江代の恋 その二
私は先に帰って、江代を待っていた。
姉さんはどういうわけか、少し用事を済ませてから帰ると言っていた。
「ただいまー」
「あ、おかえり江代」
――江代に彼氏かー。いいなー。
「初姉さん? どうしたの、ニヤニヤして?」
「いやいや! 何でも無い何でも無い!」
やばい。無意識のうちに笑っていたようだ。
――全く、リア充なんてけしからん!
それにしても、江代のこの喋り方、すっげー違和感あってなんか落ち着かないな。
江代が私の事、初姉さんって呼んでくれた事一度も無いし。
大体末っ子の甘え状態か、邪気眼状態しか見たこと無いのに。
「そういや、江代・・・・・・」
「何?」
江代が可愛らしく返事する。
「お前私より先に彼氏作るなよぉ! バカバカァー」
「ふっ、バレちゃったか?」
あ、いつもの江代に戻った。
私は膝立ちしながら江代の腹に向かってポカポカする。
「初、あざといのは嫌われるぜ?」
いやあざとくねーよ。悔しいだけだから。
「初、江代! ただいまー、って何してんの初」
どうやら姉さんも帰ってきたようだ。
「悔しいからお説教中~」
「それなら程々にな」
え、姉さんにしては珍しい。
「それより江代、ちょっと話があるから、上まで来て。
初は来ないで」
そう言い残し、姉さんは江代を連れて二階に行く。
なんなんだろ――アニメート行こうかな。
寒いな。
そんな事を思いながらアニメートまで歩く。
途中の公園で会ったのは。
「あの人は・・・・・・・」
江代の彼氏? ベンチに座っているけど。
――ちょっと話してみるか。
「ちょっと君」
「アレ、君江代さ・・・・・・
人違いか。君は誰?」
座りながら答える。
「私は浅井初」
「浅井って、江代さんと同じ名字・・・・・・。
ということは」
「私は、君の彼女の姉だ」
「そ、そんな彼女だなんて。
照れるなあ」
――何この子。超可愛い。
じゃなくて!
「君はさ、江代のどういう所が好きなの?」
「そうだねえ。強くて、格好いい所かな。
僕は体が弱いから、強い人が好きで」
強い人だと姉さんとか色んな人が思い浮かぶけど、姉さんの場合、まああの性格じゃあねえ。
「そうなんだ。でもあいつ、強いように見えるけど、
本当は姉妹の中で一番弱くて、それでも格好付けて生きているような不器用な子だから、
大事にしてあげて」
「勿論だよ。弱みが無い人間なんていない。僕はそう思うから」
・・・・・・。
「ところでさ、逆に聞くけど、初さんは江代さんの事好き?」
!?
慌てるな慌てるな。ラブじゃなくてライクの意味だよな。
「それは・・・・・・まあ一応私姉さんだし。
時には喧嘩もするし、私と比べたら出場回数少ないからあまりそうは思われないかも知れないけど」
「何の話?」
「いや何でもない」
しまったつい思った事を口にッ!
「まあとにかく、大事な家族だよ。
十六年も一緒に過ごしてきたんだし」
「え、じゃあ双子?」
「実は、三つ子」
「えー、そうだったの!?」
まあ三つ子は珍しいよな。
「うん。もし結婚する事になったら、私とかあの手の掛かる姉貴とかに困らされるかも知れないけど、本当にいいの?」
「結婚だなんて・・・・・・。でも大丈夫だよ。
君のお姉さんはまだ知らないけど、初さんはいい人だし」
「・・・・・・・ありがと」
やばい。こんな美少年にそんな事言われたら照れる。
「じゃあそろそろ僕は帰るよ」
「うん。じゃあね」
少年はベンチから立ち上がって歩き出す。
だが。
「・・・・・・うっ、ぐぐ」
少年は胸を押さえながらその場に倒れた。
「どうしたの!?」
瞳孔が開いている。心音が弱い。
「とにかく救急車救急車!」
救急車は赤いランプを照らしながら、十分後に到着した。
倒れた少年を救急隊員が運び、処置をしている。
私はそのまま救急車に乗せてもらい、病院まで来た。
それから江代に連絡を入れると、彼の両親が駆けつけ。
江代は必死そうな形相で病室に入った。姉さんは落ち着いた顔をしていた。
その後江代を両親と共に危篤状態の彼の病室に残し、私と姉さんは表に出た。
「姉さん、江代と何を話していたの?」
「実は彼、先天性の心臓病を患っていたんだ。
どうやら江代は知ってたみたいなんだけどね。どうやら一ヶ月くらい前に、もう彼が死ぬことは分かってて、最後くらいは外に出してやろうと考えて、病院の外に出るようになったらしくてね」
そこで江代と出会って、死ぬまで彼氏でいたいと言われて、江代はその言葉に動かされて恋人同士になったということらしい。
「でも江代はそれが分かっていながら、君は死なないと言い続けていたそうだよ。
アイツにも、あんな優しい一面があったんだな」
大体彼と付き合ってからすぐと推定される期間は、まだ江代もいつも通りだった。
でも最近になって様子がおかしかったのは、彼の死期が迫っていることがもう分かっていたから?
それが分かってから、すぐに起きるべきことが起きた。
江代と彼以外の全ての色彩が反転してブラックアウトし、江代と眠る彼を取り囲む鎖と錠前が一気に破壊された。
すぐに元の景色が戻る。
その後、両親は出て行く。
「帰ろう、初」
なんで?
「おい、帰るよ? おい初!!」
「姉さん、お前はいつもそうだ!
妹が辛い時ぐらい側にいてやれよ!」
姉さんは力強く、私の頬を殴った。
そのまま吹き飛ばされ、私は顔を上げる。
「違う! そうじゃないよ!
今私達が行っても、余計辛くしてしまうだけだよ!
だったら私達が出来ることは何だ!?
最後くらい、二人きりにさせてやれよ!」
姉さんは泣いていた。私に近づいて、強引に手を握って、病院をあとにした。
姉さんが何故、江代と一緒にいてやろうとしないのか理由は分からなかったが、江代の事だけが心配だ。
自宅、夕飯中。
「初、江代は帰っていないのかい?」
親父は味噌汁を啜ってから言う。
「江代なら、学校に呼び出されたっきり帰ってないよ」
「そうか。それならいいが」
左には、いつもいる筈の妹はいない。右には、飯食うのが好きな筈なのに、暗い顔で飯を食う姉さんがいる。
あんな事は言ったけど、実は姉さんが江代を一番心配してるのかな。
江代を心配してるからこそ、あんな台詞を言ったし、江代が心配だからこそ、こうして一番悲しんでいる。
姉さんは本当に、よく分からない人だ。
次の日。
「え、あの子治ったんですか!?」
『はい。お宅の妹さんが付き添っていたさい、一度目を覚まして、会話をしていたのですが、その途中で心臓が停止してしまいましてね。
ですが手術を受けた結果、病気の方は治りました。
江代さんなら、疲れて寝ていますよ。
彼女も凄いです。手術中、寝ずに頑張って見守っていたのですから』
私はスマホの通話終了ボタンを押して、姉さんを起こす。
病院に向かうと、彼と共に江代は眠っていた。
「彼の事なら安心して下さい。二年間くらい様子は見ますが、命に別状はありません」
隣では姉さんが泣いていた。
よたよたと歩み寄ってから、江代にしがみつき、そのまま声を上げずに泣く。
私はそれをただ、見守った。
松野心夜です。江代の恋編完結です。
今回はいつものギャグとは指向を変え、シリアスに挑戦しました。
感動出来なかった方はすみません。
さて、急な変更をしてすみませんが、後九話ギャグをやったら最終回となります。
今これと並行して、コラボシリーズもやっていますが、これとコラボが終わってからの連載の事は全く考えてません。
多分これが終わったら、並行して連載は無いと思います。
それでは皆さん。また次回。




