邪気眼の意味
江代は一人で出かけていた。
病院で病気の治療を受けている彼氏を元気づけ、買い物をして帰る途中だ。
姉である淀子と初は、いつものように買い物に出かけているのだろう。
だから、今日も江代は一人だ。
しかし今日は途中、とある場所に遭遇した。
「・・・・・・」
キリスト教の教会の前である。
江代にとっては、その教会は特別な場所だ。
あの日、その教会で、ある人のおかげで、自分は変われた。
江代は、泣き虫だった。
姉二人が喧嘩しているのを見ているだけでも心が辛くなり泣き出してしまうくらいで、姉二人もそんな自分とは関わってくれようとしなかった。
だから、強くなりたかった。
特別な力が欲しいと願ったし、特別な存在になりたいと思った。
そんな時に、江代はあの人と出会った。
「美しき姫よ、何故頭を垂れている?」
優しい女性の声で、あの人は江代に声をかけてきたのだ。
その女性は江代と同じくらいの身長で、サングラスを掛けていた。
そして、アニメのコスプレをしていたのだ。
「姉二人に、仲間はずれにされているんです。
だから、どうしたら強くなれるかって考えてて・・・・・・」
「吾に君を強く出来るかは分からない。
だが、鍛錬せねば心も肉体も虚弱になってしまう。
日々、鍛錬を怠るなよ」
そう言って、女性はその場から去って行った。
彼女に会うことは、二度と無かった。
その日から、江代はその人を真似るようになった。
言葉を真似、仕草を真似、何もかもを。
中二病と揶揄されても、江代はそれを続けた。
今でも思うのは、会いたいということだ。
些細な切欠ではあるが、自分を強くしてくれた彼女に、何かお礼をしたい。
何かを言いたい。
そう思っている。
「?」
教会を見渡していると、ベンチに座る少年を見つけた。
小学生くらいだろうか。
ランドセルを背負っている。
江代はゆっくりとそこに駆け付け、声を掛けた。
あの人と同じように。
「若き王よ、何故落ち込んでおるのだ?」
「ぼ、僕ですか?」
少し怯えた目をしながら、少年が江代に訊き返す。
「貴様以外におらん。何故落ち込んでおる?」
「いじめられたんです。弱虫とか言われて、叩かれて」
「弱虫か・・・・・・」
「ん?」
「若き王よ。挫けてはならんぞ。
強くなれ。己は強い人間であると、己の心に強く言い聞かせろ。
そうすれば、貴様は強くなれる。
いつか、そんな奴らに負けない強い大人に」
「お姉ちゃんみたいに、なれる?」
「精進すればな。
鍛錬を怠るなよ、若造」
江代はそう言い、その場から立ち去った。
そのまま帰ろうと、教会の階段を降りようとしたその時だ。
「待てよ」
少年の声。
だが先の少年とは違う。
「何だ貴様ら」
江代は声を掛けた少年たちに問う。
リーダーらしき者が、それに答える。
「てめえ、あいつに何吹き込んだ?」
「宣言した筈だ。強くなれと」
「あの弱虫が強くなるわけないじゃん!
しかもその口調なに? 中二病?
痛いねえ、あんた。
怪我しない内に、俺達の前から去れェェェェェッ!」
少年たちは江代目掛けて駆け出した。
それに対して江代は、腰から提げていた木刀ではなく、拳を握る。
襲い掛かる少年達を拳で制し、リーダーの喉元には木刀の切っ先を突き付ける。
「ひっ・・・・・・」
「去るのは貴様だ。
二度とあのわっばに手を出すな」
そう言い残し、今度こそ江代はその場から去った。
その様子を陰から見ている者がいた。
サングラスで顔を隠し、アニメの衣装に身を包む女。
浅井淀子が、それを見ていた。
「江代も、強くなったわね」