淀子の記憶喪失 その三
目覚めた時、そこは保健室のベッドだった。
幸い、今度は記憶を失っていないらしい。
「初! 江代!」
淀子は駆け出して、保健室を出て、靴を履いて校門から出た。あの少年を追う為に。
幸い校門の近くに、奴がいる場所が記した紙が落ちていた。
それを拾い、地図を頼りに向か、おうとした。
そこで、足が止まる。
嫌な予感がしたのだ。恐らく自分の記憶を消したのが、あの得体の知れない少年である事はほぼ間違いないだろう。
喪失前の記憶だろうか?
暗い空間で、江代や家族や友人は皆消えていくばかり。自分は必死に声を掛けるが、それは届かない。
そして初だけに声は届き、返ってきた言葉は自分を突き刺した。
『お前は、誰なんだ?』
その言葉を、本物の初から聞きたくない。
あの少年ならば、初の記憶すら消せる。記憶を消された初から、そんなことを言われたくない。それは記憶喪失前の自分も、今の自分もそうだと確信を持って言える。
親も友人も江代も何も自分を励ます言葉を言えなかったが、初だけは喪失前の自分の事が好きだと言ってくれた。
だけど。
「助けたい。私は、長女だから」
その言葉を呟いた瞬間。
自分の脳裏で、自分の記憶を閉ざしていた何かが壊れた音がした。
そこから自分の脳に、記憶が流れ込んでいく。
その感覚がなくなってから、淀子は呟いた。
ブレザーのボタンを外し、ニヤリと笑いながら。
「全く、世話が焼けるな。
私の妹達はッ!」
淀子は目的地目掛けて、駆け出した。
目的地に到着し、淀子は自分らしく。拳で正面玄関を破壊して入ってみた。
「やりますねえ。淀子さん」
「こんなの朝飯前だよ、上杉」
「その口調・・・・・・洗脳によって失った記憶を取り戻したということか。
だけどもう遅いです。貴女の妹は、既に洗脳済みです。
江代さんは返します。ですが、この人は洗脳済みです」
上杉の後ろから、少女が一人。
ブラウスと黒いスカート、黒のロングヘア、黄色の目――しかし虚ろ。右手で握っているのは、いつものエアガンではなかった。本物の拳銃。しかもスカートの左ポケットにもう一丁。二丁拳銃でもするつもりだろうか。
「初?」
「お前は
「その言葉は言わせないよ初。私はあんたの姉さん。
今、あんたを元に戻すから」
「何を言ってるんだお前? 私は上杉様の部下だぞ?
お前の妹だった記憶はない」
「それは改ざんされた記憶だ。そこの男にな」
「あの女の言うことなど信じることはありませんよ初さん。
やりなさい」
初の右手が精密機械の如く素早く動き、銃口が淀子の心臓に向けられるまで二秒もかからなかった。
そして三秒で弾丸が発射される。
だが淀子の動きの方が早かった。素早く横にずれ、飛び上がり、初に向かって回し蹴りを放つ。
「せりゃあッ!」
それは命中しなかった。
初は後ろに向かって回転しながら両足跳びをし、体操選手のように着地した。
「これが初の体術!?」
淀子の知っている初は、こんな動き出来ない。出来る筈がない。
洗脳の影響だろうか。
「いえ、違います。
私の持つ洗脳映像は記憶の改ざんや人格を変えることなどは出来ますが、身体能力にまでは手を加えられません。つまり、これが貴女の知らない初さんの実力ですよ」
だけど、初は今までこんな体術を披露したことはなかった。射撃の才能はあったが、この身のこなしが出来るのは、淀子だけだった筈だ。
「お前に出来るのはそれだけか?
つまらないな。期待してたのに」
初は右手で拳銃を淀子に向けて、トリガーを引く。その時間は一コンマ三秒。人間に出来る速さを、遙かに超えている。
淀子はその攻撃を躱すことに集中し、今は近づくのを諦めた。
そして、弾が切れたのを見計らい突撃する。いくら射撃が得意とはいえ、リロードには時間が掛かる筈だ。そこを狙えば淀子が勝てる、と思っていた。
だが、淀子の全速力よりも、初のリロードの方が早かった。
0コンマ9秒で淀子に向けられる銃口。次いで、0コンマ5秒でトリガーを引く。
そのまま勢いよく弾丸は放たれ、淀子の肩に命中した。
大量の鮮血。
初の目は、虚ろなまま、私に向けられている。
私は姉妹の中で喧嘩が一番強いのは、自分だと信じていた。
だけど、違った。
一番強かったのは、初だったんだ。
そういえば――そうだったような気がするな――。
気付けば、淀子の目に映っているのは初ではなくなっていた。
目に映り始めたのは、遠い遠い昔の話・・・・・・。




