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ニートの社会見学



 牧村の屋敷訪問は、人間界側には、勇者が修行の旅に出たことにしたらしい。ベルゼヴィードと闘って己の無力を痛感した、という建前なのだそうだ。まあ、これなら王城の人間もある程度は納得出来るし、もし魔王の屋敷にいることがバレたとしても、誤魔化すことも可能だ。


「いや、誤魔化せるか?」


「そこはほら。一応ここも平和条約締結してるし」


「うーん……」


 まあ、もうここで牧村がしばらく生活するのは決定事項になっているので、細かいことを気にしても仕方ないのかもしれない。それに、そんなことを言ってしまえば、団長だって来ちゃってるわけだしな。

 風呂の洗面台でしゃこしゃこと歯磨きする牧村を見ながら、集めたゴミをゴミ箱に詰め込んだ。これは後でリーリかパトリシアに聞いて処分しておこう。オレの背丈の半分くらいあるゴミ箱が二泊三日で満杯になった。どんな生活をすればこんなことになるのだろう。


「さて。歯磨き終わったか?」


「終わった。髪もといた。顔も洗った」


「よし」


「……で、これから何するの?」


 牧村が可笑しなことを聞いてくる。何をするか、だと? 決まっているじゃないか。今日も外は雨だ。リュカは風邪で、リーリとパトリシア、魔王は家事仕事。残るのはオレと団長と牧村だ。


「……自由時間だ」


「ずっと? 今日一日?」


「そうだ」


 別に可笑しくなんてないはずだ。やることがない日なんてよくある。それに、オレはリーリとパトリシアの家事を手伝ったりするし。それに、魔法の勉強もしたいしな。

 しかし、オレから自由時間を与えられた牧村は、すかさずゲーム機を片手にベッドにダイブした。よくもまあ飽きずに続けられるものだ。だが、これは良くない。毎日毎日一人でゲームばっかりしているからニートになるんだ。人間なのだから、誰かとコミュニケーションを取ることも大事だ。それをこのニートに教えこんでやる。


「おい牧村」


「ん? 何でござるか?」


「社会見学するぞ」


 オレの目の黒いうちは、ダラけた生活などさせん。















 オレの可愛いパトリシアは、今日も当然可愛い。メイド服のスカートの丈を気にしながら、せっせと廊下の窓を掃除している。タオルに魔法石鹸を溶かした水をさっと吹きかけ、それを使って窓を拭いていく。もちろん桟の部分も忘れない。内側は最後にもう一度柔らかいタオルで乾拭きして終了だ。外側は、その前に魔法石鹸で泡だてた泡をスクイジーを使って広げて掃除する。あとは内側同様、乾いたタオルで水気を取ればお終い。

 手順としては大したものではないし、難しい技量も要求されない。だが、魔王の屋敷の窓は、それこそ数百は軽い。それを一つ一つここまで丁寧に掃除するのは、大変な根気がいる。オレならすぐに嫌になったり、適当になったりしそうだ。だが、真面目で働き者なパトリシアは、全ての作業を手を抜くことなく完遂する。とにかく自慢のメイドなのだ。


「……あの。そんなに見ないで欲しいの、ですが……」


「気にするな」


「お気になさらずでござる」


 働くパトリシアの後ろ姿を牧村と二人で観察していると、本人からクレームが来た。


「い、いえ。ですが、その、視線が……」


「大丈夫大丈夫。パティのスカートは良い仕事してるぞ」


「この、見えそうで見えないギリギリのライン……。まさしく神秘!」


「ほ、ほら! やっぱりスカートの中ばかり気にしているではないですか! や、やめてください!」


 今日はパトリシアの罰ゲーム最終日である。ゲロ吐くまで堪能したい。

 内股になってスカートをずり下げようとするパトリシアを、にやにやしながら見やる。しかし、どう足掻いてもスカートの長さは変わらない。リーリほど短くはないが、パトリシアのスカート丈は膝上五センチ程度だ。白いニーソックスとスカートの間には、ほんの僅かだがパトリシアの白い肌が見え隠れする。こんなの、はっきり言って興奮を掻き立てる小道具でしかない。


「お、お二人とも! 私はまだ下着が……!」


「うん。だから見学してんじゃん」


「目の保養というやつでござる」


「もー!」


 顔を赤くして両手をぶんぶん振り回すパトリシアも可愛い。さらさらの金糸のような髪の毛が揺れる。


「ところで江戸川殿。どこか高い所が汚れてはおらんでござるか?」


「高い所? それまたどうして?」


「なに。パティ殿に脚立に乗ってもらって、それを眺めようと思ったでござる」


「なるほど!」


 なら今すぐ脚立を用意しないといけないな。確かあれは掃除道具をしまっている部屋にいくつかあったはずだ。うきうきしながらそれを取りに行こうとすると、


「随分と、楽しそうだな」


「あ……」


 こめかみに青筋を立てたリーリが、苛だたし気に組んだ腕を指でとんとん叩きながら、仁王立ちしていた。肩頬がピクピク引き攣っている。


「り、リーリさん!!」


 パトリシアが涙目でリーリの背中に隠れる。怯えているパトリシアも可愛い。


「二人してメイドに狼藉を働くとは良い度胸だ。死ぬ覚悟は出来ているんだな?」


「あ、いや……」


「こ、これはその……」


 リーリの迫力に、オレと牧村はその場で硬直する。まさか、こんな近くまで接敵されていたとは。パトリシアの可愛さに目が眩んで、周囲の警戒を怠った。

 リーリは今この屋敷で一番可愛い格好をしているはずなのに、憤怒の化身のような雰囲気でオレたちを圧迫してくる。


「貴様らはしばらくパトリシアに近づくな!!」


 リーリの拳骨は、つけている薄い白手袋ごときでは緩衝材にならなかった。一瞬視界に星が飛ぶ。鉄パイプで殴打されたような激痛だ。流石はリーリだ。どんなにふりふりなメイド服を着ていても、その攻撃力は衰えを知らない。


「全く。貴様らの世界には変態しかいないのか」


「まぁ、過半数は変態かな」


「世も末だ」


 この世界にやってきたオレ、牧村、ベルゼヴィードのうち二人は変態だからな。もちろんオレは違う。パトリシアの前では少し心が湧き立つだけだ。

 リーリに怒られてしまったので、パトリシアの仕事見学は中断せざるを得ない。となると、次はリーリの仕事を見学するしかない。ほっと一息つくパトリシアに別れを告げ、黒のミュールを鳴らして歩くリーリの後をつける。


「江戸川殿。しかし良いものでござるな。ツンデレふりふりツインテケモ耳メイド。属性過多な気もするが、彼女の美少女ッぷりが損なわれることがないのは驚嘆に値する」


「こら。人様をオタクスカウターで見るんじゃねぇよ」


「とか言いつつ、江戸川殿もリーリ殿に怒られて嬉しそうではないか」


「そ、そんなことねぇよ!?」


 リーリの後ろで牧村と二人でひそひそ言い合う。リーリはこれから魔王の執務の手伝いをするはずなので、それを横から見学しよう。しかし、


「うるさいな! 仕事の邪魔だ!」


 リーリが煩わしそうに振り返ってきた。今にも拳骨を繰り出しそうな面持ちだ。


「良いじゃねぇか。牧村に社会的な生活をさせるための仕事見学なんだよ」


「勇者の更生に何故魔族が手を貸すのだ! 大人しくしてろ!」


「いや、ぶっちゃけ暇なのでござるよ」


「それこそ知るか! 鍛錬するなり読書するなりあるだろう!」


 つまり、リーリの空き時間の使い方は、だいたいその二つだということだ。オレが言うことではないかもしれないが、若い女の子の余暇にしては灰色過ぎないか? 読書もこいつのことだ。堅苦しい学術書とか魔法の本とかなのだろう。

 しかし、これ以上こいつにちょっかいを出すのも危険だ。本気でハルバードを召喚してくるかもしれないのだ。牧村もそれはわかっているようで、すんなり引き下がる。


「それでリーリ殿。こう、ポーズを取って欲しいでござる。こう、手を猫にして、にゃん! って感じ

で……」


「失せろ!」


 ダメだ。全然空気読めてない。スマフォを構えて、リーリにポージングを指定する牧村。完全にレイヤーさんの撮影会気分だ。当然リーリは激怒してハルバードを召喚し、牧村に鋭い突きをお見舞いする。しかし、当の牧村は、それをひらりとかわすと、リーリの横手から一枚パシャリ。続く薙ぎ払いも、空中に逃れて上から再度撮影。着地の際にも、リーリの横顔をしっかりフレームに収めた。


「うーん。流石は本場のメイドさん。ハルバードさばきも構えも一流でござる!」


「……今日ほど自分の非力をもどかしく感じたことはない」


「チートってほんとふざけてるよな」


 ほくほく顔でフォルダを確認する牧村は、息一つ乱れていない。写真全てが一切ブレていないのも驚異的だ。このスキルがもっとちゃんとした人間に与えられていたならば、この世界はもう少し平和になっていた気がする。歯ぎしりをするリーリは見ていてかなり不憫だ。


「私は忙しいんだ。暇を持て余しているのなら、団長に遊んでもらえ」


 そして、リーリは一言そう言い残して魔王の部屋へと向かった。なんか凄くいたたまれない。人一倍頑張っているはずのリーリが、ひたすら自堕落に生活している牧村に手も足も出ないとか、世の中間違ってる。おそるべき異世界転移。これこそ不条理の結晶だ。


「おい牧村。あんまりリーリをいじめるな。可哀想だろ」


「む。確かに。撮影オッケーか聞くのを忘れていた。これはオタクにあるまじき蛮行。我が輩ひどく反省でござる」


「救われねぇなぁ」


 本当に不憫だ。リーリはもう少し幸せでも良いと思う。まあ、オレもあいつの不幸を助長しているので、大きなことは言えない。オレ、牧村、団長。リーリに苦労をかけるメンツが全員人間なのだ。彼女の人間嫌いは今後も解消されないだろう。


「よし。なら、団長のとこ行くか」


「了解でござる」


 団長はこの時間はいつも、剣の鍛錬をするか、紅茶片手に魔界新聞を読むか、リーリの家庭栽培の世話をしている。意外と充実した生活を送っているのだ。鍛錬も家庭栽培もリーリと一緒にしていることが多いので、最近二人は仲が良い。共通の趣味があるとこう言う所で得をする。

 ひとまず食堂に行ってみる。雨も降っているし、ここが一番確率が高い。そして、オレの予想は見事的中した。団長は、食堂で読書を楽しんでいた。彼女の前には、美味しそうなクッキーと仄かな香りを振りまく紅茶が置かれている。騎士団長が魔王の屋敷で凄いくつろいでるな。団長がおかしいのは最初からだが、そろそろ魔王側も立場があやふやになってきている。


「団長。何読んでるんだ?」


「む。ダーリンと、勇者殿か。これは火炎魔法の本だ。三百年ほど前の著書でな、王国では出回っていない。こう言うものが揃っている点、魔王の屋敷はなかなか便利だ」


「お、おう……」


 魔王の屋敷が、廃刊図書館みたいになってる。


「しかし火炎魔法か。なんかカッコいいな」


「うむ。超強力な魔法は、敵部隊をまるごと火の海に叩き込んだりも出来る」


 ……それは大変格好良いが、魔王の屋敷で魔王軍を倒す魔法を勉強して良いのか? 魔王側も、団長側も。


「そうだ。ダーリンも確か魔法が使いたいと言っていたな」


「うん? ああ、そうだよ」


「なら、せっかく勇者どのもいるのだ。ここらで魔法発現の儀をしてみるか?」


「魔法発現の、儀?」


 何やら面白そうなことを教えてくれた。暇つぶしには絶好のチャンスだし、何より、オレの魔法使用への扉が開かれた気がする。期待に胸をときめかせ、オレの体温が上昇した。

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