ナンパに行こう
休みの日。
私達浅井家の三つ子は、割り勘で電車に乗り、渋谷に来ていた。来ている理由は淀子姉さんがナンパしに行こうと言ったからだ。
さすがに滋賀から来た人と付き合おうとしても、遠すぎて無理があると言ったが、淀子姉さんは全く話を聞かずに私と江代からも金を回収した。
駅の改札を抜けてから、私は二人に言う。
「じゃあ、誰が先に行く?」
「行ってきま~す」
姉さんは軽そうに言いながら、駅の外へと出た。私と江代も姉さんを追いかけ、最初のターゲットを見つけたところで止まる。
相手はそれなりに美形な男子高校生。身長は高校生にしては高い方。
淀子は彼の前に立ち、声を掛け――ずに。
思い切り、男子高校生を抱きつき倒した。
「やっと捕まえた~。ねえ私とデートしな~い? い~いでしょ~?」
獣の如く男子高校生を襲う姉。よく見ると少年は、白目を剥いている。
そして周りには、通報しようと端末を取り出す都民の姿も見える。
私はそのまま江代と共に、姉を強引に公園へと連行した。
◇◇◇
公園へと連れてきた後に、姉を一発ぶん殴った。
幸い警察は呼ばれなかったようで、その証拠にサイレンの音は聞こえない。
「ハッ。やっぱり淀子姉さんはダメか。ならこの私、江代が男を口説いてみせるわ」
かっこつけながら江代は、公園の外へと歩を進める。
江代が見つけたターゲットは、小柄で可愛いショタ系の男子高校生。
彼の前に立ちはだかり、腕を組む。
「ヘイ、ユー。私と罪なティータイムを過ごさ――
少年は江代の言葉に耳を貸さず、そのまま人混みの中へと消えていった。
もうダメだなこいつら。
江代を連行して、公園のベンチに座らせる。
脱力している江代がぼそぼそと言う。
「何故だ。私のナンパは完璧だった筈なのに」
「いやいや訳の分からんポーズをしながら誘っても不審者にしか見えんわ」
「そうなの?」
バカなの? こいつら。
「しょうがない。じゃあ初、最後はあんたが行きなさい」
江代の隣に座る淀子姉さんが私を見て言う。
「いやあのさー、私ナンパとかぶっちゃけ興味ないし。簡単にナンパに行こうとするアンタらの精神の方がどうかしちゃってるわ」
「どうでもいいから早く行けよ。処女の極み」
その台詞に対して、半ばやけくそになって反論する。
「分かったよ行けばいいんだろ! あァン!?」
私は公園を出て、渋谷の街へと繰り出した。そして辺りを見渡して、手頃な男を見つける。
私が定めたターゲットはお金を持って無さそうだけど、容姿が私と同じレベルくらいの男子高校生。
その少年のところにゆっくりと歩みより、自分の中で決めた台詞を、どうか緊張せずに気をつけながら言おうとする。
「き、キミ。わ、わ、私と。お、お、おお茶ししししししませんかかかかかか?」
しまったァァァァァァァァ! 思い切り緊張してしまったァァァァァァ!
多分断られるな。ほぼ確信しかけていたが、答えは。
「いいよ。どこでするの?」
なんか、あっさり成功しちゃった。ナンパって意外と簡単だな。
「じゃあそこのスタバに行きませんか? 私の姉さんと妹も待っているので」
それから私達は取りあえず、連絡先を交換したり、少し高めのコーヒーをおごったりして話した。
時間はあっという間に過ぎ、駅へと戻ってきた。
まだ付き合いが始まったわけではないが、このままなら三人の内誰かが彼氏いる歴0年を卒業出来そうな気がしている。
「あー楽しかったね。さて帰ろう」
淀子姉さんが財布を取り出して、三人分の切符を買おうとした。
「あ、ごめん。二人分しか残ってない」
はァァァァァァァァァァァァァァァ!?
「どうすんだこれッ!? どうやって滋賀まで帰んだよッ!」
淀子姉さんは表情一つ変えずに。
「三人の内誰かは歩いて帰る」
「無情に言わないでくれない?」
正直なところ、それはほぼ不可能に近い。私の知っている情報によれば、滋賀から東京までは参勤交代で9日はかかる計算だ。親を呼んで車で帰ろうにも、私達が東京に来ていることは親には内緒だし、ナンパしに行ったなどと言えば、その時に向けられる親の視線が怖い。
まあ取りあえず、何とかして歩きで帰る奴を決めなければ。
「じゃあ淀子姉さん。アンタが歩きで帰れよ」
「はァ? 何で私よ?」
淀子姉さんを指名したのには理由がある。
それはね。あいつがフラペチーノを三杯ぐらい頼もうとして、私は止めたんだけど、それを聞かずに注文したからだ。
「アンタがフラペチーノを三杯飲んだから金なくなったんじゃないの? だったらアンタ運動得意なんだから、9日ぐらいかかる道を1日ぐらいで走れるんじゃない?」
姉さんに対し嫌味を言った。
「どういう理屈よ。それが無茶苦茶だってことは、基本赤点しか取れない私でも分かるわッ!」
まあ私も知ってるけどね。
「じゃああの人を誘ったのは初で、あの人が高いのを頼んだってことは、アンタが選ぶ人をミスったわけだから、アンタが歩きで帰りなさいよ」
「はァ!? ナンパしろっつったの、アンタじゃない!」
そうだ。だから『私は悪くない』。
「しょうがないなー。じゃあ江代。この前私、アンタに漫画奢ったよね。アンタが歩いて帰って」
「いやなんでッ!? それ今回の一件に関係ないじゃん!?」
普段からクールを崩さない筈の江代も、今回は大声で反論した。
「あーもう分かった。じゃあここは無難にじゃんけんでいこう」
淀子姉さんが言ってから、私と江代は両拳を後ろに持っていく。
そして三人一斉に声を出す。
「「「さいしょはグー! じゃんけんホイッ!」」」
「「「あいこでホイッ! あいこでホイッ! あいこでホイッ・・・・・・」」」
私達三人でのじゃんけんが始まって、三時間が経過した。
そろそろも息も切れかけて、集中力も無くなってきている。
脱力して、呼吸を整える。
「はあ、ダメか。もう実力行使しかないわね」
淀子姉さんはそう言ってから、バッグから赤い柄の木の槍を取り出した。
「もうしょうがないから、実力行使で行こう」
おいバカッ! また通報されるぞッ!
江代の方を見ると、バッグから柄が緑の木刀を取り出している。
「いやあの、やめろアンタ達」
止めようとしたが、二人は止まらなかった。
淀子姉さんは切っ先を江代に向けて滑走し、江代も見たことのある構えで滑り出す。
「喰らえ! 私のスタンピートッ!」
「これがよけられるかッ! 牙〇ッ!」
前者に関しては技名捻れよ! と心でツッコみ、後者に関しては作者に謝れェェェェッ!と心でツッコんだ。
両者は順調に滑り出したが、淀子姉さんの槍の切っ先が、江代の腹を突き刺したのが早かった。
江代はその場で崩れ落ち、淀子姉さんは背を向けて言う。
「はあ。何年かかっても、長女は倒せないわよ。さて仕方ない。不本意だけど先に倒れた奴が帰ってもらうというルールだから初を連れて――
「言った側から、また油断。バカは死ななきゃ治らない」
崩れ落ちていた江代が刀を持って立ち上がり、また見たことのある構えで叫びながら右手を、振り向いた淀子姉さんの胸に向かって放つ。
「〇突・零式!」
しかし先に切っ先が腹に刺さっていたのは、江代だった。
淀子姉さんは槍の切っ先で更に遠くまで江代を吹き飛ばして呟く。
「油断? 何のことかな? これは余裕と言うもんだよ」
江代は何とか立ち上がり、木刀を両手で中段に構えた。
「まだまだ、終わらないよ!」
両者は再び激突する。
午後十時五十分。まだ戦いは続いていた。
私も歩いて帰るなど絶対に嫌なので、逃げていたが、三人全員既に死にかけている。
もうこいつらは仕方ないな。そう思って、私は言う。
「分かった。私が歩いて帰るから。アンタらは電車で帰りなさい」
淀子姉さんと江代が眼をうるうるとさせながら、こちらを見る。
「「ありがとう。初」」
淀子姉さんと江代が電車の切符を買おうと歩く。しかし。
『本日の電車の運行は終了しました』
私達三人の戦いが終わるのを、終電は待ってくれなかった。
その九日後。スタバで出会った彼は親から遠距離恋愛を禁じられたらしく、それ以来LINEは返ってこなかった。
虚心夜です。二話連続投稿です。
なんかこの小説――やっぱりジャ〇プの漫画みたいに、最後は戦闘もので終わりそうな気がしなくもない気がします。
フリースキル・ファンタジーも頑張りつつ、こちらも定期的に更新します。