何やってんだリュカ! 寝てなきゃダメだろ」


 白い寝巻きに白いポンポンがついた帽子。白いマスク。髪の毛も白なので、雪の妖精のような見た目のリュカだ。唯一少し充血した瞳はしかし、力がみなぎっていた。


「み、水をもらいに来ただけでしたが、これは聞き逃せません。さ、さぁ、エドガーさま、お答え下さい!」


 よくわからないが、必死さは伝わってきた。牧村と二人でリュカを抱えて、椅子に座らせる。団長、牧村、リュカがオレの向かいに座り直した。


「よし。仕切り直しだ。ダーリン、好みの女性のタイプは?」


 同じ質問だ。少し照れくさいが、これも魔法のため。嘘偽りなく答える。


「そうだな。芯の強い女の子が良いな。ダメなものはダメ、嫌なものは嫌ってきちんと言える娘はポイント高い。あと、家庭的だと嬉しい」


「ふむふむ。なら外見は?」


「外見? うーん、髪の毛が綺麗だと凄い魅力的に見えるな。あとは、やっぱりすらっとしてるとか。顔は、まぁそりゃ可愛い方が良いよ」


「なるほどなるほど」


 なにやら羊皮紙に書き込んでいく団長。隣の牧村は、「家庭的……家庭的……」とうわ言のように呟き続け、リュカは髪の毛をいじりながら落胆した表情だ。


「では次だ。ダーリンは告白したい派か、それともされたい派か?」


 いよいよ持って質問の意図がわからなくなってきた。これでは普通に修学旅行の夜だ。もしくはガールズトーク。だが、多少話に不可解な点があったとしても、オレの魔法への意欲が削がれることはない。これもステップの一つだと納得して返答する。


「告白か……。されたい派、かな。オレは向こうの世界じゃ迷惑の塊みたいに扱われてたから、好意を表現してくれるのは、その、凄く嬉しいんだ」


 我ながら女々しいが、そりゃ、好きだと言われて嬉しくないわけがない。嫌いだとか怖いだとか言われ続けてきたオレは、普通の人より好意を持たれることに対する欲求が強い。


「ふむふむ。では、もう少し質問したいが、それだとキリがないからな。最後の質問だぞ」


「うん」


「ダーリンは、女性の身体の部分では、どこが一番興奮する? 胸か? 脚か? それとも尻か?」


「……」


 これ本当に魔法と関係あるのか? いや、オレの趣味嗜好を知り、それが魔法発現に必要であるというのかもしれない。団長の目は真剣そのものだ。オレの頼みに真摯な気持ちで向き合ってくれている証拠だ。疑うなんてとんでもない。いきなり性癖をカミングアウトするのは気が進まないが、これも憧れの魔法のため……!


「む、胸が……好きです」


「大きい胸か?」


「はい……」


『はぁ……』


 リュカと牧村が同時に息を吐いた。団長はオレの小声の回答を書き写すと、満足そうによし、と笑って立ち上がった。


「では風呂場に行こうか。魔法発現の儀だ」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! この質問の意味は!? 何か関係あるんだよな!?」


 随分と答えにくいことを複数白状させられたのだ。これでもしオレには魔法適正がないとか言われたら落ち込むどころの騒ぎじゃない。それに、質問と儀式の関係性くらい教えてもらわないと恥ずかしくてやってられない。


「いや? 関係などないぞ? ただ聞きたかっただけだが?」


「は?」


「いや、だから。魔法発現の儀とは特に関係ない」


「え、いや、だって……。儀式の前に質問するとかなんとか……」


 まるでさも儀式の下準備みたいな言い方をしていたじゃないか。


「ただの個人的な質問だ」


「タイミング悪すぎだろ!」


 何故今!? 何故この雰囲気で!? しかも、オレの魔法への一途な想いを利用するような形で質問しやがった。ともすれば墓場まで持っていくような内容の回答を馬鹿正直にいくつもしてしまった。こんなの公開羞恥プレイじゃないか!


「まぁ、落ちつけ江戸川殿。別に減るもんでもないでござる」


「そ、そうですよエドガ、げほっ、さま。ごほっごほっ、そんなに怒らなく……げほっ!」


「リュカはもう寝てろ!?」


 リュカも牧村も、何故か少し落ち込んだような暗い顔だ。二人して自分の心臓の辺りをさすっている。その理由も気になるが、今はリュカの容態が最優先事項だ。咳が止まらないし、顔も赤いし、これ、どんどん悪化してないか?

 最早一人で立つこともままならないリュカを牧村が部屋に送り届ける。その後ろ姿を心配しながら見つめる。大丈夫かな。お医者さんとか呼ばなくて良いのかな。


「さてダーリン。魔法発現の儀は基本裸で行う。服を脱いでもらうぞ」


「もうその手には引っかからないからな!」


「これは本当だ。身体に流れる魔力の脈を正確に測るための行程だ。ほら」


 団長の策略には乗るまいと息巻くが、そんなオレの鼻先に本の見開きが押し付けられる。そこには、図解付きで魔法発現の儀の正しいやり方が掲載されていた。そして、その中ほどに、「発現の儀の際には服を纏わない」と明記されている。これは、従うしかない。


「わかった。脱ぐよ」


「よろしい」


「げほっ! げぇっほ!」


「うおっ!?」


 リュカと牧村が、何故か見事なドリフトでUターンしてきた。















 風呂場にある七つの檜の桶には、全てなみなみとお湯が張られている。その桶を背後にする形で座るオレは、上半身裸の状態だ。本当は全裸が一番好ましいらしいのだが、女性のいる前でそれは流石に憚られる、というか有り得ないので、下はズボンのままだ。


「ではまず、魔力というものがどこに蓄積されているか、から説明しよう」


 団長がオレの背後を行ったり来たりしながら、教鞭を振るう教師のような態度で話す。


「魔力とは、空気中に微量に含まれる力を肺から取り込み、心臓を経由することで魔力へと変換される。となるとだ。魔力とはどこに蓄積されていると考えられるかな? はい、では、リュカくん!」


 団長が、起立しているリュカにびしりと指を向ける。湿度の高い風呂場は喉の調子が良くなるらしく、リュカも少し話しやすそうだ。


「はい。魔力とは、身体を流れる血液に蓄積されています」


「正確。心臓に蓄積されると勘違いされがちだが、実際は血液に蓄積されている。なので、負傷して血を流すと魔力が弱まる。持久戦になればなるほど、魔力戦闘は退化するということだな」


 ふむ。


「ここで話を戻すが、生物は空気中の力を取り込むことで魔力に変換する。なので、すでにダーリンもこの世界にきて魔力をその身に作り出しているはずなのだ」


「え、でも。オレから魔力なんて感じないぞ」


 オレという異世界の人間でも、他者の魔力というものは感じることが出来た。感覚としては、温いお湯に全身が浸かっているような感じだ。それが魔王クラスになると、針のように研磨された魔力や、殺意や闘気のように圧迫感を体感するようになる。


「その通りだ。それは、魔力発現の儀を行なっていないからだ。ここで問題だ。魔法とはどこで形作られるのかな? はい、そこのリーリ君!」


 団長が次に指名したのはリーリだった。オレ達がここで魔法発現の儀をしようとやってきた時、ちょうどリーリとパトリシアが風呂掃除をしていたのだ。なので、二人に断って儀式をさせてもらっている。

 いつものリーリなら仕事を邪魔されると嫌な顔をするのだが、今回は素直に場所を明け渡してくれた。それどころか、何故かパトリシアともども、皆と一緒にオレの儀式を見学している。つまり、椅子に座っているオレ。その背後で歩いている団長。そして、その奥でリュカ、リーリ、パトリシア、牧村がいる。皆一様に顔を赤くしてオレを見ていた。


「はい。魔法とは、脳で形作られる。血液に流れる魔力を結集して脳内でイメージすることによって魔法となる」


「その通り。詠唱をしたり、魔法陣を描いたりするのは、イメージをしやすくするためだ。よって、達人になれば詠唱も魔法陣も必要としない。そこは反復練習と才能だな。まぁ、それは置いておいて」


 団長が一呼吸つく。


「血液に魔力があったとしても、脳にイメージがなければ魔法にならない。つまり、それが今のダーリンの状態だ。脳に、魔法を使えるぞ、という確固たる意識がないから魔法は使えないし、魔力も感じとれない。そこで、これを使う」


 団長が、足元の桶を指差す。いや、正確には、その中にあるお湯を、だ。


「やってみる方が早いな。ほら、ダーリン目をつむれ」


「ん、お」


 目をつむると、ゆっくりと頭の頂点にお湯をかけられた。程よい温度のお湯がオレの身体を伝って流れ落ちていく。


「お湯をかけることで、頭、脳への感度を上げ、最終的に脳に直接、他者の魔力を注ぎ込む。そうすれば脳が魔力を知覚して、魔法が使えるようになるという寸法だ」


「なるほど」


 この世界の人間や魔族は、生まれながらにして魔法が使えるわけではないらしい。皆、この方法を使って魔法を覚えることで、自由自在に使えるようになるのだそうだ。つまり、これは言わば大人への通過儀礼。真にこの世界の一員になるためのステップだった。


「さぁ。どんどんいくぞ。皆も手伝ってくれ。私がダーリンにお湯をかけるから、桶が尽きないようにお湯をくんで欲しい」


「わかった」


「はい」


「ごほっ!」


「リュカお嬢様は、休んでいましょうね」


 そこから、ただひたすら頭頂部にお湯をかけられるだけの時間が始まった。徐々に意識がそこに集中していくにつれて、オレの魔法使いへの階段を一段ずつ踏みしめている感覚がする。そのうちに半裸を女の子たちに見られている羞恥心は消え、ただただ高揚感のみに支配されていった。

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