見えざるもの
炭化を通り越してもはやそれが何だったのかも分からない塊を見やって、僕はそれを投げ捨てた。思いの外冷静な自分の心と体に関心に似た感情を覚えつつ、僕は唯一ゴブリンの持ち物で焼けなかった赤々と輝く石を拾い上げる。
今まで見てきた中で、一番大きなジュエルだった。その宝石を持つ手がジュエルからあふれ出る力を感じ取り、見る見るうちに視界も開けていく。意識も明瞭になっていき、それと同時、今自分が何をしていたのかよく分からなくなってしまった。
目の前には何も無い。道がずっと奥の方まで続いているだけだ。そこには僕一人、何をするでもなく立っているだけ。ついさっきまで誰かが近くにいたような、僕のことを気にかけていた存在がいたような気もするのだが、思い出そうとすると頭が痛くなる。
思い出したように歩数計を見ると、そこにはじゅえるが一個であること、ロンドベルという存在が息絶えるまであと八千歩弱である事が印されていた。
よくよく考えてみると、アダムスという存在はもう息絶えてしまっているのだ。その事実を確認することは出来ないが、ジュエルの内容が本当で歩数の方だけ嘘というのはちょっと違和感がある。片方が真実ならもう片方も真実であるだろう。ジュエルの方は身をもって体験し、真実である事を裏付けてある。ということは、アダムスはもう息絶えてしまっている。
それにだ、僕はこれを半ば全てが嘘偽りであると仮定して洞窟を歩いてきた訳だが、真実となるといろいろ話も変わってくる。特に、最初の注意書きや手紙のようなものだ。あれもふざけきったものだと思ったが、こうなってくると真実味を帯びてくる。
しかし、何が書いてあったのか、いまいち思い出せない。おそらく稚拙な文章であったからだ。ただ、外と中の世界について、あたかも外の世界はとても危ないと言うようなことが書いてあったのは覚えている。
…………それ以外は全部曖昧だ。考えても無駄なようだった。
僕は前に進むことにした。結局、黙っていても何も始まらない。歩数もまだ余裕がある。ここから先に行けば何か解決する手段があるかもしれない。そう信じて歩くほかない。
なんだか、洞窟という閉鎖空間を歩くのにもなれてきていた。最初の方はその閉塞感や、気味の悪さが目立って僕を苦しめていたのだが、今ではさほど気にならない。のだが、
「さっきからそこらをうようよしているのは何だ?」
つい先ほどから、変なものが見えるようになってきていた。それは顔のような、お面のような、歪なものだった。それはところ構わず現れる。洞窟の壁だったり、道のずっと奥だったり、はたまた僕の隣にだったりだ。更におかしいのは、そのお面のようなものは完全に浮いた存在だと言うことだ。
例えば、道のずっと奥の方にその顔らしき者が現れたとする。すると、もちろん洞窟の奥は暗い訳だから、そのお面も黒みがかって薄ぼんやりと見えるのが普通だろう。だが、その異形はまるで馴染まないようにクッキリとそこにいるのだ。コントラストがあっていないというのだろうか、絵を切り貼りしたかのように、違和感を纏ってそこにいるのだ。
両の目をこれでもかと見開いて、気持ちが悪いほど笑っている表情に似ていると、そう僕は感じた。ただ、無害だった。肉薄しようとも、凝視しようとも、逆に見ないようにしても、その気味の悪い表情はただただ僕を見つめているだけ。確かに恐ろしさはあるが、無害なら現状は気にならない。今は僕にとって有害なものが多すぎるこの洞窟の中だ。そんなものにあまり構ってもいられない。
そうこうしていると、視界の先がパッと開けているのに気が付いた。歩いて行くと、そこはかなり大きい開けた場所のようで、テントのようなものが百近い数所狭しと並べられていた。それだけではない、いろいろな種族の生物がそこで生活しているようだった。楽しそうに談笑していたり、買い物をしていたり、居眠りをしていたり、まるでここで生活しているようだった。
本当にここはただの洞窟なのか? そんな疑問が浮かんだ。僕が思う洞窟はこんなところじゃない。そもそもこんな広い空間が一洞窟にあるとは思えない。生活するために開拓したとしか、思えない。
とりあえず、僕はそのテントのうちのどれかに入ってみようかと思った。外にいる人間に話すのは何だか憚られるため、店の人や、それでなくとも一対一で話したいと思ったのだ。
と、そのときまた視界にあいつが現れた。
気味の悪い首だ。こんどはテントのうちの一つ、その入り口に現れていた。ふわふわとも揺れずに、そんな模様がそこにあるかのようにそこにいるのだ。僕は何だかイライラしてきた。こいつに監視されているようで、吹き飛ばしてしまおうかとさえ思った。しかし、触れるのかどうかはよく分からない。魔法なら消し飛ばせるかもしれないが、ジュエルを使う訳にはいかない。
もっと気軽に使える力があれば良いのにと、僕は何気なく右手に力を込めてみた。すると、いきなり青白い炎が右手を包み込み、そのあまりの突然の現象に僕は慌てて右手を振り払った。しかし、落ちついてみるとその炎からは熱さを感じず、それどころか僕の意思によって制御出来る炎である事が分かってきた。
試しに、近くに芽吹いていた小さな双葉を摘んで、その炎で焼き払う、すると、数秒でその双葉はちりと化してしまう。この炎は本物と言うことらしい。
……これは、アドバンテージではないだろうか。
まともな攻撃手段がジュエルを使った魔法しかなかったのが、こんな強力な魔法を自由に使えるなんて。これでかなり戦闘が楽になるはずだ。それにだ、よくよく見てみるここにいる生き物たちはみな、ジュエルらしきものを首飾りや腕飾りとして身につけていた。いざとなれば、殺してでも奪い取れば――
「――え」
僕の思考回路が止まった。世界が一転したような気持ち悪さを覚えて、僕は頭を抱える。僕は今何を考えていた? 普通の人間ならそんな考えには至らないような、ふざけた感情があふれ出さなかったか?
もはや、訳の分からないこの状況に僕は我を見失っていると言うことなのだろうか。改めて考え直そうとしてみても、さっきみたいな乱暴な考えを推し進めようとは思えない。たった一瞬、さっきだけ別の誰かが自分に乗り移ったような、そんな気分だった。
一度目をこすり、頭を振って、気持ちを入れ直す。もう一度視界を明るみにさらすと、やはり同じように気味の悪い仮面のようなものがテントのうちの一つに位置している。
「おい、あんちゃん、大丈夫か?」
「えっ」
突然声をかけられて、僕は思わず飛び退いていた。そんな僕を見て、さらに怪訝な表情で近づいてくる青年。高く伸びた耳が印象的な彼は、挙動不審になる僕に近づき、
「さっきからすっげえ怖い顔してるぞ? 何かあったのか?」
「……い、いやね、さっきからちょっと不気味なお面みたいなのがいっぱいあって、それに面食らっちゃって。今日は何かの催しですか? あのお面もその装飾の一環とか」
「お面? 何の話だい」
「ほら、あれですよ。テントの入り口にまるで浮かんでいるみたいにあるあれです。どうやって配置しているんですかあれ、魔法か何かですか?」
そう言って青年の顔を見ながらお面の方を指さす。しかし、
「……お面なんて、ないぞ?」
え、なんだって。
僕は焦ってテントの方を見やった。すると、やっぱりそこにはその異形がいる。テントの方を一目見ればあまりに違和感があるそれに気が付くだろう。
「いや、だからあそこに――」
そう言って、僕は再度青年の方を向いて説明しようとしたときだった。青年の顔を見ると、青年の顔そのものがさっきまでテントにいた気色悪い首になっていたのだ。それどころじゃない、まるでバケツの水をひっくり返したかのような、しぶきのようにそのお面が青年を四方八方から囲っていたのだ。目と鼻の先、近くで見るとあまりの気持ち悪さに発狂していた。
「うああああああああぁぁぁぁああわわあぁあぁああッ!!」
「ど、どうしたあんちゃん!! さっきから大丈夫か!?」
「…………へ?」
見ると、そこには心配そうな表情で腰を抜かした僕に手を差し伸べる青年の姿があった。気味の悪いお面なんてどこにもない。全身から汗が噴き出していき、体中が震えているのが分かった。僕は慌ててテントの方を見た。
「…………どうして」
そこにも、そいつはいなかった。普通のテントが、あるだけだった。状況の理解が追いつかない。それなのに体中の神経が坂撫でられるような、気味の悪い感覚に陥っていた。
あれは僕だけに見えているって言うのか? それに、今のは何だ。今まで一つしか無かったのに、急に気持ち悪いほど増えたぞ……。
現状を理解することが出来ず、僕は差し伸べられた手をつかめずにいた。すると、青年は見かねたのか無理矢理僕の腕をつかむと、力一杯引き上げて僕の体を引き起こした。
「なぁあんちゃん、ちょっと休んだ方が良いよ。俺のところ、休憩所やってるんだ。普段は金取るんだが、あんちゃんちょっとマズい感じするから今日だけはただで良いよ。来な」
そう言って、青年は手招きしてテントに来るように言った。僕も、殆ど正気を失いつつも、安寧を求めてとりあえず青年の言葉に甘えようと持った。
そのときだった。
《チガウヨ》
そんな言葉が、頭の中に響いたような気がした。またも僕は全身を硬直させてしまう。そして、なんとなく、歩数計を見てみる。すると、あいもかわらず歩数やジュエルの数が書かれていたのだが、そのほかに右に矢印のようなものが付いており、それをしばらく見ていると、勝手に画面がスクロールして別の画面が表示された。そこには、たった一言、こう書いてあった。
《アッテイルヨ》
意味が分からなかった。僕の頭の中はもうパンク寸前だった。いっそ殴って気絶させてほしいくらいだ。胸の中で聞こえた違うという言葉、歩数計に表示された合っていると言う言葉。それが指し示す意味も何故今この文字が僕に伝えられたのかも、まるで分からなかった。
ただ、青年の待つテントの方に歩みを進めようとすると、チガウヨと言う言葉がどこからか聞こえ、歩数計にはアッテイルヨの文字が表示され、逆にお面のあった方のテントに近づこうとすると、アッテイルヨと声が聞こえ、歩数計にはチガウヨの文字が表示される。
「早くしな、うち意外と人気だから早くしないと席埋まっちゃうって」
そう言って急かす青年声で、僕はまた我に返った。心臓の鼓動が高鳴る。足が震える、のどが渇く、全身が沈み込むような恐怖に襲われる。
僕は、僕は
A.【青年の待つテントに向かう】
B.【気味の悪いお面があったテントに向かう】
Aを選んだ場合は、そのまま第五部へ
Bを選んだ場合は、一つ飛ばして第六部へお進み下さい。
物語の進行に大きく関わるので、両方を見るのは止めておくことをおすすめします。
どちらを読んでもお話が分からなくなることはありません。